サトちゃん
「ミーハルっ」
病院での検査を終えた帰り。
入り口で晶を呼び止めたのは親友の凜里花だった。
「“サトちゃん”!」
晶のトーンは一気に上がる。
「久しぶり、元気してた?」
「うん。最近は調子良いんだ、ごめんね、待たせて」
「今来たとこよ」
メールや電話では連絡を取り合っていたが、直接会うのはこれが二ヶ月ぶりとあって晶の気分は高揚していた。
凜里花の顔を見た途端、晶の口から聞きたい事、話したい事が矢継ぎ早に溢れ出す。
「どう?大学、楽しい?」
「普通だよ」
「そうなの?なんかもっとウキウキするとかないの?大学だよ?レベルの高い授業とかさ」
「入学前はそんな気分だったけど、意外に普通だよ。ミハルには合うと思うよ、大学。受けるんでしょ、今年」
「うん。サトちゃんか、ミワちゃんがいるガッコに行きたいかな」
「コラ。進路は真剣に」
「真剣だよ。でも進路はなんとなく大学行きたいって思うくらいで、なんとなく大学行きたいならミワちゃんやサトちゃんがいるとこの方がいいもん」
「ミハルったら。まぁ、あんたの成績ならすぐにでも東大も行けそうだし…模試どうだった?復学早々だとハンデ有りって感じ?」
「学年三位だって」
「おお。やるじゃん、教授」
すると何故か不機嫌の晶。
「あんなの…出来て当然だよ。去年もやってんだから。それより同じ試験やってんのに三位の方が恥ずかしい」
「そう?じゃ早く進路を見据えていかないとね。そういえばミハルは薬剤師になりたいんだっけ?だとしたら薬学部があってバスケ有名なとこって…」
「…」
晶は少しモジモジする。
「ん?」
凜里花はそれに気付いた。
「別に薬剤師は目指してない」
「あれ、そうだった?」
「あれは入院中になんとなく考えてたことで、あの時はバスケから離れたくて…」
「…」
「バスケやったとしても同好会とかで良かったから、その…」
「今は?」
「だってバスケ部じゃないし、今の私について行ける体力なんてないよ。それに…」
「それに?」
「…」
「?」
「わ、笑われる」
晶の答えに凜里花は唇を緩めた。
「誰に?」
「いじわる、知ってるクセに」
「私は笑ってないわよ」
「サトちゃんだなんて言ってないでしょ。あいつしかいないじゃん」
「…」
「だから!」
「んん?」
「…ミワ公」
「へぇ、ミワちゃん?」
「ムゥ」
頬を膨らます晶に凜里花は吹き出てしまった。
「ごめんミハル。悪かった」
「…」
「ほら、すぐむくれるミハルは。可愛い顔台無し」
「別に可愛くないし」
「可愛いよ、私はミハルが大好きよ」
「……ホント?」
「本当」
「ホントにホント?」
「本当だよ」
「…」
「…」
「…じゃ許す」
「ミハル、なんでミワちゃんがあんたを笑うのよ」
「だって…まだカラダ動かないのにバスケとかあり得ないし。バスケが有名なとこって途中の入部とか絶対無理だし。やったとこで追い付けない」
「…」
「だから今の私にはハングリーなものには縁遠いの」
「…」
「多分バスケをやれれば、やっぱりミワちゃんを意識するよ。一緒にやりたいの半分、あいつをぶっ倒すの半分、だからサトちゃんに力貸して貰いたいの半分…」
「そっか」
「先は遠いから。それに私は…」
「?」
「ううん、なんでもない。とにかくやれるようになるまであいつには秘密。ね、ね?」
「…」
「ダメ、かな」
「ミワちゃんがそれ聞いたら喜ぶと思うよ」
凜里花はバッグから雑誌を取り出す。
「あっ!」
晶はその雑誌に喰いついた。
そしてとても懐かしい気持ちが甦る。
現役時代毎月欠かさず読み漁った “月バス” こと月刊バスケットボールランド。
そして凜里花はあらかじめ付箋を付けていたページを見開く。
見開きは春の新人大学生プレイヤーの特集である。
男女問わず有名大学が期待を寄せる一年生、インターハイやウィンターカップで活躍したあのプレイヤーはこの学校に進んだ、など。
そしてその華やかなデビューを飾るプレイヤー達の中に晶のもう一人の親友、轟美魚の名前も大きく載っていた。
「…」
晶の胸は高鳴る。
コートという名の海を泳ぐ変幻自在の最速プレイヤー。という異名と共に彼女へのインタビューも載せられていた。
ー 轟選手は現在全日本の強化選手にも指定されてますよね。
ー やっと、って感じです。上手い人は中学生でも選ばれてますし、自分は底辺なんで早く追いつかなきゃって気持ちで焦ってます。
ー 大学では特別なプログラムを取り入れたりしてるんですか?
ー 特別って程じゃないけど、強いて言えばポジションの違う相手と1対1をしたりですかね。ガード陣のボール捌きや閃きは自分には無いものなので。
“ ⁉︎ ”
晶は思わず二度読みした。
ー 轟選手はセンターであるにも関わらずオールラウンドを思わせるプレーはそういった練習が裏付けされてるのですね。
ー あ、いえ。これはなんていうか、試合の為というより自分のライバルに向けての為というか。
“ これってまさか ”
なんとなく美魚が誰に向けて発言してるのか、そしてそれは自分だと、晶は勘付いていた。
ー ライバルですか。気になりますね。同じ1年生のアニエ・キータ選手ですか?
ー まぁアニーはライバルって言われればそうですが、自分の代わりに彼女が試合に出て勝ってくれるなら嬉しいし、対抗意識はそこまでしてないです。
ー となると天王大の徳堂選手?昨年のインターハイの一回戦は大激戦でしたよね。桜杏高校は惜敗でしたが優勝候補筆頭の龍山をあそこまで追い詰めた轟選手はかなりクローズアップされました。徳堂選手も轟さんに注目をしてるみたいですよ。
天王大の徳堂…
晶はページを戻してみると注目女子選手のトップが彼女だった。
唯一無二の冬の女王、徳堂六花
「サトちゃん、タブレットある?」
晶は何か思い出す。
「…あるよ」
凜里花は晶が必ず言い出すだろうと思いタブレットを出す。
その中には晶が観たかった試合も入っていた。
去年のインターハイ本戦一回戦。
桜杏高校 対 龍山高校
龍山高校は知ってる。
夏の合宿した時に練習試合したことあるし…でも徳堂って…マッチアップしたの私だぞ?
ミワちゃんが相手なら絶対ミスマッチだし…?
「…」
まさか…
「サトちゃん、この4番…」
「うん。徳堂さんだよ」
「!」
「背、大きいでしょ?ミワちゃんと変わらないくらい」
「…」
龍山高校は愛知代表で全国大会では常連の名門学校である。
晶が進んだ桜杏高校も有名ではあるがあくまでそれは都内での話しである。ただ東京の学校は全国でも圧倒的に校数が多く毎年代表争いは激戦化してるので常連はなかなか定まらないのが現状だ。
晶は倒れる直前の二年生の夏合宿、愛知での合宿で龍山高校と試合をした。
そしてマッチアップをしたのが徳堂六花である。
忘れる訳が無い。
高校生のくせに髪を金髪に染めて態度も高慢で人を見下すプレイヤー。
その徳堂六花率いる龍山高校に完敗したのが桜杏高校であり晶である。
晶のバスケ人生において唯一“同じポジション”で負けたと思わせた人物が徳堂六花なのだ。
晶は悔しさの余りその試合のスコアまで今だに覚えている。
二試合行い、70対50、60対50。
スコアというより試合内容で晶は負けた。勿論負けた原因は晶では無いのだが、彼女には全国大会で優勝する学校のレベルを見せ付けられた挙句に一番嫌いなタイプの相手に勝負所で差を付けられた、そして負けを認識させられたのが何よりショックだった。
この時、徳堂六花は晶と同じポジションで晶を少し越すくらいの背丈だった。
しかし一年の間で20cm以上身長が伸びて最後のインターハイでは、エースの美魚との激闘。
そして変わったのは身長だけではない。トレードマークの金髪の三つ編みおさげは黒く染め直され髪もバッサリ無くなっていた。
ー キャハハっ。わざわざ東京から来た割りには案外普通よね、あんた。
晶はあの時の屈辱の言葉がまた浮かぶ。
あの時の高慢チキが、本当にこれ?髪が黒いからか、背が伸びたからか、別人に見える。
そして、あの時より…断然上手くなってる。
雑誌に戻りインタビューを読むと、更に別人を思わせた。
読む前は鼻で笑った。
何が “唯一無二の冬の女王” だ、バーカ!態度デカイから女王だろ?と。
ー 龍山高校は〆のウインターカップを全試合失点30点以下に抑えての完勝を果たしましたよね。その原動力となった徳堂選手の大学デビューは天王大にとっても大きなものになると思いますが。
ー いえ、ウインターカップはチームあっての勝利でそれはもう過去ですから。
ー なるほど。では大学では高校との差を感じたりしてますか?
ー そうですね。例えば今まで自分が必死で得たテクニックは、出来て当たり前だったり。ただ私は高校バスケで全てのポジションを経験出来ました。これは間違い無く私の自信になっています。
ー 徳堂選手は一年間にガードからセンターにポジションチェンジする特殊な経験ありましたものね。ポジションチェンジに戸惑いはなかったですか?
ー 苦労しました 笑。技術がどうこうというより、基礎体力の面ですね。骨の成長に合わせてひたすら筋トレの毎日で、寝てる間に骨の伸びる音がメキメキ聞こえたり…苦痛でしたね。試合出れない時の方が多かったですから。インターハイは間に合って良かったです。遅れた分は大学で取り返すつもりです。
ー ライバル視している選手はいますか?
ー そうですね……轟さんは同じ全日本の仲間ですし、ポジション争いを考えれば負けたくないですね。ただもう一人、気になる人がいて、轟さんと同じ桜杏高校の人なんですが…うーん、名前忘れた 笑。
ー ポジションとか分かります?
ー 私がガードだった時、練習試合でマッチアップした子なんですけど…桜杏とはあれからインターハイでしか顔合わせがなく、彼女はその舞台にはいませんでした。轟さんに聞きましたが “今は休み” との事なのでそれ以上は知りませんが、彼女が再びこの舞台に来れば面白くなるかも。
ー 気になりますね。今度轟選手にインタビューする時には、その選手の事も尋ねてみましょうか。
ー ぜひ (笑顔)
ー ありがとうございました。
晶は読み途中だった美魚のページに戻る。
ー 徳堂さんが自分を?それはありがたいですね。
ー そういえば徳堂選手が桜杏高校でもう一人気になる人物がいると聞いてます。二年生の時、ガードだったとの事なのですが。
ー ええ。おそらく、そいつ、あたしのライバルです。
ー なんと!轟選手のライバルとは初耳です。出来れば名前を教えてもら…
ー すいません。名前は伏せさせてもらいます。今は休みなもので、ちゃんと休んでくれないと困るんです。ですから彼女への接触は遠慮してもらえるとありがたいですね。
ー そうですか。残念です。
ー まぁアイツにインタビューしても面白くないですよ?チビで生意気でマイク向けても死んだ魚みたいな顔ですからね 笑。
ー ああ、それは益々興味沸きます 笑。
ー まぁアイツはほっとけばそのうち来ますので。自分は目の前の課題をひとつづつクリアするだけです。早くチームに貢献できる様に頑張ります。
ー ありがとうございました。
「…」
雑誌を読み終えた晶はパタンと静かにページを畳む。
だがその肩はプルプルと怒りに満ち溢れていた。
「だ、誰が…」
「ミハル?」
「誰が、チビで生意気で…死んだ魚だぁ!あのデカ女!」
怒りのまま、音が響くくらいにバンっと雑誌を叩く。が、凜里花は笑いながら月バスを手に取り記事を読み直した。
「あぁこれね。うん、ミハルの事だね。死んだ魚って上手い事言うなぁ」
「サトちゃんまで!どっちの味方なのよ!」
「うーん?私ぃ?どっちにしようかなぁ」
「そうやってすぐイジワルして。いいもんっ」
晶は携帯を取り出し何やら打ち込んでいる。
「どうした?ミハル」
「あのデカイ女を肖像権侵害で訴えてやるんだ」
「ふーん…」
「あっ!」
凜里花は晶の携帯をスッと取ると、美魚宛に送信したと見えるメールを読んだ。
『この独活の大木女!徳堂と手を組んで私を笑い者にしたな!裏切り者、絶対訴えてやる!』
「プッ、何これ?相変わらずミハルは陰湿なんだから、子供ね」
「ほっといてよ。もうアイツとは絶交だ」
“ ♪ ”
「ん?ミハル、返信きたよ」
「え…」
晶が送信して間髪開けずに携帯には返信の合図。
『くくくっ。ばーか。泣き虫貧乳女ww』
「!!!」
「ミワちゃんったら」
脇から覗いた凜里花は笑いをこらえるのに必死だ。
「…絶対、絶対絶対許さない!足治ったらあのホルスタインを真っ先にやっつける!」
鼻息荒くいきむ晶に凜里花はふと聞いた。
「じゃあさ…行ってみる?」
「?」
「ミワちゃんのとこ。挑戦状を渡しに行く?」
「え…」
晶は固まった。
「…」
凜里花は何も言わず晶を見守る。
固まった晶は少し考えていた。
美魚の攻略法では無い。
晶には自分のバスケに対する意志が固まっていた。その意志を凜里花に伝えるべきかどうか迷っていた。
「サトちゃん」
「ん?」
「あの…怒らない?」
「…何が」
「私、さっき嘘ついた」
「嘘?」
「うん。嘘、ついた。怒らない?」
「怒らないよ」
「…」
うなづいた凜里花。その顔を見て晶は心に決めていた意志を語り出す。
「私ね。もう、バスケはやらないって決めてたの」
「…え」
晶の口から出た言葉に凜里花は耳を疑った。
彼女の中に、時間は掛かるけどいつか追い付きたいから美魚に挑戦したいって答えが来るとばかり思っていたので、今すぐにでもどういう事なのそれ!と肩を揺すって問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。
それを抑え凜里花は晶の次の言葉を待った。
「前から決めてた。私のバスケは “あの時” が最後って。あの試合で全部答え出したから。それにさっき観たミワちゃんと徳堂の対決で痛感した。去年病室でこれを観なくて良かった。今なら分かる、私には追いつけない世界だなって」
晶はぼんやり上を見た。
「ミハル…」
胸が痛くなる凜里花。
凜里花は晶が語る “あの時” の事を思い出していた。
ー …今日で最後って決めたんだ
晶が目に涙を溜めて凜里花に言った “あの時” の言葉。
一年前のインターハイ地区予選。
晶は試合に出場出来る身体ではなかったが、高校生最後の試合ということで医師から特別に1分間だけ1試合のみプレイして良いと許可を得た。
ただし当日少しでも体調が悪いと感じれば絶対に休むとの条件もあった。
そしてその日に限って晶は高熱を出した。それを隠して会場に行くも凜里花に見破られ病院に連行しようとした時、晶は凜里花に懇願した言葉が、それだった。
今日がダメでも次がある。
必ず美魚達が晶の出場機会を作ってくれる。仲間を信じろ、信じてるなら今日は休むべきだと凜里花はそれまでにない口調で晶に迫った。引きずってでも晶を病院に連行するつもりだった。
だが晶の決意は悲愴なるものがあった。
晶はこの試合でバスケは最後と決めていた。
単に試合に出場したいからではなかった。
晶にとってこの試合、自分が出る出ないはどうでも良くユニフォームを着てベンチに入って皆を見守る事が何より嬉しく、それが叶えば後は自分のユニフォームは他者に譲りベンチから外れるつもりだった。
トーナメントが進めば相手も強くなる。相手が強くなれば病気で使えない自分がベンチに居る事自体ハンデを与えてしまう。
だからこそこの試合は自分がしゃしゃり出る最後のわがままで、最後の機会。
この日のこの試合が、晶にとって最後と位置付けをしていた。
凜里花はこの時てっきり、晶が高校でやるバスケが最後だと思っていた。晶の才能をみれば病気さえ治れば、そして足が治ればすぐ大学でも復活出来ると。
だが今語った晶の “あの時が最後” を聞いてようやく理解した。
晶はあの時、自分のバスケの終わりを既に訴えていたんだと。
「でもね。私のバスケは終わったけど…矛盾してるけど…私、まだ諦めてないんだ」
「?」
「ミワちゃんとの対決。約束したの、去年の今頃。病気治って足も復活したらミワちゃんと1on1やるって。ミワちゃんは本気で私を倒すって言ってくれたの。だからミワちゃんに勝つ準備だけは諦められない。まぁそれもバスケって言ったらバスケだから変な感じだけど」
「そっか。それ聞いたらミワちゃん喜ぶよ」
「そんな事ない、絶対バカにするに決まってる」
「よし、だったら今度こっそり偵察しに行こっか」
「⁉︎」
「挑戦状じゃなくて敵情視察。ミハルの相手は全日本の強化選手だよ?ミハルの目指した全日本がこんな身近にいるんならちゃんとその目で見て確認しないと」
「…」
「どう?今度の日曜とか」
「…」
「無理には誘わないけど」
「…」
「…」
「…」
「…行く。行くよ、見てみたい、“コートを泳ぐ最速プレイヤー”。もし去年のインターハイと同じだったら、今度は私があいつをバカにする!」
「よし。決まり。あ、言っとくけど調子悪くなったら絶対に連絡するんだよ。ミハルは無茶ばっかするから」
「大丈夫だよ。今日だってほら、ちゃんと足に負担掛けない様に杖あるし。ちゃんとクラスにもカラダ弱いから色々迷惑かけるって伝えたし」
「そっか。そういえばどうだった?復学初日」
「まぁ、色々…あ!わんこやザキナベと同じクラスだった」
「あらっ。わんこが?良かったじゃない。ナベまでって何、ザキナベって」
「…あいつ、ホントウザい。あいつが絡むとロクな事が無い」
「そう?でもあの子結構根性有ると思うよ。どんな“振るい”にかけられても泣きながらついてきたし。私はあの子、好きよ」
「サトちゃんは甘いんだよ。あいつはすぐ調子乗るし、凹んでるくらいが丁度いいの」
晶は腕を組んで不機嫌な態度を取るも、凜里花はそこには目もくれずどんどん質問をしてくる。
「男の子は?かっこいい子いた?」
「男の子はよく知らない」
「何それ。せっかく若い子達に囲まれてんのに。二回も高校三年を送れるんだから、恋のひとつくらい」
「若いって、ウチらとひとつしか違わないじゃん。それに去年まで後輩だった訳だから」
「ふむ。ミハルの好みは年上ってことね」
「ち、違うよ!何言ってんの。ってゆうか男の子好きなった事ないし」
男の子を好きになった事がない。
と言いながら何か焦っている様にも見える晶。
凜里花はぼんやりと感づき始める。
「ああそっか。ミハルにはジヤニースの王子様が居るもんね。玉森君や亀梨君、マリウスも素敵かぁ…」
「あれは…だってアイドルじゃん。恋してるじゃなくて、私だって現実との境目は理解してるよ」
やはりな…と悟った凜里花。
ここで思わぬ一手を興じる。
「じゃあ、加藤先生は?」
「え…カ、カトちゃん⁈ え?」
ミハル、分かり易過ぎて可愛い…
冷やかすのはやめよう、と凜里花は例のツイートの件を慰める方向で進める。
「色々言われたんじゃない?ツイート拡散されまくっての登校だもんね。私もミワちゃんもちょっと心配してたのよ」
「うん…」
「…」
復学直前のゴールデンウイーク、晶はバスケ部顧問の加藤と二人で元教え子の井上見弥の墓参りへ出掛けた。
その時の様子が何者かによってSNSで暴露されてしまうのだが、それに一番に気付き晶に知らせたのが凜里花だった。
そのおかげもあって、晶はいつ学校に聴取されても良い覚悟は整う事が出来ていた。
「サトちゃんには感謝してる。今日は学校から前触れも無く呼び出し受けての聴取だったし。あのツイート知らないままだったら動揺しまくってヤバかった」
「で、学校はなんて?」
「特に何も。ただ、カトちゃんには近づくなって遠回しで」
「…ミハルはどうなの?好きなの?」
「…」
「それともただの顧問?あの写真は偶然?」
「…」
「ミハル」
「…」
「そこははっきりさせないとダメ。好きか好きじゃないかは全然違うから。私にも話せない?」
「…分からない」
「…」
「分からないんだ」
「…」
「そりゃカトちゃんは好きだよ。私の高校バスケの全てがあの人の影響があって、辛くても苦しい時でも乗り越えてきたのはカトちゃんのおかげだし…今だって、そんな風に言われたら少し胸が痛い…でもそれが本当に男性として好きかっていうと…よく分からない」
「憧れてたもんね」
「うん。いっぱい練習した、褒めて貰いたくて認めて貰いたくて」
「…」
「サトちゃんに全部話すね。あの写真、お墓参りって言ったでしょ、カトちゃんの生徒だった人の。それはホントなんだけど…私は…デートだったんだ。生まれて初めての男の人とのデート」
「ミハル…」
「去年、エルモア戦で私がぶっ倒れて入院してどれくらい経った時だったかな、ひょっこり現れてさ。その時約束したの」
「へぇ初耳」
「ってゆうかもっと前に約束したの。試合の前。私がベンチ入り出来た理由をカトちゃんが話してくれてさ。で、その生徒と私が被ったってゆうか…私から言ったの、試合終わったらその人のお墓参り行きたいって。でも私はエルモア戦でぶっ倒れて入院で、で、カトちゃんが来てくれてちゃんと良くなったら連れて行くって約束してくれて…嬉しかった、なんでだろ、私はずっと入院だったけど全然そんなの辛くなくて。それであの日だよ」
「そっか」
「結局ただのお墓参りだったけど、でも私はこの日がすっごく楽しみでおしゃれもしたし、美容院にも行った。初めてのデートだったから。それに二人にコーデしてもらった洋服も着て、バッグだってサトちゃんに選んでもらったのを使ったよ」
「…ミハル」
「今日ね、カトちゃんにも会ったんだ。呼び出し受けたすぐ後に。カラダの調子だけ聞かれて後は何も言ってくれなかった。きっとガッコにも注意されてるんだよね、でもなんか寂しかった。結局は私はただの生徒だし、自分がやった事ってカトちゃんに迷惑かけただけで…だから好きとかより、そっちの方が苦しくて、よく分かんなくなってさ」
「ミハル」
「ハハっ…」
「…」
一度目を閉じた凜里花。目を開けると黙って晶を胸の中に抱きしめた。
「サト、ちゃん?」
凜里花の長い黒髪の香りが晶の鼻をかすめた。
「いいから。そのまま」
「…うん」
晶はものすごく懐かしい気持ちに染まっていた。
自分が辛くなる時、苦しくなる時、その度に凜里花は自分をこうして抱きしめてくれた。
柔らかくて、温かく、全部を受けてくれる凜里花の胸。それは悪態をついた美魚にも同じ思いだった。自分が男だったら何の迷いも無くこの二人が初恋になったはず。
男の子だったら良かったのにな…
そして晶は凜里花と美魚の彼氏をとても羨ましくも感じた。
「サトちゃん」
「うん?」
「やっぱり私は迷惑かけただけかな」
「…違うわよ」
「…」
「ミハルの事何ともないならわざわざ口約束の社交辞令に付き合うか?嫌いな奴を自分の車に乗せるか?ちゃんとミハルのパパやママにも許可入れて門限も守って玄関まで送り迎えする?」
「…」
「ズルい人ならミハルの気持ち利用して、良くない道に落とす大人だっているんだよ」
「…」
「勿論加藤先生の気持ちは分からない。でも先生はすごく誠実な人だよ、ミハルの話し聞いて見直したけどね」
「サトちゃん」
「人を好きになるのに理由はいらない。まだまだ時間はあるし、バスケばっかやってたんだから、第二の人生楽しまなきゃ」
「おばあちゃんみたい」
「いいのよ、おばあちゃんでもなんでも、いっぱい思い出作るんだよ」
「うん」
「で…ミハル」
「?」
「いつまで人の胸に抱き付いてんの」
「!」
「甘えん坊」
「サトちゃんが先だもん。サトちゃんが先に私に抱きつくから」
「…」
凜里花は微笑みを浮かべ、晶の頭をポンポンと撫でる。
「もう少し…ダメ?」
「…いいよ」
「うん」
晶にとって凜里花の胸の中は幸せの香りがした。
その幸せに包まれ、美魚との来たる日に備えて早く腎臓も足も元に戻って欲しいと思う晶だった。
ただ晶はこの時まだ知らない。
自分の身体に起こる幸せと不幸せが同時にやってくる瞬間を…
次回
『朝練と憂鬱』(仮




