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序・始まる前の話

三月クラムのつき九月ガーラルのつき

 →風三マルクの月と地九セフトの月  に変更しました。

 目が覚めて、いつものように服を着替える。

 違和感を感じて、ふとその違和感の出所を探す。違和感の正体が分かるや否や、おれは悲鳴を上げた。確かにおれの口から漏れたはずのそれは、妙に甲高かった。



 * * *



「姉ちゃん!何だよこれ!?こんなんじゃ外にも出られやしないだろ!」


「あらー、大丈夫よ。さすが私の身内よね、可愛いわ」

「ふざけんな!?」


 喚いて、手にしていた寝間着を床に叩きつける。


 一体誰が想像しただろうか。希代の女大魔導士と呼ばれ、『魔導創士オリジナルメイカー』だなんて御大層な二つ名までつけられているフェリスティア・メイルが。王宮なんかにも気軽に出入りを許されているような身分と権限を持ち、男女を問わず人気のある(愛の告白的な意味で)フェリスティア・メイルが、たかだか姉弟喧嘩にお得意の独創魔法を持ち出し、弟にそれかけるだなんて。一体誰が想像しただろうか…!


 それも、こんな……こんな。



 身体が完全に女になる魔法をかけるだなんて!



 幻覚をかぶせたりするような、おれの知ってる即席の変身魔法とは違う。細胞の一つ一つに働きかけ、完全に身体を作り替えているのだ。おそらく寝ている間に、おれに気づかれないようゆっくりと、それでいて迅速に作り替えたのだろう。通常細胞まで変質させる場合は、半月から一月かけて少しづつ組み替えていかないと、高い負荷に耐え切れず、結果、細胞が崩壊して全身ぐずぐずに崩れるかどろどろに溶けて死亡する。それだけ難易度も、リスクも高いのだ。

 こんな高等かつ難易度の高いオリジナル魔法の理論を即座に編み出して、成功させてしまうのがおれの姉ちゃんだ。

 いわゆる天才というやつだが、この人の場合は天災でも間違いではないと思う。




 ではなぜ、そんな凄い能力をもった姉ちゃんが、全力でおれへの嫌がらせのために全く新しい魔法を作ったのか、そしてかけたのか。


 それは昨日の喧嘩に端を発する。といっても、大した喧嘩じゃない。

 そうだ、大したきっかけじゃなかったんだ。




 …おれが地雷を踏んでしまったらしいこと以外は。





 * * *



「ジル、あんたは乙女心が分からなさ過ぎるのよ!」


 ビシリと鼻先に突きつけられた指を軽く掴むと、おもむろにどける。


「いきなり何の話だよ、姉ちゃん…全然話が見えないんだけど」


 よくぞ聞いてくれました!と表情筋だけを全て使って顔で返事を返してくる姉ちゃんは、とても器用な人なんだと思う。ただ、表情で会話が成立するのは身内だけなので、外では決してやらないでいただきたい。下手すると、父さんや母さんにも通じないことがある。全部通じるのは、生まれたときからそのコミュニケーションを強要されてきた、おれだけらしい。


「これよ、これ。あんた、明後日から『ウェルヘイム冒険者養成学園』に通うんでしょ?」

「ああ、それかー。まぁ、一応。冒険者のライセンスって、あった方が色々と便利だし」


 ウェルヘイムは卒業できれば確実に冒険者ライセンスがもらえる。その入学条件は二つあり、まず第一に十五歳以上であること。第二は出された試験をクリアすることだ。試験は年二回、風三マルクの月と地九セフトの月に行われ、合格できれば、翌月には晴れてウェルヘイムの生徒だ。

 ただし、卒業までには結構危険な地域での野外実習があるとも聞く。授業もスパルタ、卒業を諦めて中退する者も多いが、ここを目指す連中は後を絶たない。


 それもひとえに、冒険者ライセンスが欲しいからだ。


 そもそも冒険者ライセンスがあればどうなのかというと、それがあるだけで、様々なギルドで優遇を受けられるし、早い段階から難易度の高い仕事を任せてもらえる=報酬の高い仕事ができる。ライセンスがないと入れないという場所や、売れない品、なんてのもあるらしい。おれは話にしか聞いたことないけど。


 また、新たなギルドを立ち上げようという場合にも、ライセンスが必要だ。正規ギルドは国の承認がいる。国は、簡単に言えば、「安全なギルドだ」「信用のおけるギルドだ」といったことを保証するために、ギルドの責任者にライセンスの提示を求めるのだ。逆に言えばそれが最低ラインで、あとはそのギルドの活躍や風聞――口コミなんかで人気がとれれば軌道に乗る。


 言ってみれば、ちょっと付加価値を持つ身分証明書だ。


「ジルの思考は色気がないわ」


 両手を肩まで上げ、姉ちゃんはやれやれといった体でかぶりを振ると、溜息をつく。


「人の思考を読まないでくれませんかオネエサマ」

「読まなくても分かるのよ、あんた現実的だし。どうせ卒業後に有利だなーって方向で夢を膨らませてるんでしょ?」

「…他に何があんの」


 これだからあんたは、と表情で訴え(見下して、という方がしっくりくる表情だが)、姉ちゃんは再びおれにびしりと指を突きつける。


「学園といえばラブロマンスでしょうに!!」

「いやその思考回路がよく分からない」


 なぜそうなるんだ。


「考えても見なさいな、学園という閉鎖的な空間に、同じ年頃の年若い男女。それも全寮制で卒業までしょっちゅう顔合わせるのよ、多くの出会いがあるのよ?そしてゆくゆくは共に危機を乗り越えたり、手に手をとって逃走したり背中合わせに闘争したりよ?するのよ?芽生えないわけないじゃないの、


   ラブ♥ロマンスが・・・!」


 うちの姉ちゃんは、天才だけど馬鹿なんだと思う。紙一重でうましかなアレなんだと思う。


 祈るように両手を組んで、よく分からない世界へとめくるめく脳内トリップをしている姉ちゃんを尻目に、おれはシーランのハーブティーを淹れる。精神的な疲れに効くらしい。

 一口飲んで、ほぅ、と息をつき。



「姉ちゃん、いい年こいて「ラブ♥ロマンス」とか恥ずかしくないの」



 そう言って、また一口ハーブティーを口に含む。ここ最近―――姉ちゃんが家に帰って来てからというもの、お茶を淹れる腕が上がった気がする。今度は葉の乾燥から挑戦してみようかな、などと考えていると、姉ちゃんがテーブルをばぁん!と叩く。天板がメキッとかいったのは気のせいだろうか。


 肩を怒らせ、姉ちゃんが上目遣いに睨む。目元が前髪の影に隠れているせいで、その双眸が鈍く光っている。それがなんとも恐ろしい。


「だからあんたは乙女心が分かってないってのよ…

 いいわ、実力行使よ、絶対に理解させてやるからね、乙女心ってものを!!」


「あー…そう。頑張って?」


 結構分厚い板だったはずの我が家のダイニングテーブルが、姉ちゃんがガッツポーズをとったと同時に、音を立てて壊れた。



 * * *



 さて、時間を戻そう。


 きっ、とおれは姉ちゃんを睨み付ける。


 上機嫌に鼻歌なんて歌って、得意顔でおれを眺めている姉と目が合う。口角がにぃっと、「どうよ、大したもんでしょう」と言わんばかりに吊り上る。


「おれ明日からどうすりゃいいんだよ!元に戻せるんだろうな、これ!?」


「…戻るわよ」


 ふい、とあからさまに顔を背けてのたまいやがるこの癖は、どうも大人になった今でも直らなかったらしい。嘘とか適当なことを言う時、姉ちゃんは相手の顔を見ない。


「戻せるアテがないんだな…?」


 怒りと絶望に身体が震える。ついでに声も震えていた。


「いや、何せ昨日、腹が立った拍子に思いついたやつだから………うん、きっとあれだわ。あんたが乙女心を理解できるようになったら元に戻るのよ」

「今考えた設定だよな」

「うん」


 このくそアマ。


「まぁ、成功してんだし。いいじゃない。

 それよりほら、女体化した感想はどうよ?神秘でしょ?男の子って女の子の身体がどうなってるか気になるもんなんでしょ?」

「それどこじゃないし話逸らすな」

「あっはっはー。照れるな、照れるな。…うんうん。やっぱり私の弟だわ、顔は悪くないし、胸もBくらいはありそうよねー」

「弟にセクハラとか楽しいのなんなの意味分かんない乳揉もうとすんな」

「ふっふっふ。よいではないか、同性同士ぞ。何を気にする必要があるや――あ、あとで下着屋さん連れてってあげるわね。妹と仲良くお洋服みたりとかって夢だったのよ」


 だめだこいつ、話を聞く気がない。

 しかし実際、オリジナルの魔法は作った本人でないと理論が分からない。魔法は複雑な術式を掛け合わせることで様々な応用魔法が発生していく。なので、どんなにおれがイラついても、見なくてもわかるくらい顔が怒りに歪んでいこうと、この魔法を解除できる、あるいは解除の条件を見つけられるのは姉ちゃんしかいないのだ。おれが騒いだところで、姉ちゃんが動かなければ意味がない。


 おれは溜息をつくと、覚悟を決めた。

 泣いても笑っても起きたことは変わらない。ならば解決するまで、この身体で生きるしかない。


「ウェルヘイム、男で登録してんのに…間違えたで通るかな…」


 そんなおれの呟きを聞きつけたらしい姉ちゃんが、にっこりと笑う。

 ああ、嫌な予感しかしない。


「大丈夫よ、ジル!コネ使って、既に女で登録し直してもらったから!」

「余計なことしやがって!!?」






 ジルベット・メイル、16歳。

 素養・魔法剣士:精霊使役型



 性別は、元・男。

フェスティ姉ちゃんはどうやら失恋したところのようです。いわく、「乙女心のわからないくそ野郎」と修羅場になって、傷心のさなか、


「私の可愛い弟(←重度のブラコン)も乙女心の分からないくそ野郎になって、女の子を傷つけたりするのかしら。学園生活だもの、恋人くらい…ううん、好きな人の一人や二人はできるんじゃないかしら。どっちも選べなくて二股とかgdgdgdgd」


とかやっててあの台詞に繋がるようです。


・・・ええ、そうです。ジルはただただ運が悪かっただけです。

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