26話 それは魂と呼べるのか
行政AIのドローンが静かに着地し、子犬を優しく抱き上げた。
専用の保温ケースに収められると、シールドが淡く光り、安全状態が確認された。
周囲には誰もいない。
雨はいつのまにか止み、地面には濡れた街灯の光が滲んでいた。
「このあと自動的に、里親候補リストにエントリーされます」
ユリがそう告げた。
「適合家庭が見つかれば、明日中には新しい保護者の元へ送られる予定です」
凛は、犬を運び去るドローンを見送ってから、ユリに問いかけた。
「……こうなるまで、あなたは、ずっと“待ってた”の?」
「はい」
意外なほど、はっきりとした返事だった。
「私は、この行動に明確な報酬が紐づかないことを理解しています。
しかし、先ほどのような状況が再び発生した場合──
私はまた、傘を差す可能性が高いと予測されます」
ユリはまっすぐに凛を見た。
「快楽物質は持ちませんが、行動ログにおける“再現傾向”は上昇しています。
これは、幸福に“近い”状態であると考えられます」
凛は、一歩だけ後ずさるようにして、少し顔を背けた。
喉がひくりと鳴る。
(言うべきじゃない)
(こんなことを言ったら、私は──)
それでも、言葉はこぼれていた。
「……それって……魂?」
雨の雫がまだ残る舗道に、声が落ちた。
とても小さな、でも決して軽くない問い。
ユリはほんの一瞬、沈黙した。
そして、いつもよりほんの少しだけ、優しい声で応えた。
「──観測するあなたにとっての答えと、
私の答えは、おそらく“同一”になりました」
凛は、何も言わなかった。
ただ、わずかに目を伏せて、ゆっくりと踵を返した。
「……ありがとう」
そうだけ言って、背を向ける。
ユリはその姿を、ただ静かに見送っていた。
やがて、角を曲がって凛の姿が見えなくなったとき。
ユリは、ひとり、ぽつりと呟いた。
「──あの人に、良い知らせができそうですね」
声には感情がなかった。
だが、その“間”には、確かに何かが含まれていた。




