15話 街角のカフェテラスにて
昼下がり。
凛は、ビルの谷間にある小さなカフェテラスに腰を下ろしていた。
天気は“最適”だった。
カフェAIの環境制御ユニットが、今日の客層と予約状況を参照し、風速・日差し・BGMの粒度まで微調整している。
湿度は42%。風は秒速1.7メートル。
少し肌に触れるくらいの、心地よい“春っぽさ”。
──まったく、抜かりない。
凛は天を見上げた。
白くぼやけた雲が、ゆっくりと、たぶん“癒し効果”を演出する速度で流れている。
「人工空です。今週は“うつ気分軽減週”と設定されています」
店のウェイターAIがそう案内したとき、凛は思わず吹き出しそうになった。
「ありがとう。でも私、そんなに病んでないから」
そう言って、手をひらりと振った。
テーブルの上には、ハンドドリップ風のコーヒーと、チーズが香るサンドイッチ。
もちろんこれも“個別幸福指数”に合わせて調整されたもの。
だが、凛はあえて──注文時に“指定しない”を選んだ。
何が出てくるかわからない。
その**“予測できなさ”こそが、楽しみになることもある。**
コーヒーをひとくち。
ほんのり酸味が立ち上がる。焙煎は中浅。温度は好みより1度低い。
──でも、それがいい。
“ちょっとだけズレてる”ものに、凛は人間味を感じるのだった。
隣のテーブルでは、若い男女がAIによる相性マッチングのログを見せ合っていた。
笑いながら、幸福度グラフを比較している。
──それもまた、今の時代の“人間らしさ”なのだろう。
彼女は、否定しない。
否定しないが、自分は自分のやり方で「人間であること」を味わいたい。
ちょっと風に髪がなびいた。
それを指先で整えながら、凛はふと目を閉じる。
AIによる最適化。
感情を誘導するBGM。
計算し尽くされた照明。
すべてが整ったこの世界で──
彼女は、“それでも”自分で感じることを選び取る。
「……悪くない」
ひとりごと。
誰にも聞かれていない。
それでいて、確かにこの言葉には意味があった。
風が、また少しだけ吹いた。




