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妖精か、それとも天使か。もしかしたら女神かもしれない sideナサニエル

 『私は真実の愛を見つけた』


 最近の市井では、そんな言葉から始まる演劇が流行っているという。北方にある国の、愚かな王子が起こした騒動から始まる恋愛劇。

 王族の婚姻とは国の為にあるべきだ。民を愛し、民の為に尽くし、決して驕らず、己を律し、常に国と共に在れる女性。さらに王家の利になる家の出ならば完璧だ。そういう女性を妻にするべき。王族の男は皆、そう教育されて育つ。

 それなのにまさか立太子まで済ませた身でそれを忘れ、お膳立てされた後ろ盾と共に、あっさりと婚約者を捨てたというのだから呆れてものも言えない。


 ――そう思っていた。

 彼女を一目見るまでは。


 あの日王族しか入ることの許されない神殿に、突如としてシルヴェストの気配を感じた。建国以来国を守護している龍神が、祭事でもなく現れるのは珍しいことで、慌てて神殿へと向かう。

 父である国王は怒るだろうが、シルヴェストだけなら特に急ぐ必要などない。急いで欲しければ向こうが直接執務室に乗り込んでくるだろう。あれはそういう男だ。必要以上に(へりくだ)る必要も、怯える必要もない。それでも急いだのは、神殿に侵入者の気配を感じ取ったから。

 

 「殿下っ!? 一体どうなさったのですか!」


 「向かう先は聖域内の神殿だ!エリアスだけついて来い。他は持ち場に戻っていい!」


 慌てて着いてこようとする護衛たちに指示を出しながら城内を駆ける。

 結界が破られた気配はない。しかし異物が存在しているのも間違いない。一体どうやって入り込んだ。龍神の予定外の顕現が、その侵入者によるものだとしたら――。


 「ネイトっ!」


 今後の対応を考えながらたどり着いた聖域の入り口に、右往左往している父がいた。恐らく龍神の気配を感じ駆けつけてはみたものの、一人で対峙する勇気はないというところだろう。

 掛けられた声には答えず神殿を目指す。気になるなら勝手についてくればいい。今は臆病な父を宥めている時間はない。


 バンッ!!


 急ぎ開け放った神殿に足を踏み入れた瞬間、衝撃が走った。

 妖精か、それとも天使か。もしかしたら女神かもしれない。そんな馬鹿なことを考えてしまうくらい、彼女は鮮烈だった。

 龍神の加護を授かった直後なのだろう。その体は淡く輝き、背中に流れる黒髪は艶やかで美しい。


 触れたい。

 触れて、抱きしめて、腕の中でずっと愛でていたい。

 誰にも見せず、触れさせず、その瞳に自分だけを映してほしい。


 「騒がしいぞ。何様のつもりだ」


 咎めるようなシルヴェストの声で我に帰る。不機嫌そうに人型をとっている龍神を見れば、どうやらその声音ほど怒ってはいないらしい。少女が加護を纏う姿を見ても、侵入者というよりは龍神が呼び寄せた客人なのだろう。


 「失礼致しました。ご無礼をお赦しください」


 最大限の謝罪を込めて腰を折れば、なぜかつまらなそうに鼻を鳴らされた。


 「王太子、お前の番は異界へ渡っていた。くれてやるから今後も励め」


 思考が停止し、たっぷり10秒。内容を理解した途端、心が歓喜に震えた。

 目の前で眠る少女は、自分の為だけの存在だという。堂々と囲い込み、思う存分に愛でることを許された相手。

 共に過ごす日々を想像しただけで幸福感が胸を満たし、連日の激務で疲れた体が癒される気さえする。番に対する執着がまさかこれほどとは思わなかった。


 番――魂から惹かれ合うただ一人の相手。


 本来人間に番を見分ける能力はない。しかし唯一と言っていい例外がいた。

 シルヴェスター王国の若き王太子。立太子と共に番の認識能力まで授かった男。

 

 ナサニエル・フォン・シルヴェスター



 それは加護の名のもとに、龍神の血を取り込んだ――その弊害だった。

サブサブタイトル『王太子殿下の壊れた日』

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