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Scandal Girl ②



1.


教室とは向かいの廊下に出た晶と珠代。

渡り廊下を経たこの通りはクラスルームと別の専科の教室が並ぶ。

書道室と美術室の間には非常階段の扉があり、晶はそこを開けた。

非常階段は外に剥き出しで設置され、五月下旬の風は栗の花のむっとする匂いが運ばれてくる。


人が集まりそうで集まらないここは晶のとっておきの場所だった。


人が集まらない証拠が、落ちたタバコの吸殻。不良が好む場所であり、落ちてる本数も少ない事から集団でたむろする所でもないと伺える。


晶は落ちてるタバコを拾い上げティッシュに包むとポーチに閉まった。

その様子を黙って見てた珠代。手伝うべきとは考えていたが、晶の無言の行動に手を出せずにいた。


「…で、どうゆうこと “さっきの” 噂って何?」

「いやぁ、まぁ噂っていうか。大した話しじゃないんですよ」

「…」

「まぁ、そのセンセが?まぁ、元気ないのかなぁ?みたいな」

「…」

「まぁ先輩達が居なくなって戦力も減ったしぃ?ウチらも気合い入れなきゃ?みたいな、ええ」

「…」

「ま、まぁ…ミハル先輩は卒業してない訳だから、まぁ、その?バスケ部復帰したら?まぁ、加藤センセも?元気になるかなぁ、みたいな?的な」

「…」

「ま、まぁ、そんな感じっすね、ハハっ…」


「…」

怪しい。

話す度に “まぁ” と連発して区切りを入れる珠代の喋りに完全な不審を抱いてる。


「ハハハ…」

必死にごまかしているが全くごまかし切れてないのは珠代自身が一番理解していた。

だから更にごまかし笑いを入れてしまう。


「…」

「…」


当然気まずい空気になる。


「…ナベ」

「はいっ!」


感情を出さない晶の声。

それは過去に震えた時を思い出し背筋が凍ってしまった。


「私がそうゆうの嫌いなの、知ってるよね?」

「はっ、はい!」

「何か知ってるなら、はっきり言って」

「はい…あの、実は…」

珠代はどう切り出せばいいのか、焦りに焦っていた。


その時。


「先輩!」


不意に扉が開くと二人をまるで聴いていたかの様に真琴が飛び込んできた。


「ナベを責めないで下さい。私から説明します」

「わんこぉ」

珠代は晶との距離が我慢出来なくなり、真琴に引っ付いた。


「…これなんです」

スマホを操作してSNSのページを確認するとそれを晶に見せた。


「…」

携帯を受け取ると眉ひとつ動かさずそれを見続ける晶。


それは携帯のカメラで撮った写真と共に下世話なつぶやきが添えられていた。


『大☆スクープ!見てもーたー、見てしまったあぁ((((;゜Д゜)))))))ゴールデンウイークに堂々とカトちゃんとミハル先輩の大胆熱愛なお車デート♡♥︎♡うぉー、ちゅーすんのか、しちゃうのか、ドキドキが止まんねぇー((((;゜Д゜)))))))』


写真は若干ぼやけて間近ではないのではっきりと特定出来るものではない。


ただし知ってる者から見れば分かるこの写真。


バスケ部顧問の加藤の車に乗り込む晶。そして助手席に座った晶が加藤に向かって何か話してる、拡大を使えば笑顔にも見える二枚の写真。


「…ツイートにこんなのが上げられて、多分ウチの部の誰かとは思うんですが結局誰が発信元か分かりませんでした」

「それが一気に拡散されてあたしらも知ったのはグループラインで回って来てからだったんで止めようがなくて…」

「…」

晶はジロっと珠代を睨む。

「あ、あたしじゃないっすよ!」

「…お前がしたなんて、一言も言ってけど」

「だって先輩が睨むから…」

珠代は本気で泣く手前だった。

「分かった、悪かった」

流石に晶もこれには反省し、素直に謝った。

「不謹慎かも知れないけど…もし先輩が実際卒業してたらこのツイートも…元教え子と教師の恋…みたいな感じかと思うんですけど、色々あって先輩は学校に残ったからこんな風に」

「…」

「勿論あたし達もこの記事を消す努力しましたよ?サイトに依頼したり」

「うん、そっか。ありがとう」


「先輩は今日まで休学だったおかげでツイートの真相を確かめようと先輩を探す馬鹿な男子も随分減ってこの噂は都市伝説みたいになったんですよ。勿論バスケ部は全部無視しました、男バスは分からないけど」


「だから徐々に鎮火はしたんですけど、先輩は、なんていうか、ちょっと有名じゃないっすか」


「?」


「学校の宣伝ポスターやパンフレットにもウチらが1年の時に載ってたし。先輩は結構人気あったんですよ、ウチら随分他の子達に先輩の事聞かれましたし」

(性格は鬼、感情はサイボーグ)と答えてた事には死んでも口を割れなかったが。


「私達は先輩が休学してるのも知ってたし、クラスの大半は休学の事情は知らないし、そんな人物が居たことも分からなかった人が多かったから先輩が留年とか停学って誤解したんだと思います。たださっきもナベが言いましたが先輩は有名だから、一部の生徒には先輩を見た時にピンと来たのかも、例のツイートを」


「そっか。なるほど」


晶はひとつひとつ説明された事対して、うん、うんと頷いた。

特に動揺は無かった。

やっぱりな、と、それはあたかも最初からこうなると知っていたかの様にも見えた。


実際彼女はこの記事を今日以前にも自身で確認している。


ツイートが上げられた翌翌日、親友の凜里花りりかからメールに入っていたから、自分が復学したらなんかツマラナイ事で荒れるのかなとは理解していたのだった。

でもこの記事で自分よりももっと心配な相手が晶にはあった。


「で、“カトちゃん”はどうだった?何か処分とか、あったの?」


晶には自分よりも顧問の加藤を巻き込んでしまったのに申し訳が立たなかった。


「あ、いえ。そうゆうのはよく分からないけど、先生はいつも通り学校に来てますし、バスケ部も指導してくれてます」

「そう…なら良かった」


「あの、先輩。改めて聞きますが…これは本当なんですか?」

「こんなのデタラメっすよね、合成とか似てる人とか」


「…」

「…先輩?」


「それは私とカトちゃんで間違いない。合成なんかじゃない、本物だよ」

「先輩」

「だから任せる、みんなの想像に」

「え」

「何言われてもいいよ。ただ仮にその写真で私とカトちゃんが付き合ってるなら…」

「…」

「こんな写真撮られて私もカトちゃんも普通に登校出来ないでしょ?カトちゃんは普通にバスケ部来て、私は休学を明けた。それが証拠だと思うよ」

「で、ですよね!だったら早くみんなに誤解解かないとっ」

「いいよ、なんもしなくて。なんかしようとするから広がるんだ。人の噂もなんたらだから」

「でもそれじゃ先輩が」

「ナベ、先輩がいいって言ってるんだから」

「…うん」

「悪いね、二人とも。私の為に気を遣って」

「そんな事ないですよ。いつでも使って下さい、なんたってミハル三姉妹ですから 笑」

「は?」

「ちょっと!なんでまた睨むんすか」

「じゃ、わんこ。戻るか」

「もう!無視しないで下さいよぉ」

「先輩ったら…」

珠代を無視して真琴と二人で帰ろうする晶に苦笑いを浮かべる。


「あ!そうだ」

その時、晶は何か思い立って二人に告げる。

「?」


「先輩って呼ぶの禁止」


「!」

「えーー⁉︎」

「なんか調子狂う。同じクラスだし、お前達が先輩って呼ぶとみんなにも気を遣わせちゃうから。ミハルでいいから」

「無理ですよ!無理に決まってるでしょ、呼び捨てなんて」

「でも禁止」

「もう先輩!」

「ほら、禁止」

「もうっ、無茶言わないで下さいよ」


「…あっ!だったら…」

困惑の真琴に対して何か閃いた珠代。

「?」


「“晶ちゃん”はどうでしょうか♡」


「はあ!?」


晶はこの日一番の嫌悪を顔に出した。


〜…


2.


放課後。


生徒指導室へ一人で向かう晶。


三年生の教室が三階に対し生徒指導室はひとつ下の二階。階段で訳の無い距離だが、彼女は来賓用のエレベーターを使う。補助杖で歩行に困難だからでもあるが、補助杖を使わなかった去年も校舎の移動はエレベーターだった。


足の怪我に加えて腎臓病も患っていて、派手に目立つ歩行の困難よりも実は腎臓病の方が重篤な症状であった。


紫斑病性腎炎。


晶が休学をせざるを得なかった理由の根源は、この腎臓病にある。


簡単に説明をすると、突然発症して、いつ治るか分からない原因不明の腎臓病である。特効薬やワクチンも無いので基本的には自然治癒に頼るしかない。とはいえ、日常生活を送るには激しい運動さえしなければ特に支障はきたさない。


大人しく過ごせば良い。

そうすればいずれ治る。


それはとても簡単でシンプルな治療方針。


しかし、彼女にとってそれは死刑宣告の様なものだった。


高校生二年生の夏。

腎臓病を発症した時の彼女は、バスケットボールが全てであり、全てをバスケットボールに注ぎ込んでいた。

桜杏おうきょう高校に入学したのもスカウト有りのスポーツ推薦で、その期待を裏切る事無く一年生の時から着実に結果を残してきた晶は、学校としても目玉的な生徒であり宣伝パンフレットにも彼女の活躍する姿が写真に収められる事もあった。

そんな中で発症した腎臓病、医者からバスケは出来ませんと言われた日、頭の中は真っ白、いや真っ黒になった。

確かに発熱、血尿、倦怠感、手のひらに紫斑が出る、時折景色が黄色く霞む…そんな症状あることはあったが、全ての時間がそうではないし、現に自分の身体は普通に動いている。普通に走ることも出来る。

得意なシュートだって今打っても100%成功する自信もある。


なのに。


今、医者に言われた瞬間からバスケが出来なくなる。

腎臓病はいつ治るか分からない。

いつ治るか分からない、と言う事は明日には治る可能性もある。ただ医者の表情は重く、長くなるのも覚悟してくださいと付け加えられた。


21世紀の日本でそんな病気がまさか自分に回ってくるなど、これっぽっちも思わなかった。


若い彼女がとった行動は、反抗だった。

自分は腎臓病などではない。

そんなのは幻だ。

自分が居なければバスケ部は成立しない。


真夏の炎天下の体育館。

顧問の目を盗んで部内の紅白戦に強行出場した晶は、コートで倒れた。


病院、顧問、学校、部員、両親…ありとあらゆる方面に迷惑を掛けた晶は、もうコートに立たないと皆に誓った。


絶望の中で起こった悲劇が足の怪我である。


失ったものの大きさにショックが隠しきれなく注意散漫だった彼女は、病院の検査帰りの帰り道で階段から転げ落ちてしまう。

スマホをぼーっと扱いながらの “ながら歩き” が原因なのだが、真相は、はしゃいでいた子供との接触である。

これは防犯カメラの映像にもはっきり子供から晶に突進しているのが映っているが、警察からの聴き取りにも晶自身は一切子供については語っていない (ちなみに和解は成立している)。


骨折、靭帯、神経、内臓の損傷もあり思わぬ大手術を経て、晶は全てを悟り表舞台から完全に姿を消した。


1年後、“とある事情” で引退試合となる最後のインターハイで、ある条件でのみ、1試合だけ、1分間だけ試合に出場しても良いと許可が下りた。

ある条件下とは、試合当日まで今まで通り安静を続ける事、当日少しでも体調が悪いと感じたならば出てはいけない事、である。


ただ晶はどうしても試合への想いが強いばかりに、最悪のコンデションで出場して結果、倒れた。


晶の体調が急激に落ちたのはこの試合を境にし、そして今に至る。


大人しくしてさえいれば、今頃は治ったかもしれない。病気さえ治れば足のリハビリも本格始動して、大学でバスケを再開したかもしれない。

と、周囲の大人は溜息を漏らす。


でも晶に後悔は全く無かった。


むしろ二回目の高校三年生を楽しむつもりでもあった。

だからかつての後輩から先程付けられた自分の呼び名について思い出すと、ついつい苦笑いで吹き出してしまう。


「“晶ちゃん”…晶ちゃん、か。ミハルとか、ミハルさんで良かったのにわざわざ “晶ちゃん” かよ。しかもナベの奴に言われるとは…あいつに言われるとなんか腹立つんだよな、ま、いいんだけど…」


二階へ降りる為のエレベーター。

今まで三原ミハルと苗字で呼ばれ続けた為、このタイミングで下の名前でちゃん付けで呼ばれるとは想像もつかなかった。

ブツブツ言ってはにやけてる晶。

胸の中はこそばゆい気持ちでボタンを押した。


「先輩!」


そんな時、後ろから声を掛けられる。

「?」

聞き慣れない男子の声に晶は振り返る。

「ちょっといいですか?」

同時にエレベーターはドアが開く。

晶はそっちにも目をやる。

「えっと…?」

誰?と、エレベーター乗りたいんだけど、とが交差して困惑気味の晶。

「あ、エレベーター。すんません変なタイミングで呼んで。そしたらまた明日…」

髪を掻き、やっちまったとばかりに申し訳なさそうに頭を下げ引き返そうとした。

「私に何か用かな?」

晶は少年を引き留めると、エレベーターはドアを閉じて降りていった。

「あっ、でも…」

「大丈夫」

エレベーターはまた来るから、と晶は彼の元に。

「なんか…ホントすんません」

「いいよいいよ……それで?」

「あっ、えぇっと…」

「?」

「あの、えっと…俺、和久井わくいです、同じクラスの…てゆうか俺の事憶えてないっすかね」

「…和久井、君…」

「バスケ部でそのぉ…なんてゆうか」

「…」

晶はじっと男子生徒を見つめ、考えた。

その様子に彼は落ち込みそうになった。

(マジか?覚えられてる節がこれっぽっちも見当たらない)


その通りだった晶は頭の中でフル回転させていた。


和久井君…?

バスケ部…男子バスケ…多分後輩だよな…男バスの後輩の和久井君………


!?


ハッと思い出す晶。


真琴、珠代と同じ世代のひとつ下の後輩。和久井湊わくいみなとであったのをようやく理解出来た。

ただし、彼自身が和久井湊であるのは理解したが、和久井湊の顔が目の前の彼であったかは実はまだボヤけていた。


「和久井君⁉︎ ごめん、全然分からなかった、同じクラスだったの?」


(やっぱり忘れられてた…ってゆうか俺の存在自体記憶から抹消されてるのかも)


晶の反応から見ても声を掛けた自分に少し恨みつつあった。しかし半分ヤケクソで晶のペースに合わせると決めた彼は、

「まさか俺も同じクラスになるとは思いもしませんでした。犬飼や鍋崎とも1、2年はクラス違うし」

と明るく振る舞う。


「だよね。私もあの二人と同じクラスとはホントに驚いた」

「はい」


「…」

「…」


男子部員の後輩が同じクラスだった。

珠代、真琴とも同じクラスで驚いた。


そこで二人とも会話は途切れる。


「…」

「…」


晶はそこから何を話せばいいのか分からなくなっていた。

それは和久井湊わくいみなとも同様だった。

何故なら現役時代、同じ女子部員でさえ彼女とのコミュニケーションは少なく孤立していた晶は、男子部員、それも後輩などは一言も話す機会のない者が殆どだった。

晶と男子部員の交流と言えば、時折1on1の練習相手に晶が申し込んで黙々とこなすだけ。終ればまたすぐ女子の練習に消えるので男子からも陰でバスケサイボーグと呼ばれていた。


その晶に声を掛けたみなと。勿論用があって声を掛けたのだが、彼にとって晶は特別な存在でもあった。


二人は会話を交わす事は無かったが自然にその足はエレベーター前から教室に戻ろうとする。


歩く中で晶の中に湊の記憶が少しづつ鮮明になってきた。


一歩後ろを歩いていた湊。


「…体、どうなんですか?良くなったんですか?」


ポツリと訪ねた。

聞いた瞬間すぐ悔いる湊。

彼女の今の姿見れば良くないこと位分かるだろ、アホ!っと心で自分に怒鳴る。


「ちょっとだけ、良くなった」


でも晶の声は穏やかだった。


「そうですか!良かった、元気そうで」


「うん」


晶の後ろから届く声、自分の歩幅に無理なく合わせてくれる足音。それがひとつ聞く度、一歩歩む度に晶は自分の中で忘れていた過去を思い出した。


そして歩みを止めた晶は後ろを振り返り改めて湊の顔を見る。


「…」

「?」

「…」


そうだ…和久井君だ。


彼の顔、声、姿。

そして自分と湊との間にあった日、それを思い出した晶は複雑な表情になった。


「ごめんね」

晶は湊の目をはっきり見て言う。


「え」

湊は晶の言う“ごめんね”がどの、ごめんね、なのか迷っていた。


「分からなかった。忘れてた、和久井君の事」

「あ、いやいや、いいんです、そんなの」

湊はごめんねが“そっちか”と知って少しホッとした。単純に自分の事を忘れているならそれはそれで構わない、むしろ三原先輩らしい、そうともとれた。


「…」

「…」


ただ晶は違う。

晶は全て思い出していた。


「バチ当たったのかな…和久井君の事、断ったから」

ほら、と言わんばかりに左手の補助杖を上げる。

「!」

湊は言葉を失う。

「和久井君には1対1の練習にも付き合って貰ったのにね」

「…」

「覚えてるよ。和久井君は視野の広いガードだった。肩が柔らかいから腕の可動域も広いし、ディフェンスやってて私がカット出来た!って思った瞬間空かされて抜かれちゃうあれ、あれね、私も真似しようして練習したんだよ」

「…」

晶は自分を覚えていてくれた。

事細かに自分と練習をしてくれた日が鮮やかに蘇った、それがとてつもなく体の中を熱くする。


「あんなに練習相手してくれたのに私は和久井君を断った日から君を避けてた…ひどいよね。さっきのさっきまで和久井君の事、ホントに忘れてたし」


「…」

「…」


湊は今にも肩を震わして大泣きしたい気分だった。

嬉しくて、嬉しくて。

自分が勝手に晶に好意を寄せて、下心があるから晶が行なってる男子との1on1に名乗りを上げて、バスケに集中したいはずの合宿中に告白した。

ふられた自分が避けられるのは当然だし迷惑かけたの自分なのに、晶はそんな自分にごめんねと言ってくれた。

自分が告白した夏の合宿。その直後晶は病魔に侵される。自分の告白がストレスみたいになって…そんなんじゃないけど、それでも何処か心の奥では湊は時折苛まれる事があり、自分との絡みが無かったものになって欲しいとも、散らついていた。

だからこそ晶の“ごめんね”が深く胸に突き刺さる。


「そんなこと…」

「?」


「そんなことないです!」

湊は叫んだ。

「…」

思わぬ声の量にビクっとしてしまった。

「あっ、すんません大声で…俺の方こそ先輩に迷惑かけたし、今だって悪いタイミングで声をかけて…」


晶は静かに当時の自分を語り出した。


「…私ね」

「?」

「あの頃、バスケが全部だったんだ。寝ても覚めてもバスケばっか。勉強も頑張ったけど、大学でバスケする為だし、このガッコだってバスケ部が有名だからだし…まぁ制服可愛いのもあったけど。でも1番はバスケ。今日よりもっと、もっと上手くなりたいって思いながらやってた」

「はい」

「知ってる?私のあだ名」

「…」

「サイボーグだよ。笑っちゃうよね」

苦笑いの晶。だが湊はひとつも愛想を浮かべなかった。


「俺は先輩が羨ましかったです」


「え」


「羨ましかった。なんであんなにバスケだけに燃えられるんだろって、凄い輝いて見えました。輝いてる先輩を見たくて俺、女子の試合結構こっそり見に行ってたりして…」


「…」


「あっ…引いちゃいましたよね?ストーカーか、これじゃ」

「ううん、ちがう。見ててくれたんだ」

「はい」

「去年の…試合やつも?」

「勿論!あの場に居た俺達全員泣きました。本当にあのエルモア戦だけは俺は一生忘れられないですよ」

「…」

「…」

「…」

「?」

「…やだ」

晶はポツリと。

「え」

「恥ずかしい、あんなみっともない試合。私のせいで何度もピンチにして足引っ張って…人生で一番忘れたい試合だよ」

「…」

「忘れてよ、あんなの」

晶はぷっと頬を膨らませる。


「…」

無理だ、忘れられる訳が無い。

「…」

こんな間近で先輩と目を合わせれば余計無理だ。


「ごめん。子供みたいな事言って…ありがと。ちょっと嬉しいよ」

頬が膨らんだ晶が今度ははにかむその表情に湊はドキっとさせられる。

「い、いえ、すんません、こっちこそ…」

「あっ、なんだっけ?用があるんだよね」

「はい。実はちょっとお願いがあって」

「?」

「先輩はこれから先生のとこ行きますよね?多分先生からも言われる思うんですが、俺からも言っておこうと。学級委員をお願いしたくて」

「え?まだ決まってないの?」

「なんていうか…女子だけ決まってないんですよ。ジャンケンで負けた奴がなる筈だったんだけど、そいつがすげー嫌がって…だからそいつに先輩が来たら改めて相談しろって言ったんですけど」


晶にはその “ジャンケンで負けた奴” の顔がなんとなく浮かんでいた。


「…ジャンケンで負けた人って?」

「鍋崎っすね」

「やっぱり!あんにゃろー」

「…ですよね。やっぱ俺あいつに言い聞かせますよ」

「……いや」

「⁉︎」

「いいよ。私、やるよ」

「え、いいんすか?」

「うん。せっかくだから…男子は?」

「あの…俺です」

「ああ、なるほど。だからか、そうかそうか、うん」

「すんません、押し付けるようにして」

「ううん。知ってる人なら私もやりやすいよ、ありがと、よろしくね」

「こちらこそ」

「ただ、私はホントに役に立つか分からないよ?カラダ弱いし、足もコレだし、毎週通院だしさ。名前だけの幽霊になるけど…」

「全然構いません。助かります、ホントありがとうございました」

「そう、ならよろしくね。じゃ私、先生のとこに行ってくる、またね」

「また」


手を小さく振る晶。彼女が背を向け廊下を曲がるまで見ていた。


ひょっとしたらここまで晶と談笑出来たのは初めてかもしれない。

過去の会話の記憶を取り出してみる。


ー 三原先輩、俺も1on1いいですか?

ー うん


ー ありがとうございました

ー …ありがと


ー えっと…?

ー あ、和久井です

ー 和久井君、1on1、いいですか?

ー はい、お願いします


ー ありがと

ー ありがとうございました


ー 先輩…あの、話しがあるんですが

ー …なに?

ー あ、えっと、その…

ー …

ー 俺、先輩の事、尊敬してます

ー …

ー 先輩のようなプレイヤーになりたくて

ー …

ー 好きです、俺、先輩が…

ー ごめん

ー は、はい。すんません

ー まだシュートが残ってるから行くね

ー は、はい、すんません…



原稿用紙何枚だ?俺の恋…笑


何の表情も無かったなぁ、先輩。

でも何故かあの時の俺はホッとしてた…絶対に無いけど仮に先輩と付き合えたとしても、そこから先輩とどう向き合えばいいか分からないし、俺はどっかでフられた自分に陶酔したのかも。やるだけやったんだって。お前は凄いって。

だけど先輩は俺を見ててくれたんだよなぁ…

なんかフられた事とかどうでも良くなった。


ー ヒューっ♪ 見てたで、和久井ぃ

ー ナイス玉砕

ー いや、気にするな、あれが普通だよ

ー そりゃお前、相手が悪りぃよ。あの人に惚れたの運の尽きだって

ー 三原先輩みたいなサイボーグ相手によく戦った、お前は

ー これが現実だ、お前もこれからは人間に恋をしろ

ー 確かに三原先輩は可愛いけどさぁ…あの人すげーコワイじゃん。同じ二年なら絶対マネージャーの安里あさと先輩だべ?可愛いし、優しいし胸でけェし、尽くしてくれそうじゃん

ー だよなぁ!俺さ、思わず “リリカちゃん” って言いそうになったもん

とどろき先輩は?あの人もおっぱいでけぇべ?

ー あの人は宝塚だろ、笑

ー タメなら犬飼も良くね?

ー 悪くないけどあいつもコエぇよ。三原先輩に弟子入りっぽいし、三原ジュニアになるんじゃね?

ー 笑


…あいつら、何も分かってないよ、三原先輩の良さ。ロクに話した事無いクセに…俺もだけどさ。

確かに感情を表に出す人じゃないけど、あんだけバスケに真剣に打ち込む人間、うちの部に何人居たよ?

ま、あの時先輩を馬鹿にした奴らはみんな辞めたし、どうでもいいんだけど…


駅前のペットショップで仔犬に話しかけてた姿とか知らねぇだろ?

さっきだって、ほっぺ膨らましてむくれたり、恥ずかしそうにはにかんだり、すげー可愛いんだ先輩は。サイボーグとか訳分かんないよ。


それに去年…屋上で偶然先輩を見かけた時、春風で先輩のスカートが…あれ以来、雪を見る度に先輩の………


うわっ、馬鹿野郎、何考えてんだ俺は!先輩をゲスな目で見るな!忘れろ、馬鹿野郎…でも…あの “白” は…


「ワ、ク、イ…クーン!なんか、いいことありましたかね、ニヤニヤして」


「!!!」


不意に背中を叩かれた湊。

驚く声も上げられず完全に石化する。

その後ろには、何か掴んだ様子で不敵な笑みの珠代。

一番見られたくない奴に現場を押さえられた、湊にはすぐ去らなかった後悔だけが残った。



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