閑話 智天使ケルビムの呟き
私は、天界の智天使ケルビム。
天使になって、数億年くらい経つのだろうか。一億年ほど一般天使と大天使の修行をして、前智天使様の補佐をさらに二億年。
その後、前任者が引退し、我が主つまり〝神〟より智天使の位を賜わって、天界および人間界の魂の管理をしてきた。
この子の魂は生まれた時から慈悲の光だった。聖マリアの花園で咲くはずが、花園から少し離れた小道に咲いていた小さな白百合だったのを散歩中の神が見つけてきた。本来なら天使に生まれるはずの光だが、天使になるには光量がちょっぴり少なかった。そのまま放っておくと天界の光の粒になるところ、ちょっとした〝神〟のイタズラ心で、人間界に送ってみよと言われ、そのまま地球に送ったのが千年ほどまえのこと。
天使になる魂は純粋無垢だ。ただただ人の心に機微を感じそれを守る能力に長けている。
案の定、人を疑わないから騙される。結果、悪魔の囁きに魅入られた人間に騙され、相手の代わりに命を落としてしまう。元が光だから地獄には行かないし行く必要もない。で、魂の間へ戻ってきてしまう。
通常、人間界の魂の守護天使は一般天使が付き添うのだが、この子には大天使ミカエルを付けた。ミカエルの言うことは素直に聞いていたが、堕天使に操られた破廉恥な女のいう事も信じてしまう。
地球の四回目の転生から殺されて戻って来た時は〝神〟が落ち込んでしまった。慈悲深い神は、この白百合の乙女の幸せを見届けたいのだとおっしゃっる。いつもは冷静沈着な私も、開いた口が開いたままだった。
そして地球ではない別次元の世界へ送ったのだが、やはりお人好しが過ぎた。自分の命をかえりみず、小さな命から大きな命まで救おうとするから六十六回もリセットを起こしてしまう。
ついに〝神〟から、私が呼びだされた。
「この白百合の乙女は、聖マリアの花園からこぼれて離れて咲いていた故、花園の天使には戻せない。今のままでは一般天使にもできない。天使の最上位であるお前に預けるので、同じ世界へ降りて幸せな魂の旅をさせよ。」と言われた。
思わず〝神〟に向かって「は?」と言ってしまった。
我が主である〝神〟は笑っておられた。
「ケルビムの慌てる顔を初めてみた、いつもは冷静沈着なおまえも存外良い表情をするのだな。」と。
そして「お前のことだから、下界など片手間で済むだろう、もちろん現職も引き続き頼む。」と付け加えられた。
人間界では、落ちこぼれほど可愛い、と聞く。しかし天界では天使不足で手も翼もたりない。魂は次々と生まれ、人生を終えた魂も輪廻転生のために、どんどん戻ってくる。
次の人生の目標をどうするか、魂と面談して次の人生に送り出さねばならない。中にはすごい魂もいて四回の転生を終えて魂の旅を有終の美で終えたものは、天使になって天界業務を手伝ってもらう。その教育指導者の管理もせねばならない。
リリエルの両親、バサラとユーリアは、人を救うことにも十分な力量があったので大天使に任じた。
で、リリエルについては〝神〟直々の指示なので、私はリリエルの兄という立場で男性という性別を得て人間界に降りた。リリエルの相手をするなら、天界時間で数秒あれば事足りる。
この子の魂をずっと見てきているので理解はしているつもりだったが、時折、すごい感情を溢れさせる時がある。
地球の人生で殺されて死んだ時は、あまり大騒ぎしてなかったし、悔しいとか残念とか無念だとか、そういう感情は見たことがなかった。どちらかというと、いつも明るく穏やかで前向きで元気だった。我慢強く努力家で執着や妬みなどの感情もほとんど出なかった。
ただ、今回バサラとユーリアが多くの人々を守るために命をかけた時のことを知ってからは、非常に沈んでよく泣いていた。
先日、ブラックウェル侯爵家で大泣きされた時は流石に困った。天界の執務室で仕事をしていたのだが、恐ろしいほどの泣き方で頭にガンガン響くし、ほおっておくと泣き死するのではと思って下界に見に行ってしまった。
ミカエルがよくこの子を抱きしめていたのは知っていたが、その意味がよくわかった。強い心がある子だが、一つスイッチが入ってしまうとポキッと折れてしまう。日頃から一人で踏ん張っているせいかと感じていたが、抱きしめるより方法がなかった。
いわゆる人間界でいう「よしよし」というものらしい。
落ちる涙を見て、つい指で拭い取っていた。妹を愛おしいという感情にも驚いた。人間界に降りて初めて性別を自覚した。エデンの園のりんごの話は有名だが、私は智天使、リンゴを食べなくても男女の愛くらいは知っているが、これは家族愛だとわかっている。
私が直々に家族になったと言うのに、リリエルはわたしが神から人間界に飛ばされたと思ったらしく笑い出した。
「失敬な」私を誰だと思っている。
思わずムッとしたが、後から考えると「ムッとする」という感情を知ったのはこの時が初めてだった。
私に心がないわけではない。天使は天界の光の塊だ。天界の光は、神を筆頭に「博愛、慈愛、慈しむ、慮る、、etc。」ということが基本であり、天界で喧嘩になることもなければ、人間のようにマイナスの感情を持つことはない。
この私が、人間界で「ムッとした」ことについても、自分でも驚いた。光の中からでる感情ではないはず。ではどこでどうすると出てくるのか。
これから、リリエルが婚約し、結婚し、天寿を全うするまで、兄としてサポートをすることになるのだが、この「ムッとする」感情をどうして良いのやら。
なんにせよ、リリエルから目を離すわけにはいかない。
神の気まぐれから始まったこの「白百合の乙女」がこれから更に天界を騒がすことになるとは思ってもみなかった。




