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メビウス  作者: 綾野祐介
2/4

メビウス2日目

メビウス 2 綾野祐介



 昨日とほとんど変わらない今日が始まる。

そして多分明日も今日とほとんどかわらない

だろうと漠然と思っていた。あんな経験をし

た次の日でさえ、電車に乗れば事務所に着く、

と漠然と信じていたのだ。


 勤め先に向かうためにその日も電車に乗っ

た。折り返しの始発電車なので必ず座れる。

新快速の2つ目の停車駅に着く少し前で架線

の連結の関係なのかいつでも一瞬停電する。

いつものことなのだが、その日は少し違って

いた。また何か違和感があった。言葉では説

明できない。昨日と同じだ。

 背中がむずがゆいような感じとでも言うの

だろうか。降りる駅は4つ目だ。少し手前で

停車の為に電車がスピ-ドを落とした。電車

がホ-ムに入ったので席を立った。

 しかし、やはり電車が止まらない。県庁所

在地の駅なので快速電車は勿論、新快速電車

も必ず止まるはずの駅だった。


「あれ?止まらない。」


 独り言のように呟いたが、周りの誰も気に

とめようともしない。電車はすぐにトンネル

に入ってしまった。トンネルを通過すると

県外だ。それなのに誰も騒ぎもしない。毎日

毎日乗っている同じ電車のはずだった。昨日

と同じだ。やはり何かがおかしい。


「あの、大津には止まらないんですか?」


 すぐ横に立っていた中年のサラリ-マン風

の男の人に尋ねてみた。昨日も確かこの人に

聴いたような気がした。が、怪訝そうに睨み

かえしただけで、返事をしてくれなかった。

 やがてアナウンスが入った。


「次ぎは終点、終点。」


 終点と言うだけで駅名を言わない。暫くし

て電車は駅に止まった。乗客は全て降りるよ

うだ。最後の一人になって慌てて私もホ-ム

に下り立った。大津の次の駅なら山科のはず

だ。しかし、見慣れない駅だった。山科では

ない。ロ-カル線の駅のようだ。線路もいつ

のまにか単線になっていた。


「あの、ここはどこでしょうか?」


 駅員に聞いてみた。また例の怪訝そうな顔

で無視するだけだ。しかたなく改札をでた。

自動改札ではなく定期を見せるとそのまま通

してくれた。ふと定期を見てみるとまた始発

~終点の定期になっていた。何がなんだか解

らない。

 駅前の通りには寂びれた感じの商店街が並

んでいた。時計を見てみると午前9時ちょう

どだった。大津の次の駅に降りたのだから辻

褄は合う。


「そうだ、事務所に電話いれないと。」


 思いついて携帯で事務所に電話を入れた。

呼出音は鳴るのだが誰も出ない。この時間に

誰も居ないことは有り得ないはずだ。やはり

何かがおかしい。公衆電話でもう一度かけ直

してみた。結果は同じだった。誰も出ない。

電話は繋がる。でも誰も出ない。


 駅前の店を見てみた。喫茶店が一軒、クニ

-ニング屋らしき店が一軒と続く。喫茶店に

入ってみることにした。


「いらっしゃい。」


 いかにも面倒げに若いウエイトレスが見向

きもせずに声をかけた。入ってすぐの席に越

しを下ろすと安物のコップに入れた水をどん

とテ-ブルに置きながら、


「まだ早いんでろくな食べ物はできませんけ

ど。」


 と無愛想に言った。私は縋るように聴いた。


「あのう、私を覚えていませんか?」


「知りませんよ、へんな人、頭大丈夫?」


 頭が変になりそうなことは確かだが、まだ

大丈夫だとは思っている。


「確かに変になりそうなんだけど本当に此処

が何処かわからないんだよ。教えてくれない

か。大津の駅を過ぎたところまでしかはっき

りしていないんだ。」


「おおつ?、それってどこよ。」


「大津は滋賀県の県庁所在地じゃないか。」


「しがけん?、解らないわ。」


 ふざけている様子はない。本当に解らない

ようだ。すると一体。


「じゃあここはどこなんだ?」


「ここは****よ。決まってるじゃな

い。」


「なんだって?、もう一度言ってくれ。」


「だから****だって。お客さん注文する

の、それともからかいに来たのどっち?」


 肝心のところがどうしても聞き取れない。

知っている名前のようなのだがはっきりしな

い。


「わかったよ、そう怒るなって。ホットコ-

ヒ-をひとつたのむよ。」


 ウエイトレスはぷぃっと奥へ引っ込んでし

まった。


 私は途方に暮れてしまった。訳が解らなく

降りた駅が終点で、入った店の店員は大津も

滋賀県も知らない。夢か幻か何かの大掛かり

な冗談か。しか私一人を騙したりからかって

いるにしては大掛かり過ぎる。やはり夢か。

実際にはまだ電車の中だろうか。まさか、と

思いつつ頬を抓ってみた。古典的な方法だ。


「痛てっ。」


 昨日も痛かった。今日も痛い。少なくとも

現実味があるようだ。無気味なものを見るよ

うに恐る恐るさっきのウエイトレスがホット

コ-ヒ-を運んできた。味わいもせず飲み干

してレジに立った。


「350円です。」


 まさか、と思ってはいたが用心して小銭を

用意していた。


「これでいいかな。それと今年は昭和73年

だったよね。」


 ウェイトレスは何当然なことを聴いてるの

よ?、という顔で睨んだ。


 私はこれ以上聞くとつまみ出されそうなの

で店を出た。商店街を歩きながら考えた。

 年号は昨日と同じだ。しまった、日付を確

認するのを忘れた。

「ごめん、今日は何月何日だったっけ?」

「7月1日、これでいい?」

 昨日は6月30日、あっている。

 何が現実で何が虚構なのか。頭の中で様々

なものがぐるぐる回って来た。本当におかし

くなりそうだ。ただ、昨日6月30日に来た

ことは、史実としてはここでは起こっていな

いことになる。あくまで今日、7月1日に私

は初めてここに来たことになるのだ。


 商店街を駅とは違う方向へ歩いてみた。

 あいかわらず振り返ってみると靄がかかっ

ていてよく見えない。そして今向かっている

方向にもやはり靄がかかっていてよく見えな

い。

 自分がいる前後約50m程度がハッキリし

ているだけだ。商店街の裏にもビル街とかが

在ってもよさそうなものだが、ここにも靄が

かかっている。

 なにかがおかしい事には違いないのだが、

ここまでおかしいと夢としか思えなかった。

ただ足元には確かに地面があり、周りのもの

に触れると本物としか思えない触感がある。


「どないせぇっちゅうねん。」


 ちょうど昨日と同じ場所で関西弁で嘆くし

かなかった。暫く歩くと前を横切る人影があ

った。渡辺さんだ。

昨日のことがあったので声をかけられなか

った。

 表札を見ると「渡辺」とある。確かに渡辺

さんの家だった。

 私は思いきって呼び鈴をおしてみた。


(ピンポン、ピンポン)


 直ぐに家の住人が出てきた。奥さんだ。


「何か?」


「いえ、ちょっと今そこで渡辺さんをお見か

けしたものですから立ち寄ってみたただけな

のですが。」


「お知りあいでしたか、どちら様でしたでし

ょう。」


「綾野、綾野祐介といいます。ぜひ渡辺さん

とお話したいのですが。」


 昨日よりは多少落ち着いた口調で話せた。

だが、昨日の二の舞いは御免だ。


「ちょっとお待ちください。」


と言い残して奥に入って行った。

今日はわりとすんなり家の中へと案内され

た。渡辺さんが私を「知らない。」とは云わ

なかったのだろうか。


 昨日と同じ和室の客間に通された。今時流

行らない独立した和室で、客室以外使い道が

無く、殆ど人の出入りの無い無駄なスペース

だ。


「よくいらっしゃいました。確か、昨日もお

遭いしましたね。ところで、急にご訪問いた

だいたのはどんなご用件でしょう。」


 昨日遭った、彼は私を覚えている。ここで

遭ったことか。それとも私の家の近所で帰り

道に遭ったことだろうか。


「突然、お伺いして申し訳ありません。実は

信じていただけないかも知れないのですが、

ここが一体何処で、なぜ私がここに居るのか

どうもよく判らないのです。」


 既に不信そうな眼差しで私を見ていた渡辺

氏が、更に不信の目を深めた。


「それで私にどうしろと?」


 渡辺氏の言葉は当然のことだった。ただ私

にもその回答は用意されていない。


「私を助けていただけませんか?何でもいい

んです。何かを見つけるきっかけになること

を探しているのです。」


「そうおっしゃられてもねぇ、具体的にどう

しろ云ってくだされば、こちらもそれ相当

の。」


 そこで、渡辺氏はふと考え込んでしまった。


「そもそも何で私があなたに何かをしなけれ

ばいけないんですか。確かにご近所になった

のですから、私に出来ることはさせていただ

くことに吝かではありませんが。」


 渡辺氏は多少不機嫌になってしまった。そ

こにお茶を運んできた奥さんが割って入った。


「あなた、綾野さんはお困りのようなのに助

けてあげてもよろしいんじゃなくて?」


「わかったよ、そんなに怒らなくてもいいじ

ゃないか。それで結局私にどうしろと?」


「基本的なことを教えていただけませんでし

ょうか。まず、今日は何日なのでしょう。」


「今日は昭和73年7月1日の水曜日です。

それから?」


 昭和73年と言うことを除けば私の記憶と

違いは無い。


「ここは一体何処なのでしょうか?」


「ここは」


 渡辺氏が話し出そうとしたそのとき、台所

のほうからバタバタと走る音がした。奥さん

がこっちに走ってきたらしい。まずい、昨日

と同じだ。


「どうした?」


 渡辺氏の問いかけにドアをあけた奥さんの

手には小ぶりの包丁が握られている。


「なんだ、お前、いったいどうしたんだ。」


 奥さんの目には憎悪の炎が燃えているかの

ようだった。包丁をこちらに向けて興奮気味

に部屋に入ってきた。台所で彼女を私への憎

悪に駆り立てる何かがあったのだろうか。


「あなた、この男はね、我が家にとっての厄

災そのものなのよ。わからないの?ノストラ

ダムスが予言していたとおり、7の月に災い

を運んできたのよ。」


 「それは来年の七月の話だろう、落ち着い

て包丁を渡しなさい。」


「違うわ、今年は私達にとって数え年で19

99年なのよ。」


 怒っている表情さえも見覚えのある通りだ。

とりあえず、この場は渡辺氏に任せて逃げる

に限る。昨日のこことは微妙に変わっている

渡辺氏と私の係わりにも興味があったのだが

それどころの騒ぎではなかった。


「すいません、これで失礼します。奥さんに

は落ち着かれてからよろしく言っておいてく

ださい。」


 なんとか、その場を逃れて私は家の外へと

出た。


「あの男を放っておくとこの世界が滅びるの

よ。あの男は厄災そのものなの、あなたには

判らないの?」


 家の中からヒステリックに叫ぶ声が聞こえ

る。私はあわててその場を立ち去った。

 しかし、何だろうか。あの奥さんの急変は

理解できない。

 私は元来た駅の方角とは違う反対の方へ走

った。直ぐに追いかけてくるはずだ。後ろを

振り返るとあの夫婦がそろってこちらへ走っ

てくる。冗談ではない。今度は夫婦ともに手

に包丁を握っていた。私は慌てて全速力で逃

げ出した。


 靄のかかる横道を探した。昨日と同じとこ

ろに横道が在った。

 横道にそれると気圧が変わったような妙な

感じがした。ドーム球場に入った時のようだ。

少し走るとまた商店街に出た。さっきの商店

街に似ている。

 私は降りた駅の方向へと進んだ。 私は思

い切って逆の方向へと走った。さっきの商店

街もそうだが、ほとんど人が居なかった。丁

度来た道を戻るぐらいの時間を歩いたところ

でやはり駅に着いた。さっき降りた駅と微妙

に違うようだが、それほど違うわけでもなさ

そうだった。


 私は駅の改札を抜けようとして定期券を出

した。例の「始発~終点」の定期券だ。


「ちょっとお客さん、それでは乗れません

よ。」

 駅員に止められてしまった。


「やはりこれでは乗れませんか?」


「ふざけないでください。これはなんです、

偽造でもしたのですか?それなら罪になりま

すよ。」


 不穏な雰囲気になってきたので、私は直ぐ

にその場を辞した。仕方が無い。やはりこの

定期ではさっきの駅からしか乗れないのだろ

う。戻るしかない。

 私はもと来た道を遡った。

 恐る恐るもと来た道に戻ってみるとやはり

渡辺夫婦はまだ二人して包丁をもったまま私

を探していた。

 私は少し様子を見ることにした。やはり二

人には脇道があることにさえ気が付いていな

い。

 渡辺夫婦からはこっちの脇道にさえ逃げ込

めば見つかる心配は無い。

 私は直ぐにさっきの道に戻って右へと進ん

だ。最初の道に戻る脇道を探したが今日も見

つからない。やはりさっきの脇道しかないの

だろうか。


 感覚的に云うととっくに駅を過ぎてしまっ

ている感じのところで、やっと脇道を見つけ

た。なにか倍ほど歩いたような気がした。

 脇道に入ってもとの道に出た。昨日と同じ

く直ぐ近くに渡辺夫婦が居た。

 私はまた一周してしまっている。


「居たわ、あなた。あそこよ。」


 妻のほうに見つかって私は慌てて脇道に入

った。


「あっ消えた。どうしちゃったのかしら、本

当に消えてしまったわ。」


 夫婦にはやはり脇道が見えないようだ。

 確かめる術はひとつ、全力で走って次の脇

道を見つけることだ。結果は見えていそうな

気もするが。


 私は死に物狂いで走った。普段運動を怠っ

ていたのが災いして足元は覚束ない。それで

も精一杯走って脇道を見つけた。直ぐに入っ

てもとの道に出ようとしたが、出来なかった。

直ぐそこに渡辺夫婦が居たからだ。

 私は何度目になるのか、また途方に暮れて

しまった。埒があかない。駅への道は塞がれ

てしまっている。

 私はしばらく、息を整えるために座り込ん

だ。そしてもう一度最初から考えてみた。


 朝起きて会社に行くために電車に乗った。

そこまでは、昨日も同じだ。電車が大津駅に

止まらなかった。そこも繰り返している。そ

こからがおかしい。なぜ止まらなかったのか。

そういえば昨日も草津の駅近くで妙な感じが

した。同じ違和感があった。あのとき何かの

一線を越えたのだろうか。こっちの世界とも

との世界との境界線を。

 私は昨日脱出した方法をもう一度行うため

に、こっちの道の駅へと向かった。左へと進

んで駅に着いた。駅で新しい定期券を買うの

だ。

 小銭は使えるはずだ。


「野洲駅までの切符を下さい。」


 私は駅員に言った。駅員は案の定怪訝な顔

で答えた。


「やす駅、そんな駅はありませんが。」

 やはり実在する駅名では買えない。


「いや、すいません。この駅から次の駅まで

で結構です。」


「上りですか、下りですか。」


「上りです。」


 駅員は少し怒ったような顔で機械を操作し

切符を発行してくれた。


「百八十円です。」


「じゃあ、これで。」


 私が小銭を出すと、駅員はごく普通に手続

きをした。


「今日は結構ですけれど、自動販売機があち

らにありますので、一駅の切符を小銭でお買

い求められるのでしたらそちらの方でお求め

下さい。」


 丁寧に駅員は対応してくれた。それはそう

だ。切符なら自動販売機がある。

 私は直ぐに自動販売機を見に行った。駅名

が書いてある。


「****」


 読めなかった。字は知っている気がするの

だが、どうしても読めない。

 電車を待っていると暫くして新快速が入っ

てきた。この駅は終点かあるいは始発駅なの

で、電車は折り返し運転をするのだ。来た電

車からは数人が降りただけだった。この人た

ちはいったいどこから来て何処へいくのだろ

うか。

 電車は暫く走ってトンネルに差し掛かった。

あの妙な違和感があった。そして、車内アナ

ウンスが流れる。


「まもなく大津、大津です。お出口は左側に

なりますのでご注意ください。」


 聴きなれたアナウンスだ。戻れた。

 電車は直ぐに大津駅に着いた。私の知って

いる街だ。

 事務所に向かった。時間はもう午後の3時

になっている。遅刻どころの騒ぎではない。

 事務所に着いて直ぐに私は上司に呼ばれた。


「どうしたんだ、綾野君。連絡もなしにこん

なに遅刻してくるなんて君らしく無いじゃな

いか。」


「課長、実は大変な目にあったのですが、お

話ししても信じていただけないと思います。

ただの遅刻にしておいていただけませんでし

ょうか。」


 課長はどうも納得いかなさそうだったが、

事実を話す訳にはいかなかった。自分自身で

も信じられないことなのだから。

 ただしかし此方の世界では私は昨日は出社

しているらしい。それは誰だ。私には6月3

0日に普通に出社した記憶はない。昨日も午

後3時に着いた筈だ。


 私はどうも仕事に実が入らないので、その

日は早々に帰宅することにした。明るいうち

に家に帰るのは久しぶりだ。私が駅から家ま

での道を歩いていると少し前を男性が歩いて

いる。多分渡辺さんのはずだ。

 歩くのが早い私は直ぐにその男性に追いつ

いてしまった。追い抜いたとき、その男性が

声をかけてきた。


「綾野さんじゃありませんか。」


「はい、綾野です。」


 渡辺さんだ。


「この間、引越しのご挨拶に寄せていただい

た、渡辺です。いつもこの時間にお帰りです

か?」


「渡辺さん、変なことを聴きますけど、今日

どこかでお会いしました?」


「いいえ、今日はずっと勤め先にいましたが、

何か?」


「いいえ、なんでもないです。そうだ、どこ

から引っ越していらしたんでしたっけ。」


 聴くのが少し怖かったが、思い切って聴い

てみた。


「****ですよ。急に転勤になりまして

ね。」


 やっぱりそうだ。私には聞き取れない。引

越しの挨拶の時も聞いたような気がしたが、

どうも聞き取れなかった覚えがあった。


 ここはどこなのだろうか。私が元居た街な

のだろうか。それとも似ているだけで違う街

なのだろうか。

 本当に私は戻ってきたのだろうか。それと

も・・。そして、明日は何処にいくのだろう

か。

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