Scandal Girl ③
ニヤニヤが止まらない珠代。
その顔で何か弱みを握られた感が強まった湊はイライラし始めた。
「ちょっとちょっとぉ、今すっごくイイ感じだったじゃんさ、和久井の旦那」
「鍋崎!お前なぁ、お前が学級委員駄々捏ねたから俺は…」
茶化されたくない湊は、学級委員を押し付けた件を珠代にぶつける。
しかし珠代は悪びれる態度は見せない。
「何言ってんの。あたしだって和久井君が選ばれたからこそ」
「お前…もしかして狙ったな」
珠代のその口角の上がりに湊はピンとくる。そのハッとする顔に御名答!と言わんばかりの珠代。
「あたしのおかげで和久井君は“晶ちゃん”と仲良くなれたじゃない」
“晶ちゃん”
…⁉︎
聞き慣れない言葉が耳を突く。
「は?なんだよ、晶ちゃんって」
“晶ちゃん”
その言葉に湊は戸惑った。
「ああ、先輩ね、“先輩”って呼ばれるの嫌がってたからさっき決めたの」
「決めただって?」
「そうよ。良かったね和久井君。先輩の事“晶ちゃん”って呼べるよ♡」
「言える訳ねぇだろ。お前よく呼べるな」
「そう?一度晶ちゃんって言っちゃえば、なんかすごくスッキリするけど?」
「先輩だぞ?尊敬してる人にタメ語はどんだけ勇気いるんだよ」
湊にとって晶は好きな女性でありながらも年上で尊敬すべき人間でもある。
だからこそ湊にとって晶は “三原先輩” であり後にも先にも “三原先輩” 以外の何物でも無い。実際晶が学校で “晶” と呼ばれる所は出くわした事が無い。同世代の女子や部の顧問は “三原” で後輩の女子は “三原先輩”。時たまサイボーグと陰口は有るものの “晶ちゃん” などと聞いた事は一度も無かった。
三原は三原のまま、三原先輩は “三原ミハル” という名でもなんの不思議も無い。むしろその方が自然に馴染んでいたのだ。
だから初めて、晶ちゃんと普通に言い放った目の前の珠代が、湊にとって宇宙人にも見えた。
その珠代は躊躇っている湊に対し上から大きく息を漏らす。
「ハァァ…そんなこと言ってていいのかねぇ」
チャンス上げてるのに、気付けよな。と心の中でボヤく珠代。
「ん?」
湊は珠代の心を知る由もなく溜息の意味も分からない。
珠代はまたひとつ、小さく息を漏らした。
「ただの独り言。それより、さっきの教えてよ。何話してたの?ひょっとしてまたコクったとか?」
「アホ!お前が駄々捏ねた学級委員を先輩に頼んだんだよ」
珠代の冷やかしにカチンと来るが、彼女の興味は晶の反応しかなかった。
「Oh! で、で?」
「…一応やってくれるって」
ぶっきらぼうの湊に珠代は目を丸くして彼の手を握った。
「やったじゃん。こりゃ一発逆転あんじゃない?ねぇ?」
「…」
「やだ、ニラまないでよ。あたしは和久井君の味方でしょ?」
「面白がってるだけだろ」
どうせ俺を茶化してこいつはストレス払いをしてるだけ。ロクに話しも聞かねえくせに…めんどくさい奴に絡まれた。
そんな思いで湊は珠代を睨むと彼女は意外な反応を示す。
珠代は湊の睨みをそのまま彼に返した。
「…あのさ。あたしは君を応援して、君は恋が成就する。なんかいけない事あるわけ?せっかく色々情報とか教えてあげようって思ってんのにね」
「…」
応援?
応援が何やら気になるが湊は喉を呑んだ。
「今だって真っ先に情報教えたっしょ?先輩って呼ばれるのが嫌だから晶ちゃんって呼ぶ事にしたってのも、わんこ除いたら君が一番乗りだよ、この情報」
「その…晶ちゃんって呼び名は先輩がそう言ったのか?」
「いや、あたしだけど」
「お前かよ」
「でも晶ちゃんは納得したんだよ」
「う…」
「和久井君だって、一度フられたとはいえ、先輩の事嫌いじゃないし知りたい事もあるでしょ」
「…」
ドキっとした。
さっき晶が笑顔で小さく手を振ってくれた姿が脳裏に浮かんだ。
珠代は真面目な顔で今一度湊に問う。
「今でも晶ちゃんの事、好きなんでしょ?」
「…まぁな」
ようやく素直になる湊。それを見てニヤリと珠代は口を緩ます。そしていつもの口調に戻った。
「そう!その気持ちが大事だよ。今日は女の子の気持ちを徹底レクチャーしようではないか!」
「…」
上からもの言う態度に湊には後悔が先走った。何か大きな選択ミスをしたのではないかと。
ただもうこの流れは変えられる余地は無いと半分観念してしまった。
「不安な気持ちも分かる。確かに、ウチらが1年の時だったら晶ちゃんが男子になびくなんて…可能性はゼロだったね。現に和久井君は撃沈してるし」
「…」
余計なお世話だと腹を立てるが、敢えて口には出さない。
とにかく鍋崎教授の講義がどれだけ価値があるのか聞くだけは聞こうと決めていた。
「ウチらだって “晶ちゃん” だなんて死んでも言えなかったし、近付く事すら怖かったよ。でも、ぶっ倒れてから随分丸くなったってゆうか、人間らしくなったってゆうか。今日だってウチらも和久井君も先輩との距離、かなり縮まった様に思わなかった?」
「確かにそこは」
「せっかく学級委員、ペアになったんだし、これを利用するしかないっしょ。邪魔者がいない放課後とかじゃんじゃん仕事にかこつけてさ」
「学級委員の仕事なんてそんなねぇぞ。現に1ヶ月やって居ても居なくても変わんないし」
すると、珠代はまた大きなため息を漏らし呆れる。
「なんでもいいんだよ、仕事なんて口実なんだから。文化祭や体育祭の取り組みや、どうでもいいクラスの方針とか、小さい事も全部晶ちゃんを巻き込むの!」
「それは体育委員やイベント委員の仕事だろ?やるとしても俺、部活あるからいつまでも残れないし、先輩だって病院で毎回検査あるとか言ってたから引き止める訳には…」
煮え切らない湊の態度にイライラ積もり珠代は完全に頭にくる。
「はぁぁ⁉︎ あんたマジで言ってんの?こっちもマジ怒なんだけど!」
予想もしなかった珠代の怒り方に湊は仰け反った。
「しょうがないだろ。実際先輩がそう言ったんだから」
湊としては晶に無駄な負担を掛けたくない。それが自分の優しさの表現だと考えていた。
ただ珠代にとって湊の考えは、全く的外れの草食以下の菌類的発想にしか思えなかった。
「和久井君…ひょっとして、どっかで安心しきってタカくくってるだろ、晶ちゃんの事」
「!」
一瞬ドキッとする湊。
「自分はフられたけどその後は男の影は微塵も無いから、晶ちゃんを掴める男なんか現れないとでも思ってんだろ?サイボーグだから」
「は?ば、バカ野郎、俺はあの人をサイボーグだなんて一度も…」
「言っとくけど!晶ちゃんがサイボーグって言われてたのは、もう昔の話だべ?部活も引退して “人間” に戻った今!あの人を狙わない男なんか居ない訳無いだろ?」
「!」
核心を突かれた湊は動揺が隠せない。
珠代は静かに語り出す。
「あたしは陰で先輩をサイボーグって言ってたけど……でもそれは間違いだった。覚えてる?先輩が胃液吐いてコートで倒れた時。あの夏の体育館」
「…あぁ」
「先輩の胃液、赤かった。めっちゃ血を吐いて…気を失ってたけど、涙流れてた。あの時既に病院でバスケするの止められてたんだって」
「…」
「バスケやっちゃダメなのに、バスケして倒れて…バカだよ、あの人。血を吐くまで、泣くまでやるか?」
「…」
「バカだよ。でも…やりたかったんだよね。サイボーグだなんて嘘だよ。冷徹、正確無比で常に華麗…全部嘘。本当は暑苦しくて泥臭くて、壊れるまでやらなきゃ満足しない子供みたいな人だった」
「あぁ」
「分かる?普通の人なの、晶ちゃんは普通の女の子なんだよ。しかもすげー可愛い!学校の宣伝ポスターのセンターだって務めたんだから。今はクラスも晶ちゃんを先輩扱いだけど、彼女を皆が晶ちゃんと呼び始めたら当然、晶争奪戦が始まる」
「…」
ごくっと生唾を流す音。
珠代の言う事は決して適当ではないとうなづく。
「和久井君がいくら今でも好きだからって、このままじゃ絶対進展はしない。和久井君自身の意識改革と、もう一度晶ちゃんに和久井君を意識させないと!…下手すれば夏前には彼氏出来るかもよ?」
「え!嘘だろ!」
「よく考えてみ?晶ちゃんには“安里先輩”や“ミワ先輩”って強力な女友達がいるんだよ。あの二人、高校時代は二人共彼氏居たけど普通にモテてたし、大学行ってもイケイケな筈。そんな二人が晶ちゃんに男紹介したらどうよ?100%イケメン!大学生で大人の色気と落ち着きに知性も加わって、それに勝てるのか?」
「うっ…」
「それに晶ちゃんの攻略にはもっとヤバイ相手もいるし…」
「?なんだそれ」
湊の問いかけにハッとした珠代。慌てて方向をずらす。
「と、とにかく、どうなの?あたしの言う事聞くの?」
「…」
「…」
「…鍋崎、お前なんで俺にそこまでな訳?単に楽しんで俺を晒すとかじゃないんだろ?」
「…」
「隠すなよ…俺も一応言ったんだから」
一度小さく舌打ちした珠代。
湊に近付いた理由を話す。
「やっぱ幼馴染は違うね……あたしもさ、好きな人が居るの、だからお互い協力出来ればって思ってね」
「俺が協力ってなると、バスケ部の奴か?」
「うん」
「誰」
「…ゴウちゃん」
ボソっと口開く。
「それ、郷内か?2年の」
「…うん」
「…」
「…」
マジか?
湊の中で全く予想してない者の名に、始めは珠代を完全に疑ったがどうやら嘘では無いと表情から悟る。
「マジで郷内なのか?」
「うん」
念の為もう一度聞き直すも珠代は真っ直ぐに答えた。
「…郷内、かぁ」
「…」
彼にとって気の進まない相手である。
だが晶を諦めきれてない事を簡単に見抜かれたこの流れで、嫌とは言えない。断ればおしゃべりの珠代が晶へ何を吹き込まれるかたまったものじゃ無い。
仕方ない。
しばらく考えたがここは珠代に協力するしかない。
「…分かった。あくまで俺の出来る範囲だが、やれる事はするよ。だからお互いに茶化したり、他人にバラしたり…絶対にするなよ。やったらマジでキレるから」
「分かってる。どっちが成功しても失敗しても恨みっこ無し。あたしも真剣だから」
握手したことでこの瞬間、同盟が結ばれた。
「で、俺は先輩に何すればいいの」
「今の所、わんこも張り付いてるし晶ちゃんは若干浮いてる感じだけど、すぐに人気出るよ。無愛想だけどあたしらには素を出す時あるし、男子はなんか助けてあげたいって思ってるし、まぁ何人かは確実にポイントを狙ってくるだろうね。でも和久井君は晶ちゃんに一度告ってるし、さっきもいい感じだったからそこは有利だよ」
「フられたのに?」
「だからなの。まだ諦めてないってアピールするチャンスじゃん?よっぽどキモい奴じゃない限り、女の子は告白されて嫌な気持ちにはならない」
「え、そうなの?」
「…」
こいつ本当に女心知らない奴なんだな…ハンサムの無駄使いだ。その顔のパーツの20%くらいモテない男の為に寄付して移植してやれ。
「さっきも嫌がってなかったでしょ、晶ちゃん」
「言われてみれば」
「それに知ってる?晶ちゃんの趣味」
「バスケだろ」
チッと舌打ちをする珠代。
さっきみたいに爆発しそうだがどうにか抑える。
「全っ然ダメ!晶ちゃんの趣味はバスケではありません。晶ちゃんはジヤニースのアイドルが大好きなの。そして少女小説も大好き、恋愛物のラノベもね」
「!」
珠代を二度見した湊。
「しかも、晶ちゃんは男の子の乳首マニア!ただしジヤニース限定だけど」
「!」
「なによ?」
「えぇぇぇ⁉︎ ウソだろ」
ひっくり返りそうになる湊。
「ウソ言ってどうする!分かった?これが晶ちゃんなの、腐女子なんだよ。サイボーグってゆう方が嘘なんだから」
「…」
いくらなんでも見え透いた嘘つくなよ。ラノベはまだ理解出来るが、アイドルに乳首⁉︎ そんな訳ねえだろ、今の今までに何処にそんな節あったんだ。俺をからかうのも大概にしろよ!
と、無言ではあるが心の中ではやまびこが帰るくらいの大声で叫んだ湊。
ただいくら胡散臭い話しとはいえ、真剣に同盟を結んだ珠代がここにきていい加減な情報を流すとは思えない。
でも男の乳首が好き。そんな晶なんて1mmも想像出来ないのも確かだ。
湊の頭の中では完全にこんがらがっていた。
それにしてもどこで得たのか珠代の情報量の凄さに圧倒される。いや自分が晶を知らないだけなのか?
どこで乳首が好きとか知ったんだ?そんな素振りはこれっぽっちも見せて無かったが…
さっき思い浮かべた彼女の良さ、たったあれだけで彼女良さを知ってるなんていかに自分がちっぽけか思い知らされた。
珠代は湊の動揺など気にもせず、晶の攻略の糸口を喋り出す。
「つまり、ジヤニース関連の知識を身につけてるだけでそれだけで趣味は共有出来るでしょ。例えば適当に親に事務所に写真勝手に送られたとか、一応あんたは顔は整ってんだから晶ちゃんは食いつくかもよ?」
「おお!騙すのは気が引けるが、なるほど…」
「騙す?だったらジヤニースに写真送れば?」
「そんなの受かんねぇよ」
湊の真面目な答えにしらける珠代。
「だからぁ、受かる必要なんてないでしょ?それともどこかに自信ある訳?」
「茶化すなって言ったろ」
「はーあっ。いい?ジヤニースの書類審査は年中やってるし、誰が送ったっていいのよ。クラス一番のゴツい塚ッちゃんでも書類審査は受けられる。ただ合否の通知は来るかどうかは社長次第。分かる?普通に送って普通に落ちたでもジヤニースってキーワードで晶ちゃんの趣味に切り込める」
「…!」
「あとは上半身を見せ付ける。晶ちゃんの乳首好きはジヤニース限定だけど、でもこれも何かのきっかけを掴めるかもよ」
「いくらなんでも上半身見せ付けるってどんだけ筋肉馬鹿だよ、変態じゃねぇか」
「部活でも何でもあるだろ?晶ちゃんに見て貰える機会はいくらでもあるし、それこそ一番自然に誘える」
「…そうか!いや、鍋崎、お前ホント凄いな、見直したわ」
「和久井君にはがっかりしっぱなし、同盟組んだの失敗かなぁ」
「部活かぁ、考えたな…ん?待てよ部活はまずいかな」
「…なに、まずいって」
「郷内なんだけどさ…三原先輩に気があるかもしれない」
「え⁉︎」
「さすがにお前も知らなかったか。あんまりいい情報じゃないけど、去年の先輩が出た試合 “エルモア戦” あの試合を見た後あいつ、先輩の事すげー気に入ったみたいで。まぁ先輩は身体弱って学校も来なくなったのが幸いして、付きまとわれたりはしなかったみたいだけど…だから先輩がまだ卒業してないって知ったらどうなるか。お前も良くは無いだろ?」
「そっか」
「鍋崎。正直、俺はあいつ、好きじゃないんだが」
「…晶ちゃんだから?」
「いい噂聞かないだろ、あいつ。俺らに対する態度もそうだけど」
「バスケのプレイはすごく綺麗なのにね」
「だからだよ。なまじ技術があるもんだから誰も口挟めない」
「ミハル先輩みたい」
「違うな。それは全く違うぞ。鍋崎にとって現役時代の先輩はバスケしかしない人。部内には何も協力しない人だったと思うけど…お前、知らないだろ。部活終わりに安里先輩を手伝ってコートのモップ掛けやボール磨きとかやってる姿」
「え」
「モップっつっても俺らのいい加減なやつじゃないぜ?細かいとこまで隅々して、消えない汚れはわざわざ雑巾使ったり…あ、勿論、轟先輩もいたけどね。何が言いたいのかっつうと、先輩は自分の為のバスケと同時にバスケに対する愛が凄いって事。郷内にとってバスケは単に道具なんだよ、女と遊ぶためのな」
「…」
「三原先輩が復学したからには部活来ようが来まいが郷内が知るのは時間の問題だよ、あんな奴に先輩が靡く訳ないけど」
「…分からないかもよ」
「だな。でもそれは先輩が決める事だしなったらなっただ。俺はそれよりお前が心配だよ」
「…」
「本当にお前が郷内好きなら、ライバルは三原先輩だぞ?」
「仕方ないよ。和久井君と同じ、それはそれ」
「俺も協力するって言っといてなんだが…」
「いいよ。無理は言えないし、そのこと知っただけで充分」
「すまん」
「あたしも今思い出したけど…晶ちゃん、ひょっとすると今、好きな人がいるかもしれない」
「!」
「勿論ゴウちゃんじゃないよ…見たでしょ?例の“ツイート”」
「…」
「さっきさ、晶ちゃん自身に聞けたんだ。肯定も否定もしてない。写真は自分で間違いないから想像に任せるって。遠巻きには違うって事だろうけど」
「…」
「あの写真が付き合ってるとかそんなんじゃないのは分かるけど…もしも晶ちゃん自身が恋してたら…」
二人はそこから何をどうすればいいか、会話することも忘れてしまっていた。
〜…
2.
エレベーターを使い二階に降りた晶は生徒指導室にやって来た。
「…失礼します。すいません先生、遅れてしまって」
「ああ構わないよ。今来たとこだし、座って座って」
「すいません。すぐ向かうつもりだったのですが、さっき和久井君に頼まれ事があったもので」
「和久井?そうか、じゃ聞いたんだね」
「はい。学級委員ですよね?一応OKしました。私で良ければ」
「そうか、うん。よろしく頼む」
「はい。でも…」
「ん?」
「和久井君にも伝えましたが…私のカラダは今こんな感じでどこまで協力出来るかは…多分名前だけになるかと」
「大変なの?」
「今日はこれから病院行って…毎週検査とか」
「…その補助杖だけど、いつからなの?」
「?」
晶はその質問に何か違和感を感じる。
「ほら、テストを受けて貰った時はその杖が無かったから」
「…使わない時もあります。どちらかと言うと使わなくても大丈夫ですが、足が重く感じる時は無理せずに使うんです。足が重い時は日によって違いますが、杖が無くても運動は禁止されてます」
「あ、いや疑るとかじゃないんだ。すまなかった、嫌な聞き方をして」
「いえ、私こそ」
「うん、まぁとにかく学級委員、よろしくな。学級委員といっても漫画みたいにクラスを仕切るボスとかじゃないから安心してくれ」
「はい」
「…で、ここからが本題なんだけど」
担任は手元のタブレットを操作してそれを晶に見せる。
それは例の“お車デート”のツイートだった。
「先日とあるサイトでこんな写真が上げらていてね。この写真の人物が君と加藤先生ではないかと連絡が学校に届いてね」
「…」
「学校としては確認を取らなきゃいけないし、それで君に来てもらったんだ」
「…」
「この写真は君と加藤先生なのかな」
「…」
なるほど、だから“杖”か。この日は杖使ってないし。復学した途端杖使ってるから怪しんでるんだ、この人。
晶は使う言葉を慎重に整理する。
「あの…」
「うん?」
「正直に答えますので、先生は最後まで黙って私の話しを聞いてもらってもよろしいでしょうか」
「分かった」
一度目を瞑った晶は静かに口を開ける。
「その写真は確かに私と加藤先生です。ちなみにこの日は杖を使ってません。ゴールデンウィークはまだ私は休学中でしたが、この日加藤先生と会っていました。だからこの写真を撮った人は私と加藤先生が密会して楽しんでると思って記事を書いても仕方ないと思ってます。でも、もし信じて貰えるなら私はやましいことはしてません。この日、私は無理を言って連れて行って貰ったんです、加藤先生の知り合いの方のお墓に ー」
晶は順を追ってこのお車デートの真相を語る。
晶の担任が今年からの新任で詳しい事情を知らないからでもあった。
晶にとってこの日は特別な日であり、ここに至るまでにかなりの時間があった事、これをちゃんと言わなければたとえ処分されるにしても納得が出来なかったからだ。
まずそもそも自分はスポーツ推薦で入学をしてきた事。
二年生の夏までは順風満帆だった事。その夏、腎臓病を患い今も治らない事。足も怪我した事。
三年生の最後のインターハイ。仲間達のおかげで揉めに揉めたが試合に出ることが出来た事。
ここまでは無駄と言えば無駄なのだが、晶はどうしてもこの前フリを伝える必要があった。
問題は試合に出る前日、加藤から聞いた、かつて自分が受け持っていた生徒、井上見弥という生徒の死の話し。
この井上見弥という生徒は晶と似たような境遇にあった女子バスケ部員で、とても優秀なプレイヤーだったらしい。
しかしトーナメント戦の差中、大怪我を負い加藤は断固として彼女を試合は勿論、ベンチにも入れなかった。彼女はその後不運な死を迎えるのだが、晶をベンチに入れたのはそんな葛藤の中で生まれたと知った彼女は、自分の試合が終わったら井上見弥の墓に手を添えたいと伝えた。
ただ試合直後の晶の身体は急激に悪化して墓参りどころか、長期入院の末に休学になってしまう。
晶はどうしても墓参りを諦めきれなかったが、加藤からちゃんと退院して身体も落ち着いたら連れて行くと約束を貰え、ひとつひとつ治療を乗り越えてのゴールデンウィークがあった。
勿論加藤は晶を連れて行く前に両親に自分から説明をして、責任持って彼女を連れて行く事を告げている。
晶の家に行く前に事前連絡も入れて迎えに行き、帰りもきっちり時間通りに送った事なども晶は担任に伝えた。
「ー なので加藤先生は悪くないです。全部私のわがままなんです。だからこれで処分があるなら、全部私に…」
「待った。そうじゃないんだ、処分だなんてそんな話しは一切ないから安心してほしい」
「え、そうなんですか」
「まぁ僕もほら、この学校初めてだし君の事はある程度は知ってるけど、全部話してくれたおかげですっきりしたよ。なんかすまなかったね、辛い話しもさせてしまって」
「あ、いえ、それは」
「加藤先生からもちゃんと調書は取ってるし、今の話しから内容も…同じだし、どうやら嘘でも作り話でもないのは明らかみたいだ」
「はい」
「ただ、やっぱり君は生徒で加藤先生は教師。学校外で教師と生徒が二人で会ってそれを第三者に目撃されれば、この記事の様に君達を良く思わない連中もいるって事。これは頭に入れておかなきゃダメだよね」
「はい…軽率でした。反省します」
「うん。それじゃ、これで終わり。帰っていいよ」
「え?私、大丈夫なんですか?加藤先生も?」
「さっきも言ったが確認だから。勿論確認が済んだからこれからどうなるってのは一切ない。注意もしたんだし」
「…」
「個人的な意見だけど、君達は被害者みたいなものでしょ?こういうのは記事を上げた人間こそ処罰を受けるべきだし、学校だってそれくらい理解してる」
「そう、ですか。分かりました、ありがとうございます」
ホッとして会釈する晶。
良かった、この人は物分りが柔軟で。ただホッとした矢先、担任は最後に付け加える。
「一応聞いておくけど…君自身は加藤先生に何か特別な感情とかあるのかな?」
「…なんでそんな事聞くんですか」
「この写真がやましい物で無いのは理解したし、君と加藤先生の間に何も無いのも理解した。ただこの写真は随分拡散されて生徒達にも知れ渡っているみたいだ。何が言いたいのかというと、君が加藤先生に対して特別な好意を抱いてないのであれば校内では安易に加藤先生には近づかない事…分かるよね」
「…」
何か掴んでいるかのような話し方。それはつまり教師に恋してデートなら処分だよ、と言ってる様に取れた。
「はい、分かってます。失礼しました」
「おつかれさま」
扉は閉まる。
閉めるその時まで担任と目が合ったが晶は最後まで視線は外さなかった。
ー 加藤先生には安易に近づかない事…
そんなの…分かってるもん。
だからガマンしてあの日以来近付いてないし、バスケ部だって見に行ってないのに…
キッと睨み付けた生徒指導室の扉。
もっとバンっと音立てて閉めれば良かったと頬を膨らます。
でも出てしまうのは膨らんだ頬から漏れるため息で、明日から学校生活を考えると憂鬱で息苦しくなりそうだった。
そんな時、晶の前から距離は随分あるが加藤が歩いて来た。
晶はすぐにその姿に気付いた。
加藤は何か資料を見ていて晶に気付くのはもっと距離を詰めてからだが、晶はその間何も言えずそっと壁に除け加藤を見つめていた。
ただ目が合うと彼女はそれをすぐに外してしまう。
先ほどした担任への態度とはまるっきり逆になる。
加藤は晶に何を言うまでも無くそのまま彼女を通過する。
「…」
目を伏せる晶。
唇を噛み締めて自分でも何か分からない苦しみを耐えてる様でもあった。
無言の二人は交差して加藤は過ぎて行く。
「三原」
「!」
加藤の声がした。
加藤は背を見せたまま。
「…」
「はい」
晶はその後ろに返事をする。
「どうした、その杖」
「…今日は足が重いから…杖無くても、歩ける」
「悪くなってないんだな」
「うん」
「そうか。ならいい」
加藤はそのまま進む方へ去って行く。
晶は声掛けたい気持ちをぐっとしまい込む。目をギュッと閉じて彼女自身も背を向け、加藤が消えるまで待ってから歩き始める。
その様子を更に遠くから見守る生徒が居た。
晶に用があったのだがとてもじゃないが話せる雰囲気ではないと、その場を離れる真琴が居た。
次回
『サトちゃん』




