巫女と精霊の庇護者
竜騎士の城砦から王都へ帰るのは、驚くほど簡単でした。
なんてったって竜に乗って一っ跳びでしたから。
またあの地下迷宮の近くの山道を通って……と考えたら気が遠くなりそうだったので、とても助かりました。
王城の庭園の一角にバサリと二頭の竜が降り立ったものだから、一時騒然となりましたが。
事前に連絡入れている間もありませんでしたものね。
警備の兵達が慌てふためいていてちょっと可哀そうでした。
そして不機嫌なイーノックに出迎えられたわけです。
「貴女方は……、今度は何をやらかして来たのです」
「心外ですわ。ねぇトモヨさん」
「そ、そうですね!」
「その恰好で言われても説得力がありませんよ」
そうでした。わたくし達は今竜騎士の団服を着用しているのでした。
すっかり身体に馴染んでいたので、忘れていました。
イーノックが片手を腰に手を当てた姿勢で、呆れたと言わんばかりにジトリと睨んできます。
しかしわたくしは彼を無視して、竜騎士の方はこのままトンボ返りをするというので、丁寧にお礼を言って見送りました。
「さてではイーノック様、竜王からお預かりした書簡を国王にお渡ししたいのでお取次ぎ願えますか?」
「手配致しますので、その恰好はどうにかしてください。悪目立ちします」
残念だわ。結構気に入っていたのに。最初は違和感があったけれど、とても動きやすいのよ。
これからトモヨさんの戦闘練習に行く時用に、こういう服を作っておいた方がいいかもしれません。
「そんな事よりもイーノック様、貴方に言いたい事が山ほどありますの。そもそもわたくし達がこのような格好をしているのは――」
などと、ほぼ八つ当たりをイーノックに訴えている間に、待ちかまえていたメイド達に取り囲まれて、近くの一室へ引きずり込まれました。
トモヨさんとわたくしは、あっという間にドレスに着替えさせられ、髪も結い上げられました。
これで漸く国王に会う準備の整ったわたくし達は、謁見するために移動しました。
因みに、ウィスプは今トモヨさんと同化しているので姿は見えません。
竜騎士の砦ではしゃぎ過ぎたのか、疲れてしまったらしいのです。精霊は時に巫女と同化して体力を回復させる事があるのです。
「無事に戻ったな。魔族の襲撃に合ったと聞いて肝が冷えたぞ」
「御心配をおかけしました。この通りトモヨさんもご無事です」
礼を取って入室します。
国王の他にも重役の方々が揃っていました。あ、父もいますね。
さり気無く室内を見渡します。
敵意むき出しにわたくしを睨んでいる人も少なくありません。どうやら、わたくしが現巫女であるトモヨさんと行動を共にしているのが癪に障るという方は結構いるそうです。
巫女と精霊の庇護者となれば、一目置かれますからね。国からもある程度優遇されますでしょうし。
王家と密接な関係にあるヘルツォーク家だからこそ、気に食わないという人もいるでしょうね。
まぁ、わたくしの知った事ではありませんので、笑顔で一蹴します。構っていられませんわ。
「トモヨさん、竜王に預かった物をお渡しして下さい」
「はい」
国の重鎮達が集まるという、この重苦しい空気に呑まれそうになっていたトモヨさんは、我に返って書簡を取り出す。
すると傍に控えていた男がすかさず、一礼してその筒を受け取りました。
男から更に王の元へと届けられた書簡を、王はざっと読んで頷きました。
「ご苦労だったな、二人共」
労いの言葉にトモヨさんがペコリと頭を下げました。その仕草がなんとも可愛らしいです。年上の方に対して失礼かもしれませんが。
「そなた等が竜王の元へ行っている間に、此方もこれからの方針を固めておいた」
ついに、ですわね。ここに居る全員の表情がきりりとした気がします。
「まず、一部の者達をこの王都に残し、それ以外の騎士団・竜騎士団・魔術師団は各地の魔族殲滅に専念してもらう。そして光の巫女と精霊には、魔王討伐を行ってもらいたい。勿論護衛はつける。……この国の精鋭をな」
はい。イーノックとオズですね。あと、魔術師団長とかもいたような。
今思っても錚々たるメンバーだこと。まぁ国の命運がかかっているのですもの、出し惜しみなんてしてられない状況ですし。
「あやつ等の準備が整うまで今しばらくかかる。それまではルルーリア、今しばらく巫女を頼む」
「畏まりました」
団長という総大将が揃って抜けてしまうのですから、組織としては大きな痛手です。
その後任と組織の再編成、その他諸々わたくしには詳しくは分りませんが、魔王討伐へ向かう前にやっておかなければならない事はたくさんあるのでしょう。
具体的にどの程度かかるのかは未定だそうですが、そんなに猶予のある話ではありません。
あと少しの間に、トモヨさんには戦闘経験を積んで貰って、それから精霊についてもきちんと教えて差し上げないと。
「ルルーリアさん?」
「……あ」
今後の計画を練っている間に王の話は終わっていました。あらあら、途中から全く聞いていませんでした。まぁ後でトモヨさんにでもお聞きしましょう。
全員が席を立って、退室して行くのをトモヨさんと見届けていると
「精霊殺しが」
一言、耳に入ってきました。
瞬時に身体が固くなったけれど、すぐ息を吐いて平静を保つ。
誰が言ったのかは、何となく見当がつきます。さっきわたくしを睨んできてた方でしょう。
わたくし個人を蔑んだところで、ヘルツォーク家になんら影響はないというのに。
それならば、父や兄の荒探しをして失墜させればいいのです。そうすれば、あの方の地位も少しは上がるかもしれません。
父はともかく、兄に楯突けば命の保証は致しませんけれど。
「ルルーリアさん」
「ああ、ごめんなさいね。気にする必要はありませんわ」
わたくしの隣にいたトモヨさんにも先ほどの言葉が聞こえてしまっていたみたいですね。
心配そうに伺ってくるトモヨさんに笑顔を見せる。
貴女が気に病む事ではありませんのに。
「事実ですもの」
わたくしがジェイドを殺したのは本当。だから、ああ言われても仕方がありません。
あんなに、憎々しげに言われるとやっぱりドキッとしましたが。
もう一度国王と、父にも挨拶をしてわたくし達も退室しました。
その後、王城を歩いている間も、屋敷へ戻る馬車の中も嫌な沈黙が続きました。
気にするなと言っていますのに。
「空気が重くっていけませんわ。あ、そうだトモヨさん。絶対外さない爆笑話をお願いします。得意だって言ってましたよね?」
「言ってません!! そんなハードル上げられた後に何も話せません!!」
そうだったかしら? 最近物忘れが激しい上に、記憶があやふやで。何が妄想で現実か分らなくなっているようね。
「そう、爆笑話がないとなると……この重苦しい空気を更に酷くするしかありませんわね」
「どうして!?」
最近、トモヨさんがツッコミに目覚めたようです。アルの影響かしら。
お願いだからソフトなツッコミに留めて置いてほしいです。アルやオズのはね、本当に激し過ぎるのよ。
「お屋敷に帰る前に寄りたい所がありますの。付き合ってもらっていいかしら」
御者には実はもう言ってあったりして。トモヨさんに伝えるタイミングを逃してしまっていたのです。
ジェイドのいた闇の神殿です。もう少しすればトモヨさんはこの王都を離れてしまいます。その前に一度見ていただきたかったのです。
馬車から降りたわたくしとトモヨさんは、その瓦礫を縫うようにして神殿の奥へと進みました。
そしてそこから更に少し歩くとある、多くの石碑の前で立ち止まりました。
「これが、わたくしの罪です」
「え?」
時間を撒き戻して人生をやり直しても、変わらないわたくしの咎。月日が経とうと花を添えようと、目の前に広がる墓場が例え無くなったとしても消えはしない咎。
戸惑うトモヨさんに、苦笑しました。
「巫女でありながら、神殿を守れませんでした」
襲ってきた魔族達は勿論まとめて葬りましたが、ここを守りきる事が出来ませんでした。
美しかった建物を、見るも無残なただの瓦礫の山に変えた。
そして、建物だけではありません。
ここは精霊を祀る神殿。という事はここで働いていた方々が沢山いたのです。
その彼らのほとんどが、魔族襲撃の際に命を落としました。
わたくしの護衛としてずっと付き添ってくれていた騎士の方もその時に亡くなりました。
ジェイドの力を借りていながら、神殿と神官達を守れなかった。これが、わたくしの罪。
精霊殺し、とわたくしの事を仰った方が先ほどおりましたが、それどころか人殺しと罵られてもおかしくない。
だから両親がわたくしを屋敷に閉じ込めるようにしていたのは、周囲の誹謗から遠ざける為です。
二十歳を過ぎて薹が立った娘が、家でじっとしている事を良しとしてでも、人の目から隠した。
精霊を殺すという前代未聞の事態を起こした娘など、絶縁して捨て置いても誰も文句は言わないでしょうに、あれでなかなか情に深い両親……というわけでもありませんが。
色々打算とか外聞とかね、小難しい事を計算に入れた結果、こうするのが一番いいと踏んだのでしょう。まぁ親の事は今は良いのです。
「あら」
あるお墓の前で膝をついて手を合わせている男性がいます。
じゃり、とわたくし達の足音に反応して、その方が顔を上げました。
わたくしを見て目を見開く。
「ターコイズの髪……お前、ルルーリア・ハン・ヘルツォークか」
「ええ。そうですが」
ニコリと笑顔を向けると、険しい表情で睨まれてしまいました。
「よく笑っていられるな、この人殺しがっ! お前のせいでこれだけの人間が死んだというのに!」
「お知り合いでも?」
「黙れっ!!」
手を合わせていたのだから、そのお墓の方とは浅からぬ仲なのだと想像がつきます。
もしわたくしが、もっと責任感が強く清い心の持ち主なら、ここで土下座でもして平身低頭彼に謝罪をするでしょう。
もしくは、わたくしがもっと薄情であったならば、貴方には関係ありませんでしょうと鼻で嗤って終わりです。
しかし、中途半端な罪悪感を持っているわたくしは、ただ彼の憎悪を聞くしかありません。
受け止める事も逃げる事も出来やしない。
ただし、罵詈雑言だろうがお聞きしますけれど、聞くだけで終わると思わないでもらいたいですね。
もうね、人生二回目にもなると色々と開き直るものです。
憎悪なら前世でもっと強烈なものを受けましたからね、慣れっこですわ。
「人を大勢犠牲にした挙句、精霊さえ見殺しにしてお前が成し遂げたのはなんだ? 何故平気な顔をして生きていられるんだ、恥を知れ。お前に同情する馬鹿な奴もいるようだが、反吐が出る。……オレは、今すぐにでも呪い殺してやりたい!」
わたくしにもよく覚えのある感情です。この考えに頭がどっぷり浸かってしまうと、他の事に目がいかなくなるので困ったものですわね。
「貴方は、魔術師の方とお見受けします」
騎士団は白と青。竜騎士団は赤と黒。この二つがめりはりの効いた色合いなのに対し、魔術師団は芥子色と濃い灰色という、何と言いましょうか……正直微妙な二色なのです。
いえ、この二色の相性はいいですし、団服としてはバッチリ決まっているのですよ。いるんですが、説明をする時に受ける印象がね。微妙。
とまぁそれはいいんですが、それぞれの職に就いている方々は、パッと見ですぐ分かると言いたかったのです。
「魔力に長けた方が、そうも負の感情に引きずられていますと、闇堕ちしてしまいますわよ」
「っ、お前っ!!」
男性がわたくしの胸元の服を掴んできたので、息が詰まって眉を寄せました。
「ちょっと!」
今までわたくしの後ろで成り行きを見守っていたトモヨさんが、見かねて男性を止めに入りました。
「おい、何をやっている」
怒りをむき出しにする男性と、抵抗しないわたくしと、止めようとするトモヨさん。
分り易いいざこざに、第三者の声が割って入りました。
「ジェフ、手を放せ」
「ランベール様!」
わたくし、人の名前を覚えるのがあまり得意な方ではありません。一度に二人も新キャラが出て来られると困るんですよ。
えぇと? わたくしの胸倉掴んできやがった方がジェフで、仲裁に入ってくれた方がランベールですわね。
わたくしから慌てて手を離したジェフがランベールに向かって頭を下げました。
この態度からして、ランベールはかなり位が高いのでしょうね。
ランベールねぇ……聞いた事のあるような無いような。ジッと彼を観察してみます。
オレンジのふわふわした髪に、二重のくりっとした同じ色の瞳が可愛らしい……と男の方に言っていいのか分りませんが、中性的な面立ちです。
歳は、そうですね。アルやレオナルド王子とそう変わらないくらいでしょうか。
お若いのに実力で高位へのし上がったのね。




