10話
あれから、私は半年と言わずに早めに結婚したいというリッヒ様の要望により夜会の日から1ヶ月後には結婚式を挙げた。
ささやかなものではあったが。それでも私の両親とリッヒ様のご両親である陛下と王妃陛下、兄夫妻と子供達、第一王子で兄君である王太子殿下ご夫妻、その御子様達と錚々たるメンバーだ。後は私の友人や親戚も合わせると40人にも満たない。
ヴァージンロードを父と歩き、壇上にいるリッヒ様が私の手を取る。一緒に壇上に上がり指輪の交換をした。神父様の口上を聞き、誓約の言葉を共に告げた。
「……誓います」
私も答えると2人で向き合い、ヴェールを上げられた。リッヒ様の綺麗な顔が近づく。誓いのキスを左側の頬に受けた。柔らかな温かいものが一瞬触れて離れていく。それが終わった途端、わあっと皆様の拍手と歓声が上がった。
「……リッヒ。おめでとう!!」
陛下が言うと王妃陛下もにこっと笑う。私の両親や兄夫妻も涙ぐみながらも笑っていた。私は笑いかける。余計に拍手と歓声が盛り上がったのは言うまでもなかったのだった。
式の後、なんとか初夜を終えた。それからは蜜月の日々だ。リッヒ様は私を見ると甘い笑みを浮かべるようになった。結婚して3カ月が経った頃に私は懐妊した。これには周囲も私自身も大いに驚いたものだ。
「……メル叔母様。おめでとうございます」
そう言って祝福してくれたのは姪のトリーシアだ。新しくいとこが生まれるとあって一番に喜んでくれたのはこの子だった。よくリッヒ様のお屋敷--現在の住まいに遊びに来てくれるようになっていた。
「ありがとう。けどこの歳になって身ごもるとは。思っていなかったわ」
「ええ。私も驚いています。元気な赤ちゃんが生まれるといいですね」
「……こればっかりはなんとも言えないわ。でもシアが願ってくれるんだったら心強いわね」
冗談めかして言うとトリーシアは笑った。私もつられて笑ったのだった。
あれから半年近くが過ぎて私はとても元気な女の子を産んだ。奇跡的に母子共に無事だ。リッヒ様も私がなんとか子を産んだと聞いたときには涙ぐんでいたらしい。娘はメリッサと名付けられた。陛下も女の子とあって目に入れても痛くない程に可愛がっている。メリッサはすくすくと成長していた。
「……お母様!」
にこにこと笑顔でメリッサは走ってきた。早いものでこの子も4歳だ。私は体力的にきつい日々を送りながらもメリッサに出来得る限りの事を教えてやっている。特に礼儀作法やマナーは厳しくしつけていた。それでも屋敷の中で遊びたい時は好きなようにさせていた。
「……どうしたの。メリッサ?」
「今日、家庭教師の先生から褒められたんです。数術のテストが満点だったの」
「あら。よかったじゃない。お父様にも言ってきたらどう?」
「そうします。ふふ。嬉しい」
「こけないように気をつけてね」
「はい!」
そう言ってメリッサは歩いてリッヒ様の所へ行った。数術があの子は得意なようだ。どうも私ではなくリッヒ様に似たらしい。苦笑しながらメリッサを見送ったのだった。
メリッサが5歳の時に婚約者が決まった。イグラス国きっての名家であるさる公爵家のご子息だ。名前をシグルドといったか。彼はメリッサよりも2歳上で7歳だった。それでも眉目秀麗な男の子で性格も温厚だ。
メリッサを妹のように思っているらしく、2人が並んでいると微笑ましくはある。ただ、メリッサ本人はちょっとそれが気に入らないらしいが。
「……お母様。シグルド様と会いたくない」
「そんなこと言わないの。シグルド様はメリッサの大事なお相手よ」
「むう。シグルド様、すぐに怒るから嫌い。お父様の方がいい!」
メリッサは癇癪を起こした。こうなると話を聞いてくれない。どうしたものやらと思っていたらリッヒ様が来てくれた。
「……おやおや。いつからシグルド君は嫌われ者になったのかな?」
「……お父様!」
「メリッサ。婚約者を悪く言ってはいけないよ。シグルド君に失礼じゃないか」
リッヒ様はやんわりと窘める。だがメリッサはバツの悪い表情をするだけだ。
「お父様。シグルド様は私の事を嫌いなの」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって。私と会っても嬉しそうじゃないの。すぐ仏頂面になってしまって」
あららと私は思った。シグルドって意外と器用じゃないわね。仕方ないと私は助言する。
「……メリッサ。シグルド様はあなたを嫌って仏頂面になっているんじゃないと思うの。ただ、照れているだけだわ。きっと」
「……本当にそうかなあ」
「気になるんなら聞いてみなさい。シグルド様がメリッサを嫌いでないなら。ちゃんと答えてくれるわ」
「わかりました。聞いてみます」
「うん。その意気よ」
私はメリッサのふわふわの赤毛を優しく撫でてやる。メリッサはちょっとはにかむような笑顔を浮かべたのだった。
その後、メリッサは本当にシグルドに直接、自分を嫌いでないのか訊いたらしい。そしたらシグルドは「緊張してしまっていた」と答えたそうだ。やっぱりお母様の言う通りだったわとメリッサは笑っていた。2人は今日も庭園で仲良く遊んでいる。私とリッヒ様はそれを見守るのだった--。
-完-




