第11話
江戸の町。
非番の日が重なり、蔵五といね子は江戸見物へ。いね子の髪にはびいどろのかんざし。ふたりは笑顔で江戸を探索している。
やがて歩き疲れ、神社の前の茶屋で休憩を入れることとする。
目の前を、手をつなぐ若い男女が通り過ぎる。
蔵五が眩しそうにそれをみていた。
いね子は意を決して言う。
「あの、村田様は好きな女性はいらっしゃるんですか?」
「え?そんなこと考えたことないなぁ」
「そ、そうですか」
いね子はもう少しジャブを入れてみる。
「神器府は美しい女性ばかりじゃないですか。私なんか、美人に囲まれて恥ずかしくなるくらいです」
「うん?いね子ちゃんもかわいいよ」
「え?」
いね子は慌てて顔をそらし、笑みを浮かべる。
「ニチャア」
「あれ?あそこ…」
「じゃあ、もしですよ!?もしも、わ、わ、私と、けけけけけっこん」
「あれ?子供が泣いてる」
「え?」
「助けようか。行こう。」
蔵五が立ち上がる。
いね子のあごがカクンと落ちる。少しして我に返る。
「…まあ、村田様らしくて大変良いです。行きましょう」
美しい幼女が神社の前で泣いている。
「お嬢ちゃん、どうしたの?お母さんと離れたの?」
「ううん、バク」
「バク?」
「犬のバク。柳森神社で待ち合わせる約束をしていたのに、来ないの」
蔵五は苦笑する。
「そうか。犬だから言葉が分からなかったのかもね。お家に帰る?俺が一緒に帰ってあげるよ」
「ううん。せっかく100年ぶりに会えるから…待ってる」
「100年?そ、そう、100年ねぇ」
困っている蔵五と、それを見てクスクス笑ういね子。
そこに、小梅がやってきた。
「蔵五くーん、何してるのー」
「びくぅ」
蔵五が怯え、後退りする。
「こ、小梅さん、今日は非番ですか?」
「くっくっく…」
次の瞬間、小梅がお絹の姿になる。
大阪の町で千代姫に拾われた、変装の豪傑、お絹だった。
「仕事中です。これはちょっとした冗談ですよ」
「お絹ちゃん、やめてよ。心臓に悪いから」
「ふっふっふ。で、蔵五さん達は何をしているんですか?」
蔵五が少女を見ながら答える。
「この娘が、待ち合わせ相手が来ないとかで…」
「ああ、そういう事ですか。ここは間違いが多い場所ですよ。ここ柳森神社とは別に柳守り神社があります。漢字が違うけど、読み方は一緒のやなぎもりなんです。相手が来ないのは、それじゃないですか」
蔵五が幼女の方を向く。
「どうする?そっちに行ってみる?行ってみて、バクがいなかったらおうちに帰ろうか?」
「…うん」
お絹と別れて、蔵五といね子は柳守り神社へ向かう。
蔵五達の近くに、巴姫、真白、小糸がいる。
三人も非番の暇つぶしに町を歩いていた。
小糸がため息交じりに言う。
「蔵五君たちが神器府に来てくれましたけど、みんな豪傑なんですよね。普通なのは私だけです」
巴姫が答える。
「あら、そんなことを気にしているの?」
「気にしますよ。なんで、私なんかが凄い人たちに混じって神器府で働いているのか。小鈴様なんか、あんなに仕事ができるのに、さらには豪傑ですよ。あーあ、嫌になります」
「ふふふ。あなたには素晴らしい長所がありますからね。そんな事を気にしないで良いですわよ」
「え?巴様、長所って何ですか?教えて下さい」
「忠恕ですよ。真心と思い遣りです。人の世で働くならば、何よりも大切な事です。皆がそれを理解しています」
「…」
真白が同意するように頷く。
「うわぁ。巴様、ありがとうございます。すごくうれしい」
「ふふふ。ところで小鈴といえば、あれは…すごかったですわ」
巴姫がうっとりとして言う。
小糸もニチャアと笑う。
「ニチャア。はい…すごかったです」
「あのおすまし顔が、おおおおお♡ってなって、ビクンビクン。女の尊厳が破壊される様子が…ハァハァ」
「ハァハァ」
興奮する巴姫と小糸。無表情で黙っている真白。
「ねえ小糸。私、千代姫がおおおおお♡ってなるのを見てみたいですわ」
「あのお上品な千代姫様のおおおおお♡ですか。ビクンビクンですか…ハァハァ。私も見たいです」
「小糸、よだれが出てますわよ」
「巴姫も」
「…」
真白が無言で向こうを指さす。
そちらを見ると、蔵五、いね子、幼女が歩いていた。
「あれは…」
不審な目で幼女を見つめる巴姫。幼女がふとこちらを見てびくりと驚く。そして、足早に逃げるように立ち去った。
小糸が言う。
「どうなさいましたか?」
「いえ、あの少女…まあ、大丈夫そうですわね。放っておきましょう」
柳守り神社にたどり着く蔵五たち。
蔵五が驚く。
「え?なんで?」
小犬がいた。神社の前にちょこんと座っている。
幼女が言う。
「バク!久しぶり」
「わん!」
犬も幼女に気が付く。幼女は走り寄り、犬を抱きしめる。
蔵五がつぶやく。
「いね子ちゃん、本当にいたね」
「はい。びっくりしました」
幼女が言う。
「お兄さん、お姉さん、ありがとう。バクに会えたよ」
「う、うん。良かったね。家まで送ろうか」
「大丈夫。ここでもういいよ」
「そう。じゃあ、さよなら」
「わん!」
不思議そうに蔵五といね子は立ち去った。
それを見送る幼女に、バクが人間の言葉で言う。
「あのふたりに助けてもらったのか?」
「そうだ」
「ふむ。礼をするか?」
「そのつもりだ」
そして、神社のなかに消えていく。
神器府事務室。
千代姫と小鈴がお茶と団子を前に談笑している。
小鈴が言う。
「最近は姫様がよくおいでになられて、うれしいです」
「そう?良かったわ」
「ズバリ、蔵五くん事件以来、総年寄が寄り付かなくなったからでしょう?」
にこにこと千代姫が答える。
「ふふふ、それは内緒です」
「ふふふ」
千代姫が言う。
「ところで小梅さんのことなのですが」
「ビクッ」
小鈴がビクッとなる。
「非番の日に蔵五さんにつきまとうようになったとか」
「お恥ずかしい限りです」
「いえ、責めてるわけじゃないのよ…そんなにいいの?」
「はい?」
「例の、気力を注ぐ術」
小鈴がモジモジして言う。
「まあ悪くは、ないです。ちょっとだけ、いいかも」
「…そう」
小鈴にとって気まずい沈黙。
千代姫が言う。
「巴姫に、やってみたくない?」
「へ?」
少しして、小鈴の顔がニヤける。
「巴姫が…」
「そう。おおおおお♡ビクンビクン、ってなるの」
「…やりたいです」
そんな事をしばらく歓談する。
ふと、千代姫が言う。
「そうだ、綱良様にスルメを買ってきています。持っていってあげますね」
「姫様、私が行きます」
「そう?じゃあ、頼みますね」
部屋で一人になった千代姫がニチャアと笑う。
「あの高慢ちきな巴姫が、アホな顔になっておおおおお♡…ぜひ、見たい」
神器府執務室にて。
徳川綱良が寝そべりぼんやりしている。
「ペンドラゴンは、恐ろしいな。西洋の竜の化身か。安倍晴明討伐にぜひ利用したい。もうひとり、通訳の女がいたな。シャーロット。セントジョージという神器を使うとか」
起き上がり、酒瓶の酒をひとくち飲む。
「この女の実力も知っていきたいものだ。御前試合があるし、参加させようか。楓、いるか?」
何もない空間からくノ一が現れる。
「はい、ここに」
「シャーロットとはどんな人間だ?」
「…おっさん、ですね」
「⋯ん?」
「名誉は面倒くさい、金は欲しい。そのような人物です」
「なんとまあ、ひどい。まあ、私に人のことは言えないが」
「しかし、私が潜入すると、ゴロゴロと転がってペンドラゴンとの間にきます。そして、威嚇するかのように屁をします。ふふふ、なかなかの傑物のようで」
「面白いな。よし、下がれ」
「はっ!」
楓が煙のように消える。
「…なら、ペンドラゴンにシャーロットの出場を要請し、シャーロットが手抜きしないよう金で釣る、かな」
そこに小鈴がやってくる。
「失礼します」
「入れ」
入室した小鈴が、つまみのスルメを差し出す。
「千代姫様からです。お酒のあてに、と」
「お、そうか。千代姫には礼を言っておいてくれ。そうだ、小鈴もどうだ?一口飲むか?」
「いえ、仕事中、ですので」
小鈴は立ち上がり、執務室の外で挨拶をする。
「では、失礼します。お仕事中、失礼いたしました」
「うむ」
執務室に残された綱良がスルメをかみしめ、笑う。
「仕事中、ときたか。持つべき者は優秀な部下だな。お陰で、仕事もせずにこうやって酒を飲める」
夜、蔵五が寝静まった頃。
蔵五の住む部屋に昼間の幼女と犬がやってきた。
鍵を閉めてあるはずの戸を開き、中に入ってくる。
幼女は古いタンスがあるのに気づき、犬に言う。
「これ、良いな」
「住むか?」
「うむ」
幼女はタンスを開き、中に吸い込まれるように消える。
バクは蔵五の枕元で座る。そして言う。
「呪われとるな。呪いは解けぬが、因果は見せてやれる。さて、友と会わせてくれた恩返しをするとしよう。因果を夢で見なさい」
やがて、蔵五がうなされ始める。




