全身に鳥肌が立ちました
この男は一体なにがしたいんだ。
あれからお風呂までついてこようとするソフィアに、どうにか頼み一人で入った。それからは怒涛の変身タイム。なぜかぴったりサイズのドレスを着付けられ、ヘアメイクが完了すれば、完全に童話の中のお姫様だった。
そうして支度が整った頃、見計ったかのように国王という男と共に、王子様が戻ってきた。王と対峙するのは構わない。聞きたいこと、頼みたいことは山積みなのだから。早々に会えるならその方が好都合だ。
茉莉花は風呂に入りながら、支度をされる間、ずっと考え続けていた。
ここが本当に異世界だとして、いずれ日本に帰れるのか。帰れないなら戸籍は貰えるのか。そのうち働き口だって探さなければならないが、今のところ一文なしだ。衣食住の確保は急務となるが、聖女だなんだと持ち上げられるのは勘弁願いたい。
そうして様々な要求を整理し、会話のシュミレーションまでしていたというのに、今は全てがとっちらかっている。何もかも王子様のせいだ。
「ネイト、お前はなぜ娘を抱えて座っておる」
困惑したような国王の声に、飛びかけていた意識が引き戻される。
茉莉花だって聞きたい。何故王子様は茉莉花を横抱きにしたまま膝に乗せて座っているのかと。椅子をすすめられ腰をかけようとした瞬間、気づいたらこの姿勢になっていた。
「私がそうしたいのです。ごく私的な場なのだから問題はないでしょう? どうか私のことはお気になさらずお続けください、父上」
――いや、問題は大アリだろう。
王子様以外の全員の心が一致した瞬間だった。
どうして誰も突っ込まないんだ。共に来た側近だろう二人の男は見てはいけないもののように目を逸らしているし、王子様の側にいる騎士らしき男は唖然としている。唯一王様の後ろに控える騎士だけが無表情なのが、地味に怖い。
そんな中でマイペースにも紅茶を飲む王子様だけがどこまでも優雅で、さらには「クッキー食べる?」なんて差し出してくるのだからタチが悪い。
「いえ、お気持ちだけで結構です。というか、おろしていただけると嬉しいのですが」
「ごめんね?」
にっこり。
誰も言わないのならと意を決して申し出たのに、どうやら聞く気はないらしい。無駄にキラキラしい笑顔に腹が立つ。一体何がしたいんだ。
「悪戯好きな妖精はきちんと捕まえておかないと。もし気まぐれに飛び去ってしまったら、私は私情で騎士たちの仕事を増やしてしまいかねないからね」
憂いを帯びた顔で仕方なさそうに言っているが、それはあれか。逃げ出したりしたら職権濫用して捕まえるぞと。悪戯というのは、水差しの案件を仄めかしているのだろう。どさくさに紛れて撫でられた左腕に鳥肌がたった。柔らかな雰囲気とその美貌で誤魔化されているが、その言動は中々にえげつない。そもそも妖精ってなんだ。
「自己紹介がまだだったね。私はナサニエル・フォン・シルヴェスター。どうか貴女の名前を教えてほしい。そしてその名を口にする栄誉を、どうか私に」
そう言いながら茉莉花の髪に口付ける仕草は、まさしく物語の中の王子様で。夢見る乙女ならイチコロだっただろう。そしてそれをきっとナサニエル本人も理解している。
しかしナサニエルの誤算は相手が捻くれまくっていたこと、そしてさらに言えば文化的な違いもマイナスに作用した。
その心を掴みたい相手、茉莉花本人は心の底からドン引いていたのだから――。