37、ケルビムの実
生命の樹は教えてくれる。
《そうだね、、あ、そうだ、この僕たちの樹に実っている実を探すんだ。ここにケルビムの実があるんだよ。》
「え?でも生命の樹の実はケルビム様の魂の中にあるのですよね。」
《そう、神がケルビムに与えた実は彼の魂の中にあるけど、その元はこの樹に実ったままだよ。この樹につながっているから神とのつながりがあって彼の光を守ることができるんだよ。》
「あの、、、ケルビム様の実を探したいのですが、樹がすごく大きくて高いのですが、どうすれば?」
《登っておいで。構わないよ。でも早くしたほうがいい。時間がないよ。》
「時間がない?なぜですか?」
《つい先ほどのことだから僕たち樹も覚えているけれど、君は婚約者を助けてほしいって言ったよね。》
「、、、あ、、、はい。」
《ケルビムが婚約者の身代わりになることになったからね、ケルビムは魂の記憶を持ったまま、二度と開くことがない地獄のゲートに封印されるんだ。そうなるとケルビムの実は永遠に今の時間で凍結される。》
「な、、、なん、何ですって?そんな、私そんなこと頼んでません。」
《確かに直接的には頼んでないね。でもルベールが人柱にならないとゲートは閉じられない。彼を助けたら必然的に封印の身代わりが必要になる。君は白百合の乙女だから身代わりにはなれない。ましてや天界では、記憶をもつ永遠の天使の命が封印されるなんて前代未聞だよ。誰がそんな永遠に続く拷問みたいな罰を受けるような身代わりをしてくれるのか?ということだよ。》
「な、、、、そん、、な、、、そんな、、、ケルビム様が。」
《だから、ケルビムの実を探すなら早く探した方がいいよ。ケルビムの実が凍結されたら、ケルビムの代わりになる超強大な光が新しく生まれる準備をしなくちゃいけないからね。新しい智天使の誕生だ、じゃあね、あとは自由に登ってくれたまえ。》
生命の樹はそう言ってざわめき出す。ただ樹に登りやすいように地面に枝を一本おろしてくれた。
(とにかく今は、ケルビム様の実を探して確認しなくては。私はこのまま、ここでボケッとしていてはいけないのよ。でもどうして、ケルビム様がそんな、、、)
リリエルは気がついた。
真の自己犠牲とは。
(ケルビム様は、私が考えなしに自己犠牲に突っ走るのを諌められた。でも私の願いのためにルベール様の身代わりになるなんて何てこと。それはだめよ、とにかく探さなくてはっ。)
リリエルは生命の樹によじ登った。必死で登って、透明な実を覗き込み続けて、そして気がついた。
(この実、まだ誰のものでもない実は完全に透明、でも誰か持ち主がいる実はうっすらと色がついているように見える、シャボン玉みたいに虹色のように透明だけど色が見える。)
リリエルは必死で探し続ける。知らず知らずのうちに声に出ていた。
「銀色と水色に見える実、ケルビム様っ!ケルビム様っ!どこに、ケルビム様っ!」
そしてどのくらいの時間がったったのだろう。リリエルは一つの実に飛びついて、中を覗き込む。
「あ!ケルビム様っ!」
透明ながら銀と淡い水色の煌めくその実は淡いジュニパーベリーの香りがした。そして実の中には更に小さなシャボン玉のような実がいくつもあった。
「アンソニーさま」
たくさんの小さなシャボン玉の中に、旧ローマ帝国第二王子アンソニー。教会の塔から落とされたリリーを抱きしめ号泣するアンソニーの姿があった。
「こっちは、堅志郎さまっ」
シャボン玉の中に刀で斬られ血が吹き出し絶命した小百合を小脇に抱えながら、京の街で刀を振り敵を倒していく堅志郎の姿。
「あ、ジェームズさま」
空爆の跡地、まだ煙が燻る荒野で焼け爛れたリリーアンの体を抱きしめ、声なく涙を流す軍服姿のジェームズがいた。その口元は『リリーアン、愛している。』と動いていた。
「まさか、隼人さん」
頭から血を流しながら車を飛び出してきて、路上で血まみれの百合香を抱きしめながら『救急車を』と叫び人工呼吸をする隼人の姿。
『死ぬな、百合香、愛してる、だから死ぬな、一緒に生きると決めただろう、ゆりかあああああああっ』
更に、リリエルが幼い頃にお人好しで死んだ時の光景が、小さなシャボン玉に詰まって何十個もあった。
馬車に轢かれて死んだ五歳。
攫われて逃げ出し首を絞められ死んだ八歳。
感染病の子供を孤児院で看病し移ってあっという間に発病し死んだ六歳。
暴漢に襲われて身を守るために舌を噛んだとき十一歳。
魔物に襲われている村人を助けようと魔物に噛まれて死んだ七歳。
全てのシャボン玉にエルラールがいた。息をしないリリエルをきつく抱きしめ額に頬に口付けをする彼の姿があった。
リリエルの涙が溢れて止まらない。
その奥に一際大きなシャボン玉が隠れていた。
その中に、神とセラフィムの前で跪くケルビムの姿があった。
「ケルビムさまっ、待って、行かないで。」
リリエルは、実の中に映るケルビムに向かって叫んでいた。
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