121:調合釜
――ルストゥの民の村に身を寄せるようになってから、既に数週間が経過していた。
ジークさんたちが言っていたとおり、この村にはとても強力な結界が張られているようで、おかげ様で魔物の襲撃に怯えることのない穏やかな日々を過ごせている。その分外との連絡はほぼ完全に遮断されており――連絡を取るために村の外に出れば、その分魔物に見つかる可能性も高まるからだ――今王都がどうなっているのか、勇者たちはどうしているのか、全く分からない。
村は小さいながらも子どもが多く、活気に溢れていた。聞けば、この村はある程度の年齢になるまで一部のルストゥの民の子どもたちが過ごす村らしい。子どもをのぞいても比較的年齢の若い村人が多く、以前のような敵意は向けられることはなかった。
――私はこの村で、今子どもたちに調合を教えている。漠然と守られるだけの日々を過ごすのは落ち着かず、匿ってもらっていることへのお礼も兼ねてやらせて欲しいと申し出たのだ。
専用の調合器具がなくとも、薬草と真水を熱し薬草を煎じることができる環境さえ整っていれば、回復薬の調合は可能だ。しかしながら幸運なことに、村では常日頃から回復薬を作っているらしく――万が一の襲撃に備えてのことだろう――材料も設備も一通り揃っていた。
「ラウラお姉ちゃん! どうかな?」
琥珀色の瞳を持つ少年が、その手に回復薬を持って駆け寄ってきた。私はその回復薬を受け取り、光に透かして見る。
濁りはない。刺激臭もない。指の先を浸してぺろりと舐めて見たが、苦みもない。完璧だ。
「うん、完璧!」
すごいね、と褒めれば、少年は嬉しそうに笑った。
ルストゥの民の子どもたちは皆優秀だ。教えれば水を吸い込むスポンジのように知識を吸収し、すぐさま実践して見せる。その姿は後輩・アイリスを思い出させた。
「あっ! ちょっとあんた! 危ないからやめなさいったら!」
少し遠くでエルヴィーラが子どもを叱りつける声が聞こえる。彼女はここではもうすっかりお姉さんだ。しかしまんざらでもないのか、よく面倒を見てやっている。
ワイワイと賑やかな調合会を開いていたところに、一人の美しい女性が現れた。銀髪に赤い瞳を持つ彼女はジーナさん。この村のまとめ役である女性だ。
「ラウラ様、エルヴィーラ様。すみません、子どもたちの面倒を見ていただいて……」
「いいえ、やることもありませんし……。みんな理解が早くてすごいです」
そう言えばジーナさんはとても嬉しそうに微笑む。彼女はこの村の子どもたちを我が子同然にかわいがっているようだった。
「お昼ができたのでみんなで食べませんか? 今日は天気がいいですから、外で」
「ぜひ!」
お昼の誘いに頷いて、全員揃って外に出た。
森の中をくり抜いたように広がるこの村は、どこか故郷のエメの村を思い起こさせる。そうは言ってもこの村の建物は立派だし、設備も王都に負けず劣らず整っている。それでも森に囲まれたこの景色と、人と人との距離が近いこの環境には、なんだか馴染みがあった。
ジーナさんの後をついていけば、木でできた暖かなテーブルの上にご馳走が広がっていた。子どもたちは歓声を上げて駆け寄る。エルヴィーラも子どもたちに手を引かれ、ベンチに腰かけていた。
私もその後に続き、隅の席へと腰かける。すると向かいの席に淡い緑の髪を持つエルフの女性――メルツェーデスさんが座った。
「はい、ラウラちゃん」
「ありがとうございます、メルツェーデスさん」
メルツェーデスさんが差し出してくれたサンドウィッチを受け取り、一口頬張る。なんだか懐かしい、あたたかな味がした。
「のどかねぇ」
「本当に。こんなにのんびりしたの、いつ以来でしょうか」
「ラウラちゃんは見習いになってからずーっと忙しくしてたものねぇ」
メルツェーデスさんの言葉に確かにそうだな、と苦笑する。
王属調合師見習いになってから、気づけば今日までずっと走り続けてきた。業務を滞らせている私がこんなに穏やかな毎日を送っていていいのかと思う一方で、堪能してしまっている自分がいる。
ルカーシュたちはどうしているだろう。アルノルトは相変わらずエルヴィーラを心配しているだろうか。カスペルさんはまた目元に隈を作っていそうだ。チェルシーやリナ先輩には私がこうなってしまって誰よりも負担をかけてしまっているだろう。アイリスとバジリオさんはフラリア支部で困ってはいないだろうか――
「……お兄ちゃんたち、どうしてるかな」
ぽつり、と隣でエルヴィーラが呟いた。彼女も兄のことを心配しているのだ。
その言葉に応えたのは私でもメルツェーデスさんでもなく、穏やかな笑みを浮かべたジーナさんだった。
「気になりますか?」
「ジーナさん?」
「あんまり長い時間は繋げないんですが……エルヴィーラさん、この中を覗いて見てください」
そう言ってジーナさんはエルヴィーラに浅い釜のような器を見せた。覗き込めば、器の中には水が張ってある。
――と、ジーナさんが器の縁にそっと手を添えた瞬間、水面が光った。眩しさに思わず目をつむり、数秒の後、ゆっくりと瞼を開ける。すると、
『ラウラ様?』
水面に、ディオナの顔がうつっていた。
「ディオナ、見えるかしら?」
驚く私たちをよそに、ジーナさんとディオナは水面越しに会話を交わす。それはまるで前世のビデオ通話を見ているようだった。
真っ先に反応したのはエルヴィーラだった。
「これなにー!?」
「私たちも仕組みは分かりませんが、かつて主が残してくださった連絡手段だと。強い光の力を必要とするので、使える者は少ないのですが……」
(オーパーツ的なもの……?)
原理は分からないが、とにかく光の力で動くこの世界の電話のようなものらしい。つまり今水面に映っているディオナは幻でもなんでもなく、正真正銘本物のディオナなのだ!
彼女の様子が気になって、私も水面を覗き込む。久しぶりに見たディオナは些か疲れた顔をしていたものの、やせ細っているということはなく、顔色も悪くなさそうで安心した。
『話は聞きました。皆さんご無事ですか?』
「お陰様で。でも迷惑かけちゃって……」
『とんでもありません! 私たちはラウラ様にまだ何も返せていませんから、もっと頼ってください』
ふわり、と微笑むディオナに若干照れ臭さを覚えつつも頷く。今はもう、私ではどうしようもできないところまできてしまっている。ならば大人しくその言葉に甘えるしかない。
――と、ディオナの視線が不意にこちらから逸れた。かと思うとひょい、と一つの顔が脇からのぞく。
金髪を揺らし、青い瞳を若干丸くしている少年――ルカーシュ。その顔を見るだけでなんだかほっとした。
『ラウラ!』
「ルカーシュ、久しぶり」
『大丈夫!? 怪我してない!?』
「この通り無事だよ。心配かけてごめん」
慌てている幼馴染を落ち着けるように、ひらひらと手を振ってみせる。そうすればルカーシュはほっと息をついて、それから安心したように笑った。
『ううん。無事ならよかった』
私がルストゥの民の村で保護されていることはルカーシュの耳にも届いていたはずだが、随分と心配をかけてしまったようだ。彼に余計な心配をかけないという意味でも、この村で保護してもらえてよかった。
少し見ないうちに、なんだか逞しくなったような気がする。少年、というよりも、青年と表現したくなるような、幼さが削げ落ちているような、そんな印象を受けた。
「今みんなはどうしてるの?」
『カーエンの町にいるんだけど、どうやら魔物が湧く洞窟があるみたいなんだ。そこに行ってみようと思ってる』
魔物が湧く洞窟。その単語に“前世”の記憶を辿って――
(あー、そんなイベントあったなぁ、確か)
似たようなイベントが「ラストブレイブ」でも用意されていたことを思い出した。確かその洞窟には精霊が棲んでいたのだが、魔物によって封印されてしまい、洞窟は魔物の根城になってしまうのだ。洞窟のボスを倒すことで精霊は復活し、勇者たちに力を分け与える――と、確かそういった流れだったはずだ。
そうそう、ボスを含め洞窟の魔物は確か毒の状態異常にさせてくる技を使ってきたはずだ。ゲームと全く一緒かは分からないが、毒状態にさせられると中々厄介なことになる。そう思い、さりげなく提言した。
「そっか、気をつけてね。洞窟の中は汚いだろうから、毒消し草とか持ってった方がいいんじゃない?」
『うん、そうするね。ラウラも気をつけて』
素直に頷く幼馴染にほっとする。ほんの少しでも、力になれればいい。
――と、話が一段落したところで、また別の顔が水面に映りこんだ。黒髪黒目の青年。その青年に、隣に座るエルヴィーラが反射的に呼びかけた。
「あ! お兄ちゃん!」
アルノルトはエルヴィーラの無事を確認できてほっとしたのか、僅かに目元を緩めた。そして問いかけてくる。
『エル、不便はないか?』
「うん! メルもラウラもいてくれるから。お兄ちゃんこそ大丈夫?」
『あぁ。……迷惑をかけるな、アンペール』
ちらり、と向けられた視線に首を振る。
「気にしないでください。おかげさまで穏やかな毎日を送れているので、アルノルトさんたちは旅に集中してくださいね」
あぁ、とアルノルトは頷いた。その表情は見慣れたアルノルトの表情よりいくらか柔らかかった。
こうして顔を見られてほっとした。それにルカーシュたちも安心させられただろう。このような連絡手段があるなんて、ルストゥの民の村に身を寄せて正解だった。
――ルカーシュ、アルノルト、ディオナと近況を報告しあっていたときのことだ。少し遠くから女性の声が聞こえたかと思うと、ディオナの背中から、茶髪の少女が顔をのぞかせた。あ、と思ったのも束の間、少女は首根っこを逞しい男性の手に掴まれる。しかし少女はディオナにぎゅっと抱き着いて、男性に抵抗しつつこちらに向かって声をあげた。
『ラウラ、久しぶりー!』
――ひらひらと手をこちらに向かって振るのは見間違えるはずもない、フラリアで私を助けてくれたトレジャーハンター・マルタだ。そして彼女の首根っこを掴んでいる男性は、
『おい、マルタ! せっかくの再会に首を突っ込むな!』
シュヴァリア騎士団の団長であり勇者の旅の引率係ともいえる最年長・ヴェイク。二人の登場によって一気に場が騒がしくなった。
マルタはずい、と顔を近づけてじとっとこちらを睨みつける。
『ラウラ、アンタ勇者の幼馴染なんだって!? もー、びっくりしたよ!』
「あはは。マルタさん、無事合流できたんですね」
よかった、と笑えばマルタは「凄腕トレジャーハンターだからねっ」と胸を張る。彼女の言葉にあからさまなため息をついたのはアルノルトだった。
『魔物の巣を突いて襲われているところを助けてやったんだ』
『危うくアタシも燃やされそうになったけどね』
『助けてやっただけありがたく思え』
『もー! なんなのこのブアイソー!』
マルタとアルノルトの軽快な会話に不思議な気持ちになりつつ――「ラストブレイブ」の正式なパーティーメンバーであるマルタと、没キャラであるアルノルトが一緒に旅をしているなんて――楽しそうだ、と微笑ましく思う。やはりパーティーメンバーにはマルタのようなムードメーカーが一人、いてくれた方がいい。
ギャーギャーとアルノルトに物を言うマルタを後目に、ヴェイクは苦笑した。
『嬢ちゃん、騒がしくて悪ぃな』
「いえ、楽しそうで何よりです」
『何かあったらオリヴェルでも騎士団でも頼ってくれ。力になるよう言っておいた』
「すみません、ありがとうございます」
改めて自分は周りの人に恵まれている、と心から思う。皆それぞれ忙しいだろうに、こうして力を貸してくれる。ありがたい話だ。
せめてものお礼に何か手伝いをできればいいのだが、完全に連絡を遮断しているこの村にいる以上、それも難しく――
「あ、そうだわ。ラウラさんたちが作られた回復薬、送ってはいかがですか?」
「へ?」
今まで黙って私たちの会話を見守っていたジーナさんが、突然よく分からないことを言い出した。
私たちが作った回復薬を送るって、どうやって? 馬車に載せて運ぶのだろうか。でもそうすると魔物に見つかる可能性も高まるし、と首を傾げていたら、ジーナさんはどこから取り出したのか、回復薬の容器を水面に押し当てた。そして、
「ほら、こうやって……」
ずずず、と容器を水面に沈めていく。器の底は浅いから、すぐに容器の底が当たる――と思いきや、容器の口まで水に浸かっても、一向に底が当たる鈍い音は聞こえてこない。そしてとうとう、回復薬が完全に水に浸かってしまった。
おかしい。器の深さより、回復薬の容器の高さの方があったはずだ。それなのに底にぶつかることなく、全て水に沈んでしまった。一体容器はどこに消えたのか、とじっと目を凝らし――
『わっ、回復薬が届いた!』
ルカーシュの驚いた声にぱっと水面を見やる。すると先ほどまでジーナさんの手に握られていた回復薬が、今はルカーシュの手に握られていた。
この器を通して回復薬が移動したのだ。まさか物の転送機能が備わっているなんて、まさしくオーパーツだ。――しかし、私はこの光景に見覚えがあった。
(これ、調合釜だ――!)
旅の途中で採取した材料を釜に突っ込めば、故郷の村のはずれに住む調合オババの許に材料が届き、一定の時間が経過した後、調合された回復薬が勇者へ送られてくる――「ラストブレイブ」でわざわざエメの村に戻らなくてもいいように、と制作スタッフによって作られたご都合道具、調合釜そのものだ。まさかこの世界にも、そのようなご都合道具が存在しているとは。
原理こそ分からないオーパーツだが、光の力が使える人さえいてくれれば私の作った回復薬をルカーシュたちの許に送ることができる。ここで身を隠していても、役に立てる。
私ははやる気持ちを抑えて、ゆっくりと口を開いた。
「何か作って欲しい回復薬とかあったら言ってね。時間はたくさんあるから、お手伝いする」
『ありがとう、ラウラ』
ルカーシュは嬉しそうに笑って頷いてくれた。
私の前世の記憶が、魔物との闘いの中で役立つこともあるかもしれない。それにこの調合釜――ではなく、器を使えば回復薬をルカーシュたちの許へ届けることができる。それは私にとってとても喜ばしいことだった。




