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アリスドール家の人たち  作者: ひかめさん


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8/9

地位と権利と…真実の愛?

『権利あげます』より数年前。

フローレンスの下の姉フィリア(フィー姉様)と婚約者の第二王子の話。


読んで頂きありがとうございます!




 第二王子に与えられた離宮の中庭で一組の男女がお茶を楽しんでいた。


「リル様は私との婚約を破棄してティニー伯爵令嬢をお側に置かれる予定は御座いますか?」


 女がピンク色のマカロンを食べ終え、緑色のマカロンを取りながら男に問いかける。


「ごふっ…げほっ…っ」

 

 月に一度の婚約者同士のお茶会。

 婚約して一月、婚約者候補の頃からだと二年の付き合いになるフィリア・アリスドールから告げられた内容に紅茶を飲み込もうとしていた第二王子のリルバルドは思い切り噎せた。


「え、なに…ティニー伯爵令嬢?」


 リルバルドが涙目になりながら問い掛けると、女―フィリアが席を立って背中を擦った。


「ええ、リル様が不在となっている間、側近候補と目されている方々がこぞって『カトリーナ嬢こそリルバルド殿下の妃に相応しい!』と連日押し掛けて来られるものですから。もしかしてリル様が心変わりなさったのかと…思わない事もなきにしもあらず、と考えまして」


「ない!絶対あり得ないから!!!」


 視察に行っている間にそんな事をしているとは。あと少しだけ様子を見ようと思ったのが間違いだったとリルバルドは後悔した。


「でもよかった。フィーが『王子妃の立場なら喜んでお譲り致しますわ』とか言い出す前で」


「まあ!さすがリル様ですわ、もちろんすでにお伝えしております!」


「言っちゃったの!?」


「ですが、ティニー伯爵令嬢に怒られてしまいまして」


「怒られた…?今の話の流れだと喜ぶんじゃないの?」


 フィリアは緑色のマカロンを食べながら、数日前の会話を思い出す。そして、黄色のマカロンを取りながら話しはじめた。



***


「アリスドール子爵令嬢!」


 人気のない裏庭で昼食を取っていたフィリアに元気良く声を掛けてきたのはカトリーナ・ティニー伯爵令嬢。ティニー伯爵家の末娘で、珍しい水色の髪に兎のような赤い瞳が印象的な少女である。彼女の周りには三人の男子生徒が護衛のように付き従っている。


 まるで、物語に出てくる姫と騎士みたいだわ。


「あら、御機嫌よう。ロンデルス侯爵令息、グランシス伯爵令息、ティニー伯爵令嬢、ロックデーニさん」


「リルバルド様の婚約者になったって本当ですか!?」


「ええ、発表の通りです」


 正確には婚約者候補から婚約者に選ばれたのだが。一月前に決定した婚約が周知されたのは昨日の事だ。


「そ、そんな…リルバルド様は納得しているんですか!?」


 悲痛な表情を浮かべるカトリーナにフィリアはふむと思考を巡らせた。


「わたくしでは力不足である、と……確かに最終選考に残り同じく婚約者候補であらせられたディスタ侯爵令嬢は、美しく気高く聡明な努力家にも関わらず、心根はお優しく面倒見の良い素晴らしいお方。わたくしが男性であったなら…いえ、女性も恋愛対象であったならあの手この手で確実に囲い込んだ事でしょうと断言できる程素晴らしい方です」


 ディスタ侯爵令嬢アマーリエとフィリアの仲は良好だ。元々、王子妃候補に名を連ねれば箔がつくという理由で受けただけだったアマーリエは、フィリアが正式な婚約者として選ばれた時も素直に祝福しあっさりと引き下がった。その後も交流を続けていて、つい先日もディスタ侯爵家に招かれてお茶会をしたばかりだ。


 ディスタ侯爵家のタルトタタン絶品でしたわね。今度作り方をご教授願えないか尋ねてみましょうか…もし無理ならまた今度作って頂けないか交渉してみましょう。


「王太子殿下の婚約者であらせられるディーゼベルグ公爵令嬢も才色兼備で民に対する慈愛に溢れ、新たな政策についても勉強していらっしゃるとか……権利に対して最低限義務を果たすばかりのわたくしとは月とすっぽん…いえ、ミジンコ。王族に名を連なるには全く相応しくないと思われてしまうのも致し方ない事かもしれませんわね」


 アイリー(ディーゼベルグ)ン様(公爵令嬢)はお花に関する造詣が大変深くいらっしゃいましたわね。下町の花屋まで把握していらっしゃった時は驚きましたわ。


「え、あの…別にそこまでは…」


 怒る所か斜め上の同意を示されてカトリーナは困惑した。周りの令息達はやはりカトリーナの方が相応しいとしたり顔で頷いている。


「ですが、我が国における王子妃の役割とはひとえに王后に連なる方の補佐ですわ。わたくしで言うと王太子殿下の婚約者であらせられるディーゼベル(未来の)公爵令嬢(王后)の補佐役ですわね。それで言うと、勝手に新しい事はせず、必要な事を最低限こなせれば問題はない訳ですので能力は足りている訳です」


 他国だと王妃や側妃がこの役割に当たるようだが、我が国では王族を含めて一夫一妻制。王后陛下が亡くなったり離婚したりしない限り新しい妃を迎え入れる事はない。昔は制度としてあったようだが、過去色々あって廃止になっている。


「……補佐役」


「婦人や令嬢とのお茶会、社交パーティーの開催、慈善事業、王太子殿下、王太子妃殿下が出席できない場合の外交などですわね」


 他にも細かな書類関係などもあるがここで言う内容ではない。


「あ、あなたにそんな事ができるというの?子爵家でしょう?」


 伯爵家で甘やかされて育ったカトリーナは予想よりもやる事が多い事実にたじろぎ始めた。しかし、フィリアは子爵令嬢。伯爵令嬢としての矜持があった。


「今の所は教育係の方々より及第点は頂いておりますわ」


「そ、そう…」


 あっさり肯定されて、カトリーナはますますたじろいだ。


「カトリーナ嬢、大丈夫ですよ。言葉にすると仰々しく聞こえますが補佐官もいるし、何よりリルバルド殿下の寵愛があるのだ。殿下が助けて下さる」


「そ、そうよね!」


「ロンデルス侯爵令息……リルバルド殿下の側近候補とは思えない発言ですね。王子妃の仕事を殿下に肩代わりなどさせてはリル様が倒れてしまいますわ。せめて自分達が肩代わりするくらいは言って頂かないと」


 それ以前に婚約者候補ですらなかった令嬢が、いきなり王子の婚約者になる事はないと説明して諌めて欲しい所ではある。しかし、それができる者ならば今こうしてカトリーナに侍ってはいないので仕方がないのかもしれない。


「な……」


「え、偉そうに!」


「…一応偉いのですよねぇ…残念なことではございますが…」


「あ、あなたなんて!どうせリルバルド様の地位にしか興味無い癖に!!!」


 叫ぶようにカトリーナが言った。

 全く脈絡のない台詞であるが、これにはフィリアも言い分があった。大いにあった。


「まあ、地位に興味など御座いませんわ。むしろ、リルバルド様が何かしらの理由で地位を剥奪されて平民になられるのなら喜んでついて行く所存ですわ!」


「「「「はあっ!!?」」」」


 カトリーナや取り巻きが驚きの声をあげるのも構わずにフィリアは続ける。


「これでも物覚えは良いので家事なども練習すればできるようになると思いますし、フローレンスにお願いすれば羨ましがりつつも仕事を回してくれると思うのですよねえ」


 なんて素晴らしいのか地位剥奪!とうっとりとした表情で告げるフィリアにカトリーナ一行は引いた。


「そ、そんなに権威に興味がないというならば、何故第二王子の婚約者候補の話を受けたんだ?断れないにしても最後までしがみついた挙げ句選ばれているではないか」


 何だかんだ言いつつ権力目当てだろうと疑う令息―グランシス伯爵令息にフィリアは首を傾げて考えを纏める。


「元々家を継ぐ予定だったのが王子妃に変わるだけですから、フローレンスがいなければお断りしていたでしょうね。お父様と言動が似ているあの子はわたくしより当主に向いております」


「……当主候補だったのですか?」


 商人の息子のロックデーニが訊ねた。


「不思議そうですね、ああ、何故第四子の私が後を継ぐ予定だったのかという事でしょうか?

 ゼオ兄様は実力を試す為に家を出て冒険者として活動しております。

 姉様は嫁入り先を自分で見つけてしまいました。

 ウィル兄様はウォールウィリー辺境伯閣下の元にいたいと言う事で一旦保留に。

 妹のフローレンスはわたくしより余程当主に向いておりますが将来植物研究をやりたいと言っておりますし当時まだ八歳でしたので…やりたい事が特に無い私が当主候補の筆頭だった訳です」


 すでに一般的な貴族の跡継ぎ事情と違いすぎてついていけなくなってきているカトリーナ一行。


「ですが、後継者に正式な決定を下す前に第二王子殿下の婚約者候補に名が挙がりまして…最終的に婚約者になろうと外れようと構わなかったのでお受け致しました。

 むしろ、外れたら当主や王子妃以上に義務が多い事はそうそうありませんからラッキーくらいの気持ちでしたけれど」


「たかだか子爵家の当主が王子妃と同等に忙しいと?」


 小馬鹿にしたように取り巻きの一人―ロンデルス侯爵令息が言うのにフィリアはあっさり頷いた。


「ええ、義務の内容は異なりますが我が家は領地が九つ御座いますから。視察の時期と王城への書類提出時期は全てを投げ出したくなるほど忙しいのですわ」


「領地が九つ……?」


 子爵だよな…?

 たしか、建国から王家を支え続けているランディール公爵家だって五つじゃなかったか?


 取り巻きの令息達の頭には?が大量に浮かんでいた。大っぴらにしてはいないが、別に隠している訳でもない。フィリアからすれば単なる情報収集不足であるので、親切に領地について説明するつもりはなかった。


「それ以外の時期とて、慈善事業、自然災害、魔物討伐、賊の捕縛、流行り病の対策、他国からの使者が領地を通る際の交通及び警備の整備……やる気はなくともやらねばならない事が存外多いのです。放棄したり他人に押し付けても後々面倒な事になるだけですしね」


 真面目なのかそうではないのか…。

 ここで他人に全てを押し付ければよいとか言うならば、そこをついて王子妃に相応しくないと追及できるのだが、面倒臭いと言っているだけでやらないとは言っていない。失言とするにはあまりに弱かった。


「お父様はそれでも週に一度は母とまったり過ごす時間を必ず捻出しておりますけれども……アレは本当に凄いですわ。わたくしには無理ですわねえ。

 ああ、フローレンスも当主教育がはじまってからも花壇のお世話をする時間は必ず捻出しているわね。やっぱりお父様似よねえ。あの子はわたくし以上に適任者はいないと豪語していたけれど、わたくしからすればフローレンス以上の適任者はいないわ。ああ、ゼオルド兄様も同意見だったわね」


 フローレンスは今年で十三歳ね。ドレス姿が楽しみだわ。ほとんど確定ではあるけれど、来年辺り次期当主として陛下への謁見をするのかしら?その場合お父様と共に首を揃えて返上を申し出るのかしらねぇ…お母様が心配なさるわ……来年よね?あの子は早めに今年デビュタントをする予定の筈だけれどその前にはしないわよね?お母様に確認のお手紙を出しておきましょう。


「そういう訳で王子妃である事に興味や執着は御座いませんのでお譲りできるなら喜んで、ただ」


「ただ…?」


「リルバルド様の妻の座は譲れませんので、持てる全てを使って廃嫡して頂かなくてはなりませんわね」


「……は?」


「しかし、そうなると残る王子殿下は王太子殿下、第三王子殿下となりますが……王太子殿下には婚約者がいらっしゃいますし、第三王子殿下はまだ六歳です。同世代のご令嬢がいるにも関わらず敢えて十歳年上の女性を選ぶには余程の理由が必要となりますわ。それに……事実がなくとも…その……幼い男の子好き(ショタコン)だと思われかねません」


 第三王子殿下自ら望まれるなら話は別であるが、今の所年上への憧れが強いという話は聞かない。


「なっ……馬鹿にしてるの!?っていうか、リルバルド様を廃嫡なんてあり得ないんだけど!!?」


「あり得ないと言われましても…今となってはわたくし、リル様以外の方に嫁ぐなんてあり得ないという心情なのですわ。ですから、王子妃の立場を譲る事となるならば仕方がありません。乗り掛かった船と言う事でリル様も一緒に泥船に乗って頂きます!」


「はあ!?ホントに意味わかんないんだけど!!!」


 フィリアの言動に底知れぬ恐怖を感じ取ったカトリーナ一行は数歩後ずさり逃げるように去っていった。




***


 人気のない裏庭であるが人目につかないという訳ではない。各学年のクラスがある建物からは見えないが、研究室や同好会(クラブ)の部室がある建物からは裏庭がよく見える。窓を開けていれば風向きによって小声でなければ会話が聞こえる事もある程度には近い。もちろん、昼休みにわざわざ研究室や部室に行くものは多くはないが……。


「まあまあまあっ!!!」


「なんて事なのかしらっ!」


「フィリア様素敵があんなに情熱的な一面をお持ちだなんて……」


「身分に囚われない深い愛…」


「「「これこそ真実の愛ですわっ」」」


 自分達のやり取りを終始聞いていた『恋愛小説愛好家が集まる会』の部員である令嬢達が、頬を紅葉させて想像力を爆発させているとはフィリアもカトリーナ一行も気づかなかった。



***



 フィリアは三個目のフィナンシェを取り分けて、フォークで口に運ぶ。一つ目はバターの風味が強く、二つ目は柑橘の風味、三つ目は香ばしいナッツ…どれも甲乙つけがたい逸品である。先程のマカロンも食感とフルーツの甘さが活かされていて大変美味しかった。


「……と、まあそのような感じで、ティニー伯爵令嬢を怒らせてしまいまして」


「いや、僕の婚約者になった時点でフィーは準王族なんだから不敬なのはティニー伯爵令嬢達の方だよ」


「準王族…なんて地位と権力に溢れた響きでしょうか……」


「そんな溜め息と共に言われても…」


 うっとり、ではなくうんざりした様子を隠しもしないフィリアにリルバルドは苦笑いするしかない。


「本当は婚姻と同時にアリスドール家をできれば侯爵、無理なら伯爵に陞爵するつもりだったのに……『それなら婚約者候補を辞退する』ってフィーが言うから父上には諦めてもらったけど」


「当然ですわ。わたくしの婚姻の為だけに実家に面倒は掛けられません。今まで当主として務めを果たしてきたお父様にも、わたくしの代わりに次期当主となったフローレンスになんて言えば……とんだ親不孝、妹不孝な存在になってしまいます。合わせる顔がありませんわ」


「陞爵を大罪のように扱うのは君達くらいだよ……正直陞爵が無理ならどこかに一度養子に入って貰わないといけないと思ってたんだけど、議会で大きな反発は起きなかったんだよね…。アリスドール家の恐ろしさを実感したよ」


 王族の婚約者は候補に挙げる段階で議会への報告と同意が必須である。同意する貴族が過半数を超えなければ如何なる理由があろうとも婚約できない。もちろん、一度目は却下されても根回しやメリットを再度提示して二度目、三度目と議題に上げることはできる。しかし、回数を重ねる程裏目に出る事が多いのは歴史が証明していた。その為多くの場合は誰もが納得しうる能力や後ろ楯を用意したり、議会に参加する貴族への根回しをする事は珍しくない。


「我が家は何もしておりません。何故没落していないのかわからないと代々の当主が口を揃えて言うような家ですわ。歴史と領地は…まあ、ありますけれど、議会に出席する家に婚姻の根回しなんて面倒臭い事は進んでしません。私が頼めばお父様はして下さるでしょうが…そこまでしなくてはならないのなら、当時の私はすっぱり諦めたでしょうね」


 元々は候補として名が挙がったから受けたに過ぎない。当時であれば、何の未練もなかっただろう。

 

 フィリアはバター風味のフィナンシェを取って、紅茶のおかわりを淹れる。


「いや、根回し無しで反発がほとんどないのが恐いんだけど…あと、少しは粘って欲しいなあ…」


「申し訳ありません。リルバルド様の願いであっても婚姻の為に陞爵は出来ませんわ。私が何処かの養子に入りその家を陞爵して実家の爵位返上を認めて頂けるとかなら話は別ですけれど」


「いや、君を他家に養子に出して実家を爵位返上ってそれこそ罪犯した家にする処置だからね!?」


「何もしておりませんが、貴族でありながら爵位を面倒だと思っている事が罪とも言えますわね」


 実際、アリスドール家の事を貴族にあるまじき精神性だとか、怠慢だとか言う貴族もいる。やる気の無さが滲み出ているので。言われた所で皆否定しない。むしろ、「怠惰や貴族として不適格」と広まれば爵位返上に繋がると力強く肯定するのだが、不思議と広まる事はなかった。


「否定しにくい事を言わないでくれ……ただ、まあ君の家はちゃんと義務を果たしてるから罪と言うには程遠いと思うよ」


 アリスドール家の面々は面倒臭がりで貴族としての矜持も無いがしっかり義務は果たしている。結果、少し話せばアリスドール家に不満を言っている者達の方が余程、貴族として怠惰な仕事しかしていない…という事実が判明する。そして、文句を直接言えば言うだけ墓穴を掘る……そんな事が繰り返されれば表だって文句を言う者が殆どいなくなるのである。本人達は隙あらば権利の譲渡や爵位返上を目論んでいるだけの場合も多々あるのだが。

 

「……本当によく婚約者になってくれたよね」


 フィリアの名が婚約者候補として挙がったのはリルバルドがフィリアに一目惚れしたのが切っ掛けだった。子爵家の令嬢と知った時は諦めかけたが駄目元で打診したら了承されたのだ。


「リル様の事をお慕いしてしまいましたから、多少の面倒事は仕方がありませんわ」


 リルバルドを愛さなければ適当な所で婚約者候補を辞退する予定だったフィリアである。


「ぐっ……ずるい、ずるいんだよ…」


 真面目な顔で言われてリルバルドは撃沈した。

 それから他愛無い事からやや不穏な事まで、時間が許す限り話した。紅茶と菓子もフィリアは心行くまで堪能した。



***


 それから二週間後のお茶会。


 コポポポ、とフィリアがティーカップに紅茶を注ぐ。

 人払いされていて、騎士や侍女は会話の聞こえない程度に離れて待機している。正式に婚約者となってからはこの形式が通常となりつつある。


「ティニー伯爵令嬢を持ち上げていた令息達は全員側近候補から外したよ」


「それがよろしいでしょうね。残った方は能力も人柄も申し分ありませんし」


「一人だけどね」


「多ければよいというものでも御座いませんでしょう?」


「それもそうか」


 並ぶお菓子を真剣に見つめていたフィリアが取り分けたのはエンガディナー。僕のお皿にも入れてくれる。

 フォークでカットして口に運ぶと、ほろ苦いキャラメルとナッツの香ばしさ、タルト生地のサクサク感に加えてナッツの食感が飽きさせない。これコーヒーにも合いそうだな。


「ティニー伯爵令嬢は一ヶ月の自宅謹慎の後復帰する予定だよ」


「あら、思ったより重くなったのですね?いえ、私に対してより複数の異性と距離が近い事が問題だったのでしょうか?」


「準王族に無礼を働いたんだから軽く済んだ方だよ。彼女、婚約者が決まっていないから、苦労するかもしれないね」


「身体の関係があったわけではないのなら、本人次第でしょうね」


 今ならまだ若気の至りだったと、その内過去として精算できる可能性が残っている。己の不幸を嘆いて立ち止まるか、愚かさを受け入れて前に進むか。周り(家族)に言われて表面だけ取り繕っても受け入れられないだろうから、本当に本人次第だ。


「怒ってないんだね?」


「不幸になって欲しいと思うほどの関わりでもありませんでしたから」


 そう言って、エンガディナーを食べ終わったフィリアは今度は苺のタルトを取り分けた。

 甘酸っぱい苺をふんだんに使い、甘さ控えめカスタードで仕上げた自信作ですって料理長が言っていたらしいけど…気に入ったんだね。


「ちょっと気になってたんだけど」


「何でしょう?」


「全く望んでないよ?本当に望んでないけど、僕が廃嫡したいって言ったらどう廃嫡させるつもりなの?」


 フィリアは目をパチパチと瞬かせて、紅茶を一口飲んでから答えた。仕草一つとっても準王族として申し分ない所作が身に付いている。


 教育係達が「歴史に名を残す才女なのでは!?」と騒ぐだけあるな…まだ王子妃教育受けて二年目なのに本当に凄い。はじめから高位貴族にも通じるマナーを身に付けていた事にも驚いたけど。

 あ、いやそういえば、女官長だけは「流石はアリスドール家のご令嬢…」と感心と呆れが混ざった様子で言っていたような。


「そうですわねぇ…リル様については、『慎重さを優柔不断』、『優しさを威厳が足りない』、『人当たりが良く交友が関係が広い事を王太子殿下を出し抜く人脈づくり』、『野心がない事を油断させる演技』…などと長所を盛れるだけ盛って短所に見えるよう噂をばら撒きます。

 そしてわたくしは、王妃教育・学業などの手を抜きまくり評判を下げ、カトリーナ様の言葉に理屈ではなく感情を返し、比較的誉められているマナーをかなぐり捨てて『王子妃どころか貴族にすら相応しくない』と言われる為に落ちる所まで落ちる所存ですわ!!!そして、評判を落としているのは『王族の品位を落として、裏で王太子殿下の廃嫡を狙っている。それを誤魔化す為の演出』という嘘八百と、綻びが出ないように準備して偽の証拠を共にでっち上げ、二人揃って平民落ちに!証拠は一定時間経つと消えてしまう魔法を刻んでおけば大丈夫ですわ!!!」


「いや待って落ち着いて!思ったより実現可能な方法で吃驚なんだけど!」


「今回の場合は、商人に噂を流して、下位貴族、次に平民、そして火消しが間に合わない段階での高位貴族が理想ですわね」


「え、フィーまさか本気じゃないよね?もう噂広めてますとか言わないよね!?」


 リルバルドは冷や汗が止まらない。


「ええ、広めておりません。リル様が望まれれば今すぐにでも実行に移す所存ではありますが……リル様は王太子殿下を支える事を目標にしていらっしゃいますよね?地位剥奪のチャンスではありますが、必要が無い事を、ましてや喜ぶのが私だけならば意味がありませんわ」


「……そっか、うん、よかった、安心した。君の場合家族が抑止力所か全面協力しそうだから本当に良かった」


「ええ、フローレンスに例え話をしたら平民に広める場合、平民向けの雑貨屋や酒場で愚痴を言うふりをして広めるのが効果的だと教えてくれましたわ」


「いや、めっちゃノリ気じゃん!」


「当然です。如何なる時にも没落、爵位返上の機会を逃す訳には参りませんもの」


「…父上と兄上も大変だな」


 と呟いてふと思い出す。フィリアを婚約者にしたいとリルバルドが申し出た時に、


「あー…比較的平和な候補が…」


 と陛下(父上)が呟いていたのだ。


 そのあとすぐに「いや、良いんだ。フィリア嬢なら能力的にも問題あるまい。実家の爵位に文句を言う奴も多少は出るだろうが意見が割れる程にはならん」と言われて安心しすっかり忘れていたが。

 そういえば、父上はフィリアを他家の養子にしなくても議会で了承されるとわかっていたんだな。


「爵位返上の機会があれば申し出ますけれど、お父様達のように毎年謁見を申し出てまではしないかも知れませんわねえ。貴族も面倒臭いですが、わざわざ王都に顔を出すのも面倒臭いですから」


 言いながら紅茶のお代わりを注いで、スコーンを取り林檎ジャムをつけて口に運ぶ。ジャムはラーナス領産の林檎を使ってると言っていたな。うん、これもお気に召したらしい。


「なるほどね…」


 フィリアは線の細い美貌に儚げな雰囲気、柔らかな話し方から繊細で清廉なイメージを持たれているが、その実かなり面倒臭がりだった。

 才能を妬まれ嫌味を言われる度に「わたくし大抵の物事は一度見聞きすれば覚えられるのですが、これは面倒臭がりなわたくしに神が慈悲をお与え下さったのでしょう」とフィリアが口にする文言であるが、考えるのが面倒臭いから台詞を決めているのである。

 怒り、悲しみ、怯え…等の感情は一切なく、最終的に神がいかに慈悲深いかの話になるフィリアに嫌味を言う令嬢はいなくなった。そうして「才色兼備で信仰心の厚い令嬢」として一目置かれるようになった。


 フィリアが最近常に持ち歩いている信仰のペンダントが信仰深い令嬢の印象に拍車を掛けていた。今も当然持っている。


「それ、大司祭以上の人が許可した者にしか与えられないペンダントでしょう?王子妃になったお祝いに貰ったんだよね?」


「ええ、これがあれば礼拝堂に赴く回数が減りますので」


「そんな理由!?」


「あら、大切な事ですわ。準王族(わたくし)の場合祈るなら第一候補が大聖堂になりますでしょう?大聖堂に行くまでの準備って手間もお金も掛かりますし、細かいマナーが多い上に枢機卿の話は長く、わたくしでは判断できかねない事を訊ねてきて言質を取ろうとしてきますし…大聖堂所属の司祭様や神官様はわたくしの事を清廉潔白で正義感に溢れているなんて間違った認識でいらっしゃって…とても困っておりましたので丁度よかったですわ。

 礼拝堂に赴いてこその祈りと考えている方もいらっしゃるようですが、教会の教えに祈りは場所を選ばないとありますから問題は御座いませんでしょう。女神様へのお祈りは毎日欠かしておりませんし、大聖堂で消費する時間を慰問や事務処理の時間に当てた方が世のため人のためになると言うものです」


 スコーンのお代わり、カロテッドクリームと苺ジャムを添えて食べるフィーはとても満足そうだ。


 フィーの慰問は評判がいい。院長やシスターとの話も長くなく、子ども達への接し方も丁寧だが同時に貴族に対する距離感も教えている。

 前に「私がただの子爵令嬢なら泥にまみれて遊んだりもするのですけどね」と言っていたから、遊んだら駄目なのか?と尋ねた事がある。その時に、


「駄目という事はありません。同じ目線で遊んでくれる方が子ども達は嬉しいでしょう。ただ、『関わり方を相手によって選ばなければならない』と知らなかった場合、それが平民なら命に関わる事ですから。線引きは大事だと考えています」


 と答えた彼女に驚いた。

 基本的に慰問は…言い方は悪いが点数稼ぎでやっている家が多い。実際子どもと垣根なく遊ぶ令嬢や令息、夫人の評判は良いことが多い傾向にある。それを彼女は子ども達の将来を真剣に考えていたのである。フィーの話を聞いてから僕は慰問への考え方を改めた。



「それは…確かに」


「枢機卿のご子息を紹介されるのもストレスでしたし」


「え!?」


「ご子息はご子息で“必ず自分の方に靡く”と大きな勘違いをなさっているのが透けて見えてうんざりしていた所でしたから渡りに船でしたわ」


「初耳なんだけど!?大丈夫?嫌なことされなかった!?」


「ええ、指先一つ触れておりませんし、触れさせておりませんのでご安心下さい」


「次からはちゃんと教えてね」


「すみません、あまりにも興味がない相手ですから忘れておりました」


「あー…うん」


 フィリアは大抵の事は一度で覚えるが、覚えた事をしまい込むのも上手かった。必要な場面では覚えた礼儀作法を発揮できるし、話題を振られればそれに連なった知識を引っ張りだす事ができるが、必要がなく興味もない事柄は普段頭の片隅にも浮かばない。掠りもしない。

 枢機卿の息子はフィリアへのアピールで自身の経歴やら好きなものやら趣味やらを散々喋り倒したりしたのだが、関連するものが視界に入ってもフィリアは欠片も思い出す事はなかった。所詮その程度の存在だったという事だ。


「あ、ペンダントは大聖堂から頂いた訳では御座いません。ご安心下さい」


「どこの教会から貰ったの?」


「王都の西にある教会ですわ。そこの大司祭様が下さいましたの」


「そっか」


 王都の西にある教会は、フィーがよく慰問に行く孤児院を管理している所だ。ちなみに大司祭と枢機卿は仲がよろしくない。


「まあ…これからも色々あるかもしれないけどよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」


 フィリアとカトリーナ一行のやり取りを見ていた『恋愛小説愛好家が集まる会』の部員が他の部員に話し、学園中に「あれこそ真実の愛だわ」と話を広めまくり、『権利と地位と…真実の愛?』という劇の演目にされるのはもう少し後の話。


フィリア…十五歳。学園二年生。

リルバルド…十六歳。学園二年生。


リルバルドの入学に合わせてフィリアも入学しました。


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― 新着の感想 ―
1話1話ボリュームあって面白くて好き 更新頑張って下さい 冒頭で少しどの時代の話か軽く説明があると嬉しいです
おお……これぞ真実の愛ぞ! それに比べて、アラン君と来たら。 政務が好きとか告白しちゃったアラン君、どう思いますか。 ……え?本人に付随する面倒な権利や義務まて丸ごと愛しているんだから、真実の愛として…
めちゃくちゃ面白かったです! ☆が各話ごとに付けられないのが口惜しいです。
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