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XXVII


関西のとある町外れにある古民家の薄気味悪い一室でイスに腰掛けながら足を組む青年はどこかイクトのことを待ち望んでいるように見えた。


青い髪、前髪二本が触角を思わせるように額にかかっており、紫色の瞳は底知れぬ何かを感じさせる。


何者なのか気になるが、室内だというのに何やら黒いローブを身に纏って全身を隠している。


そしてその青年は不敵な笑みを浮かべると一人で話し始めた。


「かならずアイツはここに来る。

運命に翻弄され、己の道を迷う愚か者のオマエは確実にここへやって来る。

そしてオマエはオレの力を……」


青年が一人で話していると突然部屋の扉が開き、誰かが中に入ってくる。


扉が開くと青年は舌打ちをし、扉の方に向けて不機嫌そうに言った。


「おいバカ。

雇われの身でいつまで学習しない気だ?

ここに入る時はノックしろって何度も……」


「悪いがそういう話は後にしろ」


部屋に入ってきた何者かが青年に向けて一言告げると突然この部屋が冷気に包まれ、そして急激に部屋の温度が下がり始める。


この急な変化に異変を察知した青年は組んでいた足を直すと真剣な表情になり、入ってきた何者かに問うように話し始める。


「オマエ、何者だ?

どうやってここまで入ってきた?」


「質問の多い男は嫌われるぞ。

それに安心しろ、オレはオマエの敵ではない」


薄気味悪いほどに薄暗いこの部屋に入ってきた者……黒いコートを羽織り、素顔と頭を隠すように頭部を覆う豹にも似た氷で出来たかのような仮面を付けた男が青年に向けて歩み寄っていく。


「オマエ、一体……」


「ウィンター、敢えて今はそう名乗っておく」


仮面を付けた男はウィンターと名乗る。

男……このウィンターという男、声だけを聞くと若い少年のようだ。

そして黒いコートを纏うその体も大人というよりは未だ成長途中にある思春期男子のような雰囲気がある。


ウィンターを前にした青年がそう感じながらウィンターを見ていたが、ウィンターに質問をした。


「……過去に何度かオレと会ったことがあるか?」


「ああ、何度か世話になったな。

その時はちゃんと本名で取り引きさせてもらってたがな」


「この冷気……オマエ、氷の……」



それより、とウィンターはコートから何かを取り出すとそれを青年が座っている前に置かれているテーブルに向けて投げ置いた。


無数の資料や試験管などの並ぶテーブルに置かれたのは金の入った封筒だった。


封筒の口が開いているがために投げられた衝撃で中身が露出してしまうのだが、その額は数百万だと思われる。


「この金は?」


「これは突然の訪問に対する謝罪だ。

外にいた彼にもここに入れる代わりにと同額渡している」


「……無事なのか、アイツは?」


「安心しろ、あの傭兵は無事だ。

そして……オマエとあの傭兵にある仕事を依頼したい」


青年の言葉に対して淡々と答えていくウィンターはコートから何かの資料を出すとそれを青年に手渡した。


受け取った青年は恐る恐る資料に目を通すとウィンターに向けてある確認をした。


「……オレが請け負うメリットは?」


「質問が多いな、オマエ」


確認しようとする青年の言葉に男はため息をつきながらも少し笑い、その上でウィンターは青年の質問に対して納得する答えを返した。


「オマエが始末したい男の死ぬ瞬間を目撃出来る。

これだけでもメリットはあるはずだ。

あの男が消えればこの界隈の金銭の流れはオマエが支配したも同然だ」


「見返りはその金の流れか?」


「いいや、金なんざ幾らでも手に入るから必要ない。

オレが欲しいのは……その男の死によってもたらされる結末だけだ」


「金はいらない?

変わったヤツだな」


「オマエに言われたくはないな。

こんな何も無いような辺境の地で情報を流して金を得て何を企んでいる?」


決まっている、と青年は一言言うとウィンターに問われたことについての答えを返した。


「備えておいて損は無いからだ」


「……なるほど。

オマエ、やっぱり変わったヤツだよ」




***


…………夜


ヒロムの屋敷。


現在そこでヒロムの監視下に置かれるという名目上で住んでいるイクトは家主のヒロムの部屋に訪れると彼にある物を渡そうとしていた。


「これ、昼間に頼まれてたやつ」


イクトがヒロムに渡したのは茶封筒で、ヒロムはそれを受け取ると中身を確認するように開ける。


そして茶封筒の中に入っているものを見たヒロムは少し意外そうな顔をしていた。


「早いな……まさかとは思うが頼まれるの分かってて用意したのか?」


「そんなわけないだろ?

というか愛咲リナについて調べるのは時間はかからなかったよ」


ヒロムが茶封筒から資料を取り出すとイクトは彼が目を通そうとしている資料の内容について簡単に話していく。


「愛咲リナ。

生年月日は四月の七日。

幼少にバイオリンを習っていた経緯があり、現在は仲のいい友人二人とバンドに興味を持ちつつあるオレらと同い歳の……」


「オレは別にストーカーみたくプライベートな部分を知りたいから頼んだんじゃないんだが?」


「……前起きだよ、前置き。

彼女に関しては前置きぐらいしないと話す内容ないんだよ」


「……どういう事だ?」


イクトの言葉が気になったヒロムは彼に説明を求めるかのように訊ね、訊ねられたイクトはヒロムが白崎蓮夜の指示で護衛することになっている愛咲リナについてある事を伝えた。


「彼女には何も狙われる理由はない。

彼女の友人が間接的に関与してるのかと思ってそこも調べたけどそもそもそんな物騒な噂もないしただ普通に学生生活を楽しんでるくらいの情報しかなかった」


「なら何のために……」


それなんだけど、とイクトはヒロムが持つ資料のある部分を指さすと続けるように説明した。


「彼女を護衛するのは多分これだと思う」


「これだと……?

オマエまさかこれって……」


「オレはアンタが「月翔団」の団長から彼女の身に危険が迫ってるから守れと言われたんだと思っていた。

多分、アンタも同じように思ってただろうけど……実際に真実を探ろうと蓋を開ければ彼女の護衛はこの一連の件を隠すための蓋でしかなかった」


「つまり……」


「言い方悪くなるけど、アンタは利用されてる。

何のためかは分からないけど、アンタを守るはずの存在がアンタを利用して何か企んでいる」


「……」


イクトの言葉を聞いたヒロムは少し黙ってしまう。

いや、これはおそらく誰でも沈黙してしまうだろう。


彼は愛咲リナに狙われる理由があると考えて護衛を引き受けたであろうし、イクトの集めた情報から出た真相はそんな彼の思いを簡単に壊してしまうものだったのだ。


黙るヒロム。

そのヒロムに何か言葉をかけようと思うイクトだが、イクトが声をかけるよりも先にヒロムはため息をつくとイクトに対してある事を質問した。


「……このこと、他に誰が知ってる?」


「今はオレとアンタだけだ。

ガイとソラにはこれからアンタの護衛の件で説明するけど……」


「ロビンも同伴するんだ。

だからロビンにも伝えろ」


いいのか、とイクトは思わずヒロムに確認を取ってしまう。


「ロビンさんのことは疑ってないけど……ロビンさんって今「月翔団」に属してるんだろ?

だったら団長に報告されるんじゃ……」


「蓮夜を騙してもらうために手を借りるんだぞ。

その協力者が自分を追い込むようなヘマすると思うか?」


「……確かに。

愚問だったな」


「そういうことだ。

それで、出立は?」


「……今からだ」




***



屋敷の外。


そこには雨月ガイと相馬ソラが身支度を済ませて待っていた。


そしてもう一人、ブロンドの髪に赤いマフラーを巻いた青年がいた。


彼の名はロビン、かつて「射絶」のロビンとして恐れを抱かれた能力者でイクトが伝説の賞金稼ぎと呼ぶ男だ。


「……旦那との話、長いな」


「ガイ、何か聞いてないのか?」


さぁな、とイクトが来るのを待ちくたびれるロビンを見かねて質問したソラに対してガイは一言返すと屋敷に目を向けながら話した。


「何か頼まれてたのは確かだけど、それについては何も聞いてないから分からないな」


「ヒロムがアイツにね……。

ロビンではなくわざわざアイツにか?」


「旦那なりに気遣ってんだろ?

これでもオレ、団長騙してるからな」


「……そんなのいつものことだろ」


「いつものことだと思うなら少しは労ってくれねぇか?」


断る、とソラが冷たく返すとロビンは残念そうにため息をつき、ロビンがため息をつくとタイミングよく屋敷の入口からイクトがヒロムとともに出てきて姿を見せる。


「遅いぞオマエ!!」


「ごめんごめん、少し話しててね。

それよりも……」


姿を見せたイクトに向けてソラは少しキレ気味に言うが、イクトはかなり軽めに謝るとロビンのもとへと駆け寄り、そして一礼すると彼に自己紹介をした。


「黒川イクトです。

アナタのこれまでの歴戦の噂は聞いています。

伝説の賞金稼ぎとして名を馳せられたアナタとお会いできて光栄です」


「大袈裟だな……ハンター。

いや、元だったか?

オレもオマエの噂は聞いてるよ。

旦那に手を出そうとして生きてる者同士仲良くやろうぜ」


「はい!!」


ロビンが握手を求めるように手を差し出すとイクトは力強い返事をすると共に彼の手を握る。


二人が握手を交わす中、ヒロムは咳払いをするとガイとソラに対してある事を伝えた。


「イクトの事は任せる。

それと愛咲リナの護衛の件についてイクトに調べさせたからそれについては道中聞いてくれ」


「何か裏があるのか?」


「最悪の場合、オレは蓮夜と戦う。

そうなったらガイ、あとは任せるぞ」


「任されたくないがな……」


「オレとオマエの仲だろ。

あとソラも」


「オマエ、オレのことついでみたいに言ったな?」


気のせいだ、とヒロムは一言ソラに言うと今度はロビンに向けてある事を頼んだ。


「万が一にも蓮夜にバレて追っ手が来た時はオレの名前を出せ。

アイツの事だからオレの所に迷わず来るはずだ」


「そこで旦那が黒川イクトから得た真相を突きつけるんだな?」


「……多少の時間稼ぎにはなるはずだ。

それに騙した云々ならヤツが先に仕掛けたことだ。

文句言ってきたら殴り返してやる」


「旦那は相変わらずだな。

そういうことなら任せとけ。

オレができる範囲でフォローしてやるからよ」


たのむぞ、とヒロムがロビンに一言伝えるとイクトはロビンとの握手を終えてガイ、ソラ、ロビンに向けて改めてお願いするように言った。


「キキトを見つけ出すためにネクロのもとに向かう。

オレだけじゃ無理かもしれない……だから力を貸して欲しい」


「まぁ、旦那の頼みと可愛い後輩の頼みだ。

付き合ってやるよ」


「ここまで来たなら最後まで付き合うさ」


「……」


イクトの言葉に反応するようにロビンとガイは力を貸すことを伝えるが、ソラは何も言わずに黙っている。


黙っているとイクトたちの視線がソラへと集まり、視線の集まるこの状況に耐えれなくなったソラは舌打ちするとイクトに向けて少し冷たく告げた。


「仕方ねぇから付き合ってやるよ……」


「ありがとな、ソラ」


「……今回だけだ」


じゃあ、とイクトはヒロムの方を見ると彼に向けて伝えた。


「キキトのことは任せてくれ」


「ああ、オマエに任せてオレは楽させてもらう」


ヒロムと言葉を交わしたイクトは頷くと彼に背を向け、そしてガイたちに向けて伝えた。


「行こうぜ!!

キキトを見つけ出すため……ネクロを探しに!!」

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