第八話
目を覚ますとすえたような臭いがした。辺りを見ても真っ暗で牢屋のような鉄格子がはめられていた。牢屋のような、ではなく多分牢屋なのだろう。イザベルはどうしてこんな場所にいるのかわからなかった。さっきの恐ろしい男はどこへ行ったんだろう。ここから出ようと思っても鉄格子はびくともしなかった。このまま誰も来ないまま冷たく窓もない牢屋で朽ちていく事を考えると涙が出そうだった。
ふと気付くとイザベルの後ろにさっきの男がいた。枯れ枝のような身体にボロボロの布を深く被っていたがそれをばさりと放り投げると木の虚から真っ赤な目が3つ、こちらをじっと見ていた。
「みゃみゃおん!にゃいおんなん(あなたは誰なんですか!ここから出して下さい)」
「猫がにゃあにゃあ鳴いても何を言っているのか全然わからないな。お前には何の恨みも無いが魔王様の事を殺したあいつの大事な女だ。酷い目に遭わせればこちらの鬱憤も晴れる。さぁ、おいで、痛くするよ」
「にゃあにゃいにゃん!?(普通そういうのって痛くしないじゃ無いんですかぁ!?)」
男はイザベルをひょいと掴むとその口に何かを押し込んだ。臭くて苦くて甘くてどう考えても毒だった。イザベルは抵抗したがそのまま飲み込まされてしまった。そしてそのまま意識を失った。
「さぁ、羽を切り落とそう」
イザベルが目を覚ますとそこは懐かしい故郷だった。まだ夢の中なのだろうかと思ったが視界がはっきりするにつれて身体中が痛み出した。道路に投げ出されていたようで周囲を見ると何だか目線が低い気がした。そして、自分の身体を確認しようとして気付いた。黄色い羽根、多分インコとかそういう小さい鳥。理解が追いつかないけれどどうやら猫の次は鳥になったらしい。羽根の付け根からは血が出ていて、とても飛べるような状態ではなかった。それでも道の真ん中にいると目立って踏まれてしまうかもしれないと力を振り絞って歩いた。鳥の一歩は猫に比べてとても狭く、小さかった。身体中が痛くてとにかく端に避けて少し休もうとしたところに影が差した。
「ん?おちびさん、怪我してるのか?」
「ピィ」
「うちで良ければ来るか?おまえさん1人くらいなら居候が増えても構わんよ」
「ピピィ!」
「そうかそうか、よしよし」
そういって店長はイザベルをそっと掬い上げた。そういえばこの人はいつだって弱い者の味方だった。困っているイザベルの事を何度も助けてくれた。イザベルの頭を良く撫でてくれた優しい手、店長にまた会えた事が嬉しくてイザベルは涙が出そうだった。
それから何度か来たことががある店長の家に到着した。前に来た時と同じように物が多いけど掃除はきちんとされていた。店長は蓋のない木箱に布を敷いてそこにイザベルをそっと寝かせた。屋敷を出てから怖い事ばかりだったけど、その木箱の中でやっと少し落ち着いた。身体中が痛むけど店長がそばにいてくれるならきっと大丈夫だと思えた。
「おちびさん、これから餌と鳥籠を買ってくるから少し待ってろ」
「ピィ」
店長が買ってきた鳥籠のなかでイザベルは雑穀を食べて水を飲んだ。藁でできた皿巣もとても良い窪みがあり落ち着いた。彼はイザベルの羽根の付け根の傷に薬を塗ってくれた。その手の優しさに安心しているうちにいつのまにか眠っていた。
◇◇◇◇◇
グレッグは店で出す酒類の受け取りのサインをして、店内に入れてから一度家に戻ることにした。今日たまたま道の上で拾った金糸雀の様子が気になったからだ。羽根の付け根を切られていて、多分もう飛べないだろう。酷く弱っていて心配だったが餌をきちんと食べて良かったと思った。
金色に少し紫がかった瞳がいなくなった少女を彷彿とさせた。奇しくも歌う鳥なのは何かの因縁を感じさせた。彼女がいなくなって寂しかったから丁度良かったのかもしれない。自分で辞めて欲しいと言いながら勝手だと自分でも思う。今度店の裏庭で育てた野菜を食べさせてやろう。店は煙草や酒の臭いがするので連れて行かないほうが良いだろうとグレッグは考えた。
彼が家に戻ると金糸雀は皿巣の上で眠っていた。飛べないにしても早く怪我が治って欲しいと思った。弱いものが傷つくことが彼は苦手だった。夜になったらまた店に行かないといけないので餌と水を交換して身支度を整えた。小さい声で鳴いていたがそのうち歌ってくれたらと少し期待をした。
◇◇◇◇◇
イザベルが目を覚ますと家の中には誰もいなかった。店長はお店に出勤したらしく少し心細くなった。自分のせいできっとあの後大変だっただろうなと思って店長や同僚に迷惑をかけたことが申し訳なかった。餌が増えていたのできっと店長は一度帰ってきて変えてくれたのだろう。やっぱりとても優しい人だった。
イザベルはこれからの事を考えた。フィリップはいなくなったイザベルを心配して探してくれているだろう。彼はそういう人だ。出会ってからそんなに時間はたっていないが一緒に過ごしてわかった。それにアダムは自分を嫌っているかもしれないがいなくなったことに対しては責任を感じているだろう。ユージンはどうなったかもわからなかった。彼はアダムを悩ませるイザベルの事を憎んでいるようだった。いくら考えても堂々巡りだった。
店長の家で過ごす日々は最近では一番穏やかだった。鳥になったからか夢を見ないので夢に女神が出ることもなく、王子達に探されることもない。昼になったら寝ている店長を起こして餌を貰う。怪我も治ったので歩けるようになったし日当たりも良いので気持ちが良かった。店長が後から設置してくれた水浴びスペースもすごく気に入っていた。残念ながら飛ぶことはできないけれど、店長と過ごす日々は悪くなかった、というよりもすごく良かった。フィリップには申し訳ないがこのまま過ごすのも悪くないかもしれないと思い始めていた。
そんなある日、いつものように店長は自分の朝食兼昼食を作っていた。その時ドアをノックする音がして店長は扉を開けてそのまま倒れた。彼のお腹からナイフが生えていた。呻き声を上げる店長の向こうにいつかのストーカー男がいた。
「ああ!やっと見つけた!やっぱりこんなところに隠していたんだな!イザベル、助けに来たよ」
どろりと濁ったような男の目は最早正気ではなかった。イザベルは今、鳥の姿のままでどこからどう見たってイザベルだってわからないはずだ。奇しくも正体を見抜かれた訳だが全く嬉しくなかった。それに、床に転がる店長の周りには真っ赤な血が流れて水溜りのようになっていた。このままだと店長が死んでしまうかもしれない、イザベルはどう転ぶかわからないけれど奇跡を信じて歌った。
『遠い遠い故郷を思う あなたの優しい手を思い出す 私の家族 どうか健やかに 会えなくてもいつも思っている 私の家族 どうか幸せに』
歌えた!と思った瞬間に金色の光が溢れて弾けた。イザベルの身体は人間の姿に戻り、驚いた男は尻餅をついた。イザベルはとっさに店長がさっきまで目玉焼きを焼いていたフライパンを掴んで男の頭めがけて思い切り振りかぶった。ごん、と鈍い音がして男は階段から転がり落ちていった。
すぐに店長に近付いて確認をするとナイフは抜けて傷跡は塞がっていた。顔色は悪いが気絶してるだけで呼吸もしていた。イザベルはホッとしてから自分が一糸纏わぬ姿である事に気付き慌ててシーツを剥いで巻きつけた。その後店長の洋服棚からシャツとズボンを失敬した。ぶかぶかだったがそこは勝手に借りているので目を瞑った。それから店長をベッドに移動したかったが持ち上げることが出来ず途方に暮れた。誰かに増援を頼む為に商店街へ行くと物々しい兵士たちとイザベルの視線がぶつかった。
「見つけたぞ!歌姫だ!絶対に逃すなッ!」
「待てッ!」
待てと言われて待つほど素直では無いのでイザベルは逆方向へ走った。走っても走っても兵士たちは追いかけてくる、それにどんどん人数も増えてこのままだと確実に捕まってしまう。どこかに身を隠そうにも何人もの兵士がついて来ている為難しそうだ。途中でイザベルの顔見知りも何人かいたがみんな狼狽えるばかりで助けてくれなかった。彼女が逃亡してからきっと何かあったのだろう。でも、このままただ捕まるよりは店長のことを助けてもらおうとイザベルは彼の家へ向かった。気絶しているストーカー男を踏みつけて階段を登る。店長がさっきと同じ位置で気絶していた。イザベルが彼の呼吸を確認していると兵士たちの声がした。
「動くな、もう完全に包囲されている」
「見ればわかります。お城に行きますからこの人を助けて下さい。あと下にいる男を逮捕して下さい。この人を刺した犯人です」
「逃げないのか…?」
「いきなり追いかけられたら誰だって逃げますよ。ちゃんと逃げないで着いて行きますからから絶対にその人を助けて下さい。お願いします」
そうか、と1番偉そうな髭面の兵士が言ってからイザベルを片腕に抱えた。彼女が驚いている間にもう片方の腕に店長を抱えてのしのしと歩いて馬車に彼女と店長を乗せた。
「1時間半後には王都に着く、水はそこにあるから好きに飲んで良い。食事は王都に着くまでは取れない。暴れなければ手厚く保護するから心配しなくて良い」
「わかりましたぁ」
イザベルは表面上は殊勝に応えたが彼の事をあんまり信用していなかった。どちらの王子の使いかわからないがイザベルにとっては敵みたいなものだった。それでも店長も一緒なので逃げるのは無理そうだなと思った。
馬車に揺られているうちに王都に到着した。初めて来る王都はやはり華やかだった。西の街も大きくて活気があったが王都の方が賑やかだった。見たこともないような建物や動物、舗装された道にイザベルは驚いた。一度は憧れて行ってみたいと思った場所をこんな風に訪れることになるとは思わなかった。隣で転がっている店長の髪を撫でると寝息が聞こえた。彼が一命を取り留めたことにイザベルは安堵した。
城に到着すると侍女に引き渡されてあれよあれよという間にイザベルは服を脱がされ湯浴みをされドレス姿にされた。髪も結われ化粧もされた。化粧といえばステージメイクだったイザベルからすると薄めだったが彼女の美貌が存分に引き出されていた。支度が終わるとイザベルは車椅子に乗せられ豪華な部屋へ通された。
部屋の中には真っ白い服を着た美しい男性がいた。深い青い髪と瞳、この国ではそのふたつを持つのは王族だけだった。彼はイザベルを上から下までジロジロと見た後にこちらに近づいて彼女の顎を掴んで持ち上げた。
「ふむ、美しいな。寵姫にしても良い」
形の良い唇からお店に来るすけべ野郎と同じような言葉が出てきたのでイザベルはびっくりした。あまりに失礼な王子だった。
「こんにちは、王太子様、わたしに何のご用ですか?」




