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魔法屋ガトールークと姫の憂鬱  作者: ハモリナ
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Ⅷ:考えうる最善は

「おはよう、マイ・スウィートエンジェル。

朝だぞー」



ガトールークはその呼び掛けに目を覚まし、



「ん…


…うわっ!」


思わず身を縮こめた。


「ぜ、ゼロシキ!

これ、なんとかしろよっ!」


自分の横たわるソファーを取り巻く、黒いプラスチックの球体。

もはやそれは数え上げられる領域を越えている。

とんでもない数だ。


「エンジェル」

「ああ?!」

「残念だが、すっとびボールの操作してんのはオレ様じゃねえ」


「はあ?!

じゃ、誰だよ?!」


起き上がることすらできないガトールークの耳に、

モーター音に混じって、


得意げな声が、届いた。


「うふふ、ごめん!

どう、びっくりした?」


すっとびボールが、次々と電源を落とし、小さなディスクの姿に変わりはじめる。


すっかりしぼんだすっとびボールの向こうに、

…椅子で脚を繰んだセレスティーナが、顔を出した。


「セレスティーナ!」

「ごめーん、ちょっといじってみたくなっちゃって!

ゼロシキさんから、ガトールークさんがすっとびボール嫌いなんだって話聞いて、

…こうすればもしかして起きるかなって思って」


「…えっ」

ガトールークは、手をついて起き上がる。

「それじゃ、わざわざ屋根裏から、居間まで俺を運んで来たのって…

俺が起きるの待ってたのか?」


「そうだ」

ソファーの背もたれ側から、フェニックスの手が伸びてきた。

ガトールークの前髪を、一本のピンで上げる。

「よく寝ていたぞ、揺すっても叩いても、ここまで運んでも、まったく反応がなかった」


「多分、夢を見てたんだ」

ガトールークは目をこする。

「なんにもない場所で、昨日ゼロシキがくれた剣と、しゃべってる夢だった…気がする」


「そうか。

よっぽどアレ、気に入ったんだな」

ゼロシキが、ガトールークの隣に腰かけた。

「俺にも勝っちまったしな」



そうなのだ。

不自然にも、そんな結果になってしまった。



ガトールークは、ゼロシキを見上げた。


…彼は、そのことを、ガトールークが思うほど、腑に落ちないように感じてはいないらしかった。



ゼロシキは、切り出した。


「エンジェル、オレ、昨日の映像、夜中に見たんだけどな」

「もう見たの?」

「ああ、よい子がお休みの間に、フェニックスにも協力してもらってな。

セレスティーナには、あらかたしゃべった」

「えっ」


「セレスティーナは私が呼んだ」

フェニックスが、横髪をかきあげる。

「まだ、六時前だが…

聞いておいてもらった方がいいと思ってな」


ゼロシキは、尋ねる。

「エンジェル、お前、どのへんまで聞きたい?」


「…どのへんまで…って?」

「まあ、やんわりかいつまんで話した方がいいよな」


ガトールークは、かぶりを振った。

「いいよ、全部しゃべって」


「…大丈夫か」

「気を遣う必要ないよ、俺、子供じゃないんだぞ」


「そうか…」

ゼロシキは、ガトールークの頭をなでる。

「いたいけなオレ様の天使《マイ・スウィートエンジェル》に、朝っぱらからこんな話をするのもアレだが…

まあ、お望みとあらば…

…仕方ねえか」


ゼロシキは、五つのすっとびボールに映っていた詳細を、語りはじめた。




──────


まず、

…そうだな、


花瓶前のすっとびボールには、ガルシアの姿は映ってなかった。

城のメイドが、水を換えてるときに、姫としゃべってたな。

ただ、ちょっと耳貸してーみたいな感じでやってたから、会話の中身まではつかめなかった。


そう、その姫なんだが、かなりいろんなところに出没してるぜ。

四階のあの部屋以外、全部のカメラに映ってやがる。

まあ姫だから、この城のどこにいても不自然じゃねえんだが、食事でもねえときにダイニングに来てみたり、


…そういえば、ロッキンライン王とガルシアの会談の前、応接間に来て、机にちっこい花瓶を置いてったな。 差してあったのは、

…ええと、

…

…ホワイトセージ、とか、サルビア…ってヤツだったか、多分。

オレ様はよく知らねえが、フェニックスが言うには、魔除けの花らしい。

姫も姫で、何かしようとしてるのかもな。

ただ、そんなことしてるって、ガルシアにさとられなきゃいいが。


ガルシアもガルシアで、まだ何か隠してるな。

ほら、お前がヤツのとんでもねえとこ見ちまったあの部屋。

あそこの映像見てて、オレ様も目を疑ったぜ。

あそこの奥の壁、内側に何かあるとしか思えねえ。

だってよ、壁から魔物が出てくるんだ。

あ、いや、もっと正確に言うと、

…壁から、魔物の死骸を持った魔族が出てくるって感じだな?

ゴツくて肌の青白い…

ありゃ、フランケン種と見て間違いねえ。

とにかく、ガルシアは結構頻繁にあの部屋に来てて、そのたびに、死んだ魔物を食らってやがるんだ。

相当な魔力を摂取してるぜ。

食おうと思って食ってるのか、中毒化してるのかはわからねえがな。

…つーか、そのくらい高頻度な話なんだ。

とにかくあの部屋の壁には何かある。

調べてみる価値は大いにあるな。


こっちはこうやって監視してるから、ガルシアが危険だってわかってるが、食堂や応接間の、ロッキンライン王の話を聞いてると、あいつはガルシアに骨抜きにされてやがるな。

かなりヤツのことを気に入ってるらしい。

姫をなだめすかして結婚させるつもりだぜ、ありゃ。

この国には跡取り息子がいねえから、無理もねえ話っちゃあ、そうなんだけどな。

相手があんな危ないやつじゃ止めねえわけにもいかねえが、それって国王さえも敵にまわすってことだからな。

簡単じゃ、ねえよな…。


──────




「ああ、そうだ。

ガルシアが姫の部屋に来たが、姫はヤツを入れなかった」

ゼロシキがにやりと笑う。

「賢い姫だろ?

何せお休み前のお着替え中だったからなー」


「へ…っ?」

「エンジェル、ありゃなかなかいい女だ、絶対モノにした方がいいね」

「えっ、うわああっ、

あ──、あ────────」


耳をふさいで声を上げ、懸命に、聞かないようにしているガトールーク。

その脇で、お前が全部話せって言ったんだろ?と、ゼロシキが彼の狭い肩を抱き、調子よく、フランメール姫の様子を事細かに描写していく。


途中で恥ずかしくなったセレスティーナが割って入らなければ、あの流暢な語り口がいつまで続いたやら、見当もつかない。




「まったくやかましいのう、男四人でつるみおって」


ジェニファントが、目をこすりながら、起きてきた。


「叫んだのはお前じゃろ、ガトールーク」

「ご、ごめん…

うるさかったよな」

「ああ、じーさん、オレがちょっとからかったせいなんだ。

あんまり叱らないでやってくれよ」

「お前に言われんでも何があったかぐらい察しがつくわい。

ああ、すっかり目がさえてしまったのう、損した気分じゃ。

朝飯の支度でも始めるかの」


ジェニファントは寝間着のまま、キッチンに向かい──────


振り向いて、


「お前たちも油売っとらんで、礼拝堂の掃除でもしておくれ」


さらにつけたす。


「ああ、フェニックスはわしを手伝っとくれ。

それから、ナイト殿はゆっくりしてもらってかまわんからの」





「そーれ、掃除だ掃除!」

「うわっ!

危ねえよっ、ぜ、ゼロシキ!」


今日もまた同じような緑のシャツと茶色のズボンのガトールークを肩に乗っけて、ゼロシキは階段を駆け下りる。


「やー、エンジェルは遊びがいがあってイイぜ」

「どこがいいんだよ、俺はゼロシキのおもちゃじゃないんだぞ!」


「わかったわかった」

礼拝堂の真ん中で、ゼロシキは彼を下ろす。


「わかったから、魔法でぱぱっと掃除終わらせてくれ」

「はあ?

ゼロシキは何するんだよ?」

「オレ様か?

そうだなあ、あったかい目で見守っててやるよ」


…



ゼロシキは客だ。

一応。


だが、もはやそんなことはどうでもいい。


やりこめられた仕返しは、きっちりしてや らねば。




ガトールークは、ゼロシキに、手をかざす。


その長身が、ふわりと浮き上がった。


「っちょ、エンジェル?!

くっ、まさかお前!」

「当ったり前だろ、さんざん俺のこといじめといて!

やられっぱなしでただ帰すなんて、絶対嫌だからな!」


ゼロシキの手に、乾いた雑巾と、湿ったモップが吸い寄せられる。

背中にはたきとほうきとちり取りも持たせ、彼は高く浮かべられた。


「罰掃除だ、ゼロシキ」

「勘弁してくれよ、ここ小学校じゃねえだろーが!」



ガトールークは、ゼロシキを操って、まず天井の照明についたほこりを残らず落として回収した。

ステンドグラスをぴかぴかに磨く。


その流れで、礼拝堂に置かれた長机と床をすっかり水拭きさせながら、



「あ、そういえば」



ガトールークは、ふと、訊いた。


「ゼロシキ、俺あの短剣、いくら払えばいいんだ?」

「ああ、金か?

受け取らねえよ」

「え?

なんでだよ、あれ結構高かったんじゃないのか?

宝石みたいなのがいくつもはまってたし、飾りだって金で…」


「それが、そうでもねえんだ」

ゼロシキが、忙しく宙を駆けまわりながら、答える。

「魔界の商人から買ったとはいうものの、その商人にも扱える代物じゃなかったみてえでな…」


「どういうことなんだよ、それ?」

「オレ様もさっぱりなんだが…

ただ、ソレは魔界で作られたもんじゃねえ。

これだけは、確かだぜ」


「…ふうん」

ガトールークは、腕組みをした。

「変なこともあるんだなあ。

あれには、魔族の魔力をもってしてもおさえきれない、何かがあるってことか」

「違《ちげ》えねえ」

ゼロシキはうなずく。

「まあアレはとにかくお前の手元にあった方がいい。

うまく使ってやってくれ」



ありがとう、と言いかけたガトールーク、


それをさえぎって、ゼロシキは続けた。



「マイ・スウィートエンジェル」

「…何?」

「お前、今日ガルシアに会うわけだろ。

…始末、どうするんだ?」



始末。

その方法は、いまだに彼の中でまとまってこない。



「…うん、まあ…

ガルシアの魔力を全部取りあげちゃうか、あいつそのものを封印しちゃうかのどっちかだと思う」

「どっちか?」

「うん… ほんとなら前者がいいけど。

だめだったときは、ガルシアを永遠に出てこられなくするしかない」

「ぶっ殺すってのはどうだ」

「嫌だよ、そんなの。

だってあいつは魔物なんだから─────────肉体が一部でも─────────例えば骨一本でも残ってれば、ガルシアはアンデッドとして復活できる」

「残さなきゃいいじゃねえの」

「言うだけタダって感じだけどな…

…それに、これは封印にも言えることだけど、一人の人間をこの世界からきれいさっぱり消しちゃうことになるだろ?」

「そいつぁ厄介だ」

「そうなんだよ。

だからできれば、難しいけど、魔力の剥奪の方が現実味はあるっていうか…

でもだからって、ガルシアの意志を変えられるわけじゃないし…」



すっかりきれいになった礼拝堂。

ガトールークは、自分の隣に、ゼロシキを下ろす。



「…なあ、お前なら、どうする?」

彼はゼロシキを見上げた。


ガトールークは、刺青の敷きつめられた左腕に抱き寄せられる。


「オレなら?

…オレ様なら…

…

…ガルシアを、封印するかな」


「…それは、どうして?」


「生かしといちゃ、少なくとも、レードラントのためにはならねえだろ。

ヤツと対峙するからには、それなりの騒ぎになるのは避けられねえ。

いくら人気のある国王だからって、ひと騒動あったあとじゃあ…

国民だって不満だろうし、そのせいでガルシアは、たとえ改心したとしたって苦労するさ。

外交だって、断絶だろう。

そうなりゃレードラントは、廃れる一方だ」


「…でも

…わかってもらえるかな、レードラントの人たちに」


「それは… オレ様にも、わからねえが…

…でも、ひとつ言える」


ゼロシキが、ガトールークの頬をなぜた。



「オレ様に、セレスティーナ、フェニックス、ロコ、じーさん、それに姫…

執行するのはお前かもしれねえが、これは皆の意志だ。

どんな方法で、どんな結果になったとしても、


お前は、正しいよ」



「…ゼロシキ」



「はははっ、なーんてな!」

彼が笑った。

白い歯が、まぶしい。

「柄にもねえこと言っちまったぜ!」


「…ほんとだよ、らしくねえの」

「だよな!

ったく、エンジェルの前じゃ、オレ様も腑抜けたもんだぜ」



と、そのとき。

教会の奥から続く、礼拝堂の扉が、鈍い音をたてて開く。



「ガトールークさん!」

顔を出したのは、セレスティーナだ。


「ん?

…どうした?」

ガトールークは、ゼロシキの腕を抜ける。


「姫様から、だいぶ早いけどすぐお城に来てって、連絡があったんだ」

「姫様が?

…どうして?」

「わかんない…

でもなんだか、不安そうで…

声が震えてた」


ガトールークは、うつむく。


「さあ、沈んでる場合じゃねえぞ!」

「わわっ」


その小さな体は、いともたやすく掲げられた。


ゼロシキは、微笑する。


くもりの消えたステンドグラスの虹色が、床に満たされた。


「勝負どころだな…

頑張れよ、ガトールーク」

「うん、わかった。

勝ってくるよ、ゼロシキ」


ガトールークは床に飛び下りて、セレスティーナに駆け寄る。


「ちょっと取ってくるものあるから、教会の外で待ってて」

「うん、わかった」



礼拝堂を出るセレスティーナとすれ違い、ガトールークは一気に階段を駆け上がった。




屋根裏部屋のすみにある机の上。


彼は小さな木箱を開ける。


宝剣は、今日もまた、こうこうと七色の光をあげている。


箱の奥に入った、深い紅の鞘を取って、それをおさめた。

散らかった収納から武器携帯用のベルトを引っ張りだし、短剣をつけて、右の股に留める。


また、積み重なった本の中から、一冊の魔法書を取り上げた。

彼が念じると、それはみるみるうちに小さくなる。

彼はそれを、ポケットに、突っ込んだ。



ガトールークは、窓を開けた。



すぐそこに見える、教会の入り口に立っているセレスティーナ。


そこを目指して、ためらいなく宙に投げ出した体、


ふわりと風をまとい、セレスティーナの隣に、舞い降りた。



「行こう、セレスティーナ」

「うん、…急ぐよ!」



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