1-12 ありがとう、姉さん
「ったく、あんたもう……」
電話先で呆れた声を出すのは姉さんだ。
僕が日野さんを助けた後のことを簡単に話せば、大きなため息を吐かれた後、そう言われた。
「ごめん、姉さん」
「謝るなら帰ってきなさいよ」
「それは、無理、かな?」
「でしょうねえ。あんたは一度決めたら頑固なんだから……」
そうかなあと言えば、そうよ! と返された。
自分ではそんなことないと思ってるんだけど、姉さんから見れば僕は頑固者のようだ。
僕から見たら姉さんも相当な頑固者だと思うけど、それは黙っておいた。
火にガソリンを注ぐほど馬鹿じゃない。
「で、これからどうするの?」
「日野さんのお家に居候することになった。退魔士になる為にも、まずは基礎から叩き込まないといけないからって」
「それで日野家にねえ」
あの老人が言うには、九条家ではなく日野家のほうが色々と都合がいいらしい。
理由は教えてくれなかったけれど、僕としても知ってる人の家の方がいいので、それでお願いした。
「ねえ、姉さん」
「なあに?」
「……ううん、なんでもない」
「なによそれえ」
姉さんはくすりと笑う。
昔から勘がいい姉さんのことだ。
きっと僕が言いかけたことも、予想できたのではないだろうか。
飛鳥さんを殺したオオマガツヒのことを知っていたのか? なんて。
知っていたところで、姉さんはどちらにしろ教えてはくれなかっただろう。
この人は僕のことを大切に思ってくれているから。
だから引っ込めた。わざわざ聞くことでもない。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「ええ、言っとくけど死んだら容赦しないから」
「うん」
「あと決めたからにはちゃんとやり遂げなさい」
「ありがとう、姉さん」
「じゃあ、またね」
「うん、また」
ツーツーと電話が切れて、顔を上げる。
そこにあるのは大きな門。
奥にはこれまた大きなお屋敷が見えた。
僕はこれからここで暮らしていく。
やっとスタートラインに立てたんだ。
……絶対に成し遂げてやる。
――
お屋敷の玄関前にいたのは二人。
日野さんのお母さんとお父さんだった。
つまりは日野家当主様とその奥様という事だ。
二人とも笑顔で僕を迎え入れてくれた。
まず日野さんのお父さんが僕に手を差し出した。
「よく来たね。僕は日野健吾。そしてこっちが」
「妻の日野幸恵です。よろしくね」
「僕は黒山国土です。今日からお世話になります」
そう言って手を握り返す。
「君の話は娘から聞いているよ。危ないところを二度も助けてくれたそうじゃないか。ありがとう」
「僕も日野さん、いえ紅音さんには助けてもらってばかりですよ。その恩返しをしただけです」
そういうと健吾さんに、不思議そうな顔をされた。
「……君は本当に中学生かな?」
「そうですが……?」
「千里、最近の子供はすごいな。受け答えがしっかりしてる」
「そうねえ。早熟なのかもしれないわねえ」
「なるほどなあ……」
僕は少し拍子抜けしていた。
御三家のひとつと説明を受けていて、さぞやお堅い感じなのかなと思っていたが……。
その真逆。
目の前の夫婦からはふんわりとした雰囲気が漂っていた。
「さていつまでも玄関にいるわけにもいかないだろう。なんせウチは広い。君の部屋に案内するついでに色々と見て回るといい。それにあの方にも顔を見せなければね」
「お父さん、ここから私が」
「うむ、そうだね、頼んだよ。では、こくとくんこれからよろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
健吾さんはにっこりと笑って、奥へと消えた。
幸恵さんいわく、当主という立場は色々と忙しいらしい。僕を迎える為に、無理矢理ぬけだしてきたようだ。
申し訳ないなと思っていると、幸恵さんは笑顔で首を振った。
「あら、そんな顔しないで。私もそうだけど、娘を救ってくれた人にちゃんとお礼を言いたかったの。だから、貴方が来るって聞いて嬉しかったんだから」
「そ、そうですか」
「照れてるわね? やっぱり男の子はいいわねえ。素直で、ふふっ」
じゃあそろそろ行きましょうかと、幸恵さんに言われるまま、日野家へと足を踏み入れた。
さあ、ここから僕は始まるんだ。
そうちいさな感情に浸っていると、どこからドタドタとした騒がしい足音が聞こえた。
「お母さん! なんで起こしてくれないんだ!」
「ちゃんと起こしたわよ。でも、まだ寝るーって言ったのは貴方じゃない」
「そうだ! そうだけど! って、あ……」
足音の正体は寝巻き姿の日野さん、改め紅音さんだった。
そんな紅音さんとばっちり目が合う。
パチクリと瞬きをして、紅音さんは気まずそうに目を逸らした。
「もうこの子ったら……。じゃあ、こくとくん。ごめんだけど案内は紅音がしてくれるみたいだから、私もここで失礼するわね」
「え、お母さん?」
「そのために起きてきたんでしょう? ほら、頼んだわよ。もちろん、あの方にも会わせてね」
「あ、あぁ……うん」
そういって僕達にひらひらと手を振りながら、幸恵さんは去っていってしまった。
少しの沈黙の後。
最初に口を開いたのは僕だった。
「えっと、じゃあ案内をお願いできますか?」
「も、もちろんだ! あとこんな姿ですまないな……」
恥ずかしげに顔を伏せる紅音さんを先頭に、僕はこの広いお屋敷の中を練り歩くことになった。
外からでも広いなと感じたが、中はもっと広く感じた。
流石にこんなに大きなお屋敷を家族だけで管理するのは難しいのか、お手伝いさんらしき人達と時々すれ違う。
紅音さんはその人達に親しげに挨拶をし、お手伝いさんも笑顔でそれに答える。
きっと日野家の人との仲は良好なのだろう。みんな楽しげに働いているようだった。
「ここが君の部屋だ」
「広いですね……」
色々と見て回ってたどり着いた僕の部屋。
それは想像していたよりも広い、畳が敷かれた立派な部屋だった。
壁には掛け軸なんかも飾られている。
僕の荷物が詰め込まれている段ボールが小さく、それも不釣り合いに見えた。
「元々客室だからな。もし不満があるなら遠慮なく言ってくれ。部屋はたくさんあるからな」
「ふ、不満なんてないですよ! 綺麗すぎて落ち着けるか心配なくらいですから」
「そうか? まあ君がいいならよしするが……」
僕は何度も顔を縦に振った。
ここ以上に広く綺麗な部屋にされたら、小市民である僕は落ち着かない。
きっと心を休ませる事もなく、緊張し続ける事だろう。
「そうか……」
紅音さんは少し不満げに頷くと、さて次に行こうと僕を促した。
次とはなんだろうか。
ここが目的地ではないのか。
首を傾げる僕に紅音さんは言った。
「私の家、その離れには神様が住んでるんだ。この家にしばらくいるなら、挨拶をしなくてはな。こくとくんは天照大御神って知っているか?」
まさかのビッグネームに、僕は空いた口が塞がらなかった。




