ちょっと待って!
時系列は『権利と地位と…真実の愛?』の少し後くらい。
フローレンスの下の兄、ウィリアム(ウィル兄様)の話。
読んで頂きありがとうございます!
「うわ…マジでトロールじゃん」
トロールは特殊な樹脂で岩と岩をくっつけた棍棒を振り回してくる魔物だ。普段は岩山近くの深い森に棲んでいて人間とかは生活圏が交わる事はないのだが、どういう訳か、町に比較的近い森に現れた。それも複数。見つけたのは近道をしようと森を通った商人で遠目だったから怪我は無かったそう。
報告を受けた時に居合わせた団員は俺を含めて三人。一人は団長への連絡係、一人は町の警邏隊へ警戒体制を取るために走り、俺は偵察で森へ。いけそうなら討伐の許可は貰っている。
ただでさえ、騎士団の半分が東の方に遠征に出てるタイミングだって言うのに、やな感じだ。
【グギャ…ギュル…】
背後から核をぶっ刺す。
まずは一体。残り五体。
威力は脅威的だが動きが遅い。囲まれる前に躱して身を潜めながら一体ずつ確実に倒せばいい。目も耳も悪いが、頑丈な身体と鋭い嗅覚を持つ。油断せずに、五体の居場所を常に把握しておけばまず死なない。この辺りはトロールが隠れられる程の巨木はないのだ。
「…なんだ?」
トロールはそんなに頭がよい魔物ではないが、仲間が攻撃されると怒って復讐する習性がある。にも関わらず、仲間の死体を見ても気にする様子なく町の方へと向かって行く。
妙だが…そっちに行かれても困るんだよな。
【ギャ…】
木を伝って移動し最後尾にいるトロールの首を刎ね飛ばす。
やっぱ変だな。仲間が減っても振り返りもしない……何かに追われてるのか?トロールが集団で逃げ出す魔物……。
【ギャ…】【グ…ィガ】【ギュル…】
「よお、ウィル待たせたな。怪我ないか?」
トロールを倒したのは俺と同じウォールウィリー辺境伯が率いる騎士団『大鷲の爪』の仲間だ。話し掛けて来たのはラリー先輩。
「怪我はないですけど、何か妙っすね。トロールが仲間の死に反応せず移動を続けました。まるで何かから逃げるみたい、に」
「おい、どうし―」
【キュウウウイイイィイイイ】
巨大な影が通り過ぎた。同時に爆風に襲われる。かなり高い所にいるのにこの風圧はヤバいだろ。
巨大なそいつは旋回して戻って来る…ワイバーンの亜種か?
「…って嘘だろ!ドラゴン!?」
上空に現れたのは灰色の身体に、巨大な羽、鋭い爪がある四本の足、長い尻尾のドラゴンだった。
【グオオオォッ】
「障壁展開!!!」
聞こえてきた声に反射的に障壁を展開する。他の団員も同じように展開している。
「オォワッ!!!」
凄まじい衝撃で攻撃特化の魔物オーガの攻撃だって防げる障壁が砕け散った。
尻尾を振り回しただけだろ!?デカイ図体してるだけあるな!
「ウィリアム!」
「副団長ぉ!!!」
「団長はオーガをはじめとした魔物の群れに遭遇して一人で対処しています!援護しますから君はドラゴンを斬って下さい!」
「わっかりましたぁ!!!」
この面子だと接近戦のパワー型で、魔法も使えるのは俺だけだからな。気合入れるぞ。
【キュウウウイイイィイイイ】
「何だ!?」
「ブレスか!?」
「おい、見ろ!魔物が集まってきてる!」
「お前魔物操れるのかよ!!!」
《身体強化》の付与をして木を駆け上がりドラゴンの元まで跳躍する。
「オラアッ!!!」
足首を狙い容赦なく斬りつけるが、足首に触れる手前で指を動かし爪で弾かれで身体ごと吹き飛ばされる。巨体の割に器用な事をしてくる。魔物を操ったり知能が高いな。
「ドラゴンの頭を狙え!」
副団長が命じると同時にドラゴンがニヤリと嗤ったように見えた。そしてどうにか魔物を退治している仲間達の方を見て口を開ける。それは先程魔物を呼び寄せた時と同じだった。
「お前ッ!!!」
今追加で魔物に襲われたら流石に押し負ける。
どうする、応援に行くべきか?だが、こいつから離れる訳にも…クソッどうする!?
頭の中が混乱して、とりあえず無理は承知でドラゴンの羽を斬りつけて―と考えた時、昔兄のゼオルドから言われた言葉が脳裏に過った。
『ウィリアム、いつかドラゴンにあったらこう言ってみろ―』
「――おいコラアァッ!!!“羽有りトカゲ”!!!」
口に《拡声》を付与して、最大出力でドラゴンに叫んだ。
【ギャオオオォグィギャアアアアガガギィイイイイアアアイアアッ!!!】
突き刺さるような静寂の後、凄まじい咆哮が轟き、木々が揺れて葉が大量に落ちて舞い上がる。
「めっちゃ怒ったんだけど!!?」
たった今まで他の騎士達に向かって攻撃しようとしていたのに一直線に向かってくる。まあ、好都合だ、逃げるフリをして町とは別方向に移動して誘導すればいい。
ウィリアムはドラゴンが簡単な人語を理解できる種族であり、彼らにとって“羽有りトカゲ”は最大の侮辱である事を知らなかった。
ゴオオオォ…/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\
口からブレスが放たれた直後耳をつんざくような爆発音が轟いた。
「おいおい……」
障壁で防いだがブレスに触れたのかマントの一部が無くなっている。
これワイバーンの革と魔法糸編み込んであるんだけど。それも衝撃耐性抜群のやつ。やべぇなブレス。
ふと見ればブレスが通った所の地面は抉れ、木は薙ぎ倒されている。マントが無くなるわけだ。
土埃が晴れるとドラゴンと目があった。気のせいでなければ目が血走っているように見える。倒したつもりだったのかね。
背中は固い、前足は動きが機敏、後足は尻尾が邪魔、尻尾は毒があるから危ないし、顔は障壁があるし時間がかかればブレスを浴びて終わり…腹は柔らかそうだがのし掛かりが怖い……首を一撃だな。
【ギイイィエエエェ!!!】
爪で刺されそうになるのをギリギリ避けるが風圧で吹っ飛ばされた。
「あーくそ腹減ってきた」
受け身と風魔法で衝撃を中和したお陰で大きな怪我はないが、あまり時間も掛けていられない。
「ウィリアム!!!」
魔物が大方片付いたらしい。遠距離魔法が得意な騎士を引き連れたリースがウィリアムに合図を出した。
一斉に遠距離攻撃魔法を放ってくれるらしい。
《豪速》を付加して地面を蹴る。踏み込まれた地面にクレーターができる。
先程までなら仲間に気づいて魔物を再び差し向けただろうが、ドラゴンの意識は今侮辱した相手にのみ向けられている。
「放て!」
一斉に放たれた攻撃魔法の幾つかがドラゴンの目に直撃する。
「このヤロオオオォ!!!」
動きが鈍くなったその一瞬、《豪腕》を両腕に《鈍重》を下半身に《斬撃》を剣へと付与して振りかぶる。
【グァ…?】
「…やったか」
剣をドラゴンの厚い皮膚を貫通し、
ズドオオオオオォンッッ!!!
ドラゴンが地面に激突した衝撃で爆音と振動が周囲に響き渡った。
土が舞い、血の海が広がる。
首と胴体は綺麗に離れていた。
「「「「「よっしゃああああ!!!!」」」」」
一瞬の静寂の後、今度は歓声が響いた。
ドラゴン討伐後も森に集められた魔物達の討伐をしなければならなかった。ドラゴンに操られただけで本来人を襲わない魔物なら逃がしてもよいのだが、ドラゴンが操ったのはニンゲンが補食対象に入っている魔物ばかりだった。クソッタレ。
それとは別にめずらしい魔物を討伐したら保存魔法を掛ける決まりになっているからそれにも時間を取られた。元々、素材や食糧になる魔物には余裕がある時は保存魔法を掛けるから慣れてはいるが、ドラゴンがデカすぎた。
「よくやったウィリアム」
「団長、ありがとうございます!ま、俺一人じゃ無理でしたけどね」
町に近い場所で合流した団長の周りは、死体の山が幾つも出来ていた。オーガ、オーク、トロール、ブラッドウルフ、ゴブリン……。
一人でこの量倒すって流石は団長!!!俺だったら今頃死体の一部になってたかもしれない。
「皆もご苦労だった。怪我人は出たが一人も欠ける事がなかった事嬉しく思う。怪我人は治療を受け、それ以外の討伐に当たった者は今日は上がって休んでくれ」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
無事ウォールウィリー騎士団の拠点に返ってきた俺達は、ガイゼン団長の労いに敬礼して解散となった。
「腹減った……もう無理限界………多分俺今蚊も倒せない…………」
肉食いてぇ!!!
骨付き肉のオーブン焼き、鶏肉の香草焼き、ワイン煮込みにそれから…。
「ウィリアム、ちょっと来て貰えますか?」
「は、はいっ!!!」
頭の中が肉でいっぱいだった俺は気合いで副団長の元へ向かった。
「すみません、どうしても君に話があると」
「いえ…あのこちらの方は?」
「ウィリアム・アリスドール子爵子息、はじめまして私マイケル・ワークスと申します」
「…ワークス侯爵家の方が俺にどのようなご用件でしょうか?」
当主じゃないな。息子にしては歳いってるし…兄弟か?
……実家の派閥の人だっけ?いや、うち派閥に入ってねぇよ。ずっと中立派で、中立派にも派閥はあるけどどこにも属してない。
ワークス侯爵家は貴族派だったよな…それも陛下の公平な政治にちょっと不満げな…一応過激派だっけ?父上はうちの国の過激派なんて他国からすれば“なんちゃって”だとか言ってたけど……。事業で接点あったか……?……ダメだ……腹が減って思い出せん。
「あなたが今回のドラゴン討伐の功績者だそうですね?」
「いや…ドラゴンが呼んだ?魔物を町に入れなかったのは団長や他の団員で……ドラゴンは倒しましたけどそれだって援護あってのものです」
なんだよこのおっさん、叩き斬るか…?…いや、今は小指一本動かしたくねぇな…。
「ですが、一番の脅威であるドラゴンを倒したのであれば功労者として個別の報奨を与えるべきかと思いましてね」
「……はあ」
「分かりやすく金貨、でもよろしいのですが……ご実家を妹さんが継がれる予定とか」
「そうですが」
フローレンスはできる子だからな。俺みたいな戦う専門みたいなやつより当主に向いてる。怒ると怖いけど。
「妹さんは根回しかご当主に取り入るのが上手だったのでしょうな。貴方のような真っ直ぐな気性の方とは相性が悪かったのでしょう」
……?このおっさん何言ってるの……?フローレンスは確かに抜け目ないけど…父上に取り入る……?ダメだ、考えが纏まらん。
「つきましては勲章の代わりに男爵位と金一封で如何でしょうか?貴方が望まれるなら王都での仕事も斡旋いたしましょう」
「あー………………よくわかりませんが……全部実家に渡して貰えると」
「わかりました。では、アリスドール子爵家に確認しましょう。説得はお任せを、仮に君の功績を使って子爵家の陞爵を言われても手はありますからな」
「ウィリアム!?君、いいのですか!?」
副団長が焦っている気がするけど、とりあえず腹減った。肉食いてぇ……もう限界だ。
おっさんが他にも何か言っていた気がするが、挨拶をして食堂に向かった。
「うっめぇ!!!生き返るっ!!」
皮はパリパリ、身はジューシーで噛む度に肉汁が溢れる。その後エールを流し込んだらもう最高だ!
「はあ…食った。美味かった」
二十三回目のおかわりを食い終わるとやっと一息つけた。おかわり最高記録じゃないか?流石に限界を超えてたな。
たらふく食った俺は汗と汚れを落としてそれから与えられている部屋に戻って寝た。
「……ん?実家から?」
寝て起きたら実家から手紙が来ており、内容は“至急帰るように”とだけ。
よくわからないが、こういう時は帰らないとまずい。
団長室に向かう途中でタイミングよく団長と遭遇できた。
「団長、お疲れ様です。今お時間よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「何か実家から呼び出されたのですができるだけ近い内休みを頂きたいのですが」
「いいぞ、元々休みを取らせようと思っていたんだ」
「ありがとうございます!」
ここに副団長がいればまた違ったかもしれないが、彼は後始末に終われて忙しく、また団長も後始末に終われており、ウィリアムとマイケル・ワークスとのやり取りの説明ができていなかった。
そしてウィリアムは空腹でその事をすっかり忘れていた。
***
「ドラゴンを倒してしまうとは素晴らしい剣の腕!流石はウィリアム!男爵位を賜ろうとは私の息子にしておくには惜しい程に素晴らしい!」
「今やウォールウィリー辺境伯に並んで英雄と吟われておりますわ!本当に素晴らしい事です!私が妹であるなんて、誇らしくそれ以上に申し訳ない事この上ないですわ!」
ウィリアムが帰宅して早々、とりあえずお茶だけは出して、ラオスとフローレンスは切り出した。
「ちょっと待って!俺の事離籍しようとしてるだろ!!!」
流石ウィリアム、父と次妹の考えはお見通しであった。
「離籍ではない、ウォールウィリー辺境伯の養子にして貰えるよう交渉するだけだ」
「そうですわ。気軽に会えなくなるのは寂しいですが、離れた所からお兄様の活躍を心よりお祈り致しますわ」
「移籍って実質離籍だろ!?二人とも切り替え早すぎるだろ!書類上家族じゃなくなってもいいのかよ!?」
「親というのは子が元気であればこれ以上の喜びはない。そしてお前は私が側に居なくても幸せを掴める人間だ」
「ええ、ウィリアム様の人柄は他者を惹き付けるものがありますもの。きっと大丈夫ですわ」
「フローレンス呼び方!!!」
それからは何を言っても耳を傾けてくれず、むしろどんどん話し方が他人行儀になっていく始末。頼みの綱のマリーナも味方になってくれなかった。
ウィリアムはどうするべきか頭を悩ませ―る事はなく愛馬に乗って王都へと向かった。
アリスドール家タウンハウスの客室。
「フィリア助けてくれ!このままだと離籍される!」
タイミングよく王子妃教育も学校も休みだったフィリアに頭を下げる。
「ウィルお兄様が面倒臭がって功績を実家に押し付けるからですわ。自業自得です。ご活躍っぷりが王都にまで届いておりますわ」
気品すら感じる所作で紅茶とジャムクッキーを味わったフィリアが呆れた視線を向けてくるけれど、そこを何とかして貰いたい。
「うっ…俺だってウォールウィリー辺境伯閣下と辺境伯騎士団あっての物だって訴えたさ!けど、それでも飛び抜けた功労者には報償を言われて…咄嗟に断る理由が思い付かなかったんだよ!腹が減ってて!!!」
「あぁ、ウィルお兄様空腹時は本当にポンコツですものねぇ…どうせお肉食べたいとか考えてらしたのでしょう?」
フィリアが可哀想なものを見る目で見つめてくる…その通りだよ!!!
「このままだと実家に離籍されて、ウォールウィリー辺境伯家の養子になって、すぐに男爵位を賜ることになる!そんなの嫌だ!」
「あら、ウィルお兄様はウォールウィリー辺境伯閣下の事を心から尊敬していらっしゃるではありませんか。養子になるのは吝かではないのでは?」
元々ドライな妹がいつにも増して冷たい気がするのは気のせいだろうか。
「尊敬はしているがあくまで戦士として、部下としてだ!息子になるのはちょっと違う!つーか、普通に家族に縁切られるとかショックだろ!?その上実家継がないのに貴族当主とか嫌すぎる…」
「面倒臭がる所を間違えましたわねぇ。お父様とフローレンスが相手では舌戦でウィルお兄様に勝ち目はありませんわ。潔く諦めてしまわれては?」
「そこを何とか!」
「そう言われましても……面倒臭いのですよねぇ。陛下の威を借りた所で二人が納得するとも思えませんし…そういえばお母様には何て言われましたの?」
「『あらぁ、お腹すいていたの?間違えたわねぇ』って」
「…それだけですか?」
「それだけだ」
「……珍しい。怒ってますわね」
「やっぱりか!?俺、母さんが怒るところなんて十年ぶりだぞ!?」
驚くウィリアムにフィリアはここ数年の実家との交流について根掘り葉掘り問いただした。そして一時間掛けて聞き出した内容に深々と溜め息を吐いた。それでも足りずに、砂糖を大量にぶちこんだ紅茶を一気に飲み干した。王宮の教育係達が見たら卒倒するかもしれない。
「日頃の手紙に返事は出さず、たまには顔を見せてほしいと帰省を促しても応じず、やっと帰ったかと思えばただいまもなく父親と妹に功績の押し付け……怒りたくもなりますわ」
「うっ…!」
「だいたい、お父様やフローレンスの呼び出しには応じるのに、何故お母様にはあんな態度なのですか?」
「いや……なんか、恥ずかしくて?」
「思春期を拗らせている癖に、自分が困った時に都合よく助けて貰おうと?」
「都合が良すぎる行動であったと反省しています」
「わたくしに言われましてもねぇ」
「今すぐ母上に伝えて参ります」
「それがよろしいでしょうね」
***
ありがとうフィリア!、と礼を言って恐らく実家へととんぼ返りする次兄の背中を見送ると再び溜め息を吐いた。
「仕方がありません、王都の方の噂はどうにかしておきましょう」
お母様の許しを得られれば養子に出される事はありませんもの。
「さぁて、どこから攻めようかしら」
フィリアはジャムクッキーをパキリと食べて思考を巡らせた。
***
再び愛馬に乗って実家に帰ってきたウィリアムは、愛馬を撫でまくり、ふかふかの藁の寝床と角砂糖とリンゴと水をやってから急いで母親の元へと向かい、全力で謝った。謝り倒して今後は手紙も返事だけじゃなく自分から出すし、年に一回くらいは家の手伝い以外で顔を見せる事を約束して、何なら明日は休みを貰ったから買い物があったら荷物持ちをするよ、と提案してどうにか許しを得る事ができた。
「旦那様、フローレンス、ウィリアムの事どうにかならないかしら?」
マリーナから悩ましげに言われたラオスとフローレンスは視線を合わせた。
「……仕方がない、ウォールウィリー辺境伯と陛下に掛け合って男爵位はどうにか取り止めて貰おう。代わりにアリスドール家を陞爵してウィリアムを当主になどと言い出す可能性もゼロではないが……」
「あら、私は当主を代わって下さるのなら構いませんわ」
「すみません、なりません、ごめんなさい!!!」
「フローレンスあまり苛めるものではないよ。とにかく、アリスドール家の騎士団が活躍した訳ではないから断れない事はない、が」
「が?」
「ウィリアム、お前最悪数年はウォールウィリー辺境伯の元に戻れなくなる覚悟はあるな?」
最終手段はウィリアムを『大鷲の爪』から引き上げる事である。正直、『大鷲の爪』がそれで揺らぐことはないが、褒美を授け懐柔したい中央貴族とそれを聞いた世間の反応は違うだろう。
「まあ…嫌だけどしょうがない。元々俺が原因だし」
「お父様、報奨ならドラゴンの肉を分けて頂くのはどうでしょうか。滅多に手に入るものではありませんから、買おうと思えばかなりの金額になりますもの」
「それは良い案だな。ウィリアム本人が爵位より肉の方が良くなったという事にしよう」
「実際その方がいい……最初からそう言えばよかった。つーか二人とも、急に協力的になったな?」
「マリーナに頼まれたからな」
「ええ、お母様が言うなら仕方がありません」
「俺の意思は!?」
「あら、ウィル兄様はご自分の言葉で我が家に功績を押し付けようとなさったではありませんか」
「うっ…ご、ごめんって」
ウィリアムがフローレンスに言い負かされていると、扉がノックされてオスカーが入ってきて、ラオスに手紙を渡した。中身を確認したラオスがウィリアムに言う。
「リース殿に感謝しなさい」
「副団長?」
「彼が『ウィリアムは今正常じゃありません。落ち着いてから再度ご確認を』と言ってくれたらしい。だから、どうにかなるだろう」
「ううっ副団長!!!ドラゴンの肉あげます!!!」
ウィリアムは、感動と安堵で男泣きした。
***
「…ちょっと待て、なんだ?この巨大な肉の塊は」
「褒美で貰ったドラゴンの肉です。保存魔法掛けてあるんで腐りませんよ!」
「それも大事ではあるが…なんで大鷲の爪に持ってきた?」
「皆で宴会しようと思って」
「本気か?」
「やっぱり駄目ですか?この肉切ったりとか準備大変ですもんね」
シュン、と落ち込んだウィリアムは、
「いや、宴会は構わないが」
という言葉にバッと顔を上げた。
「あ!でも、俺副団長に肉渡そうと思っていたんでした!」
「いりませんよ。礼も散々言われたのでもう結構です」
「そうですか…じゃあ宴会でパーッとやりましょう!」
「いいのか?お前の褒美だろう?」
「でも、俺一人の力じゃありませんし…何より食いきれませんよ。この量」
両手で抱えられる程度の量ならこっそり一人で食べたかもしれないが、決して小さくないウィリアムが見上げる大きさの肉塊が二つ。いくらウィリアムがよく食べると言っても限度というものがある。実家にも切り分けてきてこの量である。運ぶのは超大容量のマジックボックスを宝物庫から借りてきた。
父上には、
「そのままお前が使うか『大鷲の爪』に寄付しても構わないぞ」
と言われたから、団長に言う前に副団長に伝えたんだが。
「……宝物庫に返しておいて下さい」
と、ちょっとひきつった顔で言われてしまった。遠慮しなくて良いんだけどな。
「しかし、あなたのご家族は凄いですね…あなたに男爵位を授けて子飼いにしたかったであろう中央貴族を黙らせるなんて」
「どうやったかは俺も知らないんですけど、違法な事はしてないと思いますよ。後が面倒臭いんで」
ウィリアムの言うように、ラオスもフローレンスもやってきた執事に賄賂とか脅しをした訳ではなかった。
***
「当時のウィリアムはドラゴンとの激闘で疲労困憊な状況であり正常な判断ができる状況ではなかったと言わざるを得ません。実際実家で療養している時に改めて尋ねると、人生で二度は遭遇しないであろうドラゴンの肉が少しで良いから欲しいと言っておりました。ですので、褒美は爵位ではなくドラゴンの肉でお願いしたい」
「ですが、功労者への褒美が肉というのは些か物足りないのでは?」
ワークス家からの使いでやってきた執事にラオスが伝えると、困惑しつつも納得できない様子で食い下がった。
「まあ、何をおっしゃるのですか。ドラゴンというのは遭えば国さえ一晩で滅ぼすと言われている脅威的な存在です。そんなドラゴンの素材は鱗一枚に金貨が積み上がる価値がございますわ。謂わばドラゴンは金貨そのもの。そんな稀少なドラゴンのお肉を小量でも貰えるならば、これ以上の褒美は必要ないと思うウィリアムお兄様のお気持ちよくわかりますわ」
「は、はあ…」
「これで爵位まで頂いてしまったら……恐れ多すぎて万が一、億が一再びドラゴンが現れた時にウィリアムお兄様は剣を手に取れないかもしれません……」
「……は?」
今まで困惑と不満が混ざった表情だった執事の顔色が変わった。
「ああ、それはあり得るな……もちろん、ウォールウィリー辺境伯と『大鷲の爪』があるのだから心配は無用だろうが…爵位など貰ってしまえば、あまりに心苦しくてドラゴンどころか今後の討伐にも支障がでるやもしれません……ウィリアムには時々王都付近の討伐や我領地の魔物討伐にも参加して貰っているのですが…」
「ええ、難しくなるかもしれませんね……ああ見えて繊細な所がある人なので…爵位を貰ったら心苦し過ぎて無理かもしれません。二度と剣が取れなくなるかも…」
すっかり顔から血の気が引いてしまった執事は、
「で、では、報奨についてはまた改めて報告致しますので!!!」
大慌てで帰って行った。
執事を脅してはないが、遠回しに中央貴族を脅しに掛かった二人だった。といっても、言葉を選ばなければウィリアムが本当に討伐に参加しなくなっても、大きな被害に繋がるかと言われると微妙な所だ。実力は本物だし、いたら被害は少なく終息も早くなるがそれで揺らぐような騎士団ではない。ウォールウィリーもアリスドールも。王都の討伐だってウィリアム一人でしている訳ではないのだ、一人抜けてとんでもない事になるならそれは組織に問題があると言わざるを得ないだろう。
しかし、普段平和に暮らせていて、魔物討伐にも参加しない貴族にそんな事はわからない。
剣を手放すリスクを負ってでも、子飼いにする為に無理やり爵位を授けるか。
爵位は諦めて今まで通り討伐をして貰うか。
天秤に掛けるまでも無かったのだろう。後日陛下からお礼の手紙、ドラゴンの肉塊、鱗が八枚と貴重な魔石が複数採れたため一つが届けられた。鱗と魔石は扱いに困るとウィリアムがアリスドール家の宝物庫に丁重に片付けた。
ちなみに、あの時討伐した魔物の素材はドラゴン以外は辺境伯領の物となっている。
「ウィル兄様をこの場に呼ばなくて正解でしたわね」
自分にも責任があると、同席しようとするウィリアムを説得し、交渉の間はマリーナと買い物や観劇を観に行かせていた。それはそれでラオスが羨ましがったが、フローレンスが「明日一日オスカーにウィル兄様をこき使って貰って休みを取ればいいのですよ」と言った事で決着がついた。ウィリアムは青い顔をしていたが、結局大人しく従った。
「そうだな。本人がいれば向こうも引くに引けなくなるであろうからな」
「ええ、それに」
「ああ」
「「ウィル兄様は見た目に繊細さが足りませんもの」」
ワークス侯爵家の執事が帰った後に二人は肩を竦めあったのだった。
***
「うっまぁ!!!」
「やっば、旨すぎる!!!」
「ウィルサイコー!!!」
あちこちから楽しげな声が上がる。
「今さらですが、本当によかったのですか?折角の褒美なのに。君、肉好きでしょう?あのマジックボックスに入れておけば腐ることはないでしょうし」
今日一日限定で町の人達にも騎士団の敷地の一部を解放し、ドラゴンの肉をはじめとした料理、酒、デザートまで用意して宴会が行われている。遠征に行っていたメンバーも帰ってきて、話を聞き付けた商人が急遽許可を貰って出店を出しているから、ちょっとしたお祭りとも言えるかもしれない。
「良いんですよ、一人で食べるには勿体無いじゃないですか!そもそも、俺一人で倒した訳じゃありませんし…副団長!こっちのワイン煮込みも最高ですよ!」
「欲の無い奴だな。しかし、本当に美味いな。ドラゴンは脅威だがこの味は惜しい気もする」
「団長馬鹿なこと言わないで下さい」
「冗談だ。あんなのがホイホイ来たらさすがにうちでも厳しいからな」
「でも、騎士団の備品が新しくなったり、老朽化してた塀を修復できたり悪いことばかりでもなかったですね」
「そうですね、魔物の素材が大量に手に入った上に褒賞金が予想より随分と多かったですから、団員達にも臨時収入が渡せて士気も高まりましたし」
ウォールウィリー辺境伯には金貨五千枚と勲章が贈られた。五千枚は多すぎるのではないか、とガイゼンが確認した所、想定していなかった中央貴族からの寄付金がかなり集まりそれを含めていると言われたらしい。
『どうかこれからも討伐をよろしく頼む』
寄付金にはだいたいそんな言葉が添えられていたらしい。
「…隣の領地がアリスドール家でよかったと思うことにしよう」
「なんですか?急に」
「ある意味ドラゴンより恐ろしいと思ってな」
「そんな訳ないじゃありませんか!団長も冗談を仰るんですね」
笑いながら美味そうに肉にかぶり付くウィリアムに二人は肩を竦めて、同じように肉にかぶり付いた。




