122:旅の目標
――旅をしている勇者一行とやり取りができると分かってから、定期的に連絡を取るようになっていた。
今朝はディオナの方から連絡があったようで、起きるなりジーナさんに声をかけられたのだ。慌てて身支度を整え、エルヴィーラと一緒に器にはられた水面を覗き込むと、そこには穏やかな笑みを浮かたディオナが映っていた。
『ラウラ様、エルヴィーラ様、おはようございます』
「ディオナ、おはよう」
「おはよー!」
この数日でエルヴィーラは随分とディオナに懐いた。「ラストブレイブ」であれば同じ旅の仲間として交友していた二人のやり取りに密かに癒される。
朝の挨拶の後、ディオナは小さく頭を下げた。
『昨日はラウラ様に頂いた回復薬のおかげで助かりました』
「いえいえ、役に立ったならよかった」
原理こそ分からないが、この器――今世の調合釜を通して毎回渡している回復薬が役に立ったと言われて、素直に嬉しい。
ここ数日、勇者一行は魔物が湧いてくるという洞窟を攻略していたようだった。私の回復薬が役に立ったということは、もしかすると昨日でボスを倒し、一段落ついたのかもしれない。
「魔物が湧いてくる洞窟は、なんとかなった?」
『それが実は、その洞窟には昔から精霊が住んでいたようなんです。魔王によってその精霊が封じられた結果、魔物の巣窟となっていたようで……精霊を解放したら魔物たちは出現しなくなりました』
ディオナの口から“私”が知る「ラストブレイブ」と同じ展開が語られて、なぜだか少しほっとした。精霊は勇者一行に力を分け与えてくれただろうか。その力は魔王を倒す上で役に立つのだ。
よかった、と笑顔でエルヴィーラと顔を見合わせてから、ディオナの次の言葉を待った。
『それで、その精霊が教えてくれたのですが……』
――ふ、とディオナの背後に横から人影が現れた。そしてその人影はディオナの言葉を引き継ぐようにして口を開く。
『魔王を封印するためには、聖なる剣が必要らしい』
「お兄ちゃん!」
現れたのはアルノルトだった。エルヴィーラの声に誘われてきたのだろうか。
ディオナの隣に腰を下ろしたアルノルトを見て、通りすがりではなくしっかり会話に加わるつもりなのだろうと判断し、軽く頭を下げて朝の挨拶をする。
「アルノルトさん、おはようございます」
私に続いてエルヴィーラも笑顔で「おはよー!」と挨拶をする。アルノルトは少しだけ微笑んで「あぁ、おはよう」と返事をした。
ディオナは私たちのやり取りに口を挟まず優しく見守ってくれてから、再び口を開く。
『そう、それで、聖剣は聖地に眠っているようで――』
その瞬間、横からひょこ、と顔がのぞいた。恐らくは水面にかなり顔を近づけているのだろう、画面の三分の二ほどその人物の顔で覆いつくされてしまって、いくら整った顔立ちの少女であってもその圧迫感に「うわっ」と声が出てしまう。
こんなことをする人物なんて、今のパーティーメンバーに一人しかいない。横から顔をのぞかせたのは茶髪の少女――マルタだ。
『聖地に入るためには精霊たちの許可がいるんだって! 見て見てこれ、綺麗な石だと思わない? 精霊石って言うんだって、高く売れそー』
マルタは早朝とは思えないテンションで早口で捲し立てると、私たちに向かって緑色の美しい宝石を見せてくれた。その宝石――精霊石は内側からぼぅ、と神秘的に光っており、普通の宝石でないことは一目でわかる。
次々と説明を横取りされるディオナに同情しながら尋ねようとしたが、それより先にアルノルトが低く唸るような声をあげた。
『……おい、ムルシア。なぜお前がそれを持っているんだ』
『えー? 勇者サマの荷物から拝借した』
『今すぐ返してこい』
幾らか声を荒げたアルノルトに思わずびくっとしてしまったが、マルタは全く気にせず『あはー』と笑っている。やはり大物だ。
賑やかではあるものの相性は想像通りあまりよくなさそうだな、と思っていたら、マルタが再び口を開く。
『まだ寝てるしいーじゃん。んでね、この精霊石が精霊たちが許可した証らしくて、聖地へ入るための鍵になるんだって!』
(なるほど、これまた王道だ……)
話が段々と繋がってきた。「ラストブレイブ」では精霊たちの力を直接授かり、その力によって魔王を倒したが、今世では精霊たちが許可した者だけが手に入れることのできる「聖剣」で魔王を倒すことになるらしい。
つまり、各地の精霊を尋ね、精霊石を授かり、聖地に向かい、聖剣を手に入れる。それを持って魔王の許へ向かう――そういう流れになるようだ。
だとしたら気になるのはまず、必要な精霊石の数。
「全部でいくつ必要なんですか?」
『ん? えっとー……いくつだっけ?』
細かいことは覚えていないのがまたマルタらしい。くす、と笑って補足してくれたのはディオナだった。
『今マルタさんが持っている精霊石を含めて五つあるそうです』
『そうそう、だからあと四つ!』
全部で五つ。集める数としてはまぁ妥当な数と言えるだろう。多すぎず、少なすぎず、といったところか。
なるほど、と頷いて、再び問いを投げる。
「次に向かう場所は教えてもらったんですか?」
『はい。ギルネに行こうと思います』
ディオナの口から出てきた地名を記憶の中から探して――確か火山があった街だ、と思い出す。そこには威厳のある火の精霊がいたはずだ。
『どうやらそこにアヴール火山という有名な火山があるようで、頂上に精霊がいるとか。もしかしたら今回のように魔物に既に襲われているかもしれませんが……』
「ラストブレイブ」ではまだ持ちこたえていたように記憶しているが、果たしてどうだろうか。どちらにせよ、火山のダンジョンでは魔物によって「やけど」状態にさせられ、中々苦戦したものだ。前世の経験からして、やけど状態を治す効力を持った回復薬を持って行った方がいいだろう。
「火傷とか気をつけてね。それ用の回復薬作っておくよ」
『ありがとうございます』
マルタがようやく水面の前から顔を引き、ディオナとアルノルトの姿がしっかりと見えるようになった。
それにしても、三人も集まってくれるとは。ここまで来ると、今この場にいない二人のことが気になってくる。
「ええっと、ルカとヴェイクさんは?」
『寝ている。昨晩遅くまで稽古していたせいでな』
アルノルトの言葉に微笑ましいな、と口角が上がりかけて、
『魔物との戦いでアルノルトがルカーシュのこと庇って怪我しちゃったんだよ。それでショック受けててね~。ね、アルノルト』
ニヤニヤとアルノルトを小突きながらマルタが明かした事実に、心臓が跳ねた。
危険な旅であると誰よりも、ルカーシュ本人よりも分かっていたはずなのに、いざ誰かが怪我をしたという話を聞くと、情けなくも動揺してしまう。それは隣に座っていたエルヴィーラも同じようで、兄が怪我をしたという話を聞いて心配からか言葉を失っていた。
思わずアルノルトをじっと見つめて、その体に怪我がないか確かめる。すると彼は居心地が悪そうに視線を一瞬泳がせて、『気にするな』と呟いた。
『怪我と言っても、回復薬を飲めばすぐに治る程度のものだ』
本人はそう言うが、庇われたルカーシュがショックを受け、大きな戦闘を終えた後にも関わらずヴェイクと稽古をしたと聞かされて、素直にそうなんですねと安心することは難しい。ルカーシュは心優しい子だが、ただの切り傷程度でそこまでショックを受けるとは考えにくく、それなりに大きな怪我だったのではないか、と思ってしまうのだが――
『おはよー……』
私を思考の海から引き上げたのは、眠そうな幼馴染の声だった。未だ姿は見えないが、水面に映る三人が一斉に右を見たことから、おそらくそちらにいるのだろうということは分かる。
『あ、話してたら本人とうじょ~』
マルタが笑ってから数秒の後、眠そうに目をこするルカーシュがゆっくりと現れた。髪はぼさぼさで目はほとんど開いておらず、見るからに「今起きました」といった感じだ。
思わず「ルカ」と眠そうな横顔に声をかける。すると数秒後、ルカーシュはこちらを向いた。そして、
『……あれ、ラウラ?』
ぱちぱち、と瞬きをするルカーシュがいつもより幼くて、つい微笑んでしまう。
起きたてのルカーシュの脳は徐々に状況を把握したのか、少し照れ臭そうに微笑んだ。
『おはよ、ラウラ』
「おはよう、ルカ」
ディオナが椅子から立ち、ルカーシュに席を譲ってくれる。彼はディオナに『ありがとう』とお礼を言って、中央の席に腰かけた。
目をしばしばさせている幼馴染に長話をするのも申し訳ないな、と思いつつ、せっかく話せるのだから、と少しだけ話題を振る。
「昨日は精霊様を救ったんだって?」
『あぁ、うん。といってもみんなのおかげだよ。アルノルトさんに怪我させちゃったし……』
ルカーシュは視線を落とす。するとすかさず隣に座っていたアルノルトが大袈裟なため息をついた。
『そこまで気にされるとこっちの寝覚めが悪い。もう済んだことだ、引きずるな』
突き放すような言葉ではあったが、声音は柔らかくて。ルカーシュもそれを感じ取ったのか、そろ、と視線をあげてアルノルトを見やった。その視線にアルノルトが笑いかけることはなかったが、逸らすこともしなかった。
着実に距離が縮まっているのであろうルカーシュとアルノルトに対して、なんだか兄弟みたいだな、と思う。エルヴィーラもどこか嬉しそうに「仲良しだね」と私に耳打ちした。恐らく彼女は兄の孤独を誰よりも間近で見てきており、だからこそその孤独が薄れていることが嬉しいのだろう。
数秒の後、ルカーシュの瞳はこちらに向いた。
『ラウラとエルヴィーラちゃんは大丈夫?』
「うん、おかげさまで。ね、エルヴィーラちゃん」
「うん!」
エルヴィーラも大きく頷く。するとルカーシュはもちろん、アルノルトもほっとしたように柔く微笑んだ。
『気をつけてね、二人とも』
「ありがとう、ルカもアルノルトさんも、皆さんも気をつけて。ヴェイクさんには……よろしく伝えておいて」
おそらくはまだ部屋で寝ているのであろうヴェイクに伝言を頼んで、通信――と表現するのは適していないが、これより適した表現が分からない――を切った。
勇者一行は旅の明確な目的を見つけることができたようだ。各地の精霊を助け、精霊石を授かり、そして最終的には聖剣を手に入れる。分かりやすい道筋が見えてきたことに安心する。
先ほどまでルカーシュたちが映っていた水面に、ぼんやりと映る自分の顔。気合を入れるためにパンパン、と数回顔を叩いて、椅子から立ち上がった。
今日はやけどを治す効力を持つ回復薬作りを頑張ろう。




