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根も葉もない



「こんにちわ」


ノックの後に扉が開く音が聞こえカーテンの敷居から晶が現れる。

三度目の来訪で丈留は晶の声だけで彼女の存在が分かる様になっていた。


「お前…また来たのか」

ある意味丈留は呆れ気味な声を上げる。花瓶を投げつけ、成人本を買わせに行かせ、この病室に来る度に嫌悪させているにもかかわらず彼女は何事も無かったかのようにやって来る。

晶の行動を理解するには余りにも時間が必要だった。


ただ当の晶はそんな丈留の心の内を読む事も無く表情を変えずに今日の要件を告げる。


「考えてきました」

「?」


晶はバッグから資料をまとめたバインダーを見せた。


「前に私に言いましたよね?素人の私がどうやってあなたを勝たせるか。素人なりに考えました、これは今日からあなたがリンクに立って結果を出すまでのプランです。目を通すだけならいいですよね、ダメならまた考えます」


晶はバインダーを丈留に手渡すと丈留は退屈そうにパラパラ眺め始める。

始めは何、素人が偉そうに語ってんだ、と冷やかしで読んだが…


「これは…」

「…」


丈留は改めて1ページ1ページ詳しく読み始めた。


「これ、1人で考えたのか?」

「1人ってゆうと語弊あるけど…色々ネットとか本とか見て作成しました」


「…」

「…」


「聞かせろ」

「え」

「詳しく聞かせろ、お前の話し」

「私をコーチにすると?」

「見積もりみたいなもんだ、どんなもんか聞くだけ聞いてやる」


「はい。じゃあ…まず始めに演技や技術についてはあなたの本当の専任コーチに聞いてください。私のプランはあなたが勝つ身体を作る事です。これを踏まえて主に三つを書きました」


「…」


「まずひとつめ、解剖学を知る事です。現状ベッドに居るあなたが今出来る事は “学ぶ” 事だと思います。自分の体が今、どのような状態でどうすればよいのか…」

「おい、そんな事言われなくても」

「私が言いたいのは医師レベルでの話しです。あなた、カルテ読めますか?怪我したメカニズム、筋肉のどことどの組織がどれだけのダメージを負っているか、何ヶ月でどれほどの回復となるか、全て数値におこせますか?」

「!」

「これは私の経験ですが、私も入院するまで自分のカラダなんて大雑把な事しか分かりませんでした。例えば風邪ひいたら薬を飲めば治る、こんなのは常識ですが、でも感染源はどこでどのウイルスがどの組織を破壊してそれに合う薬がどのように身体に浸潤して回復するか、なんて考えませんよね?私達は自分の体の状態を知ってる様で知らないんです」

「つまり?」

「解剖学を知るということは、己を知る。己を知れば後に技術にも影響が出るはずです。フィギュアは芸術を争う競技です。バスケと違い何でもいいかゴールすれば平等に点が与えられるものではないですよね?同じジャンプでも美しくなければ減点だってある、そのためには科学的に自分の体を知る知識が必要です」

「…」

「その一歩としてやって欲しいのは二つ。日記をつける事とあなたのカルテの開示です」


晶は更に自分の日記とカルテのコピーを渡す。


カルテのコピーには色んなメモが書き殴られてる。


「私は入院してる間、少なくても自分のカルテを読めるようにはなりました。どの処置をされて薬がどれか、全部先生に聞きました、調べられるものは全て調べました」

「…」

丈留は日記にも目を通す。

「これは自称百獣の王、タレントの武井さんの経験が元です。彼はアスリート時代に自分日記を事細かに分析し日記に書いていたそうです。天気や気温湿度、体重、食事、どの服を着て練習したらタイムが伸びた、天気や体調によってどの練習着、どの素材がベストか、そういった事も日頃からデータ化してたそうです。私の日記はそこまでではないですけど、でもおかげで昔に比べると随分自分のカラダを理解出来ました」

「…」

「ここまではひとつ目のプラン。ふたつめのプランは日程の把握。あなたが復帰するまでの正確な日を決めて、そこからは日刻みのスケジュールを立てる。これをすることでやらなければならないことが明確に浮き彫りになります。ボディビルダーの経験ですが漠然にトレーニングしても効果は薄いみたいです、但しその “薄い” はプロの目からですよ?じゃあどうするのかというと、鍛える部分の筋肉に話しかけたりしてトレーニングするみたいですよ。まぁこれはなんともいえないですが、私が言いたいのはこうした日取りを実行することで脳や体にスイッチを入れるということです。でもこれは皆さんやってることなのかな」


「ま、まぁ、な」


「そして最後、みっつめが8割の力で勝てる能力を身につける事」

「⁉︎」

「バスケの場合だと練習で10割身につけて試合で発揮する力が7割と言われてます」

「練習は試合を想定、試合は練習を思い出してってやつか」

「はい。ただこれだと少しだけ意味が違うんです」

「ん?」

「これはオリンピックで二連覇した羽生柚李はぶゆずり選手の受け売りなのですが…羽生選手も大会前あなたと同じ大怪我を負いましたよね?」


「…」


「でも彼はオリンピックを事実、連覇した」


晶がオリンピックを二連覇した選手の話題に触れた途端、丈留の目つきが急激に変わる。


「その話しなら聞き飽きたよ、結局お前もそれか」


「…」


「怪我しても立ち直ってしかもオリンピックで金メダル。だからお前もやれるって?」

「…」

「怪我した事無い奴が散々安い言葉を俺に軽々しく並べてたよ。親も大学も中山も、ああ、あいつの彼女も同じ事言ってたな」

「…」

「で、あんたは自身が怪我した当人だから、私も怪我したけどコートに立てた。だからあなたも頑張れ、と?」

「…」

「結局それか」


「私が言いたいのはそこではないです」


「!」


「羽生選手が何故オリンピックで二連覇出来たか…もちろん奇跡やら気迫やらもあるでしょうが、そんな根性論じゃないんです。彼は金メダルを取る論理を理解していたんです」

「え」

「それこそが8割で勝てる能力…簡単に言えば断捨離をしたんです」

「…」

「勝つための断捨離、分かります?」

「無理な事をしないって事だろ」

「ええ。技術的な面なら確実な技、いえ、確実かつ勝てる技のみを残した。あえてショートもフリーも以前使用した曲で勝負した。ライバルの技を分析し緻密に計算をして勝てるプログラムを作り上げたんです。生活面もオリンピックのみに照準を合わせて全日本も捨てました。そして、あの通りです」

「…」

「勿論これは彼だから出来た話しです。同じ事を無責任にあなたに求める事はしません」


「言いたい事は分かった。だけど結局は…」


「いいえ、本当にフィギュアをやりたいなら、勝ちたいなら今年は休むべきです。これが一番勝つ方法です」


「…」

丈留はしばらく考え込んだ。


「お前、えっと名前…」

「三原です」

「ああ、そうだったな…恥を忍んで言わせてもらう。今年休んで来年復帰出来るなら…自暴自棄になったりしねぇよ」

「…」

「バスケがどうかは知らないけど、スケートは軽い怪我ひとつで大きく感覚が狂うんだよ。だから立てるもんなら早くリンクに立ちたいが…」

「…」


「理想だけじゃどうにもなんないんだよ」


晶は静かに聞いていた。ただ何か投げやりな丈留の言葉に心の内が漏れた。


「…やりもしてないくせに」


「なんだと」


ほんのかすかな声だったが丈留の耳にはしっかり響いていた。始めはマズイと感じた晶だがこの際はっきりと言う。


「あなたの言い分は、他人と自分を重ねるなって事ですよね?自分は自分、無理って事ですよね…甘えてばかりで自暴自棄になるならさっさと引退表明してくださいよ」


「あ?もういっぺん言ってみろ。誰が甘えてばかりだ?俺は怪我しても諦めずに…」


「怪我しても自分の意志を貫いた、ですか?それこそが甘えじゃないですか」


「なに?」


晶の口調は少しづつ強くなり、丈留の目を決して見離さず言う。


「…怪我しても逃げずにリンクにたったから何なんですか?結果余計悪くなった!それでも俺は頑張った?そんなのは負けた時の言い訳じゃないですか!」


「…!」

晶の言葉は丈留の胸を深く抉った。それほど彼女の言葉は的を得てハッとさせられた。


「あなたはさっき、私が怪我から復帰したって言ったけど…私は…未だに怪我も病気も克服なんてしてないバスケ出来ないカラダなんです。あなたは怪我してもあとひと月もあれば退院出来るんですよね?リハビリ出来るんですよね?感覚狂うからフィギュア出来ないって…何それっ、意味分かんない!ふざけないでよ!」


「お前…!」

晶はこれまでに無い表情で丈留に詰め寄った。


「なんで私があなたに今年は休めって言ったか。今年出場するならなんでこんなくだらない計画立てたか、分かりますか?」

「そんなの知る訳ね…」

丈留が言い終わらない内に晶は携帯から動画を見せ付けた。


「バスケ出来ないカラダの奴が無理やり試合出てどうなったか…それが今の私です」


半ば強引に携帯を手渡し強制的に動画を見せられた丈留は言葉を失う。

「あなたの言いたい事は少しくらいなら理解してるつもりです。この時の私は多分怪我した時のあなたと同じだったかもしれません。でもひとつだけあなたと違う点があります…分かりますか?」

「…」

「…命、賭けました。バスケ人生とかじゃなくて、私自身の命です」

「…」

「命賭けても出たかった。みんなが作ってくれた舞台にどうしても出たかった…他のメンバーが試合に出れる時間を潰してでも出たかった。それだけこの時の私の1分間は大きかったんです」

「…」

「あなたはその時の自分を胸張って言えます?私に」


「…」

「…」

「…」


お互い無言になった後、冷静になった晶は頭を下げた。


「ごめんなさい、生意気言って」

「…いや…」

「こんな事言うつもりではなかったんですけど…でも、あなたにはチャンスがあります。怪我が治ればリハビリが出来るしリンクに立てる、感覚は狂うかも知れないけど元に戻す事も出来るはずです」

「…」

「だからこそ諦めて無いのであれば今年は治療だけに専念する。どうしても今リンクに立ちたいのなら…今やれる事から順にやっていくしかないです。それを伝えたくて、ごめんなさい、変な感情持ち上げて…」

「お前…」


「顔、洗って来ますね」


薄っすら涙目になっていた晶はニコっと表情を変えるとクルッと背を向けて病室を出る。


その時だった。


晶がドアを開けた目の前にバスケ部顧問の加藤が立っていた。


「⁉︎」


晶はその状況が全く呑めず理解出来ず立ち尽くす。それは加藤も同じだった。


「なんで…」

「それはこっちのセリフだ」


丈留のベッドからは仕切りがあるので何が起きているのかは分からないが、ただならぬ空気だけは読めた。


「おいどうした?」


丈留が晶に呼び掛ける。

その声を聞いた加藤は病室に入いらず何も言わず立ち去った。


「え?待ってよ!」

無言で帰る加藤に対し晶もその後を追い掛ける。

「おい、何があった!」

丈留の声も耳に届かず晶は不器用や足で加藤を追った。


加藤は晶が杖をついているのもお構いなしでスタスタと二人の距離はみるみる離れていく。


「待ってよ、センセっ」


離れていく距離に焦りを感じた晶は加藤の背に呼び掛ける。


「待ってったらっ」


しかし加藤は無視どころか晶の存在さえ無かったかの様に去って行く。


「なんで無視するんだよっ」

晶の口調は強くなる。


「センセ!」


加藤は長い廊下で晶の響く声が周りの迷惑になると感じ、途中で非常階段の扉を開けて中に消えた。

それを見た晶も必死で続いたが扉の中に入った時には加藤の足音は微かなものだった。


その足音に我慢できず晶は叫ぶ。


「無視しないでよ、置いていかないでよ、階段使ったら歩けないんだから、私が無理なの知ってるくせに!」


だが特に何も起こる事は無い。


「この肉団子オヤジ!ずっと喚いてやる、私がずっと叫んだらまた写真撮られても知らないんだから!」


何階かは分からないが無情にも何処かの階で扉が閉まる音が聞こえた。

その音が聞こえた瞬間晶は喚く。


「バカぁぁぁ!」


大声を上げた晶だが加藤の足取りが途絶えた途端に全身に大きな疲労が沸いてきた。

背中を壁に付けると、ズズッと尻から崩れ座り込んでしまった。


「バカ。なんなんだよ、私が何したってのよ、あんなに露骨見せなくてもいいじゃん…」


晶の恨み節は続く。


「バカ、アホ、パワハラの肉団子オヤジ、アラフォーのじじー…挨拶くらいさせてよ…加藤のバカぁ!」


晶が再び声を上げた時、非常階段の扉が開いた。

守衛が来たと勘違いした晶だったが、


「うるせえ、迷惑だクソガキ」


そこに現れたのは消えた加藤だった。


「え」

また虚をつかれた晶は困惑する。


「だから女は嫌いなんだ、てめえが気に入られねえとヒステリーばっか起こしやがって」


鼻から大きく息を吐いた加藤は座り込んでる晶の腕を取るとその腕力で晶をグイッと持ち上げる。


「え?何、やっ、ちょっと」

浮き上がった晶の背中を支えそのまま両足の裏にも腕を回し抱きかかえた。

「いいから黙れ、屋上行くまで大人しくしてろ」

「カトちゃん…」

「…」


加藤は何も語らず淡々と階段を昇り始めた。


抱きかかえられた晶はいつも以上に緊張して身体がギュっと固くなった。

黙り続けていると口から心臓が飛び出しそうな程響いてるのが丸分かりで、この緊張に耐えられず喋り出す。


「いいの?こんなの?また写真撮られるよ」

「あ?そうだな」

「そうだなって、また変な噂…」

「噂か?あぁ、だったらこれで俺はセクハラ淫行教師でクビだわな」

「そんな、セクハラだなんて」

「お前らしょっちゅう言ってるだろうが。パワハラだセクハラだって」

「あれは…言葉の綾みたいな」

「いいから黙ってろ」


「…」

「…」


二人が昇った階段は大した数ではないのかも知れない。しかし少なくても晶には果てしなく昇り螺旋は続き景色も仄暗く感じた。

そんな中でようやく辿り着いたのは屋上の扉。


息の一つも乱さない加藤は平然と晶を下ろし屋上の扉を開ける。

飛び込んできた西陽は晶の目を細め刺激した。


加藤は様子を見せず外へと歩き、晶もそれに続く。但し今度は加藤は晶を無視はせず彼女に歩幅を合わせた。


少し歩いてベンチの有る所まで行くと彼女を座らせ、加藤はその上から物を言った。


「で、なんなんだ。お前は」

「なんなんだって、こっちのセリフだよ。私を見るなりすぐ逃げてそれこそなんなのよ。挨拶くらい…してくれてもいいじゃん」

「挨拶すりゃいいのか。こんにちは」

「…ムカつく」

「あ?」

「なによ、こんにちはって」

「お前が挨拶しろって言っただろ」


「…」

「…」


いつもの晶ならここで反撃していたかも知れない。

しかしこの時の彼女は様子が違った。加藤の目を見ながらずっと思い悩んでいた。


「…ごめんなさい」

晶の出た言葉は謝罪だった。


「私のせいで、全部センセに迷惑かけて、ごめんなさい」

「…」

「ちゃんと謝りたかったんです。私はずっと迷惑かけてばっかだったから」


「そうだな」

「…」

加藤は晶の言葉を否定しない。

晶はそれを聞くと静かに瞼を閉じた。


「去年、使えないお前を試合に出してお前が死にかけた結果、俺に非難が殺到した。お前のつまらない勝手な約束のおかげでゴールデンウイークにお前を車に乗せたら大問題。おまけに今年の奴らは弱いからインハイ終了と同時に俺は更迭だ…お前は本当に疫病神だよ」

「…」

「お前みたいなクソガキのおかげで俺の人生は台無しだ」

「…」

余りに棘の立つ嫌味に晶はずっと静かに聞いていた。

それは彼女自身はそう感じていたからだった。自分は疫病神、自分さえ勝手な行動しなければ、自分がバスケに関わっていなければ…それは今日までずっと心の何処かで考えていた事だった。だから全て受け入れ全てに謝罪したい気持ちでいた。


しかし次の瞬間加藤は晶の頭をぽんっと軽く叩く。


「って言うと思うか、アホが」


「え」


「ガキのくせにくだらない事でいっちょまえに謝るな」

「カトちゃん…でも」

「俺は前に言ったはずだ。お前を試合に出したのは俺の責任、お前が試合に出るのはお前の責任。それでいいだろ」

「だったら…」

「ん?」

「あの写真…」

「お墓参りの時のあの時の写真は…あれは完全に私のせいだよ」

「忘れろ、あんなもん」

「でも」

「なんだお前、そんなに未練がましいか。たかだか写真一枚に」


「…」

「…」

「…」

「…」


「…無理」


ポツリと思いが溢れた。


「…」


「忘れられる訳ないでしょ。センセはどうか知らないけど…私にとって、私にとってあの日が初めてのデートだったんだもん」

「ただの墓参りだろ」

「そうだよ、ただのお墓参り。でも私にとってはデートなの。知ってた?私、すっごいおしゃれがんばったんだから。服とか靴もバッグもサトちゃんやミワちゃんにコーデしてもらって髪だって美容院で整えて…」


「…」


「なんでか分かる?」


晶は唇を千切れそうな程噛み締めていた。

拳も両手握り締めていた。


「…」

「…」

「…」

「…」


大きく二回、もう一回肩で息を吸っては吐く。

加藤の目を見れず横目で逸らした晶は呟いた。


「好きだからに決まってんじゃん」


晶の告白は本当にボソッと言った程度だったが、加藤の耳にはしっかり届いていた。


「だったら、余計忘れろ」

「…」


「俺みたいなオヤジ、お前にいいことなんて何もねぇよ」


晶の肩は震えていた。

季節と不釣り合いな寒さが全身を駆け抜ける。

身体が万全なら今すぐにでもこの場から逃げ出したいし、人目をはばからず泣き出したい。そんな思いを押し殺した晶は今までの胸の内に声に表した。


「センセはおっさんだし、肉団子だし、タブレットにガイジンのエロ画像保存してるし、口悪いし、女子に男子と同じ量の練習させるし、タバコも吸うし、いつも私の事子供扱いするけど…でもセンセはいつも私を信じてくれた。私が病気でダメになっても最後のインハイで私をベンチに入れてくれた、ユニホームくれた、試合使ってくれた…その後だってお見舞い来てくれてデートしてくれて…私にいいこと何も無い?いいことあったよ!バスケがもっともっと好きになった、桜杏来てカトちゃんのシュートフォームが綺麗で私もああなりたいっていっぱい練習して、センセは本当に厳しいけど…厳しい分真剣だから私だって真剣にバスケに向き合えた。好きになるに決まってんじゃん!バスケも!センセも!」


「…」

「…」


「三原」


「はい」


「お前の気持ちは分かった。ありがとよ」


「うん」


「俺はお前を女として見ていない。これで俺の気持ちも分かったな」


「…うん」


「ならいい。悪かったな、忘れろだなんて言って」

「…」

「…」

「センセ」

「…」


「病気…もうすぐ治ります。検査の結果がすごく良くなってて…順調なら来月の終わりには本格的なリハビリも出来るって言われました」

「そうか」

「体育祭には間に合わないけど、二学期の中頃には体育の授業も受けれると思う」

「そうか」

「…」

「…」

「大学には行くのか」

「うん」

「だったら一からもう一度、スタートしてこい」


「私、バスケはもうやらない」

「なに?」


「別に今センセにふられたから、とかじゃないからね…私のバスケは去年のあのインハイで全部終わりって決めてたんだ。あの1分が私の全てで私は全部力を出し切ったから…」

「…」

「ただそれとは別に…選手としては無理って告げられました」

「…」

「リハビリする時期が遅過ぎたみたいで…膝は回復しても半分ってとこみたいです」

「…」

「だからあの時本当に試合に出れて良かった。私、本当にセンセに感謝してる。あの試合で私は今までの全部を出し切れたから」

「…」

「ありがとうございました」

「後悔してないならそれでいい」

「うん。後悔してる暇、今無いから」

「?」

「実は私、今、なんでかよく分からないけどバスケじゃなくてフィギュアスケートのコーチを依頼されてそっちで頭いっぱいなんです」


加藤はハッとして何故晶が丈留の病室に居たか理解した。


「⁉︎…禰宜ねぎか」

「はい。あれ?なんでセンセが」

「あいつは一応教え子だしな」

「⁉︎」

凜里花の言葉を思い出す。

「なんか文句あんのか」

「ううん。センセはやっぱり優しいね。禰宜さんってもうとっくに高校卒業してるのにお見舞い来てあげるなんて。しかも禰宜さんってバスケ部とかでもないんでしょ」


加藤は照れ隠しかおもむろに胸ポケットからタバコを取り出し吸い始めた。


「お前が居るんなら俺は必要ねぇよ」

一服終えた加藤はもう自分は要は無いと晶を置いて帰り始める。

晶はその背中を見つめていたが胸を突つくかの様に呼び止めた。


「センセ!」


その後に続く言葉が見つからない。

加藤は晶の想いを背中で汲み取っていた。


「三原…お前の人生だから口を挟むつもりはないが…バスケやりたくなったらいつでも来い。半分回復でもいいじゃねぇか。遊び程度でもプレイ出来るんならそれだけでも儲かったと思え。引退なんてあって無いようなもんだからな。いつでも体育館に来い。学校の忠告?知らねえよ、そんなもん」


捨て台詞にも取れるような独り言を残し、そのまま扉に消えた加藤。


「…」

ドアが閉まると晶はフェンスまで歩き、金網をギュッと掴んだ。


「バカ。せっかく若くて可愛い女子高生がモテないおっさんに告白してあげたのに…根も葉もない断り方しやがって…」


薄ら笑いなのか悔し笑いなのか口元が緩み始める。


「最後までバスケの話ししかしないで…行っちゃった」

口元が緩むと目頭まで緩くなってくる。


「おい」

「!」


「聞いてんのか」

「…」


その時、背中からギィ、ガラとタイヤの擦れる音がすると晶の隣りに車椅子の丈留が並ぶ。


「お前だよ、若くて可愛い女子高生」


丈留は晶を見ず西陽に向かい言った。


「…見てたんですか」

「とりあえず…涙くらい拭けよ」

「…はい」

丈留にはその表情を隠す仕草で、グスッとしながら涙をハンカチで押さえる晶。

丈留は敢えてそれを見る事はせず、ずっと西陽を眺めていた。


「加藤のおっさんと何かあったのか」

「聞きました、あなたがセンセの教え子だって」

「…あのオヤジくらいだよ、卒業してもわざわざ病院まで来やがって」

「ですね…」

「…」


丈留は手渡されたままだった携帯を晶に返した。


「…観たよ、お前の引退試合の動画」

「はい」

「言っとくがそれ以外は覗いてねぇからな」

「別に見られても困るものはないですが」

「う、うるせぇ……ってなんだこの試合。お前出たの最後の何秒じゃねぇか」

「はい」

「中山の話しとまるっきり違うだろ、復活どころか足引っ張って…無様だな、お前」

「はい、その通りです」

「…」

「この日私は朝高熱出てアップ中に足も痛くなって、でも嘘ついて隠して試合に出ました。私、これでも桜杏にはスカウトされて一応エリートだったんですよね…でもこれなんです。漫画だったら奇跡が発動するけど現実は奇跡どころか、チームに迷惑かけて自分のカラダも全部悪化して、それで今の私です。笑っていいですよ。私、生意気ばっかですし」


「笑う訳ねぇだろ」

「…」


「お前を知らない俺にとってこの試合は何の価値も無いよ。でもな、チームの奴らがこの時間、お前の為に全て動いてた。芋虫みたいにすっ転んでばっかのお前にみんな合わせて」

「…」

晶は唇を噛みしめる。

「私が言いたかったのは、怪我を治して復帰出来るならちゃんと治した方が良いということです。あなたは治れば滑れるんですよね、私みたいになったら後悔しても自暴自棄になっても遅いです。誰も助けられません」


「お前はもう、バスケはやらないのか」


「やれないんです…正確には」


「!」


「腎臓の数値、やっと下がってもうすぐ怪我した足のリハビリも本格的にやれますけど…先生に忠告されました」

「お前」

「もちろん体育の授業レベルならやれるけど…選手としてはもう無理みたいです」

「…」

「でも私は幸せです。やっとカラダが動くんですから、貧弱とはお別れです。長かったなぁ…私の腎臓病ここまで

「…」

「別に私、何も後悔してませんよ。私はやれること全部やったし」

「…」

「それに今はあなたの事を頼まれましたから」

「おい俺は別に…」

「こんな私をいつも支えてくれた親友から、あなたを頼むって言われたら断れないでしょ」

「…」

「…」

「俺は」

「…」

「お前みたいなガキが一番ムカつくんだよ。偉そうな事ばかり並べやかって…嫌いだよお前みたいな女」

「…」

「…でも、認めてやる」

「…」

「お前の試合の動画、ダサかったけどあの最後の1プレイ。仲間に託したあのプレイだけは認めてやる。お前が言いたかった事は…伝わった。とりあえず乗ってやるよ、お前の口車」

「…」

「言っとくがこれはお前らの勝手なお節介だから俺はギャラは出さねぇからな。お前はタダ働き、それでもいいんだな」

「ええ」

「勝たせられるんだろうな、俺を」

「あなたが素直に言う事聞けばですがね」

「いいかげん俺の事 “あなた” 呼ばわりするのやめろや」

「でしたらあなたも私の事 “お前” 呼ばわりしないで下さい」

「チッ、本っ当にクソ生意気なガキだな」

「でしたらさっさと怪我くらい治してください」

「ポンコツが」

「スクラップ」

「…」

「…」

「…」

「…」


睨み合う二人だったがどうしようもな子供の悪口に同時にせせら笑ってしまった。


はぁー、と鼻で笑ってしまった後丈留は晶に手を差し伸べた。


「頼むよ、先生」

「はい。よろしくお願いします」


加藤との強張った時間から解放された晶は微笑みながら丈留の手を握った。




次回

『夜の公園で』(仮)


1月中旬頃更新予定。

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