義務と怠惰と責任と
フローレンスの姉ミランダの留学先での話。
『権利あげます』の六年前。
誤字報告いつもありがとうございます。
読んで頂きありがとうございます。
ミランダ・アリスドールは出身国であるアストラン王国の学園に一年通った後、大陸一の国土を持つディダ帝国のオルセール帝都学院に留学生として通っている。元々国を跨いでいる商人の話を聞くのが好きだったミランダは、折角学ぶなら異国の地に行きたい!と両親に訴え、王国の学園に一年通う事を条件に願いは叶えられた。そして難関と謳われる留学試験に無事合格。
一昔前なら留学は難しかったかもしれないが、幸い今の時代は皇族や王族の交換留学が行われる程度には友好的な関係を築けている。ミランダは生まれた時代に感謝した。
そんなミランダが入学して直ぐの頃。親しい友人が出来る前に、学院散策していた薄暗い裏庭で運命的な出逢いを果たす。
「……君、もしかしてアストラン王国からの留学生?この辺りは、過去の研究生が勝手に植えた毒草が生えていて危ないよ」
「好きです!」
「……は?」
アリスドール子爵家第二子長女―ミランダ。十六歳。人生初めての恋にして一目惚れをした。
「まあ!これが吸血植物の一つである蝶刺棘ですのね!実際に見るのは初めてですわ」
見た目は少々刺々しいだけの可憐なお花なのに、一度絡みつくと皮膚に食い込んで干からびるまで血を吸われるらしいわね。どうにか棘を抜くと蝶の大群のような痕が残る事から命名されたとか。フローレンスがいたら目を輝かせて一株持ち帰りそうだわ。
教師達には報告が上がっているそうだが、この裏庭に関しては無法地帯となりつつあるらしい。己の身は己で守れという事かしら。流石帝国。
「帝国特有の毒草だからね、むしろ留学して間もないのによく知っていたね」
「ええ、末の妹が…フローレンスと言うのですが、あの子はありとあらゆる植物に興味があって、国内の植物図鑑を制覇すると他国の植物図鑑を父にねだっていたのです。それを読み聞かせしていたら私も植物に多少は詳しくなっていましたの」
「多少の定義が揺らぎそうなくらい詳しいけど」
私が不躾にも初対面で告白をしたにも関わらず、告白こそ受け入れては貰えなかったけれどこうして会って下さるマディラ・ラーファル公爵令息様。優しくて、穏やかで、知的で紳士的な上に、さらりとした灰色の髪に神秘的な淡い紫色の瞳!性格良し!頭脳明晰!外見さえも素晴らしいなんて!神はマディラ・ラーファル公爵令息に二物も三物もお与えになったのね!いえ、待つのよミランダ…彼はいつも本を読んでいて、授業も熱心に聞いているじゃない!そう、彼の知識は努力の賜物!つまりはマディラ・ラーファル公爵令息様こそ神なのだわ!!!
ミランダは恋に浮かれていた。
そして、マディラ・ラーファル公爵令息が将来は、公爵が持つ爵位の内の一つの伯爵位を継ぎ、兄である次期公爵を支えたいと考えている事を知った時、やはり彼は神だったと確信した。
只でさえ面倒臭い貴族という立場だと言うのに、継ぐのは高位貴族に入る伯爵家の当主。更には当主の仕事に加えて公爵になる兄も支えるという志!なんて誠実で実直で慈悲深い精神性なのかしら!
ミランダは心の底から尊敬した。
一方のマディラも最初こそ直ぐに飽きるだろうと考えていたミランダが会う度に熱量を増やして自分への好意を伝えてくる様子に、徐々に惹かれていった。絆されたとも言う。
***
最初は物珍しさとかそういうものだろうと思っていた。
帝国でははっきりとした色味を持つ男女が魅力的だという風潮がある。黒髪に青い瞳の――要は帝国だとモテる容姿のミランダが、灰色に淡い紫色の瞳――冴えない容姿の自分に本気な訳がないと考えていた。性格も社交的とは程遠く、何でもできる兄とは違って努力してどうにか公爵家の息子として及第点が貰える自分。実家の爵位が子爵と低い事を加味してもアストラン王国と直接的な繋がりができる旨味は小さくない。その上、どうやら彼女が管理している事業があるようで、中々うまくいっている様だ。正直引く手数多だろうとマディラは思った。
マディラ・ラーファルはラーファル公爵家の次男として生まれた。
きっと可愛がられていた筈だ。昔の家族の肖像画を見れば無邪気な笑顔の自分がいる。けれど、記憶を遡っても思い出せる事は兄との比較だった。
何でも一度でできる兄、努力しなければ合格できない自分。比較されても仕方がない事だと今なら思う。
「よく頑張っているわ」
両親はそう言ってくれた。だが、落胆している雰囲気は感じ取れた。それでも幼少の頃はあからさまではなかったけれど、七歳くらいからだろうか。両親や家庭教師、たまに会う親戚から言われる様になった。
『ディアルズならもっと――』
『ディアルズはできるのに何故――』
『ご嫡男は優秀と聞いていましたが――』
その比較は少しずつ、確実にマディラの心を蝕んでいった。
けれど、全てを投げ捨てて無気力になるにはマディラの性分は真面目であり、領民を思う誠実さもあった。心根が優しく思いやりがある性格の彼は、誰かに怒りをぶつける事もなくただ黙々と自分のすべき事をこなすため努力を続けた。誰かが報いてくれるなんて期待は捨て去って。
「君がアリスドール家のお嬢さんか」
「いらっしゃい。マディラから話は聞いているわ」
「初めまして、ミランダ・アリスドールと申します。高貴なるラファール公爵閣下、公爵夫人のお目にかかれ誠に光栄に御座います」
「アストラン王国の…まあ、綺麗なお嬢さんね」
「子爵家のご令嬢と聞いていたが、帝国の高位貴族にも通ずる美しい所作だ。アストラン王国の貴族は皆こうなのかい?」
「帝国語も流暢だわ。癖がなくて聞き取りやすい、お手本のような帝国語ね」
「ディアルズの婚約者なら爵位が足りないが、マディラには伯爵位と領地を渡す予定だから家格は気にしなくていい」
「近いうちにそちらのお家と婚約について話し合わないといけないわね」
ミランダと出逢って三ヶ月。彼女の熱烈なアプローチにすっかり絆され、何なら沼に嵌まるような感覚すら覚え初めていたマディラはラーファル公爵夫妻に話し、ミランダを紹介する場を設けた。
他国の人間である上に実家の爵位の低さから反対される可能性を最大限に引き上げ、持てる全てを使って説得に挑む所存であったマディラだが予想外な歓迎の雰囲気に勢いを削がれた。それはミランダも同じらしく、それとなく目で確認された。可愛い。
「マディラ様のような素晴らしい方と婚約を許して頂けるなんて、生涯を懸けて幸せにさせて頂きます」
「素晴らしいってマディラ何か表彰でもされたの?」
「いや、大した事じゃ…」
「領地経営の授業で教諭より最優秀賞を頂いておられましたわ」
学院の中でも厳しいと評判の教諭で、彼が最優秀賞を出したのは数年振りの事だった。
「領地経営の授業の論文…頑張ったのねマディラ。でも、ディアルズならあなたの年には授業ではなく実際に領地で結果を出していたわ」
「地道な研究も悪くはないが、ディアルズに比べると少し華やかさがな……」
今までなら聞き流せたのにミランダがいる状況に酷く動揺した。もし、彼女に幻滅されでもしたら…とマディラは拳を握り締める。
「まあ、マディ様の御両親ともあろう方がこれは異な事を。なぜ今の話の流れでご嫡男様のお名前が出てくるのでしょうか?マディ様とご嫡男様は全くの別人なのですから得意分野が異なるのは当たり前の事ではありませんか」
穏やかな笑顔と明るい口調ですっぱりと言いきったミランダにラーファル公爵夫妻だけでなくマディラも唖然とする。それと同時に捨て去った筈の感情が、再び心の内に溢れそうになる。
「そもそもマディ様の魅力を他人様と比較するなどいくらご両親といえど言語道断ですわ!マディ様程誠実で勤勉で優しくて穏やかで時に愛らしい素敵な方他にいらっしゃいません!婚約できたわたくしは国一番、否!!!世界一の果報者ですわ!
マディ様をこの世に誕生させて下さったラーファル公爵夫妻に心から感謝申し上げます。話は変わりますが先日マディ様がお書きになったレポートは素晴らしい内容でしたわね!ご嫡男様のサポートを目標に幼い頃より真摯に励んで来られたマディ様の集大成!もちろん愛読用と保存用と布教用に写本致しましたわ!内容も素晴らしく特に特産のキノコの品種改良の所なんて―――」
「み、ミランダもうその辺で…息継ぎ無しで話したら疲れるだろう」
顔を赤くしたマディラがミランダの手を引いた。赤い顔なんて見られなくないが、下を向いたら涙が出そうだった。
「マディ様の魅力を語るのに息継ぎをしている暇などありませんわ!」
「息継ぎはしようね……父上、母上、あのミランダに屋敷を案内しても?」
居たたまれなくなったマディラが提案すると夫妻は大人しく頷いた。
「あ、ああ…」
「ええ…気を付けて」
並んで歩く二人を見送った公爵夫妻の目に、マディラの背中が随分大きく見えていた。
「あの子のあんな笑顔…随分と久しぶりだわ」
「……そうだな」
『マディ様とご嫡男様は全くの別人なのですから得意分野が異なるのは当たり前の事ではありませんか』
ミランダの言葉はラーファル公爵夫妻の目を覚まさせるのに十分だった。ディアルズとマディラは兄弟だけれど違う人間。得意な事も苦手な事も、好き嫌いも違って当たり前。そんな当たり前がいったい何時からわからなくなっていたのか。
「旦那様…マディの書いたレポートを読んでみたいのですが」
「ああ…学園に取り合ってみよう」
「その必要はありませんよ父上。母上、マディのレポートなら私が持っていますから後で届けさせましょう」
階段上から一部始終を見ていたディアルズがにこりと微笑んだ。
***
「ごめん、代官から急遽取次があって、できるだけ早く戻るから」
中庭を散策後ティータイムにしようと準備が終わった所で、ラーファル公爵家の執事がマディラに取次をしに来た。どうやら、マディラが将来継ぐ伯爵家と領地を管理している代官が急ぎの用件で来ているらしい。
もちろん、マディラの邪魔をするミランダではない。
「現段階で代官から頼りにされるなんて…流石はマディですわ!私の事はお気になさらず!日が暮れて夜が明けようともお待ち致しますので、急がれなくて大丈夫ですわ!マディの事を考えていれば時間などあっという間ですもの!」
「…それは大丈夫じゃない、けどありがとう。軽食もお菓子もお茶も好きなだけ食べてね」
正直、マディラがいないのなら全く食べる気にはならないが、それはそれでマディラが気に病むかもしれない。
ミランダは軽食に手を付けようとして、顔を上げた。
「こんにちは。マディラの婚約者さん」
「初めましてミランダ・アリスドールと申します。高貴なる小公爵閣下、ご機嫌麗しゅう御座います」
椅子から立ち上がり帝国式のカーテシー(アストラン王国とは膝を曲げる角度と左手の位置が異なる)をするとすぐに顔を上げ楽にするよう言われる。
「驚いた、帝国の令嬢でもここまで美しいカーテシーをする人が何人いるか」
「過分なお言葉身に余るお言葉光栄に御座います」
「マディラに急な来客があったらしいね?マディラが戻るまでの間俺が相手をするよ」
「小公爵閣下にお相手頂ける事、栄誉に存じます」
「将来的に家族になるんだ。堅苦しいのは無しにしよう」
「将来家族として迎え入れて頂くからこそで御座います。失礼な態度をとって嫌われてしまえば…マディラ様との婚姻が赦されなくなってしまいます」
「父上も母上も君に好意的だよ。あいつに自信を持たせてくれただろう?俺も君に感謝しているんだ」
「そのように言って頂けて嬉しく思いますわ」
「君が物理的に俺に危害を加えるとか、公爵家の名誉に傷を付けるとかしない限り婚姻は確定だから安心しなよ。君以上にマディラとの婚姻を喜ぶ令嬢は居ないだろうし。これから長い付き合いになるんだ、人前じゃなければ気楽に接してくれると嬉しいな」
「マディラ様は引く手数多間違いないですが、確かに私が世界一の果報者である事は間違い御座いませんわ。ご配慮有り難く頂戴致します」
「君、面白いね。気に入ったよ。俺の事もディアルズとかディアって呼んで欲しいな」
ディアルズがにこり、と笑みを浮かべて言った内容にミランダは頭の中が疑問符で溢れかえった。
歳の離れた義弟や義妹に言われたならわかる。しかし、相手は将来の義兄である。信頼関係が出来上がっていたとして、果たして名前で呼ぶのだろうか?ディアルズ様?お義兄様では駄目なのか。
マディラを愛する前であれば親しくなった異性を名前に様付けで呼ぶくらいは抵抗少なく出来ていたかもしれない。呼んだ事はないけれど。しかし、今となっては、
「まあ!マディ様以外の男性のお名前を親しげに呼ぶなど、身の毛がよだってしまいますわ!愛称など論外です!」
本気で命令されたって理由をこじつけて断るくらいには不快である。自分は案外その辺り潔癖なのかもしれないとミランダは己の新たな一面を知った。
「み、身の毛がよだつ……」
満面の笑顔で言われた内容に顔がひきつるのを抑えられない。
才能・美貌・地位…全てを持って生まれたディアルズは物の心付いた時から男女問わず慕われており、ミランダからの拒絶は凄まじい衝撃を彼にもたらした。
「そもそも“感謝している”と口では述べていらっしゃいますがマディ様の事を下に見ていらっしゃいますよね?ああ、嫡男と次男という立場の違いという意味ではなく、己より能力がないという見下しをなさっておいでですよね?でなければ、御両親の――屋敷の皆様のマディ様への対応に心を痛めず、対応もせず、当たり前のようにマディ様の成果を享受するなどできる訳がありませんもの」
「そんなこと…」
ない、と断言ができない自分に驚いた。指摘されると心当たりが浮かんでくる。
「見下していないのなら弟の婚約者に対して距離感がおかしくありませんか?それとも、マディ様の婚約者に相応しいか試されたのでしょうか?そうであったなら今までの無礼を誠心誠意謝罪させて頂きますわ。だってマディ様の為を思って軽薄な男を演じて下さったのにこのような暴言を吐いてしまいましたもの!私が管轄している事業を権限ごとお渡しするのも吝かではございませんわ!本当に申し訳――」
「謝罪は不要だ……軽薄…いや、確かに改めて言われると軽薄そのものなのか……」
ディアルズは自分が公平な人間だと思って生きてきたが、ミランダの指摘に公平どころか傲慢なのではと思い至る。
コツコツとした地道な研究の成果を纏めたり、領民の意見を纏めたりするのはマディラの方が向いていた。そして、マディラが纏めた書類を受け取り打開策や改善案、予防策を組み立てて来た。が、指摘されて初めて、マディラに感謝をした事がないと気がつく。「よく纏めてある」、「こういうの得意だよな」と声は掛けたがどう考えても感謝の言葉ではない。他人の成果を当然の権利として享受するのは傲慢でしかなかった。
ディアルズはショックを受けた。ミランダが言わなければ自分は生涯気がつく事無く生きていただろう。両親はもちろんマディラだってわざわざそんな指摘はしないし、恐らくできない。
正直、ディアルズ公爵家の嫡男として生まれ立場に相応しい能力もあったのだから、多少の傲慢さはあって然るべきなのだが、マディラ一番のミランダには関係の無い話だった。マディラを侮辱する者は全て敵である。
「マディラには君が必要なんだろうね。弟の事をよろしく頼むよ。義妹殿」
ディアルズは無意識下で見下していたものの、マディラの事を可愛い弟だと思ってるのも本心だ。マディラを物事の第一に置いて考える、教養も知識も行動力もある娘が支えてくれるなら安心だと思えた。実家の爵位は低いがそこは自分が盾になればよいだけの話だ。
「ええ、任されましたわお義兄様」
ディアルズは婚約者となる令嬢がミランダに恩があり、生涯に渡ってこの義妹に頭が上がらなくなる事をこの時はまだ知らなかった。
***
留学から半年が過ぎた。長期休みに帰省したタイミングでマディラと婚約を結んだ。公爵家の人達からも一目置かれ、何なら頻繁に晩餐会に呼ばれるようになり公私共にマディラの婚約者として認められたミランダ。親しい友人に恵まれ昼食はマディラと共に過ごし、放課後は友人と買い物かマディラとデート…薔薇色の学園生活を送っていた。
ミランダが食堂に向かう途中、第四皇子の側近を名乗る男子生徒に「殿下がお呼びだ」と静かな廊下で制止された。今日はマディラが友人と昼食を取るため、ミランダも友人と約束をしていたが、友人は先の授業の事で教室に質問をしてから来ると遅れていた。ならば席を確保しておこうと歩んでいた矢先だった。実に迷惑この上ないタイミング。気分は一気に灰色である。
「帝国の星であらせられる第四皇子殿下に、ミランダ・アリスドールがご挨拶申し上げます」
帝国式の挨拶とカーテシーをすると顔を上げるよう促される。
「アストラン王国からの留学生、それも子爵家の娘だと聞いていたが、マナーはそれなりの様だな」
「お褒めに与り恐悦至極に存じます」
自国や実家を然り気無く見下す発言にも眉一つ動かさないミランダに第四皇子はほう、と内心感心していた。
本来学院内では型苦しい挨拶は必要ないと述べる所なのだが、それについては第四皇子も側近も何も言わなかった。
「今から昼食か?良ければ、共にどうだろうか。皇族専用のサロンがあってシェフも城から連れてきているから味は保証する」
食事は安全性が保証されていれば携帯食でも構わないのですけれど…。ここの食堂も充分美味しいですし。
未婚の男女が密室で二人きりというのは外聞が悪すぎるのよね…この側近とかいう男子生徒が中で待機してくれるにしても所詮皇室の味方でしょうし。
「…まあ、恐れ多い事ですわ」
「万が一よからぬ噂が立っても揉み消すから安心するといい」
揉み消さなければならない状況が問題だとは思われないのかしら。あと、殿下が気にしなくてもマディを不安にさせる事を私がしたくないのよね。せめてマディと婚約していたら断る理由になるのだけれど…困ったわ。流石に留学先の皇子を昏倒させて昼食の話を有耶無耶にする訳にはいかないし…。
他国の皇子に限らずやってはいけないが、ミランダの頭の中にツッコミを入れる人間はいない。
「それとも、私が相手では不足かな?」
皇族からの誘いを断るつもりか?不敬罪でしょっぴくぞ!という事ですわね。これが、我が国の王家の方に言われたのなら爵位と共に首を返上致しますのに…無念ですわ。
何で帝国の皇子なの?ここが帝国だからだけれど…世の中儘ならないわ、とミランダは思ったが当然顔にも態度にも出していない。
「まあ、その様な事ある筈が御座いません。ですが、一つだけ、友人とラーファル公爵令息に言伝を出してからでもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
自分は寛大だという事を前面に出しながら許可をする第四皇子にこれだから身分社会は、とうんざりしながら流麗な文字で手紙を認める。ミランダはいつでも手紙を出せるように、容量は少ないが持ち運びに適したマジックバッグ式のウエストポーチを身に着けている。
「ここでの発言は無礼講とする。堅苦しいのは無しにしよう」
「…寛大なご配慮、感謝申し上げます」
いけない、帰っていいですか?と言いかけたわ。今日はマディと放課後に剣術の訓練をするのだからどうにか乗り越えなくては。頑張るのよミランダ、私ならできるわ。どれだけ、無意味で退屈で苦痛極まろうとも、時間とは平等に過ぎていくもの。耐えるが勝ちよ。
「…君の実家はウォールウィリー辺境伯の隣領地だったね?」
「左様で御座います」
「彼の騎士団は精鋭揃いだという話だが、本当かい?」
「ええ、ウォールウィリー辺境伯の『大鷲の爪』と言えば王国では知らぬ者はおりませんわ。魔物から人々を守るだけでなく、賊の捕縛、過去には王宮騎士団と協力し犯罪組織の壊滅にも一役買った素晴らしい方々です」
「ほう、素晴らしいな。『大鷲の爪』相手では皇室騎士団も後れを取るかもしれないな」
「皇室騎士団の実力は大陸中が存じておりますわ。大陸全体が安定しているのは両陛下並びに皇室の皆様のご尽力があってこそだと」
「アストラン王国が永世中立国という立場を守っているからこそ成り立っていると考えている国も多いぞ?」
「アストラン国王陛下が誇れる賢王であらせられる事は心より同意致しますわ」
「そういえば、君の弟も騎士団の一員だとか?」
「正確には入団予定です。入団する為に十三になってすぐ学園に入学し十五で卒業予定ですわね。その時まで本人の意思が変わらないならば入団を許可されています」
ウィリアムは勉強ができる脳筋ですから、試験途中に空腹に襲われなければ問題なく入学も卒業も可能でしょう。
「そうなのか。君の家とウォールウィリー辺境伯は繋がりが強いのか?」
「お互い歴史が長い家系ですからお付き合いはそれなりにありますわね。もちろん、帝国の守護者として名高いウォールウィリー辺境伯と我が家では存続理由に天と地程の差が御座いますけれども」
「辺境伯に婚約者がいるという話は聞かないが、良い話はないのか?」
「今の所そのような話は出ておりませんわね」
「文武両道な御仁だと聞いているが、ああいった者には苦手なものなどは無さそうだな」
「ええ、弟から辺境伯閣下の武勇伝は耳にタコが出来る程聞いておりますわ」
「…君は賢い女だと思っていたのだが、俺の買い被りか?」
「殿下のご期待に御応え出来ず心が痛む思いです。大変申し訳御座いません」
申し訳なさそうな表情と声色に対し、所作は美しく口調も滑らかで、皇族の不機嫌を買ったと言うのに付け入る隙が全く無い。質問にも当たり障りの無い返答ばかりで、動揺したり苛立った様子でも見せればそこを突けるのに、意外と食えない。
「…堅苦しいのは無しにしようといっただろう?どのような発言も不敬にしないと約束する。お互い腹を割って話そうじゃないか」
さて、どうしたものかしら。
ミランダは権威が上の人間が言う口約束は当てにならない事は知っている。守ってくれる誠実な王侯貴族などそう多くはない。特に他国となれば尚更である。
陛下は特殊中の特殊ですわね…我が家の不敬を溜め息で受け流されるなんて器の違いに驚かされるばかりだわ。お父様が「私のような人間がお仕えするには勿体無い」と仰るのもよく理解できます。ランディール公爵家も貴族の中の大貴族、臣下の鑑でいらっしゃいますもの。バーディン伯爵令嬢が心酔する気持ちもわかるというものです。まあ、だからと言って気配を消して後をつけ回すのは如何なものかとは思いますけれど…。一度それとなく申し上げたら「ストーカーではなく護衛だ!話しかけるな!私に気付くな!」と怒らせてしまいましたので、それ以降は話し掛けずに会釈だけに留めています。あ、留学する際にはご挨拶しましたわね。
「殿下の寛大なお心に私感動致しました…ですが、私は所詮他国のしがない子爵家の娘に御座います……何か無礼があってはなりません。これ以上はご容赦頂けないでしょうか」
「…用心深いのは悪くない。いいだろう、契約書を書いてやる。これでどうだ?」
“第四皇子ドューラはミランダ・アリスドールの如何なる不敬な発言も許容し罰しないとここに盟約する”
魔法契約書ではないものの、帝国の正式な契約専用の紙が使われている上に、たった今皇子自らサインをしたから早々無効にはならないだろう。
「…………わかりましたわ」
契約書を受け取ったミランダは真っ直ぐにドューラを見つめた。
***
「皇子殿下は私に、国を売れとおっしゃるのですね」
今までのやり取りが噓のような、あまりにもはっきりとした言葉選びにドューラの頬がピクリ、とひきつった。
ミランダからすれば、相手の言葉選びに合わせているだけ。しかし、帝国という大陸で最も強い軍事力を持つ国の皇子として生まれたドューラは、皇子の言葉に怯えの一つも見せない様子が面白くなく、言葉を詰まらせてやろうと思ったのだが。
「皇子殿下の王位継承権は第四位、まともに勉学に励んだだけで王位の座は巡って来ない。皇太子殿下や第二、第三皇子殿下の能力に不安があるならまだしも、皆様優秀でいらっしゃるからなおのことですわね。暗殺しようにも側近の方々も優秀ですし…となると武功を立てるのが手っ取り早く無血であるなら尚良し、と言った所でしょうか?」
今はまだ表に出していない己の野望を言い当てられて真顔になる。
「お前の家は妹が継ぐ予定なのだろう?」
「ええ」
ゼオルドは来年留学して卒業後冒険者になって自分の実力を試すらしいし、ウィルは卒業後辺境伯の所に入団、私は卒業後マディと結婚、フローレンスは植物研究がしたいらしいから、フィリアかしらねぇ?でも、フィリアってあの容姿だから婚約の申し込み殺到しそうだけれど……まあ、フィリアとフローレンスならどちらがなっても問題ないわね。
「俺が口添えすれば当主になれるぞ?」
「私が実家を継ぐと言えば誰一人反対はしないでしょうし、何なら担ぎ上げられる勢いで喜ばれるでしょうけれど……別になりたい訳じゃありませんので」
もちろん、マディが婿に来たいというのなら断腸の思いで当主を受け入れるわよ?でも、マディは伯爵家を継いで領地経営に力をいれたいみたいだから、それを全力でサポートするのが妻の役目!
「お前の実家は代替わりの度に爵位返上を願い出ているという馬鹿げた話を聞いた。事実か?」
「ええ」
当主によっては代替わりどころか、毎年願い出ているけれど。お父様とか。
「陞嚼も断っているとか」
「ええ」
「ならば、爵位返上できるなら、帝国に返すのも同じだろう」
「全く異なります。私含めて、アストラン国王陛下に爵位返上したいのであって、離叛して他国に利益を渡したい訳では御座いませんわ」
「陞爵を断るという事は王家への忠誠心がない事と同義であろうが!」
「まさか!我が家の当主が代々面倒で億劫で今すぐにでも放棄したい義務と権利と責任にまみれた貴族を続けざるを得ないのは、王家の方々が代々真っ当であるからこそですわ!そうでなければ、当の昔に無責任に放り捨ててどこぞへ旅立っていることでしょう。王家への敬意と義理があるからこそ……あら、忠誠心は確かに無いかもしれませんわね!ごめんあそばせ!」
***
ニッコリと微笑んで詫び入るつもりのない態度に苛立つより、言われた内容が理解できない。貴族としての固定観念が通用しない相手などいる筈がないのに。
ドューラはその相手が目の前にいる事実をどうしても受け入れられないでいた。
「忠誠心が無いのに何故手本のような領地経営をしている?賢王などと言われていても実際は独裁的なのではないか?」
そうだ、忠誠心が無いのなら真面目に領地経営する理由などない。爵位返上を望む奴が平民の為に身を砕き働こう等とは思わないだろう。何か弱みを握られているに違いない!
「義務だからですわ」
「福利厚生にも力を入れていると」
「義務ですので」
「命懸けになる魔物討伐にも領主自ら参加しているとか。それは王家が補助を怠っているからでは」
「義務です。それに己の目で見た方が早いでしょう?別に弱くて死にに行く訳ではありませんし」
「義務感だけだと?そんな訳があるか!義務感だけでやっていける程貴族は甘くないだろう!」
「むしろ、義務感以外でどうやって向き合うのですか?」
本気で聞いているとしか思えないミランダにドューラは顔をひきつらせた。
「……数々の功績を全て王家に搾取されていると」
「搾取だなんて!むしろ、権利を押し付けられて仕事を増やされ、自由時間を搾取されているのは王家の方々ですわ!」
「そうと分かっていながら押し付けるのは王家への反発だろう!」
「面倒だからですわ」
「利益があるのにか!?」
「利益を得るという事はそれに付随するすべての権利を享受し責任を以て管理するという事です。ほら、面倒臭いでしょう?」
「……貴族向いてないだろ」
「ええ、我が一族皆そう思っております」
本当に、義務感だけなのか?
ドューラはミランダが顔色一つ変えずに言葉を返す様子に底知れぬ恐怖を覚えはじめた。ここで引ければ為政者としてまだ振舞える可能性があったが、彼は悪い方向にプライドが高かった。
「ならば、わざと不正をすれば良いだろう」
自分の予想が悉く外れた事が認められず、いっそ不正するよう唆して、ミランダを破滅させようとあまりにも浅慮な考えが浮かんだ。
「何のためにですか?」
「……は?不正をすれば爵位返上が叶うだろう?」
「ですが、不正をしている間苦しむのは当主ではなく領民ですよ?そして、領民が苦しんでいなければ不正とは言い難く、仮に不正であっても爵位返上には至らない可能性が高いです。領主だけが苦しんでいたら医者や補佐官を呼ばれるだけですわ」
「いや、それはそうだが…」
「生まれてから領民の納めた税で暮らしているのです。最低限の義務と責任は果たさねばなりません。己の欲を満たすために不正をするなどもっての外ですわ。だからこそ、権利を押し付け、不躾にも爵位返上を申し出て、不敬罪が適用されれば万々歳!と地道な努力をしているのです」
「努力の方向性間違ってないか?」
「きちんと目標に向かっておりますわ」
「だが、君はラーファル公爵令息と婚約しているだろう」
「ええ」
「結局、権利が欲しいという事じゃないか。彼が伯爵位を継ぐから婚約したのだろう?」
「いえ、マディが伯爵家を継ぐ事を望んでいるから次期伯爵夫人という立場を受け入れているだけで、家を出て平民となるならば喜んでついていく所存ですわ!」
「……は」
「家事は留学するに当たって寮暮らしも視野に入れておりましたから、これでも一通りはこなせます。料理はまだ三品しか作れませんが、習うより慣れろと申しますし頑張りますわ!掃除と洗濯はメイド長からお墨付きを貰っていますし、着替えもドレスは無理ですがワンピースとかなら自分で出来ます!」
「雇い主の娘に掃除と洗濯を教えるメイドがどこにいる!?いたとしても解雇しないなんて気が知れないな、お前見下されていたんじゃないのか?」
「まあっそのような事一切ありませんわ!私が言い出したら聞かない性分をよく理解している両親が了承し、全てを諦めた侍女長がメイド長に頼んで下さったのです。もちろん、仕事の邪魔にならないよう洗濯は端の方で、掃除は使っていない倉庫からはじめましたわ!」
「……理解不能だ。それほどの知恵と行動力がありながら、なぜ『平民になりたい』などとぬかす? 権力を握れば何でも思い通りになるのだぞ!」
「権力を握れば義務と責任も増えますのですよ!? 思い通りになるなどとんでもない事で御座います!むしろ思うように過ごせない事が増える一方です!私は大好きなマディ様とゆっくりお茶を飲み、本を読み、買い物デートに勤しみ、マディ様を愛で、たまに帰省して家族と団欒をしたいのです!!!それ以外は正直何もやりたくありませんわ!!!」
「ただの怠惰ではないか!」
「義務を果たす中での怠惰こそ至高の幸せですわ!」
ミランダの宣言にドューラは漸く敗北を認めた。
***
断言したミランダは急に表情を消して、第四皇子の胸元へ視線を向ける。
「……所でずっと気になっている事が御座いますの」
「なんだ?」
「そのブローチに使われている宝石」
「ああ、これかい?ある筋からの貰い物でね。美しいだろう?これはやれないがどうしてもと言うなら――」
「――紛失したブランジュール公爵家の家宝と同じものですわ」
「……は」
「先月何者かによって盗まれたとアレクサンドラ様が酷くショックをお受けになっていらっしゃいまして。私宝石が収められていた箱を見せて頂きましたの」
ブランジュール公爵家とは、帝国の四大公爵家の一つでラーファル公爵家に並ぶ名家。ブランジュール公爵家の次女――アレクサンドラとミランダは友人となった。
ミランダは留学生特権だと思っているが、彼女の人柄をアレクサンドラが気に入って側に置いているのは周知の事実だった。
ブランジュール家に招かれてアレクサンドラとお茶会を予定していたある日。中庭に誘われて廊下に出るとどうにも屋敷が慌ただしい。アレクサンドラが侍女に話を聞くと宝物庫から魔宝石が一つ無くなっているという。
無くなった魔宝石は“慈悲の雫”と呼ばれる雫形にカットされた赤い宝石。所有者の魔力を無尽蔵に底上げする力があり、魔宝石の力を使う程宝石の色が濃くなり最後は黒くなると言われている。使い過ぎると所有者は魔力を体内で生成できなくなり生命力を吸いとられて死ぬ。そして所有者が死ぬと元の色に戻るらしい。どの辺りが慈悲なのか甚だ疑問である。
慈悲の雫は宝石のまま保管されていたらしいので、盗んだ後ブローチに加工したのだろう。
「それがなんだ?箱を見ただけで宝石は見ていないのだろう?そんなもの証拠には」
「宝石は見ておりませんが、魔力の痕跡は確認致しました」
何かの拍子に魔力感知が得意だと話したのを覚えていたアレクサンドラが箱だけを持って部屋にミランダと二人きりになり頼んだのだ。「この魔力を感じたら教えて欲しい」と。ちなみに、箱が残っていたのは箱に許可無く宝物庫から持ち出された場合サイレンが鳴り響く付与がされているからだろうとの事。魔宝石本体には付与ができなかったそうだ。
「……は?」
「その魔力痕とその宝石に宿る魔力が一致します」
思い出すのに時間が掛かりましたが間違いありません。視線に似た何かを感じると思ったら宝石の魔力に覚えがあった既視感によるものだったなんて。私もまだまだですわ。
「間違えたじゃすまないぞ!!!」
側近の男子生徒が初めて声を発した。憤りで顔が赤黒くなっているけれど、果たして彼は白か黒か。どのみち、殿下を諌められない時点で先は明るくないでしょうけど。
「不敬は承知の上です」
ミランダは双子の兄であるゼオルドほどわかりやすい魔法の才能は無かったが、人や物に関係無く魔力の特徴を覚える事に長けていた。十二歳の時に参加したガーデンパーティや茶会でバーディン伯爵家の娘の魔力が時々変化して少しゆらいでいる様に感じた事が何度かあった。こっそり聞いてみたら驚かれた後に黙っているよう言われてからはあまり他者に話す事はしなくなった。魔力感知に優れるというのは場合によっては秘密を暴く事にも繋がるとこの時に学んだ。
家族にも自分からは話さなかったが、ゼオルドや末妹のフローレンスはミランダが魔力感知に優れていると気づいていた。ゼオルドには魔法研究に付き合わされたが、フローレンスは「ミラ姉さますごい!」と目を輝かせるだけだった。フィリアももちろん可愛いけれどあの子は部屋でごろごろしながらお菓子と紅茶を嗜むのを好んでいる。膝の上で本を読む事をねだってくるフローレンスは癒しだった。持ってくる本は曾祖父様が書いた植物の手記だとか、花より薬草や毒草が載っている植物図鑑だったけれど。花は覚えてしまったのですって。将来有望よね。おかげで帝国に留学に行ってから、帝国特有の薬草だとか毒草について学んだけれど殆ど知っていたわ。それにマディ様から褒めて頂けたし話題の元にもなった事もあったわね!!!はっもしやフローレンスは恋を運ぶ花の妖精だったのかしら!!?それとも天使!?マディは神でフローレンスが天使…私天に召されたのかしら!?
ミランダは愛に溺れていた。
「鑑定が終わるまで牢に入るのも厭いませんわ」
ミランダが宣言すると同時に扉が開いた。
「悪いが隣で話を聞かせて貰った。ドューラ、そのブローチを鑑定に出す。他にも訊きたい事があるから部屋で謹慎を命じる。皇帝陛下も承認済みだ」
皇太子殿下、第二皇子殿下に続いてマディラが入室し、皇太子殿下がドューラに告げた。
「そ、んな…」
「殿下お助け下さいっ!殿下っ!!!」
膝から崩れ落ちたドューラと側近の男子生徒は騎士に連れられて行った。
「ミラ!!!大丈夫!?」
顔を青くしたマディラがミランダを抱き締める。
「マディ大丈夫ですわ。それにしても続き部屋があったのですね」
「ああ、本来は護衛騎士が隠れる用途だがな」
「なるほど」
「アリスドール嬢、すまないが君にも話を訊かねばならない」
「承知致しました」
「皇太子殿下…ミランダに何かあれば俺は忠誠心など捨てる所存です」
「安心しろ、丁重に扱う。ただでさえアストラン王国からの留学生な上に才女。その上ラーファル公爵令息の婚約者だ。しかし、それほど熱を上げるとは余程魅力的らしいな」
「皇太子殿下」
「兄上、マディラは怒らせると手に負えないタイプですよ。こいつは性格が前公爵似です」
「それは困った。これ以上はよそう。俺も命が惜しい。アリスドール嬢、すまないが聴取が終わるまでは学院を休んで貰う。単位は、心配いらないな?休学中はラーファル公爵家で世話になるといい」
ミランダを抱き締めて表情を固くしていたマディラは、皇太子の最後の台詞に目を輝かせた。
第四王子殿下は三年間北の塔で幽閉となった。ある筋から手に入れたと言っていたが、結局は自分が指示をして手に入れていた。私を取り込んでアストラン王国の情報を集め、魔宝石の力を使って武功を立てようと考えていたらしい。実に浅はかである。三年後どうなるかは代替わりした後の陛下次第だが…北の塔は元々罪を犯した王族が処刑を待つ場所。暇を潰せる本などはなく、食事も簡素で、風呂はなく桶とタオルが週に一度渡されるだけ。
生まれてから王族としての待遇以外受けた事がない人間に堪えられるかは微妙な所だ。
彼の側近は退学と同時に家から除籍されたあと禁固五年となった。こちらも貴族令息として裕福な暮らしになれているから五年持つかどうか。持ったとしても学院を卒業もしていない、生活能力もない元貴族の平民が生きていく術があるか怪しい所ではあるが同情はしない。
「元殿下はフィリアの一つ上という事だけれど…男の子は精神的な成長が遅いと言うものね」
「…男の子以前に殿下は皇族だったからね、自分の行動に伴う影響を考えなければならなかった。後、ミラの妹さん達は…少し特殊だと思うけど」
話を聞いている限りどちらの妹も年齢相応より達観しているように思う。貴族に生まれているにも関わらず、貴族が面倒臭いという性質がそうさせるのか……当主教育が幼少期より施されるからなのか…いや、それなら皇族として教育された者は皆成熟するのが早い筈だからやはり家系だろうか。
「もし、皇室が何か言ってきても絶対に僕がミラを守るからね」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫だと思いますわ」
「確かに契約書はあるけど、皇族がその気になったら幾らでも偽造ができる」
「確かにそれはそうなのですが…私、この前の長期休暇で帰省した際に“ミランダ・アリスドールは如何なる場合であっても法を守り、家族に迷惑を掛けない事を誓う。この誓いはミランダ・アリスドールがミランダ・ラーファルとなった後も有効である”という魔法誓約を結んで参りましたの。罰が下らないという事は法を犯していないという証明ですから。魔塔のお墨付きですし」
「そんな契約してきてたの!?うち清廉潔白だとは言いがたいんだよ!?」
「大丈夫です、貴族の根回しをしたらいけない訳じゃありませんもの。法を犯さず、実家に迷惑を掛けなければ良いのです、私が」
かといって汚れ仕事をマディだけに任せるのも…まあ、自滅して頂く方向に持っていくならやりようはあるわね。
「魔塔の承認印がないけど」
誓約書を見たいと言うので渡すとマディが首を傾げる。大陸の共通ルールが魔法誓約書を結ぶ場合、魔塔所属の魔法使いに承認印を貰うというものがある。
「それが、二百年くらい前に冤罪で魔塔から追放された魔法使いさんを偶然当時の当主が助けたらしく。そのお礼として彼女から押し付け…受け取った魔法誓約書です。魔塔に提出する義務がある正規の魔法契約書とは完全に独立して我が家だけが使える書式で、当時の魔塔主と陛下より承認を頂いております」
その後も代が替わる度に魔塔への返還や国への献上をしていた様だが、魔塔主と話し合った陛下から「王命だ。その代物はアリスドール家が責任を持って管理しろ。末代までだ」と命じられてしまい、アリスドール家の宝物庫に保管される事となったらしい。
「宝物庫の最奥の金庫にそれはもう厳重に、永遠に日の目を見ることがないだろうと言わんばかりに保管してあるのですが、お陰で心置きなくマディの元に嫁げますので有難いですわ」
晴れやかな笑顔で言われてしまい、マディラは小言を言うのは諦めた。
「でも、何で不敬罪は適用されなかったんだろう?」
「殿下が契約書にサインしたお陰でしょうか?私が許可なく不敬を働いたら今頃塵になっているか丸焦げで倒れていたかもしれませんわね」
「……あまり無理はしないでくれ」
「ごめんなさい。あまりにも殿下の勘違いが過ぎてつい熱が入ってしまいましたわ。マディは私が死んだら関係者を叩き潰して後を追って来そうですもの。気を付けますわ」
「そうだよ。君がいない未来なんていらないし、それを潰した奴等なんて殺しても足りない」
真っ直ぐで重すぎる愛の告白に、ミランダの胸が高鳴る。
「まあ……!なんて情熱的で愛に溢れたお言葉……!やはりマディこそ私の神ですわ!」
うっとりと手を合わせるミランダを見て、マディラは「僕が神ならミラは女神だね」と笑みを返す。
「さあ、本日の剣術の稽古、よろしくお願いしますわね!」
「うん。でも、ミラ。手加減はしないからね?」
「もちろんです!」
夕暮れの中、二人は仲良く訓練場へと向かって歩き出す。
ミランダ16歳。
ゼオルド(ゼオ兄)16歳。双子の兄。
ウィリアム13歳。
フィリア12歳。
フローレンス9歳。




