第三十三話「土の国」
俺達は土の国ゲーノモスへとやって来た。木々が鬱蒼と生い茂る森に一際大きな大木が天に向かって突き出している。ティアは青褪めて少し震えているようだ。
アキラ「ティアどうした?怖いのか?」
ティア「あぁ…アキラ様もっと…。………はっ!ごほんっ…。相克によって水の精霊は土の精霊が苦手なのです。」
相克。地球にある五行説と同じようなものだ。火、水、土、風を四角形の四隅にそれぞれ順番に置いて並びの前の相手に対しては有利。並びの次の相手には不利。対角線上の相手は普通。というような感じだ。だからそれぞれ対角線上の者同士は仲が良く両隣とは仲が悪いらしい。
火の精霊を例にしてみる。水の精霊とは相性が悪いので苦手だ。だから相手の方が高圧的にもなりやすく仲が悪い。また風の精霊は火の精霊に対して相性が悪いので水の精霊とは逆の立場になるが風の精霊が火の精霊を苦手と感じるのでやはり仲が悪い。直接相克に影響しない上に自分の苦手な水の精霊に対して有利な土の精霊とは仲が良い。また土の精霊から見ても自分達の苦手な風の精霊に対して有利な火の精霊は仲良くしておいて損はない。こうした理由から自然と火と土、水と風に別れてしまうそうだ。
だがティアが苦手だろうが何だろうが知ったことではない。最初からティアのことには関知しない約束で勝手についてきているにすぎない。俺はゲーノモスへと入ろうとして立ち止まって少し考える。
アキラ「おい五龍将。お前達力を出しすぎだ。俺達くらいまで抑えておけ。それからまたポイニクスが暴走するかもしれないから目を離すな。万が一暴走した場合は制限を解いていいからポイニクスを傷つけないように抑えろ。あと一人か二人はポイニクスを抑える方じゃなく俺達のパーティーの防御にまわれ。」
五龍将「「「「「はっ!承知致しました。」」」」」
ブリレ「ボクが主様をお守りするよっ!」
アジル「主様の側仕えは私の役目だ。」
ブリレの言葉にアジルが即座に反応する。
ハゼリ「むさ苦しいアジルでは主様も落ち着きません。このハゼリが主様をお守りいたしましょう。」
タイラ「汝らでは不安がある。筆頭たるこの我が主様をお守りすることこそが一番である。」
サバロ「………。」
サバロだけ寡黙だ。だが何気に俺の斜め後ろに控えている所を見ると言葉では言っていなくともこいつも俺の側仕えを目指しているようだ。
ハゼリ「サバロ。抜け駆けは許しませんよ。」
ハゼリに見つかってしまい突っ込まれている。放っておいたらいつまで経っても決まりそうにない。不気味な魚がわいわい騒いでいるのは俺としても嫌なのでさっさと決めてしまいたい。
アキラ「誰でもいいからさっさと決めろ。それからあまり騒ぐな。」
ブリレ「ほらっ!皆のせいで主様に怒られちゃったじゃないか。ボクで決まりだからね!」
アジル「私だけが主様に名指しで呼ばれたのだ。私が側仕えであろう。」
タイラ「最も強い者こそが主様のお側に控えるのに相応しい。やはり我であろう。」
ハゼリ「タイラはいつまでもハゼリより強いとお思いですか?今日こそ決着をつけてあげましょう。」
サバロ「………。」
駄目だ…。こいつらに任せていては決まらない。だが誰か一人を俺が選ぶのも後々大変なことになりそうだ。
アキラ「もういい。一人一日ずつ序列順に交代でやれ。」
五龍将「「「「「はっ!」」」」」
アキラ「ムルキベルは今まで通りポイニクスの護衛だ。暴走は五龍将が抑えるから気にせずポイニクスの安全を最優先に守れ。」
ムルキベル「はっ!」
うまく纏まったのでゲーノモスへと入って行った。
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???「おお…アキラ様だ。」
???「火の精霊王様が参られたぞ。」
???「女王陛下、ご機嫌麗しゅう。」
ゲーノモスに入ると大勢の精霊達に囲まれた。俺のことを知っている奴が多いのか皆が俺の周りに集まり声をかけてくる。こいつらが土の精霊だろうか。見た目は50cm~1mくらいの小さなおじいさんばかりだ。火や水の精と違い飛んでいない。本当にただの小人の爺さんという感じだ。
???「これはこれは…。お久しぶりでございますじゃアキラ様。」
大木に向かう一本道を一人のおじいさんが歩いてくる。俺の周りに集まってきていた土の精霊と思しき者達は道をあけている。内包している力といいこいつは他の奴とは別格だ。イフリルやティアと同格以上だろう。周囲の精霊の態度や力から考えてこいつは宰相クラスの者と思われる。
アキラ「前の知り合いか?すまないが俺は記憶を失っている。お前が誰かわからないので名前を教えてもらえるか?」
グノム「なんと…。わしは土の国の宰相グノムですじゃ。一体なぜそのようなことに…。」
やはり宰相だったようだ。魔人族の将軍が力の強さで序列が決まっていたように精霊族も力の強さで宰相が決まる。他の大臣職ならば実務能力等で選ばれるが宰相と軍関係者は強さの序列になっているのだ。とはいえ軍関係者でも参謀や指揮官は強さではなく実務能力で選ばれている所は現実的だろう。
アキラ「こちらからも聞きたいことが色々ある。どこか落ち着ける場所で話がしたいんだが?」
グノム「おお…。これは失礼いたしましたですじゃ。それではこちらへ。」
グノムに案内されながら大木へと向かっていく。歩きながら俺が記憶を失っていることやそれを取り戻すために旅をしていることなどを軽く話しておいた。
ティア「そんな話は聞いておりませんよ!」
一緒に聞いていたティアが割って入ってくる。
アキラ「お前に説明しなければならない理由はあるのか?」
ティア「うっ…それは…。…そうです。わたくしは貴女方を監視しているのですから監視のためには詳しい事情を知る必要があります。」
アキラ「それはお前達がお前達のために勝手にやっていると自分で言ったよな?だったら俺が何でもかんでも説明してやらなければならない理由にはならない。お前達で勝手に調べろ。」
ティア「うぅ……。」
グノム「そもそもなぜ水の小娘めがこんなところにおるのじゃ?」
ティア「ひっ!」
グノムの一睨みでティアは縮み上がってポイニクスとは逆側の俺の肩にしがみ付いた。
アキラ「勝手に付いてきているだけだが余計な揉め事は起こすなよ?」
グノム「なになに。心配はいりませんですじゃ。何しろ水の小娘程度ではここでは何もできませんのじゃ。」
どうやら相克とは俺が考えている以上に大きな影響があるようだ。グノムとティアの力は僅差でグノムが上回る程度だ。イフリルとグノムはほぼ同程度だろう。単純な力の差だけでいえばこの三人は毎回どちらが勝つかわからないくらいの差でしかない。だが相克の影響でイフリルは何万回やろうとティアには勝てず、同じくティアはグノムに勝てないようだ。
しかし実力が僅差のこの三人だから相克の影響で勝敗が決まるというわけではない。そこらにいる遥か格下の土の精霊にすらティアは勝てないというのだ。俺は精霊族ではないので別の力を使うなりすれば相克など関係ないし、ポイニクスほど力の差が圧倒的であれば相克など関係なく水の精霊にも勝てるが普通の精霊族にとっては相克とは絶対的な影響があるらしい。
ミコ「うわ~…、すごくおっきな木だね~。」
俺が考え事をしているとミコが場違いな声をあげた。
グノム「この木は土の精霊の象徴。名をゲーノモスといいますじゃ。」
ミコ「へぇ…。なんだかすごく力強い生命力を感じるわ。」
グノム「これはこれは。ミコ殿は人間族でありながら良い感性をお持ちのようですじゃ。」
この森と大木は土の精霊の誇りのようで褒められて気を良くしたグノムはミコに色々と説明している。だが俺は別のことを感じた。確かにこの地には強い力を感じる。だがこれは精霊の力ではなく…。
アキラ「この地には豊穣の術がかかっている…。」
グノム「左様ですじゃ。この地はその昔死にかけておりましたのじゃ。そこへふらりと現れたあるお方がこの地をお救いくださったのですじゃ。そしてもちろんそのお方とは…。」
そこまで説明したグノムは俺をじっと見つめている。
グノム「火の精霊王アキラ様なのですじゃ。ですので土の精霊はみなアキラ様のお力をいつも感じて生活しておりますのじゃ。直接アキラ様にお会いしたことのない者達もみながアキラ様を一目でわかったのもそのためですじゃ。アキラ様は土の精霊の英雄として伝えられみな日々感謝しながら生活しておりますのじゃ。」
ここは昔から土の元素の活発な地で土の力に満ちていたらしい。だがその力は徐々に衰えていた。原因は未だに不明だそうだが徐々に力を失い枯れていく大地に土の精霊達は困り果てていた。土の精霊には土の精霊なりの土の管理や栄養や肥料を撒く方法があったそうだがどれも効果はなくそのまま朽ち果てるのを待つばかりだった。土の国の象徴であるこの大木も枯れて朽ち果てるのを待つばかりだった。そこへ通りかかった前の俺がこの地に豊穣の術をかけて蘇らせたらしい。だから最初に俺の周りに集まってきた土の精霊達も俺のことを知っている者達ではなくこの地にかかっている術の力と俺の力が同じものであることを感じて俺が火の精霊王だとわかったようだ。
神力を抑え妖力も封印している俺を見て妖力で発動している豊穣の術をかけた人物だとなぜわかるのかは俺にはわからないが、土の精霊にはそれがわかる何かがあるのかもしれない。そもそも土の精霊に限らず誰の気配か察知できる能力等精霊族には何か独特な特殊能力が備わっているのだろう。
俺や師匠ももちろん遠く離れた気配が誰の気配か判別することはできる。しかしそれは神力や妖力等の力の波動を感知したり足音や動き方などで判別しているにすぎない。だが精霊族の感知能力はそういうものとは違う。俺は精霊族ではないのでうまく説明できないがもっと根源的な物を察知できる能力のようだ。
グノム「こちらですじゃ。」
いつの間にか大木の前まで辿り着いていたようだ。グノムが示した先には地下へと下りる階段がある。グノムに続いて下りて行くが階段にはまるで灯りがない。明るい場所から急に暗い場所へと入ったのでミコとフランにとっては足元が危ないかもしれない。俺は猫目なので暗い場所でも平気だ。今俺の目を覗き込めば瞳孔が丸く開いているだろう。師匠も夜行性の狐なので恐らく見えているはずだ。それに師匠とガウとムルキベルならば完全に目が見えていない状況でも苦もなく平然と歩けるだろう。ポイニクスとティアは俺の肩に乗っているので足元の心配はない。五龍将も飛んでいるので階段の影響など受けない。
フラン「きゃぁ!」
そんなことを考えていると案の定俺の後ろを歩いていたフランが足を踏み外した。俺は怪我をさせないように軽く振り返りながらふわりとフランを抱きとめた。踏み外した側の足を下にして横向きに落ちてきたフランと向き合う形で抱きとめたので俺の胸とフランの胸がぴったりくっついている。
フラン「あっ!あの…、ありがとうございます。」
アキラ「気にするな。足元に気をつけろよ。」
期せずして再びフランを少し横向き気味だがお姫様抱っこすることになってしまった。むしろ普通のお姫様抱っこより胸が密着している分ドキドキする。フランの心臓がドキドキしているのが伝わってきている。それは落ちそうになったためかそれとも別の理由のためか…。俺も自分でもわかるほどドキドキしている。俺がフランの鼓動を感じられるのと同じように俺の鼓動もフランに感じられているのかもしれないと思うと余計にドキドキしてしまう。
フラン「それでは危険なのでこのまま運んでください。」
顔を真っ赤にしながらも俺にしがみ付き訴えかけてくる。本当にどうしてしまったのだろうか。こうして素直に俺に甘えてくるフランはかわいくて仕方が無い。
ミコ「フランばっかりずるいよ。私もアキラ君に甘えたい!」
ミコまで俺の背中におんぶされるようにまとわり付いてくる。
アキラ「階段で遊ぶな。危ない。」
ティア「そうですよ!肩にはわたくしが乗っているのです。危ないではないですか!」
アキラ「お前は降りろ。いつまで乗ってる気だ。」
ティア「それは………。次期火の精霊王も乗っているではないですか。」
アキラ「ポイニクスは俺の子だ。お前は俺達を敵視している者だろう?」
ティア「そっ!そんなことは………。いえ、そうでした。そうです!わたくしは貴女を監視しているのです。ですから貴女の肩に乗ります。」
もう何を言っているのか意味がわからない。なぜ監視役が監視対象の肩に乗ることになるのだろうか。
アキラ「はぁ…。もういい。さっさと進むぞ。」
まともな会話になりそうもないので俺はさっさと歩いていくのだった。フランを抱っこしたまま………。
グノム「着きましたのじゃ。」
階段を下りてしばらく廊下を進みいくつかの扉を潜った先に一際大きな扉があった。どこの城も似たようなものだ。なぜ謁見の間などは大きな扉なのだろうか。
???「よくぞ参られたアキラ殿。」
地下のせいもあってかそれほど広くない部屋の玉座におじいさんが座っている。玉座もアクアシャトーやザラマンデルンのように高い位置にあるわけでもない。今まで見てきた土の精霊は皆小人の爺さんだ。顔中に長い髭があり見た目の区別はほとんどつかない。見た目では精々白髪の混じり具合とわずかな身長差で判断できるかどうかというくらいだ。
目の前の者もその例に漏れない髭面のじいさんだが他の精霊に比べて力が圧倒的に強い。こいつが土の精霊王だろう。
アキラ「すまないが俺は前の記憶がない。二度も同じ説明をするのは面倒なんで詳しい話はグノムに聞いてくれ。」
そう言うとグノムがすっと玉座の隣へと歩いていき王の耳元で話をしている。
ノーム「ほう…ほう…。ふむ…。なるほどのぅ。わしは土の精霊王ノームだ。」
普通はお互いに自己紹介するところだろうが向こうは俺のことをすでに知っている。こういう場合はどうすれば良いのだろうか。
ノーム「アキラ殿には大変世話になった。見ての通りアキラ殿のおかげでこの森は生き返った。記憶を取り戻したいと言われるのならば土の精霊は協力を惜しまぬ。」
アキラ「それは助かる。この後少しあちこちを見てまわりたいがかまわないか?」
ノーム「アキラ殿であればこの国のどこでも自由に行かれるがよい。だが夜には一度戻ってもらいたい。」
アキラ「理由は?」
ノーム「久しぶりにアキラ殿が来られたのだ。アキラ殿が記憶を失っていようともわしには積もる話がある。」
アキラ「なるほどな。わかった。それでは一度戻ってくることにしよう。」
ノーム「晩餐と寝床を用意しておこう。」
ここでいつも相手のおもてなしに任せると仲間から食事に関する不満が出る。俺も失敗から学ぶのだ。
アキラ「晩餐はありがたいが半分で頼む。俺からもノームに食わせたいものがあるので半分は俺の方で用意しよう。」
ノーム「ほう…。あのアキラ殿が料理をか?それは………楽しみにしておこう。」
無碍には断れないので楽しみになどと言葉を濁したが明らかに不安な顔をしている。付き合いがあったからか前の俺の性格をよくわかっているようだ。何しろ前の俺は生の獣の脚を毛を毟っただけで噛り付くような奴だったからな…。ノームは物分りが良い奴のようでよかった。話はスムーズに進み俺はこの国での自由が約束された。
謁見の間を出た俺達は集まり今後について話し合う。
アキラ「俺は記憶の通りこの辺りを少し見て回ります。師匠達はどうしますか?」
狐神「折角時間が出来たのなら私はガウに用があるよ。今夜はここで過ごすんなら夜には戻ってくるから私とガウは別行動するよ。」
ミコ「本当はアキラ君と一緒にいたいのだけれど…、キツネさんに修行をつけてもらいたいんですが私もご一緒していいですか?」
狐神「そうかい。それじゃ一緒に行こうか。」
フラン「私もお願いします。私は一番足手まといですから…。」
狐神「あらら…。残念だったねアキラ。はーれむは全員別行動だよ。」
俺にとってはそれほど残念ではないが師匠は残念ということにしたいらしい。確かに皆大切で愛おしい存在だが常に一緒にいたいとかいなければならないというわけではない。師匠とガウがいればミコとフランには危険もないのでたまには一人歩きも悪くない。
ティア「わたくしは貴女を監視しているのです。貴女から離れませんからね。」
一人じゃなかった…。一番うるさいのが付いて来るようだ。
アキラ「ポイニクスはムルキベルから常識を学べ。五龍将もポイニクスが暴走した場合に抑えるために一緒にいろ。」
タイラ「それでは今日は我が主様の側仕えの日なので同行致します。」
序列順と言ったからタイラが付いて来る気のようだ。だが世の中そう甘くはない。
アキラ「俺は俺のパーティーメンバーを守れと言ったのだ。俺を守れとは言ってない。付いて行くなら師匠の方に付いて行け。」
タイラ「なんと!」
狐神「こっちはもういらないよ…。アキラに付いていきな。」
師匠もこの魚達に付き纏わられるのは嫌なようだ。俺に押し付けようとしている。
タイラ「それでは主様に同行させていただきます。」
グノム「わしもアキラ様をご案内するためにご一緒しますのじゃ。」
もういいや…。一匹ならそれほどうるさくもないだろう。こうして俺達は3グループにわかれて別行動をすることにした。
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前の俺は水の国では湖を眺めてすぐに立ち去ったようだが土の国ではあちこち歩き回ったようだ。記憶を辿って森の中をぐるぐると歩き回る。
ティア「きゃー。これはなんですか?」
ティア「いやー!気持ち悪い。」
ティア「あぁ。これはすごいですわ。」
ティアは何か見つけるたびに騒ぎまくっている。この森にしか咲いていないという花を見つけて喜び、この森にしか生息していないという巨大ムカデのような魔獣に大騒ぎし、この森で採れるという宝石の原石を見つけてはしゃいでいた。
アキラ「うるさいな…。ちょっと黙れ。」
ティア「はぃ…。」
シュンとなってしまったが意外と素直だ。もっと反発してくるかと思ったが素直に言うことを聞いてくれたおかげで静かになった。タイラは俺の側に控えていれば満足なのか余計なことはしゃべらない。グノムは色々と説明してくれるので役に立っている。
ティア「貴女は…、いえ、アキラ様はどうしてお力を隠しておられるのですか?」
先ほどまでの騒がしい声とは違う静かな声で、だがしっかりした口調でティアが俺に問うてくる。
アキラ「お前には関係ない。」
ティア「いいえ。これだけは引き下がれません。お教えいただけませんか?」
アキラ「………最初は中央大陸を旅する間に余計な揉め事に巻き込まれないようにというつもりだった。だがその過程で俺は知った。人は最初から自分より強いと思っている者には表面上は取り繕い敵対しない。面倒に巻き込まれたくないだけならば力を解放して歩いていればいいだろう。少なくとも今まで出会った者達で俺達に逆らえるような力を持った者などいなかった。だがそれでは相手の本性がわからない。だから俺はそれに気づいた後も力を抑えたままにすることにした。それによって俺達の表面上の力しか計れない相手は俺達に対して高圧的になったり本性を現してきた。俺はそれを見ているのさ…。」
グノム「………。」
タイラ「………。」
どうしてティアにこんな余計なことを教えたのだろうか。グノムとタイラはただ黙って俺の言葉を聞いていた。
ティア「つまり…それはわたくし達のことというわけですね…。」
ティアは水の国でのことを思い出しているのかどこか遠くを見つめながら泣きそうな顔をしていた。
アキラ「別にお前達だけが特別なわけじゃない。ああいう奴らは今までたくさんいた。」
ティア「…そう…ですか………。」
なぜ俺はティアのフォローをしているのだろうか。それからはグノムの解説以外は特に会話もなく俺達は記憶を探して歩き回っていた。
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夕方にゲーノモスで落ち合った俺達はノームの開いた晩餐会で夕食をご馳走になった。
ノーム「ところでそちらのポイニクス殿と言われた火の精霊は?」
アキラ「ポイニクスは俺の子だ。いずれ俺が位を譲って火の精霊王となる。」
ノーム「ほう…。アキラ殿の…。道理で凄まじい力を持っておるわけじゃ。」
ポイニクスも普段漏れ出ている力はそれほど大きくない。それなのにポイニクスの隠している潜在能力に気づいただけノームは優秀なのだろう。他の者の紹介も含めて最初に会った時に済ませているが関係までは全て教えたわけではない。色々と俺達のパーティーの関係などの雑談をしながら晩餐会は進んでいった。
アキラ「それでは俺からも料理を提供しよう。」
いくらか土の精霊の食事が進んだところで俺の料理も出す。俺の料理をおいしいと言ってくれるパーティーメンバーは待ってましたとばかりに大喜びだ。土の精霊のほうはノームとグノムの他に数名の大臣達が出席している。直接前の俺のことを知っているのはノームとグノムだけのようだがこの二人は俺の出した料理を引き攣った笑みで眺めている。前の俺が食事に関することでよほど大変なことをやらかしたのかもしれない。だが俺のパーティーメンバーはばくばくとおいしそうに食べているので何も知らない大臣達は特に気にした様子もなく俺の料理を食べた。
大臣A「おっ!おおっ!これはっ!」
ノーム「どうした?!命に関わるようなら吐き出しても良いのだぞ?」
ノームは大慌てだ。やはり前の俺はよほどの大事をやらかしたのだろう。
大臣B「頬が落ちそうなほどの美味でございます。」
大臣C「このような物は食べたことがございません。」
大臣達は大絶賛だ。ノームとグノムはきょとんとした顔で料理と大臣達を交互に眺めている。
ティア「本当に…なんとすばらしい味なのでしょう。わたくしはこれほどおいしい物を食べたことはありません…。」
ティアも初めて食べた俺の料理を気に入ったようだ。俺のパーティーメンバーだけでなく水の国の宰相であるティアや自国の大臣達が大絶賛なのだ。ノームとグノムも覚悟を決めて恐る恐る料理を口に運ぶ。とはいえそれほど豪勢な料理ではない。ただの肉じゃがだ。
ノーム「おおおぉ!これは!うまい!」
グノム「力が漲ってまるで若返ったような気分ですじゃ。」
二人も気に入ったようだ。その後も雑談をしながら楽しい食事は無事に終わった。ノームとグノムには前の俺がこの国に来た時のことやその後のこの国のことを聞かせてもらった。晩餐会の後は俺達は客間へと案内され今夜はゲーノモスでゆっくり休んだのだった。




