遺跡調査
翌日、調査隊と共にわたし達は入り口だろう場所の前に来た。
入り口は白い石造りだが、そこだけ地面から突出しており、先に聞いていた通り恐らく地下に続いているのだろう。突出した部分だけでもルルの背丈よりずっと大きい。
他に遺跡の建物らしいものは見当たらないので、確かにここが入り口と考えるのが自然だ。
古びた遺跡は周りを軽く払ってあるものの、少し蔦が絡んでいて、表面は僅かに傷んでいる。
「こちらが入り口と思われる場所で、ここに文が刻まれています」
スウェン様が指刺した場所、真っ平な壁のような部分の中心に一文だけある。
『女神に承認されし王にのみ、過去は語られる』聞いていた通りの文だ。
「触ってみてもいいですか?」
「はい、構いません」
ルルがそばにいて、お父様とスウェン様、調査隊が見守る中、壁に触れる。
少しざらざらしているけれど石にしては滑らかな造りで、継ぎ目がまったくない。
何で掘ったのかは分からないが、綺麗に文字は壁に掘られていた。
触っても確かに何も起こらない。
でも、多分、鍵はわたしだ。
「『女神に承認されし王にのみ、過去は語られる』」
瞬間、フッと手に触れていた壁が消えた。
ルルがわたしを抱き締めるけれど、大丈夫だとその腕に触れる。
おお、とどよめきが広がった。
壁だったはずのそこが消え、ぽっかりと大きな穴が広がっており、奥は暗い。
どうやら本当に地下に続いているようで、足元は階段になっていた。
「おお、開いた! 一体何がっ!?」
「わたしにも分かりませんが……やはり旧王家の血筋が鍵だったのかもしれません」
「なるほど!」
調査隊の数名が出入り口を覗き込み、手に持ったランタンを掲げてみるけれど、深くまで続いているのか階段しか見えない。ただ風が流れ込んでいるので、他にもどこかに中と外が繋がる場所があるのかもしれない。
出入り口でまずはノワイエ宮廷魔法士が詠唱を行い、遺跡内部の探索を行う。
「どうだ?」
お父様の問いにノワイエ宮廷魔法士が首を横に振った。
「探索魔法が弾かれてしまい、内部の構造を把握することはできませんでした。……ただ、精神干渉系の魔法が感じられます。恐らく弱体化と方向感覚を狂わせるものが主だと思います」
「そうか」
「助けとなるかは分かりませんが、皆様に対抗するための魔法をかけてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
ノワイエ宮廷魔法士が詠唱を行い、頭上に魔法式が現れ、全員にオレンジの光の粒子が降り注ぐ。ルルが何も言わないということは大丈夫なのだろう。
今一度、全員の装備が整っているか確認する。
「それでは中に入ってみよう。皆、気を引き締めて行くように!」
お父様の言葉に隊員達が返事をする。
そして、調査隊の騎士達、ノワイエ宮廷魔法士、スウェン様とお父様、わたしとルル、他の調査員、そして騎士達という順で入っていく。
遺跡の中は暗く、ランタンを持っていないと歩き回るのは難しそうだ。
微かに土と植物、澱んだ空気の臭いがした。風が入っているので酸欠になって死ぬことはなさそうだけれど、しばらくは澱んだ空気の臭いを嗅ぐことになりそうだ。
内部も白い石造りだが、少し長い階段を降りていくとやや広い場所に出た。
多分、通路らしい。天井は四メートルほどだろうか。かなり高い。
壁には彫刻が彫られているようだけれど、暗くて何が掘ってあるかは分からなかった。
「二手に分かれますか?」
「いや、何があるか分からない。手間だが、片道ずつ潰していこう」
「かしこまりました」
スウェン様とお父様が話し、まずは通路の左手の道に進む。
壁は白い石造りだけど、足元はくすんだ灰色で、でも普通の岩や石とは違ってきちんと『床』だった。歩く度にカツコツと音が響く。
「結構広そうだねぇ」
と、ルルが言う。
「分かるの?」
「足音がよぉく響いてるでしょ? 多分、奥まで広がってるんだよぉ」
そう言ったルルは眉根を寄せていた。
「大丈夫?」と訊けば「大丈夫だよぉ」と返される。
先ほどノワイエ宮廷魔法士が言った精神干渉系魔法がルルにもかかっているらしく、少し背中がゾワゾワするのだとか。あまり良い感覚ではないのだろう。
わたしには特に何も感じられないので首を傾げていれば、ルルが微笑む。
「リュシーには精神干渉系の魔法は効かないからねぇ」
「魔力がないから?」
「せぇか〜い。精神干渉系魔法は、魔法で相手の体の魔力に触れて作用するものだからぁ、魔力のないリュシーには効果がないんだよぉ」
魔力のあるルルには効くのだろうか。
でも、ルルが魔法にかかってしまうところは想像できない。
遺跡に入る前に弱体化もあると言っていたから、この中ではみんな、いつもより弱くなっていると一応考えておいたほうがいいのかもしれない。
しかし、ノワイエ宮廷魔法士が対抗するための魔法をかけたのでどうなのか。
色々と気になるところだけど、今は遺跡探索に集中するべきだ。
全員が警戒しながら歩いていると、カチッ、と音がした。
……カチッ?
瞬間、ルルに抱き寄せられ、キィンッと甲高い音が響く。
似たような音がいくつも響き、足元にカランッと何かが落ちた。
「ちょっとぉ、気をつけてよねぇ」
ルルの声がして、足元を見れば矢のようなものが半分に折れて落ちている。
すぐに「大丈夫か?」と、お父様の声がした。多分、これは罠だ。誰かが罠を発動させて矢が飛び出してきたのだろう。
お父様達もいつの間にか抜いていた剣を仕舞う。
「罠がある遺跡か。……誰か何か触ったか?」
スウェン様の言葉に全員が首を横に振った。
けれども、一人が「彼が壁を触っていました」と言い、示されたほうは「え?」と酷く驚いた顔をして自分を指差した。
「お、俺、触ったつもりなんてなくて……申し訳ありません……!」
慌てているのは調査員の一人で、どうしよう、というふうにオロオロしている。
思わずといった様子で調査員が一歩後ろに下がると、その足元でまたカチッと音がする。
全員が身構えて、でも、何も起きなくて、全員の頭の上に『?』と浮かんだのが分かった。
けれどもすぐにドゴンと音がして、全員が道の先を見れば、球体状の岩があった。
それが、ゴロ……とこちらにゆっくりと転がってくる。
「おっとぉ」
ルルがわたしをひょいと抱き上げた。
ゆっくりと転がってくる岩にお父様が「総員、下がれ!」と叫び、慌てて元来た道を戻る。
ゴロ……ゴロ……と背後の暗闇から岩が転がる音がする。段々その音が近づいてくる。
わたしを抱えつつ道を戻っていたルルが立ち止まり、わたしを下ろすと片手で抱き寄せ、もう片手を暗闇に向ける。
「ルフェーヴル!」というお父様の声に重なるようにルルが詠唱した。
ゴロゴロゴロと聞こえていた音が、ザクザクッと何かが切れるような音に変わり、ガラガラと何かの崩れる音で静かになる。
近づいてきたお父様がランタンを掲げれば、岩が細切れになっていた。
「壊したほうが楽だからねぇ」
と、ルルが言う。
「瓦礫を退ければ通れそうだが……よく壊そうと思ったな」
「鉄球じゃないのは見えたからさぁ。オレだったら棘付きの鉄球に油で火をつけて転がすけどぉ、ココを作ったヤツはそこまで手間をかけなかったみたいだねぇ」
「遺跡を作った誰かがお前のような者でなくて良かったと、心から思う」
言いながら、お父様が苦笑する。
全員が戻ってきたものの、先ほどの調査員は青い顔で何度も謝罪している。
罠に触れてしまったのも、発動させてしまったのも仕方ないが、なんだか様子がおかしい。異常に怯えているというか、不安そうだ。
それにノワイエ宮廷魔法士が「失礼」と声をかけ、詠唱を行い、その調査員を調べた。
「やはり……精神干渉魔法がかかっています。これは不安や恐怖を増幅させて……罠に誘導する類いのものも含まれているようです」
ノワイエ宮廷魔法士が詠唱を行い、地上で使ったものと同じ魔法を調査員にかけると、調査員は「……あれ?」とキョトンとした様子で顔を上げた。
「俺、一体、何を……?」
「精神干渉系魔法にかかっていました。不安や恐怖心を強め、混乱状態にさせた上で無意識に罠にかかるよう誘導されていました。……それほど強い魔法ではありませんので、気をしっかり持ってください」
「は、はいっ!」
様子が変だったのは魔法のせいらしい。
……魔法って便利だけど怖いなあ。
眺めているとルルが辺りを見回した。
「ソコとソコ、あとソッチにも罠っぽいのがあるねぇ」
「なんで分かるの?」
「うーん……勘? っていうかぁ、誘導されてるってことは『触りたくなるところに罠がある』ってことだからねぇ。気になったところは罠って思っていればいいんだよぉ」
「なるほど」
逆にそれが分かっていれば触らずに行けるのではないだろうか。
……いや、でも触らないと発動しない罠ばかりじゃないだろうし。
「とりあえず互いに壁や物に触らないよう監視し合うしかないか」
「そうですね。……精神誘導とは、また厄介な……」
お父様とスウェン様が苦い顔で話しているが、わたしにはまったく分からない。
……本当にわたしは効かないんだなあ。
岩のせいでいくらか戻ってしまった道をまた進む。
けれども岩と遭遇した場所より少し先に進んだところでルルが「待った」と声を上げた。
ルルが詠唱を行い、何かの魔法を発動させ、ジッと宙を見つめる。
「リュシーはココにいてぇ」
と、言ってルルが先頭に歩いていく。
そして、一人で数歩先に出て、手を伸ばした。
「ん〜、コレかなぁ」
ルルが言い、何かに触れる仕草をした途端、ルルがパッと飛び退いた。
その半拍後にルルのいた場所をブォンと大きな刃が横から通り抜け、ズシン……と壁に突き刺さる。思わず「ひゃっ」と声を上げてしまった。
「探索魔法は効かないけどぉ、探知魔法ならまだ使えそうだよぉ」
「どういうことだ」
「探知魔法を使えばぁ、道に張り巡らせてある魔力の糸が見えるってことぉ」
ルルが言いながらわたしのそばに戻ってくる。
お父様達も詠唱をして、何やら魔法を発動させていた。
「魔力の糸?」
「うん。多分だけどぉ、魔力を集めた見えない糸みたいなものが張ってあって、それに魔力のある人間が触れると魔力同士が反応して罠が作動するっぽいんだよねぇ」
「じゃあ、さっきのはルルがその魔力の糸に触れたから罠が動いたの?」
「そういうこと〜」
……魔力のある人間が触れると作動する……。
「じゃあ魔力のないわたしは?」
ルルが目を瞬かせた。
「どうだろうねぇ。……試してみたい〜?」
「うん」
「じゃあ、さっきの罠で試してみよっかぁ」
お父様達があちこちを確認している中、ルルと壁に突き刺さった大きな斧みたいな刃のところに行く。お父様が心配そうな顔で振り返った。
「大丈夫か?」
「罠が発動したらオレが対処するから大丈夫だよぉ」
ルルが何もない宙を指差した。
「ココから、こう糸が伸びてるよぉ」
「……見えない」
「どういう技術なのか分からないけどぉ、魔力を糸にするって面白いよねぇ」
どうぞ、と手で示されて、えいやと宙に手を伸ばした。
何も触れる気配はなかったし、何か罠が作動する様子もない。
「何も起きない……?」
「みたいだねぇ。リュシーは魔力がないから、そもそも触れてないんだろうねぇ」
「ルルは触れたら何か感じた?」
「ホントにちょ〜っとだけど、蜘蛛の糸が肌に触れるみたいな雰囲気はあったよぉ」
何度もジャンプして空中に手を伸ばすけど、何も起きない。
お父様に「リュシエンヌ、ルフェーヴル」と呼ばれて戻る。
「一度戻り、攻略法を考える。探知魔法で罠の位置が分かるなら対策はできるが、進む度にかけるとなると、かなり手間がかかりそうだ」
「まあ、そうだろうねぇ」
そういうわけで、今日の遺跡調査は終わることとなった。
元来た道を戻り、長い階段を上がって地上に出る。
暗いところにいたからか、眩しくて思わず目を閉じるとルルの手がわたしの目元に陰を作ってくれた。
「いきなり大きく開けないで、目を細めながらゆ〜っくり開けるんだよぉ」
と、ルルに言われて、その通りにする。
一度目を閉じて、じりじりとゆっくり細目から目を開けていく。明るさに慣れるともうなんともなかった。
「ルルは眩しくなかった?」
見上げれば、ルルはニコリと微笑んだ。
「オレは大丈夫だよぉ」
よしよしと頭を撫でられる。
「私達は攻略法を考えるから、リュシエンヌ達は好きにしていなさい。ただし、あまり野営地から離れないように」
「じゃあ釣りでもしようかねぇ」
ルルの返事にお父様は微笑み、そしてスウェン様や調査員、ノワイエ宮廷魔法士達と共に大きな天幕に戻っていった。
騎士達も各々、やることがあるようで散っていき、わたしとルルが残される。
「リュシーが疲れてないなら、川でも行こっかぁ?」
「うん、行く」
その後、ルルと二人で近くの川で釣りをした。
一本の釣り竿を二人で眺め、たまに揺れたり、魚がかかったりして、昼食も忘れてルルと二人で魚釣りに夢中になってしまった。
……でも、一匹も釣れなかったけど。
魚のほうが賢いのか、餌ばかり食べられてしまった。
川を眺めながら過ごす時間が楽しかったから、魚が獲れなくてもちっとも残念じゃなかった。
……こういう過ごし方も素敵だなあ。
その日の夜、屋敷に帰るとルルが「この釣り竿、役に立たないよぉ」と文句を言っていて、クウェンサーさんに「釣りの才能がないのでは?」と返されていた。
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