発想の転換
初めて遺跡に足を踏み入れてから数日が経った。
いまだ二度目の調査は行われておらず、お父様達は『魔力の糸』を使った罠をどう解除して進むかという話で初手から行き詰まっていた。
他の調査員達の調べによると、ルルの言う通り、魔力を特殊な技法で糸のように伸ばし、それに触れた者の魔力と反発することで罠が発動する仕組みになっているそうだ。
この世界のほとんどの人間は魔力を持っている。
だから、普通ならば誰もがその『魔力の糸』に引っかかってしまう。
だが、多分、わたしだけなら罠には引っかからないのだろう。
欠片も魔力を持たないわたしだけであれば、もしかしたら遺跡の中を安全に動き回ることができるかもしれない。
でも確証はないし、物理的に触れて作動する罠の場合はわたしも引っかかる。
探知魔法をかけながら進めば良いことだと言われればそうなのだが、数メートル進む毎に探知魔法をかけて、また少し進んでというのを繰り返すと魔法を発動させる人があっという間に消耗してしまう。
……何か、もっと効率的な方法が必要なんだよね。
お父様達の間では、一人ずつ探知魔法を使い、ある程度消耗したら別の人と交代して──……という案も出たようだけど、全員が探知魔法を使えるわけではないし、一人だけが罠の位置を分かっても、それを全員に周知させるのが難しい。
一番安全なのは『全員が罠の位置を把握できること』なので、結局、全員が一斉に探知魔法を使って『魔力の糸』がどこに張ってあるか確認する必要がある。
しかし、それはとても非効率的だ。
進みながら一つずつ解除していくとしても、探知魔法を使い、把握して、というのがとても手間で、せめてどこに『魔力の糸』が張ってあるかだけでも簡単に分かればいいのだが。
ピチャン、と水の跳ねる音にハッと我に返る。
「リュシー、釣り竿が揺れてるよぉ?」
ルルの言葉に慌てて釣り竿を掴んで引っ張ったものの、糸の先の釣り針に刺してあった餌だけがなくなっていた。
……ああ、また食べられちゃった……。
ルルも釣り針を見て「またやられたねぇ」と苦笑する。
「魚が餌に食いついたかどうかなんて、外からじゃ分からないよねぇ」
「うん、クウェンサーさんは『浮きが沈むから分かります』って言ってたけど、意外と川の流れもあって揺れたり沈んだりするから分からないかも? もっと水の流れが緩やかなほうがいいのかなあ」
「でも野営地からは離れるなって言われてるしなぁ」
ルルが餌をつけ直してくれたので、もう一度川に釣り針を入れる。
「せめて川の中が見えたらいいのに」
わたしが釣り糸と浮きを眺めていると、ルルが不意に「あ」と声を漏らした。
「どっかで聞いたことあるんだけどぉ、南の国は漁が盛んで、四角い木枠にガラスをはめて、水の中を見られる道具があるんだってぇ。それを使いながら浅いところの魚を銛で獲ることもある〜って」
「へえ〜」
そういえば、前世でもそういうのをテレビで観たことがあったかもしれない。
確かその時は結構大きくて、水に浮かばせているとはいえ、大きくて扱いづらそうだなと思ったのをよく覚えている。
……その時はゴーグルを使えばいいのになって思って──……。
そこまで考えて、パッと頭にアイデアが閃いた。
「ああっ!?」
思わず立ち上がったわたしの手から、離れそうになった釣り竿をルルが受け止める。
ルルは釣り竿とわたしを交互に見てから不思議そうに「リュシー?」とわたしを呼ぶ。
……そうだよ、ゴーグルだよ!!
この世界には魔法があって、罠も魔法の素となる魔力を使っている。
問題になっているのが魔力なら、魔法で解決することができるかもしれない。
「ルル、名案を思いついたかも! 早くお父様達のところに行こうっ!!」
「はいはぁい」
突然言い出したわたしにルルは怒るでもなく、釣り竿を空間魔法に放り込んだ。
わたしがいきなり何か考えつくのはいつものことだ。
ルルと手を繋いで、天幕のところまで戻る。
数日、動きがないせいか少し暇そうにしている騎士達の横を通り過ぎ、みんなが集まっているだろう大きい天幕の入り口に立つ。布が垂れていて中は見えない。
「お話し中、失礼します。リュシエンヌですが、入ってもよろしいでしょうか?」
声をかけると、中で聞こえていた騒めきが静かになる。
ややあってお父様の「入れ」という声が聞こえてきた。
ルルが布を上げてわたしを入れ、後に入ってきて布を下ろす。
調査員やノワイエ宮廷魔法士なども含めた人々が集まっている。
「リュシエンヌ、何かあったのか?」
お父様が穏やかな声で訊いてくる。
連日の議論で解決策が見つからず、みんな少し気が立っているようだ。
そんな中でお父様はいつもと変わらない様子だった。
「あの、お父様。今、皆様で話し合っているのは罠の位置をどのように全員で共有するか、という点ですよね? 全員で探知魔法を使うのは非効率だけれど、全員が罠の位置を把握していなければいけない……合っていますか?」
わたしの言葉にお父様が頷いた。
「ああ、その通りだ。一人ずつ探知魔法を使えば消耗は抑えられるが、結果的に全員に罠の位置を伝える時間と手間がかかる上に、毎回正しく罠の位置を伝えられるとも限らない」
それに今度は全員が『そうだ』というふうに頷く。
「一つ確認ですが、探知魔法は魔法を発動する範囲が広ければ広いほど魔力を消費する、という認識で間違いありませんか?」
「え、ええ……探知魔法は調べる範囲が広いほど、魔力消費も大きくなります」
わたしに突然話しかけられたノワイエ宮廷魔法士が、驚きながらも答えてくれる。
「ではもう一つお訊きしたいのですが、何かしらの道具に付与した探知魔法を使用した場合、魔力消費を抑えることは可能ですか?」
「前もって魔力を込めた魔石を道具に埋め込んでおけば、一時的に魔力を肩代わりしてくれますが……探知する範囲が変わらない限り、魔力消費は変わりません」
つまり、探知魔法を付与した魔道具を使ったとしても、調べる範囲は変わらないので魔力消費量も変わらないということか。
ノワイエ宮廷魔法士が続けた説明では、魔道具を持っている本人しか探知の結果を受け取れない上に、全員分の魔道具に大きな魔石を用意するのはあまり現実的ではないそうだ。魔道具を用意するにも、魔石を入手するにも時間がかかるし経費もかさむ。遺跡調査のために国庫を圧迫するわけにはいかない。
その話に、うんうん、とわたしは頷き、お父様に顔を戻す。
「お父様、メガネを貸していただけますか?」
いきなり話題が変わったことにお父様が目を瞬かせながらも、机の端に置いてあったメガネをわたしに差し出した。
「ありがとうございます」と微笑み、それを受け取った。
メガネはただ透明なガラスがはまっているだけの変装道具だ。
わたしはそれをかけ、ノワイエ宮廷魔法士にもう一度振り向いた。
「一般的なメガネは視力の悪い人のために、このガラス部分に視力を補正するための魔法をかけて作ってありますよね? しかも、ほとんど魔力消費がなく、効率的に魔法が発動されています」
「はい、そうですね……?」
「どうして、かけている間は魔力消費が少ないのかご存じですか?」
「ええ、もちろん。メガネの視力補正はガラス部分のごく狭い範囲で展開されるため、魔力は消費されているものの、人間の負担になるほどの消費量ではありません」
そう、この世界のメガネはレンズ云々ではなく、魔法で視力補正がかかっている。
かけている人間の視力に合わせてピントが合うよう、ガラスの表面に魔法が展開し、その魔法を通して見ているという形なのだ。
わたしはメガネを使ったことがないから忘れていた。
メガネを外し、そして掲げた。
「では、メガネの視力補正を探知魔法に置き換えたらどうなりますか?」
お父様とスウェン様、ノワイエ宮廷魔法士、数名の調査員がハッとした様子でわたしの手元にあるメガネを見つめた。
今はただのガラス入りのメガネだが、これに探知魔法を付与できたとしたらどうか。
それも探知を周辺に向けるのではなく、メガネのガラス部分に探知魔法をかけてメガネ越しに見える範囲のみ有効にする。
普通のメガネが視力補正がかかった景色が見えるなら、探知魔法を付与したメガネは顔を向けたほうに部分的に探知がかかり、その範囲だけ見えるとしたら、かなり魔力消費は抑えられるのではないか。
「たとえばですけど、物の見える範囲というのはこんな感じですよね?」
近くの何も書かれていない紙に横向きの目とメガネを描き、目から正面に向けて広がっていく視界の範囲を描く。イメージで言えば持っているライトから正面に明かりが広がっていくような雰囲気だ。
「つまり、この『視界に入る範囲』のみに探知魔法がかかるようにすれば、かなり魔力消費を抑えて、長時間の魔法展開が期待できると思うんです」
ルルと話した時、水中に箱を入れて見るという話だった。
そこでゴーグルを思い出し、ふと浮かんだのが某有名な怪盗の孫アニメで、特殊なゴーグルをつけると金庫や通路の周りに配置された透明なレーザーみたいなものが見えるようになり、それを避けてお宝を盗み出すというアレだ。
探知魔法は自然にある魔力を感じ取り、周囲の様子を探るものだから罠に魔法発動者の魔力が触れることはない。
探索魔法は発動者の魔力を波のように広げるため、場合によっては相手に感知されてしまうし、罠に広げた魔力が触れると作動してしまうかもしれない。
ちなみに探知魔法も探索魔法も、使った本人は魔法発動によって魔力消費がされるので、近くにいると魔法の発動を察してしまう者もいるとか。ルルは察するタイプだろう。
探知魔法と探索は魔法は似ているので、混同している人も実は多い。
これはわたしも魔法を学ぶまで呼び方が違うだけで同じものだと思っていた。
「しかも重さはメガネをかけている分だけですし、視界範囲内は探知で見えていますし、付与は手間かもしれませんが魔石付きの魔道具を全員分用意するより、まだ安くて現実的だと思い……ます?」
話している最中、天幕の中がシン……と静まり返っていることに気付き、言葉尻が疑問系になってしまった。
……あれ、わたしの言ってること、変かな……?
ガシリと横からルルの腕がわたしの腰に回り、抱き寄せられる。
「あはははは!」
ルルが珍しく大きな声で笑った。すごく楽しそうだった。
「リュシーってやっぱりすごいねぇ! 南の国の、水中を見れる箱からそのメガネまで発想が辿り着いたんでしょぉ? オレ、そんなこと考えもつかなかったよぉ」
ギュッと抱き締められ、わたしが目を瞬かせているとお父様の笑い声もした。
その中に交じってノワイエ宮廷魔法士の「メガネにそんな使い方が……」という呆然としたような呟きが聞こえ、その表情に生気が宿る。
「ノワイエ宮廷魔法士、どうだ? 探知メガネは作れそうか?」
「私は付与魔法についてはさほど優れてはおりませんが、探知魔法を部分範囲指定で付与するくらいならば可能です。そのためにはメガネの魔法式を得る必要はありますが、近隣の街まで出向けばすぐに入手できるかと」
「オレもそれくらいなら多分付与できるしぃ、ただのガラス入りメガネでいいなら急ぎで数を用意してくれそうなところにアテがあるよぉ」
はいはぁい、とルルが小さく手を挙げた。
それにお父様が頷く。
「まずはメガネの魔法式を入手して試作品を作り、実用性があるなら量産しよう」
全員が顔を見合わせた。その表情は最初に比べると明るい。
どうしようもなかった問題に、解決の可能性が現れた。
ノワイエ宮廷魔法士がわたしに深々と頭を下げる。
「あなた様の開発した魔法には以前から驚かされてばかりでしたが……その発想力と機転の良さ、そして未来を切り開く力に心から尊敬いたします」
「えっ? えっと、あ、ありがとうございます……?」
わたしは慌てて、そんな返事をしてしまった。
「あの、でも、すごいのは最初にメガネを開発した人です。わたしはそれを少し応用しただけですし、その、わたし自身は魔法を使えないのであくまで机上の空論に過ぎないのですが……」
「リュシエンヌ、そのように自分を卑下する必要はない」
お父様がわたしの頭をよしよしと褒めるように撫でる。
「たとえ失敗したとしても、きっと解決策の糸口にはなるはずだ。リュシエンヌのこの提案は無駄ではないし、同じ議論を繰り返しているよりずっといい」
微笑んだお父様に「話してくれてありがとう」と言われて嬉しくなる。
わたしは遺跡調査はまったくの素人だけど、役に立てたかもしれない。
……ううん、魔法式の構築だって手伝えるはず!
ずっとルルとやってきたじゃないか。
一緒に魔法式を考えて、ルルが魔法を発動して試してみる。
今回もそれは変わらないし、他の人の知恵を借りることもできる。
「それでは、俺が街でメガネの魔法式を入手してまいります」
スウェン様が言い、ノワイエ宮廷魔法士も手を挙げる。
「わ、私も同行いたします……!」
「ああ、頼んだ」
スウェン様とノワイエ宮廷魔法士が握手を交わす。
きっと希望は繋がっている。どうしてか、そんな自信があった。




