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14/29

動く日 ①

1.


ここ何日か、真琴と晶の距離は離れていた。

周りから見ればさほど変わらない様にも見えが、晶のスキャンダルにいち早く対応して鎮火に務めた真琴は称賛に値してもいい。が、本人にとってはそれが足枷にもなっていた。

この一件が晶に “ 貸し ” を作ってしまった様な気がした真琴は、晶に朝練のコーチを依頼してもこれを盾に頼む様な気が障じ、気軽に話せなくなってもいた。


晶自身は何日か学校を休んでしまったものの、気持ちの入れ換えは出来たので以前の様な不安は随分消えた。ただ学校に復活してからはなんだかイライラしてる様にも見える。

休み時間、特に昼休みは周りからそそくさと離れ食堂で一人で過ごしてばかりで、何やら参考書を読み漁ってはノートを取ってる姿も目撃されていた。


やはりクラスとは一線を避けている。と周りは判断していた。

どちらかというと真琴よりもクラスメイトの方が晶との距離は広がっていたのかも知れない。


この日も昼休みのチャイムと同時に教室を去った晶の後ろ姿にヒソヒソとグループは話し合わせている。


「なんか最近すぐ晶ちゃん、どっか行っちゃうけど」

「どうしよう、なんかウチら怒らせたとか?」

「避けられたのかな」

「あれでしょ、晶ちゃんの食べる量が少ないのイジったからかな?」

「いやいやそれ以前の問題だろ、あんな嫌がらせがあったら」

「でもあれはしょうがないじゃん、最初のツイートの後の第二弾が出たらさ…みんなはしゃいでたし」

「私はむしろ止めましたぁ」

「あ、裏切ったな」

「どちらにしてもアレ以来誰も触れないのが逆に気持ち悪いんだよ」

「ねぇナベ、どうなの?あんた晶ちゃんの舎弟でしょ」

グループが色々と会議する中、解決策はその中心に居た珠代に振られる。

「いや、あたしに聞かれても…ただ、うちらは晶ちゃんと友達になるって決めたんでしょ。友達だったら写真がどうの噂がどうのとか構わない、そんなのあっても晶ちゃんはいつもと同じって言ってあげるのがいいんじゃないの」

「おお!さすが舎弟。信頼度がハンパねぇわ」

「ふっふっふ。これからは儂を晶ちゃん研究の第一人者と呼んでくれいって…おーい、男子諸君《ストーカー》、今コソコソと晶ちゃんを追跡したら余計怒らせる事になるよぉ」


「バ、バカ野郎、誰がストーカーだ」


笑いがドッと起きる中で、真琴も珠代も同じグループに居たのだがいつの間にか消えてしまっていた。


晶を追って食堂に向かうのだった。


〜…


食堂に着いた真琴はすぐに晶を見つける。


晶は目立たない端の席で携帯片手に昼食をしており、その携帯に向かって難しそうな顔でブツブツ呟いている。

また同時に参考書と携帯とを見比べていた。


「あ、あの…」


恐る恐る晶の背後に付いた真琴は声を掛けるも彼女は気付く様子は無い。


「…うーん…さっきのがトウループ?で、これがループ。トウを使うより使わない方が難しい、と」


「先ぱ…晶、ちゃん…」


「で “猿こー” に “クリップ” ?ん?フリップね…ああ、もうイライラする。何これ!全部一緒じゃん、何回観ても全部同じなんだけど」


「…」


「3回転より4回転がすごいでいいじゃん、どうでも良くなってきた。はい、次はステップとスピン…あぁすごいすごい、回ってるわぁ」


「あ、あの晶ちゃん」

意を決した真琴は思い切って大きく身を乗り出した。


「!」


目の前に突然現れた真琴に無言だったが全身でビクっと跳ね上がる。と同時にテーブルに広げた資料をとっさに手前にかき集める。


「?」

(フィギュアスケート…?)


「うわっ、わんこか。何?」

「ご、ごめんなさい急に話し掛けて」

「いや、うん」

「先輩、いや晶ちゃん、ああごめんなさい、やっぱり先輩に私…」

クスっと笑う晶。

「…晶でいいよ。まぁ私としてはミハルの方が楽だけど」

「それは本当に無理です、呼び捨ては本当に…だから先輩、私も晶ちゃんって呼びます…で、あの…この間はホントすいませんでした」

「ん?」

「あっ…朝練の、その、コーチ…」

「ああ、あれね」

「はい」

「謝んなくてもいいって。わんこが謝るんだったら、私はもっともっと謝らないとダメだよね。ホントにわんこには感謝してる。アレはわんこが居なかったら私には無理だった。ごめん」

「あんなの写真をばら撒く人の方がおかしいんですよ。私は風紀委員としてやったんです」

「うん、ありがと」

「一応、その、聞きますけど…」

「うん」

「バスケ部で何かあったんですか?」

「…」

「あ、ごめんなさい。深く聞くつもりじゃなくて」

「…郷内君に絡まれたの。なんで私に絡んだのか知らないけど」

「え」

「絡まれたとこを和久井君に助けてもらった。それがあの写真」

「…なるほど」

「でもなんか違和感あってさ」

「?」

「いくらなんでもタイミングが良すぎる気がして。この間の…先生との写真はピンボケやら遠い距離もあって偶然感もあったけど、この写真のこのアングルは偶然撮った様には見えないんだよ」

「確かに」

「明らかに私への嫌悪があるけど…まぁ私なら仕方ないか」

「ストーカーの可能性もあるので気を付けてくださいね」

「分かった」

「先生達から何か…言われました?」

「まぁ事が事だから呼ばれはしたけど、むしろ今回は私は被害者だからね。でもなんかピリついてる感は否めないね、またこいつがやらかした的な?」

「ひどい!元は郷内君のせいじゃないですか。私、男バスの南海先生に言って郷内君を…」

「いいよ、そんなの。次絡んできたら防犯ベル鳴らすから。それより和久井君にも迷惑かけたのが申し訳なくて。悪いんだけどわんこ、風紀委員の力で和久井君のフォローいい?」

「和久井君なら大丈夫ですよ。晶ちゃんにそう思ってもらえるだけで喜ぶと思います」


「え、そうなの?」


「…」

真琴の眉が一瞬釣り上がった。


「まぁでもフォローしてあげて。私もなるべく迷惑かけないように体育館には行かない様にする」


「(それが迷惑なんだよ…)」


「え?」


「あ!いや、なんでもないです。それより今度の合宿なんですが…」

「おい、話し聞いたか?笑」

「私は前にも言いました、諦めないって。インハイ前の大事な泊まり合宿、先輩には絶対来てもらいたいです」

「言って分からない奴は…」

「!」

「くすぐり攻撃!」

「ちょっ、うふひゃひゃ、センパ、やめ、やめ、キャッ!どさくさに紛れて胸やめてぇ」


晶とじゃれながら真琴は感じる。


この人、何も分かってない。自分の立場が何処にあるのかとか、良くも悪くもバスケしか知らないから…余計腹が立つ…


〜…


2.


「なぁ和久井、いいかげん白状しちまえよ」

「…」


教室では晶のスキャンダル写真騒動は鎮火しつつあったものの、まだ一部では燻っていた。


「目線隠してるけど明らかにお前だよな?」

「…」


下衆な話題が好きなグループは昼休みから帰った湊の机を取り囲んで問いただしている。


「で、結局付き合ってる訳?」

「なんだよ手が早えなぁ、和久井先生」

「…」


湊は何も答えない。


「バスケ部の奴から聞いたけどお前、以前コクったんだろ?」

「おお!なんだよ先に言えよ。で?で?」

「…」

「そん時は撃沈だったんだよな?でもそんな和久井先生にも春がやって来たのさ」

“ひゅ〜♪”

「最高の春だな」

「いやいやこれからは暑すぎる夏だべ?」

「これからも彼女を優しく守れよ」

「全く俺は狙ってたっつうのにそそくさと出し抜きやがって」

「…」

「なぁなぁなあ、で、ヤッたのか、もう」

「うっわ、イイなぁこの野郎」

「…」


その様子を遠巻きで見ていた珠代。下衆な冷やかしが耳に入る度に貧乏揺すりが止まらず、ついには立ち上がる。


ただその怒りの矛先は少々違っていた。


男ってホントに呆れるわ。付き合ったらヤるとかヤラないとか…でも!

あいつらに、っていうより和久井の奴に言わなきゃ気が済まない。あのヘタレ、晶ちゃんを守る一言も言えないのか!


敵意むき出しで歯をギリギリしながら珠代は歩み寄る。

が、直前、湊と目が合った。

湊が珠代に訴えかけたその目は鋭く出て来るなと言われてる様に見えた。


珠代がたじろいだ時、湊はポツリと言う。

誰に話すのではなく静かにポツリと。


「どうせお前らみたいなのが記事拡散して楽しんでる奴なんだろうけど」


「…あ?」

「…」

「なんだよ、それ」

「…」

「もう一度言ってみろよ和久井」


湊の机を取り囲む男子らの圧力はかなりのものだったが、湊は全く動揺を見せず怠そうに欠伸をした。

その後一人一人と目を合わせて今度ははっきり答える。


「無駄だろうけど先輩の名誉の為に言っておく。先輩は男漁りなんてしてないし、写真のそれは俺だ」

「ヒュー♪ やっと白状しやがった」

「よっ!男だね、和久井センセっ」


湊が口を割るともう逃がさないぞとばかりに囃し立てるがその様子に湊は呆れ果てる。


「もう一人はあえて名前を伏せるが、先輩はそいつに絡まれていて俺がそれを止めた。何か冷やかされる事なのか?」


「え…」


湊のため息は周りの熱を冷ますのに充分だった。

すると立場は逆転する。


「ってゆうかお前らは目の前で知り合いが、それも女性が絡まれて明らかに嫌がっているのを見て助けないどころかそれを笑うのか?」

「…」

「今のお前らがそれなんじゃねぇの?」

「…」

「だったら俺は…もうお前らとは友達やめるよ」

「あ、いや」

「…」

「…すまん」

「俺に謝るより、もっと助けなきゃならない人がいるだろ。今一度聞くくがお前ら、さっきまで俺に言った事、先輩に言えるんだろうな?」

「あ、いや、それは…」


その時教室がザワザワとしだす。


昼休みを食堂で過ごした晶が真琴と一緒に教室に戻ってきた。

「!」

その姿を見るや晶と目も合ってない内から湊の席を蜘蛛の子散らす様に退散し出す。


「…」

晶はすぐに教室の空気を察した。

ああ、また自分の噂をしてたんだと。


晶は頭を下げる。


クラスはそれをあえて見てないふりをした。


真琴と別れた晶はそのまま自分の席へ。そして自分の隣りに居る湊に声を掛けた。


「和久井君。ちょっと、いいかな」

「…はい」


あともう何分か前だったら間違いなく二人はクラスから冷やかされていた。

だが湊が友人に語った会話は実はその場の全員聞いていて、さすがにそれを囃し立てる空気ではないことは承知済みだった。


晶に声を掛けられ立った湊。晶は再び教室を出る。湊は先に晶を出してその後一度教室を見た。


「…」


何を言った訳ではないが、言いたい事は伝わる。


ー 別に俺らを撮りたいなら好きに撮って好きに冷やかせ


と、その背中は冷ややかに語っていた。

同時に真琴も二人の背中を冷ややかに見ていた。


〜…


3.


「ここね、私のとっておきの場所なんだ」


晶は湊を例の非常階段に連れてきた。


「…気持ちいいっすね、風が」

湊は景色を眺めながら息をつく。


「うん。ここね、人が来そうで来ないから一人になりたい時は私はいつもここで考え事するの」

晶も湊に続き息をついた。


「確かにここは穴場っすね。俺も初めて知りました。俺も今度ここ使わせてもらっていいですか?」

「いいよ。でも私が居る時は来たらダメだよ?ここは一人になりたい場所だからね」


晶はクスクス笑う。

朝練の話しからずっと困らせていた湊にとって彼女の何日ぶりの笑顔は救われた気がした。


「…ごめんね」


しかし直後、晶の声のトーンは下がる。


「私のせいで迷惑かけて本当にごめんなさい」


「先輩」


「郷内君の件も元々私が体育館に近付かなければ絡まれなかった事だし、助けて貰ったのに和久井君にばかり迷惑かけて…」


「そんなの迷惑じゃないっすよ」

「…」


「迷惑なのは郷内のバカで、先輩が体育館に来ちゃいけないなんて事はないんだ」

「和久井君」

「俺らの方こそ自分らの打開策を先輩に頼ろうとして困らせてすんませんでした」


「…」

湊が深く頭を下げると晶は何も言えなくなった。


「…俺のせいなんです…バスケ部が弱くなったの」


「え」


「ダラけたって言うと誤解があるけど去年のインハイで女子は全国行って、でもその反動なのか3年が引退した後燃え尽きたみたいな空気が広がったんすよ」

「…」

「男も女も3年が抜けるとかなりの戦力差が生じて連敗続きです。そんな時、朝練やる意味があるのかって話しになって…こんなの議論する方がおかしいんですけどね」

「その朝練廃止派が郷内君って事なのかな」

「郷内だけじゃ無いけどそんなとこっす。結局話しは平行線で試合で決着つけようってなって、朝練やる奴とやりたくない奴で…で、負けたんす、俺」

「…」

「試合形式で負けてその後の代表戦みたいな1対1でも俺は郷内に負けて…それが女子にも影響して今の状態です。だからまぁ俺がキャプテンだけども奴らには強く言えないとこもあって」


「…」


「情けないっすよね」


晶は目を閉じて考える。

なんとなく状況が瞼に浮かんだ。


「その試合のメンバー、どうだったの?」


「…」


「明らかに相手の方が戦力上だったんじゃないの?」

「…」

「それに1on1やるにも郷内君だったら和久井君と体格《タッパ》が全然違うじゃん。そんなの勝負でもなんでもない」


「三原先輩はもし、轟先輩と1on1で負けた時、体格のせいにしますか?」


「!」


「俺と奴の勝負って…そんなもんすよ」

「…」

「負けちゃならない奴に負けた。そんなとこす」


「…」

「…」

湊の勝負に自分と美魚との関係を出された晶はそれを逆手に取った。


「…だったら」


「?」

「だったらまた勝負すればいいじゃない」


「え」


「そんな一回の負け、悔しいならまた勝負すればいいじゃない。私と彼女はそうやって毎日勝負した」


「先輩」

「負けたくない奴に負けたくないから。負けちゃいけないあいつに勝ちたいから毎日やったよ、うちらは」

「…」

「和久井君は?一回で納得するんだ?負けたくない奴と毎日顔合わせるのに一回の負けで納得するんだ。そして、たとえ勝っても一回だけで決着つくくらい簡単なの?」

「…」

「それに朝練って何の為にあるの?要は朝練してもしなくても結果は同じって事でしょ?だったら違うって証明しないと!」

「…」

「そこに私は必要なの?」

「…」

「私が来るだけで変わるの?私はそんな都合のいいアイテムじゃない」


「先輩…」

「…」

「…」

「…」

「…」


湊は以前珠代から晶に近づく為にはもっと晶の趣味に興味持って積極的にいけと発破を掛けられた。最もな事ではあるが彼は何か釈然としないものもあった。

しかし晶のこの言葉は湊の胸の奥を熱く突き動かす。

バスケに対して真剣で全力な瞳。

自分が晶と一番語り合いたかった事、それは何よりもバスケについてだった。もっともっと晶から教わりたい、彼女の気持ちや経験をもっと聞きたい、そしてそれを自分の糧にしたい。

だからこそ湊は考えを改める。

しばらく目をつむり考えた後口を開けた。


「先輩、俺…間違ってました。間違ってた方向に考えが行ってました」

「…」

「そうですよね。先輩が朝練のコーチをしたからっていっても、俺らの意識そのものが変わらなければ意味なんかない、試合すんのはあくまで俺らだから」

「…うん」

「先輩。無理を承知でお願いがあります。朝練の件は構いません、だいたい先輩の身体に負担を掛けたくないし…ただそれとは別に」

「?」


「思いついたんです。俺なりのやり方が」


湊の顔は晴れ晴れとしていた。

晴れ晴れとした顔に爽やかな風が吹くと、晶は少しその表情にドキっとするのだった。




次回

『動く日②』

近日公開予定

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