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  作者: シグマ君
3/3

決戦

 宮殿のバルコニーに立ったレイン女王。すると集まった大勢の民の歓声が一段を大きくなりました。それは宮殿をも、大地をも揺らす地響きを伴なった声、声、声です。

 そんな様子をバルコニーから唖然と見下ろすレイン女王に、後ろに控えた龍造が声を掛けます。


「女王陛下、お言葉を」


 はっと我に返ったレイン女王が、小さな声で龍造に尋ねました。


「なんと言えば……」

「陛下、見えますか? 民の一人一人の顔が見えますか? 彼らはどんな表情をしているのか見てください。そうすれば、お分かりになるはずです。声が聞こえますか? 民の一人一人の声が聞こえますか? 耳を澄ませてください。そうすれば、彼らが何を待っているかが聞こえてくるはずです」


 大きく頷いたレイン女王が集まった民の一人一人に視線を向け、そして両手を広げて目を瞑りました。民の声がそんなレイン女王の身体に巻き付いて離れようとしません。


 女王が目を開きました。するとどうでしょう。天をも貫く歓声の渦が嘘のように静まったのです。



「民よ、お前達は戦うのか? この私と共に戦う道を選ぶと言うのか? ああ、私は何と幸せな女王なのだろう。お前達がいるから私がある。お前達が望むなら、私は女王であり続けるだろう」


 そう言った女王の目からは、止めど無く涙が溢れています。レイン女王が初めて人前で流す涙です。集まった大勢の民からもすすり泣く声が広がってゆきます。




「女王陛下!! 泣かないで! 陛下に泣かれたら、アタシ……アタシ……」


 そう叫んだのはタンポポです。もう、あの時の幼い女児ではありません。綺麗な娘に成長した一人の女です。


 タンポポに視線を向けたレイン女王が微笑みました。いつも眉間に皺を寄せて厳しい表情を崩す事が無かった女王が笑ったのです。それは、とても晴れやかで素敵な笑顔で、迷いが吹っ切れたのだと、誰もが分かりました。


「戦いましょう。この国を守るために私は言います。お前達に戦えと言います。龍造! 私の剣を持て!」

「はっ、ここに」


 後ろの龍造が持つ剣を鞘から抜き放って天に突き上げたレイン女王。


「サウス王国の女王、レインは天に誓う。国を守るため、民の子を、孫を子孫を守るため、侵略して来る敵に対し、一歩も引かぬ事を、今、ここに誓うぞ!」


 レイン女王は更に言います。


「軍の者で妻がいる者に命じます。今夜、妻を抱き、子を宿すのです」


 民から割れんばかりの歓声が上がりました。


「独身の者に命じます。想いを寄せる女に求婚をしなさい。そして、一晩中愛し合うのです。それから戦場に向かいなさい。生まれて来る子は、この国を次に繋げる者となるでしょう。さあ、行きなさい」



 ◆◆◆◆



 一本の橋が戦いの最前線となりました。

 自分達が勝手に決めた日にレイン女王が橋を渡って来ないと知るや否や、巨人族がサウス王国に攻め入って来たのです。手足の長い大男ばかりです。眉毛が太く髭で顔が覆われたクマのような巨人族が、次々と橋を揺らせながら走って来ます。

 迎え撃つサウス軍は必死に応戦をしました。

 サウス王国は、イースト共和国のような徴兵制ではありません。専門の軍隊で、絶えず訓練を繰り返しているのです。指揮を執る者も何人もいます。


「撃てーーー! 橋を渡らせるな! 第一の隊が弓を放ち直ぐに下がれ! 次に第二の隊が弓を放ち、その後は第三の隊だ!」


 組織的な動きでなんとか巨人族の攻めを食い止めます。巨人族は、雨にように降り注ぐ矢の攻撃を盾で防いではいますが、流石に足が止まりました。


「第四の隊、槍襖の用意は良いか! 行けーーーー!」


 橋の中央で矢を盾で防いでいる敵に向かって、長い槍を突き出したサウス軍の第四の隊が、ひと塊りになって突進しました。




 その頃、龍造の弟の虎雄は、ある家を尋ねています。


「タンポポ、俺の嫁になれ。俺はお前が好きだ」

「なに言ってんだ。あんたは軍の英雄だ。アタシみたいな汚れた女じゃダメだ」

「お前、俺が嫌いか?」

「嫌いなわけねぇぇ。……好きだ。あんたの事、アタシも好きだ。だけど、ダメだって! ……あっ」


 身体の大きな虎雄に抱きしめられたタンポポが目を閉じました。頬を染めて、とても嬉しそうな笑顔です。




「龍造、逐一報告しなさい。戦況は?」

「弓矢で相手の出足を止めることはできましたが、離れ過ぎて矢に威力が無く、奴らの盾を貫く事は出来ません。長槍を持った一団がひと塊りになって突撃をし掛けました」

「で、どうなってる!」

「はっ、一人を倒すのに10人がやられてます」

「そっ、それほど巨人族とは……」

「数で押すしかありません」

「我が国の兵力は?」

「4000人です」

「巨人族は?」

「せいぜい600人」

「私の甲冑を持ちなさい!」


 そう言ったレイン女王は、立ち上がって今にも走り出しそうな勢いです。


「いけません! 女王陛下が戦場に行ってはなりません!」

「龍造! 私の弓の腕前を忘れたか!」


 レイン女王は子供の頃から男勝りな遊びが大好きで、女王となった今でも弓と馬の訓練を欠かせた事がありません。その甲斐あって、走る馬に跨がったままで弓を引き、放った矢を的に当てる事が出来るのです。そんな芸当が出来るのは、普通は狩猟民族だけですし、その狩猟民族にしても弓を大きく引き絞ったりはしません。せいぜい胸まで引いたくらいで放たなければ当たらないのです。しかし、レイン女王は耳の後ろまで弓を引き絞り、そして的に当てます。国一番の弓の名手なのです。

 そんなレイン女王の腕前をもちろん知っている龍造ですが、頑として譲りません。


「女王陛下、戦は我らに任せるのです!」



 橋の中央の敵に突っ込ん行った槍襖の隊は、数人を倒しただけで全滅させられてしまいました。その圧倒的な強さに、サウス軍の誰しも動きが鈍ってしまいました。その隙を、戦闘慣れした巨人族が見逃すはずがありません。


「突っ込んで来るぞ! 第一の隊、弓を長槍と盾に持ち替え、前面で亀甲の陣を敷けーー!」


 密集した陣形を組み、外側の者が盾で全体を覆い隠しました。その姿は亀が甲羅に首を引っ込めたようです。盾の隙間から長槍を突き出していますが、それは必死の防御陣形です。


 しかし、そんな亀甲の陣形などお構い無しに敵が来ます。突き出していた長槍がバキバキと折られ、盾に凄まじい体当たりを食らわされた味方が次々と弾き飛ばされます。

 流れの急な川に落ちてゆく者、踏み潰される者、剣で串刺しにされる者、巨人族の攻撃は止む事がありません。


「引くな! 引くな! 何としても踏みとどまれ! バラバラになるな! 固まれ!」


 隊長が檄を飛ばして隊の立て直しを図りますが、勢いを得た敵の攻撃はまるで雪だるまのように、どんどん大きくなるばかりで、とても挽回など出来そうもありません。


「通してくれ。俺が蹴散らせるから、後に続かせろ」

「お……お前……虎雄。よし、第二の隊と第三の隊を預ける。頼むぞ」


 タンポポの家から来た虎雄が加わりました。敵は亀甲の陣を敷いた第一の隊を捻り潰して、休むこと無く橋を越えて来ます。

 先頭の巨人族がサウス王国の領土に足を踏み入れたのが見えた虎雄が咆哮を上げました。


「オオオオオ!!」


 そして剣を抜きます。右の腰に差していた剣を左手で、左のを右手で。二本ともとても大きな剣です。

 次々と橋を越えてサウス王国の領土に入って来る巨人族。その先頭が、二本の剣を振りかざしてドスンドスンと走って来る虎雄に驚いています。なんと虎雄の身体は、熊のような巨人族よりも更に一回り大きいではありませんか。巨人族は、自分達より大きな男を初めて見たのでしょう。目をまん丸にして虎雄を見ています。


「続けーーー! 虎雄に続くのだーーー!」




 宮殿ではレイン女王が自分も戦陣に立つといきり立っています。そんな時です、報せが飛び込んで来ました。


「女王陛下! 龍造殿! 我が軍が盛り返しました。巨人族を橋の向こうに押し戻し、更に攻め込んでおります」

「まことか?!」


 レイン女王が報せを持って来た男の肩を掴みながら問い質しますが、その男は、高貴なお人にそんな事をされたものですから、酷く驚いてしまって口をパクパクさせるばかりです。見かねた龍造が言いました。


「女王陛下、落ち着いてください。それではその者が喋れません。肩をお離しになって」

「え……? そっ、そうか。ほら離したぞ。早く言え」


 男は顔を真っ赤にしながら言いました。


「はっ、申し上げます。槍襖を組んだ第四の隊と、亀甲の陣を組んだ第一の隊は簡単に破られ全滅させられました。しかし、虎雄が単身で飛び込んで行ったのです。そして次々と敵を切り伏せました。二本の巨大な剣を自由自在に操る虎雄の姿は、まるで戦いの神が舞い降りたようでした」

「なっ……虎雄とは、あの虎雄のことか? 龍造の弟の……」


 子供の頃の事をレイン女王は思い出しました。宮殿を勝手に抜け出しては、森に川にと走り回っていたのです。そんな時に、三つ年下の男の子と出会い、その子を子分のように引っ張り回していたのですが、その子が龍造の弟の虎雄なのだと最近になって知ったのです。ですから、成長した虎雄と会った事が無く、報せを聞いても信じられない思いです。あの虎雄が戦いの神? と呟いて首を捻ってます。




 サウス軍は100人で一つの隊を組織しています。それが第一の隊から第四十の隊まであって総勢4000人です。その内五つの隊が宮殿の周りを固めています。ですから三十五の隊が巨人族との戦闘に向かっているのです。

 第一の隊と第四の隊が全滅しましたが、虎雄が率いる第二の隊と第三の隊を先頭に、三十三の隊が巨人族を追って橋を超えました。しかし、広い陸地での戦いになると、一人一人の戦闘力が高い巨人族が再び盛り返してきます。

 第二と第三の隊は、先頭で暴れ続ける虎雄がバタバタと敵を捩じ伏せるおかげで、倒れた巨人族を簡単にやっつけているのですが、他の隊はそうはいかないのです。何人もの味方が敵に抱きつかなければ動きを止められません。


 第六の隊を率いる指揮官がやられました。次に第八の隊の指揮官もです。指揮官を失った隊では組織的な動きが取れません。そうなると戦闘力の高い巨人族に敵う訳が無いのです。




 宮殿のレイン女王と龍造がいる部屋に一人の男の子が飛び込んできました。


「龍造兄ちゃん、応援部隊を出さなきゃ勝てない!」

「鷹三郎、お前……女王陛下の部屋に勝手に飛び込んで来る奴があるか! まずノックを……」


 飛び込んで来たのは年の離れた龍造の弟で、10歳になったばかりの鷹三郎という男の子です。目のクリっとした、見るからにイタズラ小僧だと顔に書いてあるような子です。

 そんな鷹三郎に、長兄の龍造が小言を言っている後ろからレイン女王が驚きの声を上げました。


「お前は……虎雄。ウソ……昔のままの虎雄が……どうして?」


 そうです。今の鷹三郎は、レイン女王と山を駆け回り、川で一緒に泳いで遊んだ昔の虎雄とソックリなのです。


「オイラ、鷹三郎っていうんだ。虎雄兄ちゃんに似てるかい? それより、早く応援を送らなきゃマズイよ。さっき伝令が来たんだ。宮殿の周りを固めてる五つの隊も向かわせてくれって」


 それを聞いたレイン女王が言います。


「龍造、五つの隊を直ぐに出しなさい。私は自分の身ぐらい自分で守れる。警固の隊は不要だ!」


 ちょっとの間、何かを考えた龍造が、「御意」と返事をして更に続けます。


「五つの隊、指揮官がいません。私が指揮を執り戦場に向かいます。鷹三郎、お前はここに残り、女王陛下をお守りするんだ。いいか、絶対に外にお出ししてはならんぞ!」

「分かった! オイラ、女王陛下から絶対に離れないから、龍造兄ちゃん、巨人族の奴らやっつけろよ!」


 しかし、レイン女王はと言うと、何かを言おうとするのですが、なかなか言葉が出てきません。


「そっ、それは………龍造……お前……」


 一礼した龍造が行こうとしています。


「龍造! 命令する! 死ぬこと、あってはならん! 必ず生きて戻れ……これは女王の命令だ! 分かったか!」


 再び頭を下げて顔を上げた龍造は、優しげな表情で部屋を出て行きました。部屋に残されたレイン女王はと言うと、目にいっぱい涙を溜めて唇を噛んで顎を震わせ何かを堪えています。そんなレイン女王の顔を見上げる鷹三郎が、不思議そうに呟きました。


「女王陛下は龍造兄ちゃんば好きなの?」




 橋を超えた向こうでの戦闘は激しさを更に増していました。

 サウス軍では指揮官を失う隊が次々増えているのです。それでも、生き残った兵を虎雄の隊で吸収して何とか持ち堪えています。

 巨人族も虎雄の隊には無闇に近寄ろうとはしません。取り囲むように戦ってきます。そうしておいて、他のサウス軍を潰しにかかっているのです。

 600の戦力だった巨人族は今や200人ですが、サウス軍も2000人を切りました。戦力の半分を失えばそれは全滅と言い、撤退を余儀無くされるのですが、双方とも引く気配が全く見えません。互いに凄まじい消耗戦が続いているのです。



「ぬおおおおおおお!! 止まるなーーー! 一気に蹴散らせーーー!」


 誰かの雄叫びが戦場に響きました。敵も味方も振り返ってます。そこには500の騎馬隊が凄まじい勢いで橋を越えて来るのが見えます。先頭は龍造です。

 宮殿の守りについていた五つの隊は徹底的に訓練を積んだ騎馬隊で、龍造が隊長の親衛隊なのです。

 馬上の龍造もそうとうに大きな身体をしています。巨人族に見劣りしません。そんな巨体の龍造が馬上から振り下ろす剣の破壊力に、敵の身体は剣もろとも真っ二つです。


「兄上! 待ちわびたぞ!」

「おお! 虎雄、お前も馬に乗って俺に続け!」




 レイン女王と鷹三郎は、宮殿のバルコニーから遥か向こうの戦場に目を向けています。しかし僅かに声だけが聞こえて来ますが、戦況がどうなっているのかが全く分かりません。

 レイン女王は気になって仕方が無いのか、じっとしていられないようです。バルコニーの上を、あっちに行ったりこっちに来たりと、落ち着き無く歩き回っています。


「女王陛下、安心しなって。バカでかい虎雄兄ちゃんに、でっかい龍造兄ちゃんまで行ったんだ。うちの兄ちゃん達は巨人族の奴らより、ずっとでっかいんだから、あっと言う間にやっつけて帰って来るって。……あっ、誰か来る!」


 そう言った鷹三郎は、レイン女王の前に立って守るように両手を広げます。


「鷹三郎、私を守ってくれるのか?」

「当たり前だ! 女王陛下は大切な人だ! オイラがついてるから心配するな!……あ、あれは味方だ!」


 走って来るのは馬に乗った者です。そう、龍造が率いる親衛隊の者です。


「陛下! 我らの勝利です! 敵はイースト共和国を捨て、海岸に停泊している舟に向かって敗走を始めました!」

「勝ったのか?! 巨人族を撃ち破ったのか?!」

「そうです。我らの大勝利です!」

「他の者はどうした! 龍造は!」

「はっ、龍造親衛隊隊長は、イースト共和国のスカイ女王を救い出せとの命令を下し、自ら先頭に立って敵を追っております!」


 それを聞いたレイン女王は、前にいる鷹三郎を押しのけ、バルコニーの手すりに身を乗り出して叫び始めました。


「どうして!! よせ、止めさせろ! 敵が逃げたのなら、それ以上の深追いは……龍造に私の命令を伝えろ! 直ぐに戻れ! それがサウス王国女王の命令だ!」


 しかし、親衛隊の者の答えは全く想像もしてないものでした。


「そのご命令には従えません!」

「なに……? なんと言った!」

「龍造親衛隊隊長から言われております。きっと女王陛下は直ぐに戻れと言われるだろうが、キッパリと断れと言われました。我らは、サウス王国の君主の姉君を見殺しには出来ません!」

「お前達……」




 50人にも満たない巨人族が、サウス軍1500名に取り囲まれています。そのサウス軍の中心は殆ど無傷の親衛隊です。もう勝敗は明らかです。しかし妙に静かで声を上げる者が誰もいません。

 少し離れた場所から誰かが割れるような大きな声で怒鳴りました。


「いいのか! この女の首を胴体から切り離すぞ!」


 そう言ったのは巨人族の一人です。小高い丘に立って一人の女の人を後ろから抱きかかえ、首に大きな剣を当てています。その女の人はイースト共和国の女王であり大統領のスカイです。衣類を全く身につけていない姿で人質にされているのです。

 30メートルくらい離れたところにいる龍造と虎雄の二人が、隙があればいつでも飛び込んで行こうと身構えてます。


「俺はサウス王国の親衛隊隊長の龍造だ。お前が巨人族のべべ族長か! 族長なら卑怯な真似は止せ! 俺と一騎打ちの勝負で決めよう。お前が勝てば、お前が舟に乗るまで手出しはしない。お前の部下も返してやる。だが、スカイ女王は返せ!」

「クックックック、そっちが条件を出せる立場か?」


 べべ族長が裸のスカイ女王の胸に剣を滑らせました。するとツーっと真っ赤な血がスカイ女王の胸に線を引くように表れ、タラタラと流れ始めます。


「止せ……やめろ!」

「分かったかようだな。だったら下がれ! そして部下の囲みを解け!」


 悔しそうに一歩一歩ゆっくりと下がって行く龍造と虎雄の二人が、同時に「あ!」と声を上げました。

 それは誰かが、べべ族長と裸のスカイ女王に向かって走って行ったからです。手にナイフを持って。


 あっという間の出来事でした。べべ族長が剣を横に払ったのと、何かが飛んだのが同時です。


「ああああああああああ! 健吉……健吉さん……いやーーーーーーー!!」


 飛んだのはスカイ女王の夫の健吉の首です。


「健吉さんだ〜? ハッハッハッハ、その首がお前の夫か? それは悪い事をしたな。クックックック。だが、お前は既に俺の女なのだと言う事を忘れたのか? 今更、元の亭主に会って何をどうするつもりだった? 」


 サウス軍の囲みも解かれ、生き残ったべべ族長の部下達がゾロゾロと、龍造と虎雄の横を通って行きます。口々に悪口を言いながら、中には唾を吐き掛けてくる者もいます。

 スカイ女王を抱きかかえたべべ族長が、海岸に向かって歩き始めました。もう、龍造達から100メートルは離れています。


「兄上、行かせるのか?」

「……」


 そんな時です。ひずめの音が聞こえてきます。1頭の馬がかなりの勢いで走って来る音のようです。振り向いた虎雄が言いました。


「あれは……まさかレイン女王」

「なに?」


 真っ赤な甲冑に身を包んだ人が真っ白な馬に跨っているのが龍造にも分かりました。


「レイン女王だ」


 顔を見合わせ、同時に馬に乗った龍造と虎雄。そんな二人の脇を疾風のようにレイン女王が駆け抜けて行きました。背中に大きな弓を持って。


「虎雄、女王に指一本触らせるな!」

「おお! 兄上こそ遅れるな!」


 べべ族長の後に続いて歩いていた巨人族が気が付いたようです。剣を抜いて立ち塞がります。そこに全くスピードを落とそうとしないレイン女王がどんどんと迫って行きます。両脇に龍造と虎雄が追いつき並びました。その二人にレイン女王が言います。


「龍造、虎雄。雑魚を追い払え!」


 レイン女王の左右に並んだ二人が馬に鞭を入れ、そのまま巨人族に突っ込んで行きました。それはレイン女王の露払いです。馬は乗り手の意思が分かったのか、行く手を遮る敵に次々と体当たりをしてゆきます。そして、乗っている龍造と虎雄の剣が振り下ろされる度に、敵の数がどんどん減っていきました。

 後に続くレイン女王の前には、障害となる何も残されてはいません。


 ずうっと前を歩いていたべべ族長も、後ろの騒ぎに気付いたようで振り返っています。


「なんだと! 貴様らーーー! この女がどうなってもいいのか!」



「レイン! やりなさい! 私もろとも貫くのです。今、巨人族を倒さなければ、再び攻めて来ます! やりなさい!」


 そう叫んだのは、胸から血を流す裸のレイン女王です。


 龍造と虎雄が全部の巨人族を弾き飛ばし、左右に大きく曲がりました。白馬のたずなをしっかり持って、低い姿勢で跨っているレイン女王の前には誰もいません。遠くに裸のスカイ女王を盾にするように抱きかかえるべべ族長の姿だけしか見えません。まだ50〜60メートルはあります。


 たずなを離したレイン女王が背筋を伸ばして真っ直ぐに馬に跨がり直し、その手に持った弓を大きく絞っゆきます。白馬を両腿でしっかり挟み込んで走る速度を落とさせません。


「やりなさい!」


 スカイ女王の声が聞こえたと同時に矢が放たれました。それを目にした者には、まるでスローモーションのように見えたと言います。




 ◆◆◆◆



 あれから早いもので10年が経ちました。


 宮殿の一室でレイン女王が声を掛けました。


「親衛隊の訓練はどうなの?」

「はい、女王陛下。見事なものです。是非、陛下にも訓練の様子をお見せしたいものです」

「そうか、なら私の馬を直ぐに用意しなさい。今から見に行きます。ところで龍造は何処?」


 レイン女王と喋っているのは20歳になった鷹三郎です。そう、今では鷹三郎が親衛隊の若き隊長なのです。40歳となった龍造は親衛隊を退き、レイン女王の側近を専門としています。その龍造の姿が見えないもので、レイン女王はさっきから気になっていたのです。鷹三郎が答えました。


「はい、龍造兄さんは、虎雄兄さんと一緒に、北東地区にあるお墓を参りに行っています。確か、タンポポ義姉さんも一緒のはずです」

「そうか、今日は月命日か……」




 小高い丘の上にポツンとある一つだけのお墓。そこに一人の女性がずっと佇んでいます。その後ろには大きな身体の男二人と、お腹の大きな女性がいます。


 そのお腹の大きな女性が呟きました。


「あ、雪だわ。雪が降ってきた」


 極端に身体も大きな男が、その女性の肩を抱いて言いました。


「タンポポ、身体を冷やすな。大事な身体なのだから」

「ええ、ありがとう、あなた」


 それは30を越え、顔に髭をたくわえた虎雄です。今では軍を仕切る隊長なのです。

 もう一人の男が、お墓の前でじっと目を閉じている女性に声を掛けます。


「レディー・スカイ、雪です。そろそろ帰らなければお身体に毒です」

「ああ、ほんとだ、雪が……健吉さんは雪が好きでした」



 そうです。お墓に眠っているのは、イースト共和国を執行官として支え続けた謙吉です。それと、そのお墓参りに来た元のイースト共和国の女王スカイです。声を掛けたのは当時のサウス王国親衛隊長だった龍造でした。



「あら、みんな見て。レイン女王陛下と、鷹三郎君に率いられた親衛隊。鷹三郎君もなかなか様になってきたわね。アハハハハハ」


 そう嬉しそうに声を上げたタンポポにつられ、皆が振り向きます。虎雄が走ってレイン女王を迎えに行きました。

 残った龍造にレディー・スカイが小さな声で話し掛けます。


「龍造さん、あなたはどうして妹に求婚しないのです? レインの気持ち、分かっているはずですよね」


 耳の良いタンポポにも聞こえたのでしょう。その話題に入ってきました。


「そうよ、龍造義兄さんったら何にも言わないで、見てるこっちが焦れったくなっちゃう」


 龍造が静かに答えました。


「女王陛下は民の憧れであり母です。誰もが愛して止まないのです。私が独り占めする訳にはいきません。それより、レディー・スカイ、もう喪が明けて久しくなります。貴女こそ、もっと積極的に幸せを追い求めるべきでは?」

「ほほほほ、龍造さん有り難う。でもいいの。私は政治が嫌いで、今、妹が女王であることに本当にホッとしていますのよ。あの頃の私は逃げていました。その、嫌いな政治から。今はね、健吉さんと、やっと夫婦になったような気がするの。ですから、暫くこのままでいたいの」



 空からはいつまでも雪が降ります。

 そんな中で、白馬に乗ったレイン女王が大きな声で言いました。



「龍造! いつになったら私にプロポーズするつもりだ! 早く言え!」




『完』


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