ⅩⅢ:銀ぴかの虚構
「っとと、」
セレスティーナは、危うく滑って転びそうになった。
「セレスティーナ、せっけん、ふんづけたヨ」
彼はロコの言葉に、自分が風呂場の鏡から出てきたらしいことをさとる。
妙なところに繋がったものである。
「それにしても暗い。
明かりのスイッチはどこだ?」
フェニックスの声がする。
「…ねえ、フェニックスさん?」
「何だ」
「フェニックスさん、どこにいるの?」
「悪いが、私にもわからん。
ポータルが紫色の光を発しているだろうから辺りが見えない事はないとふんでいたんだが、この分だと、どうやらあれは光の類いではないらしいな」
「セレスティーナ!」
ロコがセレスティーナの腕の中で暴れる。
「すいっち、あっち、あっち!」
「…ロコちゃん、見えるの?」
「うん!
ぼく、みえるヨ!」
「スイッチ、押してこれる?」
「たかくて、とどかなーい」
セレスティーナはロコを両手でつかんで、前に差し出した。
「ロコちゃん、今僕と同じ向き?」
「うん!」
「ロコちゃんから見て、スイッチ、どっちにある?」
「んーとネ、みぎななめまえ」
「どのくらい前?」
「まえにネー、よんほ」
「四歩?
いち、にー、さん、よん、っと。
で、右に何歩?」
「うんとネー、さんぽ!」
「いち、にー、さん」
「セレスティーナ、もうちょっとだけ、みぎ!」
「ちょっと右?」
「プギャ!」
ロコの悲鳴と、鈍い音とともに、視界が白く、明るくなった。
どうやら風呂場には間違いないが、広すぎる。
壁一面に甲冑までかざってある始末だ。
むやみに出口を探そうとしなくてよかった。
セレスティーナは一息ついて、
自分の眼前のロコを見て、思わずそれを取り落としそうになった。
「ろ、ロコちゃん!」
あろうことかロコの側頭部で壁のスイッチを押していた。
鈍い音はこれだったらしい。
「ご、ごめんね、大丈夫?!」
「ちょっぴり、いたかったけど、ぼく、いしあたまだから、だいじょぶ」
ロコが、タイル張りの床に飛び下りた。
「わー、すごいネ!
ぎんぴかの、いっぱいあるヨ!
ぎんびか、ぎんびか────────
──────ん?」
ロコはふと、大きな耳をひくひくと動かし──────
「セレスティーナ、フェニックス!」
「何だ?」
「どうしたの、ロコちゃん」
「ガトールーク、いるヨ!
ガトールーク、こっち!」
「エントランス!」
ガトールークの手に導かれ、巨大な影が現れる。
それはガルシアの放つ闇色の炎を飲みこみ、空間に空いた穴のようにたたずむ。
「ロフティウォール!」
影は形を変え、立方体になって、ガルシアを取り囲む。
張りめぐらされた、闇属性の結界。
「─────驚いた─────
まさかここまでやるとはな」
ガルシアは、嘆息する。
「詠唱が必要とはいえ、今覚えたばかりの魔法を使いこなす人間がいるとは思わなかった…
優秀な魔法使いだな」
「そりゃどうも」
誉められても嬉しくない。
いくら溢れんばかりの魔力があるからといって、余裕をかましていられる状況ではないからだ。
ガルシアは傷ついているように見えるものの、弱った兆候をまったく見せない。
それどころか、彼の波動は強まる一方だ。
彼に近づく、それだけで、魔力が皮膚を切り裂いた。
もうさっさと終わりにしたい。
手が出血している。
こればかりは出力する魔力の大きさが裏目に出た。
無論、初見の闇魔法をフルパワーで使っていることにも問題はあるが、
いや、もはや原因などどうでもいい。
剣から魔力を出力させてダメージを軽減する手もあるが、短剣の存在をできるだけガルシアに知られたくないから、むやみに抜くのもためらわれた。
いずれにせよ、このまま悠長に勝負を続けていたら、間違いなくこちらの身がもたない。
何かもっと違った切り口があるはずだ。
それをひねり出すために、結界魔法で時間稼ぎをしている。
が、まったく浮かんでこない。
ガトールークは、血濡れた親指の爪を噛んだ。
シールド内のガルシアが、口を開く。
「愚かな男だ」
「…何?」
「すべて無駄だと、言ったろう」
「…知るかよ、そんなこと」
「…やはりか」
彼の口元がにやりとゆがむ。
「諦めるなら見逃してやろうと思っていたが
────── 馬鹿には体でわからせるしかないようだな!」
結界が一瞬で吹き飛ばされた。
その爆風に流されたガトールークの目の前に、ガルシアが迫る。
彼の目の前で、ガルシアの作る影の塊が膨らんでゆく。
ガトールークの脳裏を、ある種の絶望がかすめた。
魔物を食らって蓄えた魔力は、これほどの量なのか。
まるで、絶えることなく湧いて出る清水のような力。
限界があるものとは、到底思えない───────
これに、さらに魔神の力を添加する意味は?
今だって十分、人間界を征服できる───────
「終わりだ、人間の魔法使い」
───────人間界?
そういえば、舞踏会にいたとき、ガルシアの魔力をこれほどに感じたろうか。
いや、魔界に来た今、闇属性の力が増幅するのは当たり前であり、人間界にいるときと比較して強く感じるのは相応の結果なのだろうが───────
あまりにも差が激しい気がしてならない。
魔力というのは意図して隠せるものではないから、彼の地の魔力がもっと低いと仮定すると、
…
余剰分はどこからか供給されている?
「なかなか、楽しませてもらったぞ」
思考を繰りはじめた、
だがもう遅い。
ガルシアの溜めこんだ力は、迷いなく、床に押さえつけたガトールークを狙っている。
あれを食らって、生きていられる保証は皆無だ。
─────ここで、終わりか。
ガトールークは目を細めた。
────────その瞬間。
彼の視界から、ガルシアの姿がなぎ払われた!
「ふー危ない!
もう、あとちょっと遅かったら、ガトールークさん死んでたじゃん!
間に合ってよかった!」
「ガルシアは任せろ」
「うん!」
…体をもたげかけたガトールーク、
その顔面に、
「ガトールーク!」
見慣れた黄色い体が、張りついてきた!
「ガトールーク、だいじょぶ?」
「だいじょぶ?じゃないよ、お前たちどうやってこっちに来たんだよ?!」
「フランケンがネ、ぽーたる、あけてくれたノ」
起き上がったガトールークの膝に乗っかり、ロコは 満足げだ。
セレスティーナが口をはさんだ。
「ほんとはちょっとどうしようか迷ったんだけど、おとりくらいにはなれるかなーと思って!」
フェニックスに組みふせられたガルシアが、わめいている。
「貴様ら、まだやられ足りないか!」
フェニックスの肌が、出血しては治癒することを繰り返す。
「…凄まじい波動だ…」
彼はつぶやく。
「これがこいつの真の力か」
フェニックスの体が黄金に輝き、
その姿は、一羽の巨鳥に変わる。
「貴様が不死鳥だったとは予想外だったな。
しかし、神獣ごときでは私に傷ひとつつけられんというのも事実」
ガルシアの放つ波動が強まる。
彼を押さえつけるフェニックスの脚は揺るがない。
フェニックスに任せるのは悪いとは思ったが、ガトールークは、しばらく立ち上がれなかった。
想像以上に、精神的に疲労困憊していたらしい。
セレスティーナが、彼の手を取った。
「すごい傷…
痛いでしょう」
「いや、これくらい大丈夫だよ。
それより、さっさとガルシア何とかしないと…」
「何とか?」
「できれば封印までもっていきたいんだけど、やってる最中に強い魔法撃たれると道具まで失いかねないからな…」
ガトールークは、ポケットに手を突っこんだ。
取り出した、小さな魔法書が、彼の手のひらの上でみるみる元の大きさに戻る。
「そこに封印するの?」
「ああ──────
これがなくなったら大変だ」
「予備持ってくればよかったのに」
「だよな。
それ今俺も思った」
「ガトールーク、落ちた私の羽を体に刺せ。
傷が癒える」
猛攻を受け続けるフェニックスは、ガルシアを踏みつけながら続ける。
「それから、悪いが、私にはこいつに引導を渡す力はない。
どうすればいい」
「う──────ん…」
「…考え中か」
「…うん」
「構わん。
ゆっくりやってくれ」
「ごめん、急ぐから、待ってて」
急ぐとは言ったものの、妙案があるわけではない。
ガトールークは、首をひねった。
「…ねえ」
セレスティーナが、呼びかける。
「僕が、ガルシアの肩折ったところ、見てた?」
「ああ、
…すっとびリモコン…だっけ?
あれで見てた」
「あれってさあ、どうやってるのかな?」
「どうもこうも、魔力がなきゃ無理だよ。
自分の組織くらい自分で元通りにできる!みたいなこと言ってたけど、治癒魔法じゃないと思うんだよな」
「…なんで?」
「治癒魔法は自分で自分にかけることは一般的にはできないからだ」
ガルシアを踏んづけたままのフェニックスが、口をはさんだ。
「そうだろう、ガトールーク」
「そうそう。
あれって、自分と違う人から送られてきた魔力を自分に適応させる流れの中で、付加効果的に傷が治るんだけどさ」
「…あ、そっか。
自分が自分に撃っても結局意味ないんだね」
「そう。
だからそういう類いの魔法じゃないことはわかるんだけど…」
ガトールークの膝の上で、ロコが難しい顔をしている。
彼は、ロコを抱き上げた。
「ごめんなロコ、せっかく来てくれたのに、つまんないんだよな」
ロコは、ふるふると首を振る。
「ううん、つまんなくないヨ、ガトールーク、いるもん」
ロコは、続けた。
「ねー、ガトールーク、はやくガルシアのとこ、いかなくていいノ?」
…
「…え?」
「はやくー」
「…いるじゃん、そこに」
「ちがうもん、あれ、そっくりさんだもん」
「…そっくりさん?!」
ガトールークとセレスティーナは声を揃えた。
姫様は彼がガルシアであることを認めていた。
ガトールーク自身にとってよく知らない相手とはいえ、フランメール姫が彼を間違えるわけはない。
「ほんとだもん、あれ、ガルシアじゃないもん」
まだ腑に落ちない表情のガトールークの腿の上で、ロコが跳ねる。
ロコは、嘘がつけない。
ついてもすぐわかる。
ロコは間違いなく、彼の思う本当のことを言っている。
それははっきりと見てとれた。
…
ガトールークは、小さな、つぶらな瞳を、じっと見つめた。
「ロコ」
「ん」
「あれがガルシアじゃなかったら、何だよ」
「んー…あれ」
「あれ?」
「…なまえ、わかんない。
ぎんぴかの、もの」
「物?
…ふうん…
でも、物っていうのは確かなんだな」
「うん!」
「…信じるぞ」
「いいヨ!」
ガトールークは、やっと立ち上がった。
コートの裾をはらい、血濡れた手で短剣を抜く。
一歩ずつ、ガルシア─────
──────と思われたそれに、近づいていく。
波動が、彼の青ざめた頬に鮮血を散らす。
「くっ、どけ、不死鳥!」
ガルシアは、フェニックスに、魔法で攻撃をしかける。
それに対して、巨鳥は動じない。
フェニックスが、ガトールークの目を見て、うなずいた。
「…っ」
ごめん!
ガトールークの手に握られた短剣が、ガルシアの背中に打ち下ろされた。
深々と刺さった刀身の周囲を、紅の血が満たす。
一瞬、決意が揺らいだ。
「ためらうな!」
フェニックスの声に押されて、ガトールークは、もう一度短剣の柄を握りなおす。
可能な限りの魔力を込めて。
傷口が瞬き、
溢れていた血潮が、白い煙に変わった!
「え、ちょ、これ…っ」
「ガトールークさん!」
セレスティーナが、柄を持ったまま硬直している彼もろとも短剣を抜いて、床に伏したガルシアから急いで離れる。
彼はガトールークを抱えこむようにして、床に身を低くする。
ガトールークは、短剣を鞘に収め、すぐそばにいたロコをたぐりよせて、自分の腕のなかに入れた。
横たわったガルシアの体はゆがみ、
やがて、
視界を奪うほどの、熱い輝きを放った。




