ずっと二人だけでいい
「部下が大変失礼をいたしました。ご無礼をお許し下さい。ルルーリア様」
「謝罪は結構ですわ、ランベール様。……ラン、ランべ? あ!? ランベール!?」
「は?」
「貴方はトモヨハー……えーあー、魔術師団長様ではございませんかぁ」
「トモヨハ?」
おおっと危ない。もう少しで「トモヨハーレムの一員じゃないの!!」なんて言ってしまうところでしたわ。
うふふ、と笑って誤魔化してみましたが、とても視線が痛いです。この女頭イカれてんのかって目で訴えてきています。
急に名前が出てきたトモヨさんも困惑してわたくしとランベールをキョロキョロと見比べています。
元々わたくしとランベールは顔見知りでもありませんでしたし、前世では遠目で見るばかりできちんと拝見していなかったので、どのような方か存じ上げておりませんでしたが……。
そうなのね、この少年が魔術師団長なのですね。
「お若いのに団長様だなんて、ランベール様はとても優秀でいらっしゃるのですね。ウチの弟も見習ってほしいものです」
「弟殿は確かまだ十五、六では? まだまだこれからでしょう」
低姿勢に徹するランベールは、そうアルを擁護してくださいました。
「けれど、ランベール様も愚弟とあまり歳は変わりませんのに」
「……変わりますよ。僕はもう二十歳です」
「は、たち? にじゅっさい?」
「ええええぇぇっ!?」
わたくしとトモヨさんの二重奏が墓場全体に響き渡り、木霊が「えー」「えー」「えー」とどこまでも続いています。
そしてその後に落ちた深い沈黙。先程まで、さわさわと木々が風に揺れてとても心地の良い空間だったはずですのに。
ジェフは「あーあ、オレは知らない」とでも言いたげにそっぽを向いています。
たっぷりと数秒の間を置きまして。
「どっからどう見ても二十歳でしょうが」
「どの角度からどう見たって、アルくらいじゃないですの!! わたくしと同年だなんて認めませんわっ」
「こんな二十歳許されないよ! 可愛過ぎる! 犯罪の匂いがする!!」
「この年齢詐称め! 訴えてやる!!」
「あんたは芸能人か! 違うっていうならアイドル事務所にわたしが履歴書送っておくんだから!」
女二人で寄ってたかってランベールを噛みつかんばかりに攻め立てました。
トモヨさんの言っている事の半分は理解できませんでしたが、まぁわたくしと言っているレベルは大差ないと思われます。
「きっさまらそこに直れ! 消し炭にしてくれるわ!」
「魔王よ! 新たな魔王の誕生よトモヨさん!」
「ウィスプ起きてー!」
「あんたら全員いい加減にして下さい! 場所を考えろ場所を!!」
なっ!? ジェフが急に怒り出しました。とてもまともな事を言っていますわ。
先程までわたくしに、恥を知れだなどと悪口雑言を叩きつけていた人とは思えません。
なんだかその事にちょっぴりイラッとしたのは気のせいにしておきます。
確かに死者が眠る場所で騒ぎ立てるのは宜しくないですものね。
「申し訳ありません。受け入れづらい事実に直面して少々混乱してしまいまして」
「これ以上僕を愚弄すると、本気でお相手致しますよ、ルルーリア様」
あら本気で怒らせてしまいましたわ。いやだわ、オズと違ってわたくしの軽口にいちいち過剰反応して下さるものだから、ついつい調子に乗ってしまいました。トモヨさんも珍しく便乗してくださいましたし。
それだけ、ランベールの外見が詐欺だと言う事ですわ。自覚していただきたいものです。
「はぁ……イーノックから話は聞いていたが、闇の巫女がこんなだとはな……」
「あら。裏でどんな話をされているのやら」
とても気になってしまいますわ。事と次第によってはイーノックを再起不能にする薬を開発しなくてはなりません。
「国王への挨拶もありますし、僕等はもう行きます。それではまた」
言い逃げ? 言い逃げですのね?
形ばかりの礼をするランベールとジェフに、わたくし達も礼をとりました。
「そうそう、ルルーリア様。あまり不用意に外出はなさらない方がいいですよ。ジェフだけじゃない、僕や魔術師は皆、貴女が憎くてたまらない。危ない目に遭いたくなければ、お屋敷でじっと身を潜めている事です」
「……ご忠告、痛み入りますわ」
まったく。どこの団長もいい性格をしていらっしゃる。
最後の最後で本音をぶちまけていくだなんて、本当に言い逃げもいいところですわ。
「ルルーリアさん」
「お見苦しい所を見せてしまいましたね」
見ていて気持ちのいいものではありません。ですがトモヨさんは首を振りました。
彼女の方が泣いてしまいそうな表情で見つめられては、どうしていいか困ってしまいます。
「ルルーリアさんのせいじゃないじゃないですか! ここの人達を殺したのは魔族でしょう? どうしてルルーリアさんが」
「トモヨさん」
そう言って下さるのはとても嬉しいけれど。敢えて言葉を切りました。
「巫女とはこういうものなのです。契約した精霊の力を駆使して皆を守る事こそが使命なのですから。だから、これはわたくしの罪……理不尽に思える叱責も、仕方がありません」
そう考えなければならないのです。わたくしだけではありません、巫女になった者は国中の期待を一身に背負って愛される反面、巫女としての資格を失った途端に役立たずの烙印を押されてる可能性を持っているのです。
これまでは魔王などという脅威の存在がなかった為に、よほどの事が無い限りわたくしのようにはなりませんでしたが。
大なり小なり、巫女としての地位を返還した後の方達には何かしらあったようです。
あまり後の人生が明るいものであったという話は聞きませんでした。因果なお仕事ですよ。
「もうこの世にいる精霊は正真正銘ウィスプだけです。その巫女であるトモヨさんに掛かる期待の重圧は、わたくしの比ではないでしょう。だからこそ、知っておいてください。例え理不尽だと叫ぼうとも、これが世の中なのです。神に祈ったとて覆りません。
……わたくしは、貴女を同じ目に遭わせたくない。こんな思いはわたくしだけで十分です。ですからトモヨさん。貴女にとって唯一無二であるウィスプを絶対に死なせないで」
覆らないこの世の中に絶望し、何もかもが虚しく、後から湧いてくるのは自分を蔑むばかりの人間に対する憎悪だけ。
あんなどん底まで落ち抜いた精神状態にトモヨさんをさせるわけにはいきません。
それにウィスプに消滅なんてされちゃったら、本当にこの世界滅んじゃいますからね。
息を詰めて聞いてくれたトモヨさんは深く頷いた。
「ではトモヨさん、魔王討伐に向かわれるまでの短い期間、みっちりとわたくしが精霊の力の使い方を叩き込んで差し上げますわ!」
ほほほ! と高笑いします。
引き攣った笑みを浮かべるトモヨさんが、ふと一つのお墓を目に留めました。
ああ、さっきジェフが手を合わせていたところですわね。
わたくしも覗いてみます。墓石に掘られた故人のお名前を見て納得いたしました。まぁ、そうだろうとは思っていましたが。
「ソリー・エルクンド様。先代魔術師団長だった方ですわ」
「それであの人達は……でも、だからってあんな言い方しなくたって」
「仕方ありません。ソリー様はわたくしが命を奪いましたし」
今から数か月前、この神殿が魔族に襲撃された折に、わたくしがソリーを手にかけました。
とても後味の悪いものでした。
「どう、して……」
信じられないとわたくしを凝視するトモヨさんは、理由を説明するまで視線を外してくれそうもありません。誰かに言うつもりは無かったのですけれど、彼女にならいいかもしれませんわね。
「ソリー様こそが、神殿を襲った魔族だったのです」
「えっ、でも」
「何があったのかは知りませんが、神殿を訪れた際の彼はもう闇堕ちしていて……誰も気付かず中に入れてしまい、急に大魔法を放たれて近くにいた方々は一溜りもありませんでした。こちらが混乱している隙に大量の魔族や魔物が押し寄せてきて、もう後の事はうろ覚えですが」
護衛騎士に身を盾にして守ってもらったわたくしは、ほとんど無傷で済みました。
ですからジェイドと共に応戦してソリーを含めた魔族らを殺した。
この前代未聞の事件は、神殿が魔族の襲撃に遭い壊滅した、とだけ世間に伝えられました。
魔術師団長が闇堕ちして神殿を襲ったなど、言えるはずがありません。
いたずらに皆を不安に陥れるだけです。どれだけ力を持った者でも、簡単に闇堕ちして一瞬で敵となってしまうのだと、まざまざと見せつけられたわけですから。
事実を知っているのは、ほんの一握りの人達だけなのです。
あの調子ですとランベールも知らされてないようですわね。
「ルルーリアさんはいいんですか? 事実を知れば、皆あそこまでルルーリアさんを責めたり出来ないはずです」
「そうですわねぇ」
言いたい気持ちが無いと言えば嘘になってしまいますけれど。箝口令が敷かれていますし、この重要な時期に魔術師団の士気が下がってしまうのはいただけません。
それに魔術師さんは、ちょっと精神的に参ってしまうと闇堕ちするっていうデリケートな生き物なので、あまり刺激を与えてはいけないと思うのです。
「ねぇトモヨさん。憎悪と絶望なら、一体どちらの方がより深い闇へと堕ちるのだと思いますか?」
「憎悪と、絶望……?」
魔術師団長という頭を殺したわたくしに対する憎悪か、敬愛していた方が闇堕ちし神殿を襲った事実を突き付けられて絶望するのか。
どちらの方が精神を保っていられるのでしょう。
前者は過去に引きずられているだけですが、後者は未来への恐怖に繋がるものです。
己もいずれは同じ末路を辿るのではないかという恐れを抱いて生きていかなければなりません。その方がよっぽど辛いのではないかと思うのです。
ですから、ジェフがわたくしの服を掴んで蔑んで来た瞬間に事実を全部ぶちまけて、絶望してしまえと、恐怖し狂ってしまえばいいと、一瞬でも考えたわたくしはやはり性根が捻じ曲がっているのでしょうね。
「それからトモヨさんに一つ忠告を。これから先、何があっても一人にはならないと約束してください。誰かがいつでも近くにいて守ってもらえる、その状態を保ってください」
「どういう……?」
「これはわたくしの教訓ですわ」
王都から旅立っても、トモヨさんの身辺は団長達が固めているのだから大丈夫だと思いますが。
自覚を持っていただいた方がいいでしょう。
「この神殿が襲われた後、わたくしは王都を出奔しました」
目を見開くトモヨさんに笑いかける。
もう嫌になったのです。いえ、違うわね。怖くて仕方が無くなったのです。
もしかしたら、今わたくしに労わりの言葉を掛けてくれているこの人が次の瞬間に闇堕ちして襲って来るかもしれない。
笑いかけてくれる人が、将来魔族となってわたくしを殺しに来ないと誰が保障してくれるの?
そして魔族となったなら、例えそれが肉親であってもこの手で屠らなければならないのでしょう?
その全てが、恐ろしくて恐ろしくて、とても他人が近くにいる場所になどいられなかった。
最初から魔族として、敵としてわたくしの前に現れたのなら、そこまでの躊躇いも罪悪感もなく向き合えます。ですが、親しかった方が突然、コインを裏返したように敵に回るというなら話は違う。
気持ちの整理がつきませんでした。
だからジェイドと二人きりで王都から逃げ出しました。
それから暫くは、一目を避けながら各地を転々として魔族と戦い続けました。
ジェイドとの旅はとても気が楽でした。絶対に裏切らないあの子が居れば何も怖いものなどありませんでした。
ずっと二人だけでいい、そう思っていました。
そんなの出来やしませんのに。人間もそうですが、精霊もその力は無限ではありません。
消耗した力は休む事で回復します。精霊が休む場は神殿。ですがもう魔族によって破壊されてしまって、どうにもなりません。
わたくしの中に入って、幾らか休んだりしていましたが、そうしている間にも魔族は絶え間なく襲ってきます。
ジェイドの力に頼るしか術がなく、あの子は最後の一滴まで力を使い果たして消失したのです。
馬鹿なわたくしが王都から逃げたばかりに、あの子は死んでしまった。
その後すぐに、わたくし達を捜索していた部隊に発見されて、わたくし一人が連れ戻される事になったのです。
それからは、既にお話した通り。
屋敷の別邸に閉じこもるばかりでした。
トモヨさんもわたくしと同じ、精霊の力無くして魔族と戦う術を持っていない。
だから絶対に、精霊とトモヨさんだけになる状況に陥ってはいけないのです。
ウィスプもまたトモヨさんを助ける為ならば己を投げ打ってしまうから。
きっと、魔族討伐に各師団長を付けるだなんて国王が言い出したのは、わたくしの暴挙に懲りたからでしょうね。
また同じ過ちを起こして最後の精霊まで消失させられたら堪らないと。
ふと気づくと、僅かに周囲の景色に茜色が混ざり始めていました。
「随分と話し込んでしまいましたわね。わたくし達も早く帰りませんと。御者が寝てしまいますわ」
大きく手を上げて伸びをしました。
いやですわ。こんな暗いお話ばかりしていたら肩が凝ってしまいました。
「トモヨさん。わたくしは旅にはついて行けませんが、その分困った事がありましたらオズやイーノックを頼って下さいませ。あれでそれなりに頼りになります……多分。きっと。微妙に?」
「微妙なんですか……」
あらあら。どうせ彼等は、旅から無事帰れたならその時にはトモヨさんを憎からず想うようになっているでしょうから、今の内から好感度を上げておこうと思ったのですが、どうやら失敗してしまったようですわね。
まあいいでしょう。あの二人の事なんて。更にランベールなんてどうでもいいですわ。
それよりも、わたくしの役割ももう少しで終わります。
長かったようで短かったですが、トモヨさんとこうして仲良くなれて本当に良かった。
勝手な妄想でいけ好かない女だと思っていたのが申し訳ないくらい、良い方でした。
さてでは、もう少しの間頑張りましょう!
なんて、綺麗にしめようと思っていましたのに……
「本当に寝こける人がいますか!!」
待ちくたびれた御者が、本当に馬車の中で熟睡していました。




