1-14 呪いの子
自室として与えられた部屋で、僕は姉さんが送ってくれた段ボールの荷解きをしていた。
といっても、段ボールは三つだけ。
もともと僕の荷物は少ない。
ゲーム以外の物欲が無いせいか、あまり物を持っていなかった。
手元にある非常用と書かれた段ボールを開ける。
「姉さんは心配症だなあ……。まあ姉さんらしいけど」
中にはまさに非常用といった食料と水、さらにはスタンガンも入っているものだから困ってしまう。
姉さんは退魔士の家をどんな場所だと思っているのだろうか。
それからもう一つの段ボールも開けようとしたが、それには何も書かれていなかった。
恐る恐る開けてみると、中に入っていたのは剛くんからの手紙とゲーム機、そして丁寧に梱包された小箱が入っていた。
ゆっくりと包装紙を剥がし、中身が見えると手が震えた。
「これは……!」
驚きのあまり空いた口が塞がらない。
それほどの衝撃が僕を襲った。
中身は僕があの日、犠牲にしたゲームソフトだった。
たが、すぐに冷静になる。
これは今でも品切れ状態が続いているはずで、僕は何個かのサイトで抽選の結果待ちをしている状態だった。
なぜこれが送られてきたのか。
剛くんからの手紙を開けばその理由が書いてあった。
『お久しぶりでありますな、こくとくん。そちらでの生活はどうでありましょうか?
と言っても、もうすぐ学校にも復帰なさるのでしたな。
こくとくんの元気な姿が見れるのが今から楽しみであります。
さて、本題にはいるのですが、今こくとくんは驚いているのではないでしょうか?
なぜあのゲームソフトが送られてきたのかと……。
……とためてみたのですが、別に変なことはございませぬ。
実は保存用として一つ持っていた物をお送りしたまでで、ありまして笑
しかし、貴殿がゲームソフトを手放したと聞いた時は驚きましたぞ! それもまさか人助けのためだったとは!
さすが我が盟友でありますなあ……
こくとくんは吾輩の誇りであります!
あ、返品ご無用でありますよ!
そちらはこくとくんに差し上げます。
なーに、日頃ぼくと仲良くしてくれているお礼とでも思っていただければ幸いであります!
では、また学校で!
それまでにレベルを上げといて下さいよ!
また一緒にゲームをしましょうぞ!
さらば!』
……僕はその手紙を力強く抱きしめた。
やはり持つべきものは友達だ。
「ありがとう、剛くん」
約束通り、レベル上げ頑張るよ。
僕は新たな決意と共に、ゲームソフトを優しく丁寧にテーブルの上に置いた。
今すぐにでもゲームを起動すべきだが、あいにくとまだ片付けが終わっていない。
スッキリしてから、好きなことに没頭する。
それが僕の流儀だ。
と、決まれば早いもので片付けはすぐに終わった。
元々荷物が少ないのもあったのかもしれないけれど。
「よし!」
では、待ちに待ったゲームの世界へ降り立つとしましょうかと気合いを入れなおした所で。
コンコンと部屋のドアがノックされた。
「こくとくん、紅音だ。今、大丈夫だろうか?」
「……ええ、大丈夫ですよ」
全く大丈夫ではなかったが、わざわざ訪ねてくるということは、なにかあるのだろう。
とりあえず出迎えの準備をして、迎え入れることにした。
座布団を敷いて、テーブルに非常食として送られてきた乾パンを置き、コップにこれまた非常用として送られてきたペットボトルのお茶を注げば、もう完璧だ。
招き入れようとドアを開ければ、なんだか緊張してカチコチに固まっている紅音さんがいた。
「紅音さん?」
「あ、あぁ……」
紅音さんは落ち着かない様子で、部屋の中をキョロキョロと見渡す。
それは座布団の上に腰を下ろしても、僕が対面に座っても変わらなかった。
紅音さんはおずおずと話し出す。
「すまない……、男の子の部屋に入るのは初めてで緊張していてな」
「なるほど、それで」
「わ、分かりやすかったか?」
「そうですね、かなり緊張しているなと……」
「そうか……。なんだか恥ずかしいな」
紅音さんは顔を赤くして、うつむく。
それを見ていると、僕も恥ずかしくなってくる。
表情を取り繕っているだけで、僕だって緊張しているのだ。
だって紅音さんはかなりの美人さんである。
それで緊張するなというのは、中学二年生の男子には厳しいものがあった。
「こくとくん!」
「あ、はい!」
だから、顔を上げた紅音さんの瞳が真っ直ぐこちらを見つめることで、声が上擦ってしまうのも仕方のないことなのだ。
そんな僕に気付いた様子もなく、紅音さんはぎゅっと手を握りながら、なにやら決意を固めた顔で聞いてきた。
「君の、こくとくんの事を私に教えてはくれないだろうか?」
……心拍数が下がるのが分かった。
――
「僕のこと、とは?」
「君は何か隠し事をしているのではないか?」
まっすぐな瞳だ。
穢れのない澄んだその瞳は、僕の中の全てを見通しているかのように感じた。
……心がざわつく。
「……隠し事があったとしてそれをなぜ、紅音さんに話さなければいけないんでしょうか?」
「それは、あー、そうだな……」
紅音さんはポリポリと顔を掻く。
「君を知りたいんだ」
「知りたい? ……どうしてですか?」
「どうしてって、それは……。君と友達になりたいから、じゃあダメだろうか?」
紅音さんは照れくさそうに笑う。
僕と友達になりたい、それがなぜ隠している事を話さなければならないことにつながるのか分からない。
やっぱり心がざわつく。
触れてほしくないところに手を伸ばされるのは。
でも、その言葉は嬉しかった。
「あ、いや、話したくなければそれでいいんだ! 誰しも秘密の一つや二つあるものだし!」
あの本、間違ってたのか……と慌てる紅音さんに僕は笑いかける。
いいですよ、と。
「え、でも……」
「なにを慌ててるんですか。紅音さんから聞いてきたことなのに」
「それはそうなんだが……」
「じゃあ、そうですね。僕の隠し事を話す代わりに、紅音さんの隠し事を一つ教えてくださいよ」
「わ、私の隠し事をか!?」
「僕の隠し事だけなんて、不公平でしょう?」
僕の言葉に紅音さんはたしかにと頷きながら、眉を顰めて考え始める。
そして、しばらくしてぷるぷると震えながら答えた。
「君は魔法少女ミルキーというアニメを知っているか……?」
「ええ、知ってますよ」
懐かしい響きに、僕の顔が綻ぶのを感じた。
あの子が好きで、よく一緒に見ていたアニメだった。
幼い頃のあの時間だけは間違いなく幸せというものを感じていたと思う。
僕がそのアニメを知っているということに紅音さんはびっくりしつつも、嬉しそうにそうか!と笑った。
「じ、実は私はもう高校生なのだがあのアニメが大好きでな? 自室にはグッズが飾られているし、イベントには必ず参加するほどのファンなんだ……」
「それが紅音さんの隠し事ですか?」
「ああ、高校生が女児向けアニメにハマっているなんて中々言い出せることじゃないだろう?」
「そうですね……、そうかもしれません」
顔を赤らめて、うつむく紅音さんにとってはよほど恥ずかしい隠し事らしい。
けれど、僕は思う。
一つのコンテンツにそこまで入れ込む事ができるなんて素晴らしいことじゃないかと。
僕なんて移り気が激しい方で、新作のゲームが出たらそちらにばかり目がいってしまう。
そういった部分では紅音さんはすごいと思った。
でも、そうか、それが紅音さんの隠し事か。
僕は思わず笑ってしまった。
「なんだ! 人の隠し事を笑うなんて酷いぞ!」
「い、いえ、あまりにも恥ずかしそうに言うものですから、それがちょっと面白くて、すみません」
「仕方ないだろう。私にとっては恥ずかしい隠し事なんだ……」
「恥ずかしくはないと思いますが、そうですか……。それが紅音さんの隠し事なんですね」
紅音さんの表情を見るに、きっと相当な勇気のいる発言だっだのだろう。
だとしたら、僕もそれに応えなくてはいけない。
それに目の前の人物は僕と友達になりたいと言った。
だからこそ誠実であるべきだと、僕は思う。
僕は重い口を開くことにした。
「紅音さん」
「何でもどんとこい!」
「頼もしいですね。だったら大丈夫そうです。僕は――」
「僕は、呪いの子なんです」
あの夏、あの人に会ってからできた僕の隠し事。
二人だけの秘密だったそれを、僕は紅音さんに話すことにした。




