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異世海で自分だけの潜水艦を手に入れたので、海のど真ん中で海上交易国家を建国します  作者: 上昇線


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 俺は、追っ手の存在も加味して迂回するように合流してきたミースと2型に、あっさりと落ち合うことができた。


 海にさえ入れば、なんとかなる。

 漠然とそう考えてはいたが、正直なところ、肝心の潜水艦をどう取り戻すかまでは詰めきれていなかった。

 状況を見て対処しようと思っていたのだが、その懸念は実にあっけなく解決してしまった。


 まさか、潜水艦の方からこちらへ来るとは。


「何もないの?」


 ミースはそう言うと、俺の体をくまなく調べ始めた。

 腕を取り、背中を覗き込み、まるで医者のような手つきで全身を検める。


「何も……とは?」


 俺はされるがままになりながら、ミースに問い返した。


「色々と言いたいことはあるけれど――川に流されていた時、見えていたわ。自覚がないようなら、はっきり言うけれど」


 ミースは一度言葉を切り、俺の目をまっすぐに見た。


「アレは、海の呪いよ」


「海の呪い……」


 その言葉に、俺の思考が一瞬止まった。


 王国にまつわる、海の呪い。

 ヴィソンで聞いた話では、呪いは三つあるとされ、そのうちの一つは先代の王が患い、命を落としたという。


 しかし、ここは帝国領だ。

 ミースも帝国の人間のはず。王国と帝国は陸続きではないと聞いている。

 なら、ミースが「海の呪い」を知っているのは、かつて王国から漂着した人間がもたらした情報なのだろうか。

 王国は海を恐れて水軍を持たないという話だったが、それも古い情報なのか?


「あなたの国には、ないの?」


 考え込んでいる俺に、ミースが問いかけてきた。


「え? いや、え? それは……王国から伝わった情報じゃないのか?」


「王国? それが、あなたの国? その乗り物に乗って来たの?」


 お互いの言葉が、明らかに噛み合っていなかった。

 持っている前提が、根本的に食い違っている。


「海の呪いとは、なんだ?」


 俺は情報を整理するために、改めて問い直した。


 ミースは、近くに漂着していた大木に腰を下ろした。


「この世に三つあるとされる呪い。人の手では決して解けないとされていて――そのうちの一つが、さっきあなたを引き込んだ、あの黒い手よ」


 ミースは漂流木に座ったまま、淡々と語り続けた。


「三つあるとは言われているけど、私が知っているのはその黒い手だけ。海に入ると現れて、海の底へと引きずり込むと言われてる。私たちの国の王が患っているから、これを知らない人間なんていないわ」


「そうなのか――」


 ここにきて、王国よりも帝国の方が、呪いについて遥かに正確な情報を持っていた。


「でも、それにしては、誰も海を怖がっていないように見えるな」


 ヴィソンの人間も海を怖がっていなかったが、あれは王国の中では極めて稀有な例だと聞いている。

 しかし、この帝国の港町では、人々が当たり前のように海と関わっているように思える。


「怖がる必要なんて、何もないもの」


 ミースは肩をすくめた。


「海水に触れたからってすぐに現れるわけじゃないし、呪いが人から人へうつったりもしない。日常生活に支障なんてないわ」


 帝国の王は、呪いを患ってもなお現役で、六十歳を超えているのだという。


 なるほど、と俺は思った。


 人は、得体の知れないものを怖がる。

 帝国は、その呪いの特質を既に正確に把握しているからこそ、誰も過剰に恐れていない。

 逆に王国で語られる呪いの情報がどこかふわふわしていたのが、王国の海嫌いに繋がっているだろう。

 


「で、どうするの?」


 ミースが、こちらを見て言った。


「乗せてってくれるんでしょう? 最低でも当分の間は、匿ってもらわないとね」


 そう言うなり、ミースは砂浜をずんずんと潜水艦の方へ歩き出した。


「ちょっと待って、乗れることには乗れるんだけど……!」


 俺はそう言って、慌ててその後を追った。



    * * *



 ミースには事情を説明して、搬送用結合コンテナに乗り込んでもらった。

 潜水艦本体には主人以外が乗れないという仕様を伝えると、ミースは「変な乗り物ね」と一言だけ漏らして、素直にコンテナへ収まってくれた。


 操縦席に戻った俺は、強化項目に追加されたものと、ポイントで購入可能になったものを確認した。



【強化可能】

 ・簡易型魚雷  2,000ポイント 【NEW】



【購入可能】

 ・真水浄化槽  3,000ポイント 【NEW】

 ・小船     10,000ポイント 【NEW】



 追加されたのは、以上の三つだった。


 簡易型魚雷。

 ついに、潜水艦に攻撃手段が追加される段階に来たらしい。


 潜水艦の内部を見回したが、特に荒らされた様子はなかった。

 ババ・ロウの兵士が押収したとはいえ、内部を徹底的に調べ尽くしたわけではないらしい。

 床下収納の扉が開けられなかったのかは分からないが、収納部分には何一つ手をつけられた痕跡がなかった。

 宝飾品も、食料も、全て無事だ。


 不幸中の幸い、という言葉がぴたりと当てはまる状況だった。


 俺はとりあえず強化も購入も保留にして、ミースを乗せたまま、コウの待つ無人島へと潜水艦を向けた。



    * * *



 無人島に到着し、上部ハッチを開けて外へ出る。


 コウは、既に砂浜の近くまで来て俺を待っていてくれた。


「ハルさん! おかえりなさい!」


 大きく手を振るコウの姿を見て、俺は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 地下牢に放り込まれ、川に流され、得体の知れない黒い影に引きずり回された。

 その全部を経て戻ってきた先に、こうして無事に出迎えてくれる相手がいる。それだけのことが、思っていた以上に心を和ませた。


 ただ、コウの視線はすぐに俺の背後へと移った。

 搬送用結合コンテナのハッチから、銀色の髪の少女が顔を出していたからだ。


「えっと……その人は?」


 コウが、わずかに警戒した様子で尋ねてくる。

 無理もない。コウにとっては、見知らぬ人間が突然増えたわけだ。


「あー、紹介する。こいつはミース。商人だ」


 俺がそう言うと、コンテナから降り立ったミースが、砂浜を歩きながら片手を上げた。


「ミースよ。よろしくね、ちびっ子」


「ちびっ……コウです! この島の、第一村人です!」


 コウが胸を張って名乗ると、ミースは少しだけ目を見開いて、それから愉快そうに笑った。


「第一村人。へえ、いい肩書きじゃない。なら私は、何になるのかしらね」


 その軽口に、コウの警戒が少しだけ緩んだのが分かった。


「とりあえず、ミースもしばらくこの島で暮らすことになる。コウ、仲良くしてやってくれ」


「わかりました! ハルさんの紹介なら、信用します!」


 コウの素直さに、ミースが「ちょろいわね」と小声で呟いたのを、俺は聞かなかったことにした。


 俺は潜水艦の収納から、簡易拠点キットをもう一つ取り出した。


 黒く四角い、見慣れた一塊の物体。

 ポイントを消費して先ほど購入したものだ。コウの家を建てた時と、全く同じキットだった。


 雑木林の手前、コウの小屋から少し離れた開けた場所に、それを下ろす。


 右手首のディスプレイに、見慣れた表示が浮かんだ。



【簡易拠点をこの場所で作成しますか?】


 ▶ はい  ▷ いいえ




 黒い物体が、カタカタと小刻みに振動を始める。

 表面が分割され、パネルが伸び、柱が立ち上がり、屋根が組み上がっていく。

 折り畳まれた構造体が、見えない手によって広げられていくような、あの不思議な光景。



「……は? なに、これ。家が、勝手に建つの?」


 あれほど飄々としていたミースが、初めて素の驚きを露わにしていた。

 商人として様々なものを見てきたであろう彼女でも、これは想定の外だったらしい。


「な、何これ……どういう仕組み……? ねえ、これいくらするの? 売れるの? ねえってば!」


 建ち上がっていく小屋を前に、ミースの商人としての血が完全に騒ぎ出していた。

 目をらんらんと輝かせ、組み上がる柱の一本一本を凝視している。


「これは……売り物じゃない」


 俺は端的に答えた。


 あっという間に、砂浜の傍らにもう一つの小屋が完成した。

 コウの家と同じ造りだ。簡易的なかまど、水場、トイレ、シャワー、ベッド。一人で暮らすには十分な設備が揃っている。


「ここが、ミースの家だ」


 俺がそう言うと、ミースは小屋の中をぐるりと一周見て回り、それからベッドに勢いよく腰を下ろした。

 マットレスの弾力を確かめるように、二度三度と軽く跳ねる。


「悪くないじゃない。地下牢の石の床に比べたら、天国ね」


 そう言って、ミースは満足げに足を組んだ。


 無人島に、二軒目の家が建った。


 








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