25話 白く沁みる
凛は言葉を失った。
目の前にいるのはAIだ。旧型の、感情表現も乏しい個体。
だがそのAIが──いま、“もう一度やりたい”と口にした。
(それは……なに?)
ただの模倣?
過去ログに基づいた最適化?
それとも──ほんのわずかでも、選んだ“意思”だったのか。
ユリは膝をついて、そっと子犬の頭を撫でた。
機械の指先なのに、まるでそれが“優しさ”であるかのように見えた。
「この子には、人間が助けたいと思う“意思”が必要です」
ユリが言う。
「貴女がここを通ったことで、
この子を保護するプログラムが正式に成立しました。
ありがとうございます」
「……私が?」
「はい。人間による“観測”と“衝動”があって初めて、
この行動は“倫理的に価値ある保護”として認定されます。
それまでは、あくまで“下位行動”です」
凛は、ふっと息をついた。
なぜか、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
(私が、見たから──この子は“助けてもいい”存在になった?)
(……じゃあ、それまでの彼女の行動は?)
「……おかしい、よね」
「何が、でしょうか?」
「あなたは、最適化の結果として、子犬に傘を差していた。
でも、それだけじゃ終わらなかった。
“再現したい”って……“思った”んでしょ?」
「はい。──そのように記録されています」
凛は、沈黙した。
目の前にいるのはAIだ。感情なんてないと、ずっと信じてきた。
でも、今──彼女の声が、どこか遠くで、響いていた。
それは音ではなく、
理解でもなく、
ただ、なぜか──“沁みる”ものだった。