赤薔薇艦隊
エンシェントドラゴンの体が崩れた。モネによって否定されたその身は壊れ、跡形もなく消え去った。その光景を見て、クロードは喜びよりも安堵を多く含む吐息を吐いた。
よかった……。
あそこまで動揺した姉の姿を見て、不安を覚えなかったはずがなかった。誰よりも強いと、信じていたはずの彼女が恐れる存在。それに恐怖を抱かなかったわけじゃなかった。だから、モネへと告げた言葉は殆どクロードにとっても強がりだ。なりふり構わず発せられただけの言葉だ。だがモネはそんな自分を信じて戦ってくれた。恐怖に挑み、それに打ち勝ったのだ。
「やっぱり、姉さんは凄いや……」
そう呟く先、消えていくエンシェントドラゴンを見つめて放心していたモネがようやく自分が勝った現実を理解したようで、両手をあげて叫んでいた。
「いいいいいやったぁあああああああ! やりましたわ! わたくし、やりましたわよぉ!」
炎の髪を揺らしてその場で何度も飛び跳ねるようにしながら、モネはこちらを見た。
「クロぉ! 見ててくれましたか? わたくし勝ったんですわよ! これで! クロと! 添い寝! 一晩中? いえ一日中!? いえもういっそ冬眠するくらいの勢いでやりましょう! ええそれがいいですわ! 冬眠レベルで添い寝ですわぁ!」
添・い・寝! 添・い・寝! と、謎のコールを発しながらモネは腕を振り上げたりおろしたりを繰り返す。姉の願いだからと勢いで了承したが、そこまで喜ばれると恥ずかしいというより怖くなってくる。だが、子供のような笑顔を見せてはしゃぐ彼女の姿は素直に可愛いと思えたし、なんだか昔に戻ったみたいで嬉しかった。
まあ、できればコールはやめてほしいんだけど……。
段々とテンションが上がってきたのか、遂には汗をかきながら大声を張り上げるモネ。自分の姉がどこか別世界へ旅立ちそうになるのをクロードが苦笑しながら見ていた――その時だ。
「馬鹿野郎! モネぇ!」
急に、リリィが切羽詰まった怒声をモネに浴びせた。まさか怒鳴られるとは思っていなかったのか、モネはびくりと驚くと同時に怒られた子供のように涙目になって、それを隠すように口を尖らせた。
「な、なんですのいきなり。ちょっとした冗談じゃありませんの。そこまで怒らなくても……」
「そうじゃねぇよ阿呆!」
再びリリィが叫ぶ。クロードはその声に焦りが含まれていることに気づく。ただ怒っているわけではない。何かと思いリリィの表情を確認し、そしてまたモネへと視線を戻して――――クロードはリリィが怒鳴った理由を知った。
「姉さん。また、後ろだ……」
呟くクロード。モネは不思議そうに首をかしげながら後ろを振り返り――彼女もまたクロードやリリィのように焦りを含んだ声で呟く。
「あれは、防護障壁……ですの!?」
浮遊城が半透明のオレンジ色をした球体に包まれていた。巨大な城を、その下の竜の巣まで包み込むそれがなんのか。魔法を扱う者なら一目でわかった。
防護障壁。
魔法によって作り出された障壁。モネや他の騎士が使用する、防護魔法をより強くし、対群、対城戦に使われる防御の要。建物や、土地そのものを術式に組み込んで発動させるため、その場所に固定されてしまい汎用性は薄れるが、その代わりに個人で発動させる魔法を遥かに凌ぐ性能を誇る。
三人が驚いたのは防護障壁の存在そのものではない。その規模だった。障壁によって通常の城を一つ覆うだけでも、数十人規模の術者が祈祷をささげ大量のルーンを消費しなければならない。それも障壁や防護魔法に強く精通しているものでなくてはならないのだ。
浮遊城の、あの大きさの物体を丸々覆い尽くすのが、どれほど困難なことか、それはクロードにもよくわかる。騎士である二人はなおさらだ。
「やられたね。エンシェントドラゴンであたしらを倒せたら御の字、だけど倒せなくてもよかったんだ。あいつはこの障壁を発動させるための時間稼ぎでもあったんだよ」
机上の怪物に気を取られ、浮遊城そのものへの警戒を疎かにしていた結果、障壁を発動させるだけの時間を与えてしまった。
「こりゃまいったね。アルマ=カルマのお嬢ちゃんが、いっそう引きこもっちまったよ」
冗談めかしく言うが、その言葉の端からは焦燥が感じ取れた。はたして、ここにいる三人であの障壁を破れるのか。リリィにさえもわからないのだ。
「とりあえず、モネ。あんたもこっちに来な」
モネへと向かって手招きしながら、リリィは言った。
「あの引きこもりをどうやって引きずり出すか、三人で話し合おうじゃないか」
こちらへやってきたモネを加えて三人で話し合った結果、とりあえず攻撃をしてみようということになった。何事も試してみなくちゃわからない、というリリィの言に従って、モネが浮遊城へ向けて全力の攻撃を繰り出す。
「うらあああああ!」
竜の軍勢を相手にしていた時の優雅さはどこに行ったのか、彼女は淑女にあるまじきがなり声をあげて巨大な蒼の炎を浮遊城めがけて放つ。だが炎はオレンジ色の障壁に防がれてしまう。炎がぶつけられた痕跡すら残っていない。モネの魔法は浮遊城の障壁を前に完全に太刀打ちできないでいた。
そんなことをもう何度も繰り返している。リリィと、そしてクロードの注文通りに様々なパターンの攻撃をモネは浮遊城へ放っているのだ。がなり声にもなるはずである。クロードは少しだけ申し訳ない気持ちになったが、それでも必要なことだと遠慮がちにモネにもう一回試すように頼む。一方リリィは、遠慮も心配もすることなくあれやこれやと注文をつけるので、モネの機嫌はどんどんと損なわれていく。そんなことをもう何度か繰り返した後、ようやくモネは抗議の声をあげた。
「もぅ! あと何回やればいいんですの!?」
後半は殆どリリィが一人で頼みごとをしていたせいもあり、モネの不満はリリィ一人に向けられていた。モネからの不満げな視線を意にも介さず、リリィは【遠見の覗き屋】を使い注意深く障壁を、またはその向こうの浮遊城を観察していた。
「さすがに障壁というだけあって一筋縄ではいかないね。対城戦クラスの大魔法か装備を持ってこないことには傷一つ付けられない」
ため息と共に呟くリリィ。
「でも、リリィさん……」
躊躇いがちに声を出したクロード。それをリリィは「わかってるよ」と途中で止めた。
「問題は、モネの魔法はその大魔法に匹敵するだけの威力を持っている。……そういうことだろう?」
頷きを作る。その通りだったからだ。汎用性の低さや、攻撃範囲の制御など、モネの魔法はとても荒削りで様々な課題を持っているものの、その威力に関してだけは文句なしに一級だ。障壁くらいは破壊できないわけがなかった。
「姉さん、ちょっと疲れてたりしてない? 疲労はどのくらい?」
モネが弱っていて、本来の力を発揮できていない可能性。モネは少し首をかしげながら答える。
「疲れてはいないような……? さすがにこう何度も最大火力を出すのは億劫ですが、疲れているかと言われればそうでもないような……」
自分でもよくわかっていないのか、曖昧な言い方をするモネ。リリィは【遠見の覗き屋】から目を離さないまま、言った。
「いいや、疲れてるよ。あんたは本気の戦闘をあんまりしたことがないから、気付いてないだけで疲労は確実に蓄積してる。王国最強っつったって、別に体力自慢ってわけじゃないんだ。当然さ」
ただ、と【遠見の覗き屋】から目を離して、リリィはクロードの方へ振り返る。
「モネが疲れて本来の実力を出せていないってことは考えられないね。本気の状態を持続させなきゃならない戦闘ならともかく、今は別に戦っているわけじゃないんだ。瞬間的に本気を出せばいいだけなら、問題はないはずだよ。それすらできないほど疲れてたら、この阿呆だって気付くはずさ」
「ちょ、ちょっと! まるでわたくしが阿呆みたいな言い方はやめてくださる!?」
みたいな、じゃなくてそのものだと言っていたように聞こえたような……。
あまり深く突っ込まない方がいいかもしれない。リリィも取り扱うつもりはないようで、難しい顔をして唸る。
「やっぱり、他に何か要因があるのかねぇ……」
「単純に、浮遊城の障壁が凄く硬いってことなんじゃありませんの? アルマ=カルマの魔法はわかってないことの方が多いのですから、なんかこうとても強い感じなんじゃ」
「あんたねぇ、仮にも騎士団の隊長格なんだから、なんかこうとか、こんな感じ、とかそういうの止めなよ。あたしが言うならともかく、あんた国の顔なんだから」
「別に二人の前だったらいいじゃありませんの。それに、普段から頭脳労働は部下に任せてますから」
「ああ、そういえばそうだったね……。あんたの隊と一緒に任務した時に『隊長、こことここに攻撃してください。四分の一本気くらいで』『残った敵はどうしますの?』『それは我々が相手をいたします』『その間わたくしは何をしていればいいのですか?』『えっと……応援、とか?』『なるほど! それではその方向で!』って会話を部下としていた時はさすがに言葉を失ったね。何がなるほどだよ。しかもそのあと本当に応援しているんだから尚更ね。初めて見たよ、必死になって部下が戦っている横で「がんばれー!」とか真面目な顔で応援してるだけの隊長」
「適材適所というやつですわ! わたくしの部下は優秀ですのよ」
初めて聞くモネの隊長としての真の姿に、当時のリリィよろしくクロードは言葉を失う。驚愕の表情のクロードに気付いたリリィが補足をしてくれる。
「ああ、安心しなよクロ坊。別にモネが隊の中でなめられてるとか、そういうんじゃないんだ。ただ……その、モネの魔法が魔法な上、この通り阿呆で放っておくと敵味方双方に被害まき散らすもんだから、仕方なく部下たちが作戦立案してモネの破壊力の調整をしてるんだ」
優秀であることに変わりはないな、とリリィは笑う。ついでにリリィが教えてくれたがモネの部下はモネの才能や人柄に崇拝に近い憧れを持っていて、モネへと作戦内容を告げる役は毎回何らかの方法で抽選され半ば罰ゲームとなっているらしい。選ばれた人物は憧れの隊長を顎で使うような真似をしたショックで大抵胃をやられるのだそうだ。
……聞かなきゃよかったかな。
王国最強の騎士への憧れと、その下に就くことのジレンマとか、一体どんな顔で受け止めればいいのだろう。
「まあ、そんなふざけた話はいいとして……」
そう言うリリィの横でモネが「え? 今のふざけた会話でしたの?」という顔をしていたが、リリィは無視して続けた。
「障壁の性能がどうこう、ってわけじゃないとは思うんだけどねぇ。見た感じじゃ、普通にオードラン城とかにも使われている防護障壁とそう差があるとは思えない」
「障壁そのもの、ではなく、それに付随するものの性能かもしれません」
呟くクロードにリリィは強く反応した。何か引っかかることがあったのか、少し食い気味にどういうことだと説明を求める。
「えっと、あくまで予想なんですけど……多分常時展開型の障壁と、反応型の障壁が合わさっているんじゃないかなって。姉さんの魔法が効かないのは、反応型の障壁が今僕らが見ている展開型の力を強化してしまうからじゃないでしょうか」
「なるほど……」
途端笑顔になったリリィは【遠見の覗き屋】で再び障壁を観察する。
「あの、クロ……? ごめんなさいわたくし、今の説明では何が何やら……」
「つまり、合わせ技なんだよ。二つのいいところを合わせて、一つにしているんだ」
常時展開型は発動さえしてしまえば、全方向からの攻撃に対応する文字通りの壁だ。逆に反応型は常時発動しているものの、それが機能するのは相手側からの攻撃を受けた時だけ。攻撃に対して反応し、瞬間的に障壁を発動させる。それが反応型障壁だ。
「反応型障壁の利点は攻撃の瞬間だけの発動だから、ルーンが節約できるとか、そういうのもあるけど……一番は防御力を集中させられるってことだ」
常時展開型の障壁は、展開している面に防御力の強弱はない。どの部分であろうと、防御力は一定だ。だが反応型は違う。攻撃に対して反射的に反応する反応型は、攻撃を受けている部分以外に障壁を張る必要がない。だから、その分のルーンを被攻撃部分に回すことで障壁を重ね、防御力を集中させられる。
「姉さんの魔法が効かなかったのはこの展開型と反応型の障壁の特性が合わさった障壁だからだと思う。あれは攻撃された部分だけが瞬間的に強化される障壁……じゃ、ないかな」
確信があったわけじゃなかった。ただ可能性として一番考えられるのがそれだった。モネや自分たちに対して最も有効な手段を考えれば、自然と出てくる可能性。機械的に最適を導き出す防衛機能ならば、きっとその最適を選ぶのだろうと、クロードはそう考えた。
「ああ、多分あってるよ。クロ坊の予想はあってる」
リリィがその顔に笑みを湛える。
「言われてみれば確かにそうだね。反応型なら反応の瞬間、しかも攻撃を受けた部分しか障壁を確認できない。それも展開型に混じられちゃわかりにくいのも当然だ。言うなれば常時展開反応型の障壁ってか? ただ展開型を強化するよりはよっぽど効率的な強化ではあるが、普通はどちらか一方か、片方はサブとしてしか使わないからね。悔しいが、盲点だったね」
悔しいねぇ、と言葉とは裏腹に実に愉快そうに笑うリリィ。その隣ではモネが難しい話で首を右に傾げ、左に傾げ……それを何度か繰り返してようやくクロードの説明を飲み込んだようで、嬉しそうに手を叩いて何度も頷いた。
「なるほど! つまり攻撃した部分だけが凄く硬くなる障壁なのですわね!? あれ? でもそれって色々大変なんじゃ――――はっ! 大変ですわクロ! あの障壁とても凄く強い感じですわ!」
「うん、まあ言いたいことはわかったよ」
モネの言い方には緊張感の欠片もないが、実際事態は緊迫していた。例えあの障壁の構造を理解しようと、それがモネでさえも破れないものであることに変わりはないのだ。策を考えようと、現状の手札ではモネが通用しなければ手も足も出ないと同義だ。
「なるべくなら選びたくない選択肢だったが、結局あいつらに頼ることになりそうだね……」
すると、リリィが少しだけその顔から笑顔を消して呟く。表情とは違い、その語調に憂いがないのが気になった。
「何か、策があるんですか?」
「あるよ。最後の手段ってとこだね」
リリィがモネとクロードを交互に見やった。
「モネ、それにクロード。ここまでだけでも、あんたらは頑張ってくれた。だけどあんたらの頑張り時は、むしろこれからだろう? 浮遊城に侵入してからが本当の勝負のはずだ」
だから今はあたしに頑張らせろ、とリリィは言う。
「こっからはあたしらが頑張る番だよ」
そう言って、懐から取り出したのは一枚の通信術符だ。
「ロウ、聞こえているかい!? そっちの準備はどうなった?」
『とっくに準備は完了してますよ。全員、隊長からの命令待ちです』
術符から聞こえてくる声はクロードが城で手合わせをしたロウのものだった。優しげな雰囲気のどこかに緊張感を含む声の後ろでは、別の誰かの声が複数聞こえてくる。
「そうかい。なら二十秒だ。二十秒後、できるね?」
『了解です! 聞いたかてめぇら!? 二十秒後だ、死ぬ気でかかれ!』
術符の向こうからは野太い雄たけびがいくつも聞こえてきた。リリィの通信先の状況や、二十秒後の意味がクロードにはわからなかった。
「……これ、もしかして十番隊の人たちの声ですの?」
モネが怪訝な表情で呟く。通信先の見当はつくが、その意図は彼女にもわからなかったようだ。
「あんたらも聞いてただろ? 二十秒後だよ。〝転移〟の瞬間は空間が歪むから、少し気をつけておくといいさ」
「転移? リリィ、あなた一体何を……!?」
「ほら、あと五秒だよ。四、三、二、一――――くるよ!」
カウントの終了と同時〝ずん〟と大きな何かを全身に叩きつけられたかのような不思議な感覚がクロードの体に瞬間的にはしった。ただ痛みはなく、内側から震えるだけの衝撃は重低音のそれに近かった。そしてその瞬間だけ、クロードの平衡感覚が狂う。視界がぐにゃりと歪み、右と左と、上と下の区別が曖昧になって、ただまっすぐでいることが困難になってぐりぐりからずり落ちてしまう。
落ちる。そう思った。だがクロードの体はすぐに木の板にぶつかって止まった。
板? 空中に?
すぐさま体を起こす。平衡感覚のズレは一瞬だけでその行動に支障はない。すると、不思議な光景が広がっていた。
「……船の上?」
クロードは船の上にいた。帆船だ。木の板だと思っていたのは船の甲板だったのだ。あちこちに木箱やロープの散乱した甲板の上にクロードはいつのまにかにいたのだ。周囲を見渡す、両隣にはぐりぐりに乗ったリリィとモネ。モネは仰向けに倒れたまま、首を左右に動かして唖然としていた。きっと自分と同じように平衡感覚が狂い倒れてしまい――気付けば甲板の上だったのだろう。彼女は驚きのあまり立ち上がることもできないでいるのだ。
「だから言ったろ? 空間が歪むから気をつけろって」
リリィはそう言いながらぐりぐりから下りると、倒れたままのモネを抱き起こす。されるがままになりながらも、モネは思考を続けているようで周りを見て、ハッとしたような顔を見せた。
「転移って、まさかわたくしたちを船の上に?」
だから、いつの間にかこんなところにいるのかとモネは推理する。それを聞きながらクロードは早速一人で立ち上がり、甲板のへりまで行って下を見下ろして――モネの推理が間違っていることに気づく。
「違うよ、姉さん。転移されたのは僕らじゃない……」
「へ? どういうこと、ですの?」
「下を見てみればわかるよ」
リリィを振りほどき、モネはこちらまで駆けよって下を見て、そして益々驚愕を強くした。
「なん、ですのこれ……! 船が空を飛んでいるだなんて!」
クロード達が乗っている船。軍艦と思しきそれは海の上にはいなかった。浮遊城を真横にみる上空。先程までクロード達がいて、竜の軍勢と戦いを繰り広げていたまさにその場に、この船は浮かんでいるのだ。
「しかも、それだけじゃない。一隻だけじゃない」
さらに遠くを見やれば、いくつもの船が平衡に空の上に浮かんでいた。その冗談のような光景にクロードも、そしてモネも言葉を失う。
そんな二人の様子を見ていたリリィが悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべた。
「ははは! 驚いたかい? これが《赤薔薇艦隊》が誇る航行魔術【開拓航路】だよ。あたしの艦隊は土の上だろうと山の上だろうと空の上だろうと、あらゆるものを航路とみなして航行できる。とはいっても、それなりに人数を集めなきゃならない大魔法だし、ルーンの消費も大きいから長いこと使ってはいられないんだけどね。特に今回は船を転移させるだけのルーンも必要だったから、尚更ね」
だからなるべく急ぐよ、と言ってクロード達の反応を待たずに懐からさらに術符を取りだす。先程出した通信術符と合わせて十枚。それをリリィが放ると、空中に一列になって張り付けられた。描かれた術式を見るに、全部が通信術符のようだった。
「《赤薔薇艦隊》艦隊長リリアーヌ・ローランだ! 旗艦から二番艦以下全艦に告ぐ! お前ら、結局何人集まったんだい!?」
端の術符が震えて、声を伝えた。
『はっ! 二番艦から十番艦までの全艦と負傷者を除く全船員七十二名。結局全員集まっちまいましたぁ!』
今しがた十番隊の隊員から発せられた言葉にクロードは耳を疑いたくなる思いを抱いた。旗艦を含め、さらに二番艦から十番艦。総勢七十二名。それは王国直属の騎士団が誇る外海遠征部隊十番隊の負傷者を抜かした全勢力だったからだ。
「勘違いしないでおくれよ」
と、驚くクロードにリリィは苦笑しながら言った。
「何もこいつらはあたしが無理やり引っ張ってきたわけじゃないんだ。強制は決してしていない。ただ、こいつらどうもあの円卓上の論争を盗み聞きしてたみたいでね……。それで集まっちまったのさ」
「それで、って?」
それで、だからどうしたというのだろう。彼らがあの論争を聞いていて、そのことに意味があるというのだろうか。
クロードは首をかしげてしまう。
「鈍いねぇ、まったく。つまり、こいつら全員あんたの男気に惚れちまったのさ。それでどうしても、手助けしてやりたくなっちまったんだよ」
『その通りだぜぇ! クロ坊ぉ!』
途端、通信術符が十枚全て震える。一枚につき一つの艦の音声と連動しているようで《赤薔薇艦隊》の全ての声がこの旗艦に届けられる。
『俺達ぁ惚れたよ! 一国の王を前にあんだけ戦える奴はそうそういねぇ!』
『肝心の王様があの軽薄野郎ってことを差し置いても相当だ!』
『うぐっ、惚れた女のために命張るとかぁ、泣かせるじゃねぇか! ひぐっ……畜生め!』
『まあ、俺は弟くんを助けてモネちゃんにいい顔したいだけだがな』
『それ言った時点でいい顔はできねぇよ……』
『つか、さっきまであいつ「同じ漢なら戦わねばならない」とか演説してたよな』
『冷静に指摘してやるなよ……とにかく俺らはクロ坊に手をかしに来たのさ! 同じ漢としてな!』
そんな声と共に〝ぎゃははははは〟と騒がしい笑い声が響いてくる。その勢いに圧倒されて、クロードはただ驚くばかりだ。
「ちょ、ちょっと! リリィならともかくあなたたちまでクロのことをクロ坊だなんて呼ばないでくださいな!」
モネが見当違いな抗議をする。――――と、その瞬間に騒がしいだけの笑い声が喜びを含んだ喝采へと変わる。
『その声はモネちゃんだな!?』
『うおおおおおお! モネちゃん! モネちゃん! 俺だー見てるかー!?』
『結婚してくれぇ、モネちゃん!』
『馬鹿野郎、モネちゃんを幸せにするのはこの俺だ!』
『いいや俺だね! お前みたいな腕毛の濃い猿にモネちゃんは渡さん!』
『いっそ俺はクロードくんでもいい。クロードくんがいい』
『おいそいつ危険人物だ。取り押さえろ!』
逃げるな!――馬鹿そっちだ――あいつ隣の艦に飛び移りやがった!?――などと言う声が続いたが、それも男たちの野太い大喝采に包まれて消えていく。モネの方を振り返ると、彼女は頭を抱えてただただ苦笑いを浮かべていた。
「いえ、その……リリィとは懇意にしていますし、その付き合いの中で十番隊の方々とも多少は、えっと……可愛がってもらっていまして…………」
言いにくそうに言葉を濁すモネ。彼らの勢いに押されて大きく物は言えないものの、どんな扱いを受けているかはこの喝采を聞けば予想はついた。十番隊は女性隊員が隊長を除いて他にいないという情報も合わせれば尚更だった。
一番隊の部下と、十番隊の隊員さんたちと……姉さんも大変なんだなぁ。
方向性は違うとはいえ、様々なところで崇拝されているというのは単純に疲れそうな状態だ。
隊員たちの暴走気味な通信を聞いてため息をついていたリリィだったが、その行動とは裏腹に表情や声は非常に楽しそうではあった。
「こういう〝ノリ〟なんだ。昔から、先代隊長の頃からずっとだよ。だからそいつは許してくれ。こんな馬鹿どもだが、しぶとさだけはどこの隊にも負けない。どんな荒波の中でも、厳しい自然の中でも、高々と笑ってつき進める馬鹿野郎どもだ」
言葉尻から、リリィがそんな〝馬鹿野郎ども〟を愛してやまないことが感じ取られた。部下というより、仲間としての信頼が強いのだろう。リリィにとって彼らは共に同じ海を行く仲間なのだ。
「そんな馬鹿野郎どもが集まって七十二名。全員がお前の味方だ。お前の夢の支持者だよ」
『その通りだクロード!』
術符から聞こえるのはロウの声だった。興奮した声は力強く、クロードの胸を揺さぶる。
『俺達ぁ《海の男》だ。お前の漢に魅せられて、ここで動かなきゃその名が廃るってもんだ! なあそうだろう!? てめぇら!』
男たちの歓声が響く。一人ひとりが好き勝手に喋っては叫ぶため、声も言葉もぐちゃぐちゃに混ぜられて、意味は殆ど伝わらない。それでも、背中を押されているんだということはわかった。
海の男たちの不器用な声援。とても荒々しいそれが、クロードの心には不自然なほどに響いた。感動させられたのだ。初めてのことだったのだ。今までの人生で一度だって、見知らぬ誰かから応援されるなんてことはなかった。一度だって、顔も知らない誰かが自分の背中を押してくれることはなかった。いつだってクロードにとって〝誰か〟とは自分を攻撃してくる相手だった。
「ありがとうございます……」
だから、彼らの声援が、心からの応援が嬉しくて、クロードは頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
その姿は彼らには見えていないだろうけど、それでも深く深く、頭を垂れる。泣きそうになるのを必死で我慢した。本当にうれしかったから、そうやって感謝する以外にどうしたらいいのかわからなかった。
「やめなよ、クロ坊。頭をあげな」
そのクロードの姿をリリィは決して見ようとしなかった。そんなものに、意味はないと言わんばかりに。
「そういうのを、あたしらは喜ばない。堅苦しいのはいい。頭なんて下げる必要はない。あたしもこいつらも好きでやってることだ。だから、全部終わったあと飯でも食いにこう。アルマ=カルマのお嬢ちゃんも一緒にね。それが一番〝嬉しい〟ことさ」
オルタナと一緒に。
きっと、その未来を誰よりも〝嬉しい〟と感じるのはクロード自身だろう。その喜びを分かち合いたいと、リリィはそう言ってくれたのだ。
「……はい、必ず!」
それ以上、言葉要らなかった。彼らの声援を背中において、クロードはまた前を向く。
「それで、暑苦しい展開の途中で申し訳ないのですけど、これだけの艦隊を集めてどうするつもりなんですの?」
モネがリリィに問う。
「あなたの艦隊を卑下するわけではないのですけれど……例え十隻の軍艦に十番隊の全勢力を合わせたとしても、わたくしの本気の一撃には届きませんわよ?」
その指摘はリリィにとっても当然のことだったようで、反論することもなく彼女は頷きを作る。
「その通り。そしてそれでいい。障壁を突破するのはあたしらじゃなくてモネだ。それは変わらない。あたしらがするのはその手助け。そしてそれに必要なのは『ある程度の攻撃力を持った大勢』なんだからね」
「人数が必要なこと、という認識でいいのですか?」
「ああ、そうじゃなきゃこいつらは呼ばない。言ったろ? できれば使いたくなかった手なんだよ。ここに呼んじまえばどう転んだとしても危険に晒す結果になる。王様からの避難命令を逆手にとって港の方で【開拓航路】や転移魔法の準備をさせてはいたが、必要がなければそのまま王都から撤退させていた」
必要だから呼んだのだと、リリィはそこを強調した。決して、自分が強要したわけでも、ましてやクロードのせいではないと、そう言いたいのだろう。
「モネ、あんたが浮遊城の防護障壁を破れないのは、あの障壁が展開型と反応型を合わせたものだからだ。どちらか一方であれば、あんたの魔法なら砕けないはずがない。違うかい?」
「ええ。片方であれば、ただの一撃で破壊することが可能ですわ」
自信に溢れた答え。あまりに堂々とした態度に、頼もしい限りだと、リリィは肩をすくめた。
「ま、あんたにとっちゃ当然のことで、謙遜するまでもないってか?」
「いえ、まあそれはともかく。片方であれば破壊は可能ですが、両方ではきっと無理ですわ」
「わかってる。だからあたしらがここに来たんだ。――《赤薔薇艦隊》の総力を持って、反応型障壁だけを無効化する。あんたはその隙に展開型障壁を壊して浮遊城に侵入。大まかな作戦の流れはこんな感じだ」
反応型障壁の無効化。そのリリィの言もまた自信に溢れた、憂いのないものだった。彼女の態度からモネはそれが実現可能なことであると判断したのだろう。本当にできるのか、という意味の質問はしなかった。
「では、詳しい話を聞きましょうか」
話を急ぐ。お互いの実力に信頼を置いている隊長格同士の独特の雰囲気にのまれそうになりながらも、クロードは集中を保ちリリィの語る作戦内容に耳を傾けた。
「反応型には一つだけ弱点、というより突くべき隙が存在する。それは小さかろうが大きかろうが、攻撃に対しては機械的な反応を示しちまうところだ」
どんなに小さな攻撃だろうと、それが守るべき対象に危害を加えるものなら、反応型障壁は必ずその位置に障壁を展開する。攻撃に対して機械的に、または自動的に反射する反応型には防御をしないという選択肢は存在しない。そのあたりは防衛機能よりもよっぽど限定的な反応である。
「そして、展開できる障壁には限りがある。これは当然、それが術式によってなされる魔術であるかぎり、術式そのものの限界ってのが存在するのさ。反応型の及ぶ範囲が展開型と同じ範囲であれば、単純に考えて反応型が展開できる障壁の総量は展開型の総量と同じだろうね。それはどの位置にどれくらい展開させようと、全て使いきったらそれ以上は絶対に出ない、そういう数字だよ」
十隻の軍艦。十番隊の総員。そして展開型障壁の弱点。その他の情報がクロードの頭の中を埋め尽くし、一つの答えを作り出した。意識せずとも組み立てられた閃きにクロードは思わず「あっ」と声を出してしまう。クロードが気付いたということをリリィも察知し、大きく頷いた。
「今から、あたしら《赤薔薇艦隊》の全火力を持って障壁を攻撃する。それもなるべく広範囲にだよ。そうすることで、反応型障壁を出力全開まで使わせる。例えモネが攻撃をしても、そっちに回せる余剰がないくらいにね」
複数の攻撃により反応型障壁を大きく展開させ、無効化する。それがリリィの打ち出した策だった。
「少々荒っぽいが、まああたしらには似合いの作戦さ。どうだい? 何か異論は?」
「……いえ、わたくしからは何も」
クロードも首を振って、問題はないと示す。実際、今考えられる策としては最も成功しやすいものだろう。それ以外に、あの障壁を突破する術があるとも思えなかった。
「そうかい。なら一つ、あたしからクロードに助言を頼みたい」
「助言、ですか?」
僕に一体、なんなのだろう。
自分の戦況を読む力を評価してくれてる証拠なのだろうが、自然とクロードは緊張を高めた。
「この作戦の要は結局のところモネだ。最後の最後、反応型障壁を無効化された後に残る展開型を壊すのはモネでなければできない。そこで相談なんだが、モネはどこから攻撃するべきだと思う?」
問われ、クロードは口に手を当てて目を伏せた。集中し、思考を加速させる。
艦隊の軍艦に隣接していては駄目だ。それではモネの攻撃に味方を巻き込む危険がある。艦隊の前でも、砲撃の邪魔になるだろうし、後ろこそモネの攻撃が味方を焦がしてしまう。
艦隊は水平方向に展開させるとして、そうすると姉さんは上下のどちらかから仕掛けるべきだ……。
思考の時間のほんの数秒。クロードは伏せていた目を開けて答える。
「上、です。それも真上。浮遊城よりも高い位置から、仕掛けるのが得策かと思います」
そう言って、浮遊城の一番高い部分に視線を送る。が、一際大きく、そして高い中央部の塔のような建物の先端部は今は雲に隠れて見ることができない。浮遊城の最も高い位置は雲よりも上にあるのだ。
「そ、そんなに高く飛びますの!?」
案の定、モネは驚いていた。リリィも少し思案顔だ。だが根拠はある。なんの意味もない思い付きではないのだ。
「まず姉さんの魔法の範囲を考えて、巻き添えを起こさないためにも艦隊と水平方向からの攻撃は避けるべきです。そうなると、自然選択肢は上と下に限られる」
浮遊城は横の広さもさることながら、縦の広大さも凄まじい。艦隊から充分離れ、モネの魔法の影響が味方に及ばない位置を選んだとしても、まだまだ浮遊城の頂上には至らないだろう。
「反応型術式がリリィさんたちによって無効化される以上、姉さんが壊すのは常時展開型障壁のみ。展開型はどの部分であろうとも、その強度に違いはないため、どこから攻撃してもいい。ならいっそ、頂上にまで登るべきだと思います」
「わからないな。何故、頂上なんだ? せっかくだから登ってみたい、なんて理由じゃないんだろう?」
「はい。頂上を推す理由は一つ。そこが一番、安全である可能性が高い位置だからです」
「安全である可能性? 妙な物言いだね」
「確証がないんですよ。ただ、可能性としては高いと思います。浮遊城にとって、最も攻撃されることを想定していない部分はどこだと思いますか?」
投げかけた問い。モネもリリィも答えるつもりはないようで、クロードの次の言葉を待っていた。わからない、というより問答の時間も惜しいのだろう。クロードは話を少し急がせる。
「それは自身の真上。つまり上からの攻撃です。それも当然、難しい理屈ではないです。雲よりも遥か上の位置。そこは竜種であっても辿りつけない領域です。気圧差や低酸素、気温の変化に一度に対応できなければならない。魔法を扱う騎士であっても、よくて副隊長格でなければ不可能。騎士でさえ辿りつくのが難しい位置なんです」
そこからの攻撃を浮遊城が想定している可能性は低いと、クロードは考えた。
「今はまだ沈黙を続けていますが、これから反応型術式を無効化する際、その意図に防衛機能が気付いて反撃を仕掛けてくる可能性は多いにあります。反撃の手段がまた竜の軍勢なのか、それ以外の何かなのかはわかりませんが、頂上まで飛んでしまえば竜種の追撃だけでも確実に避けることができる」
モネは作戦の要だ。例えこの作戦が十番隊の力を借りなければなしえないことだったとしても、最後に展開型障壁を個人で砕く力を持っているのはモネしかいない。何よりモネの戦いは浮遊城侵入後も続くのだ。
「もう何が来ようと姉さんが負けるとは思っていません。ただ、これからの全ての行動に姉さんの存在は必要不可欠です。彼女の危険を少しでも回避できるのであれば、そうするべきだと僕は思います」
言い切った。が、リリィは真剣な表情を崩さず黙ったままだった。何か変なことを言ってしまったのか、今の説明に重大な穴があったのかと不安になる。モネに助けを求めようかとさえ思ってしまったが、彼女は完全にリリィに判断を任せるようで、彼女の返答を待っていた。
実際はそれこそクロードが思考していた時間よりも少し長いくらいの沈黙だったが、ただ返答を待つしかない身には嫌に長く感じられた。
「あの、リリィさん?」
情けないことに、耐えきれなくなって彼女の名前を呼んで反応を窺ってしまう。そのことに自己嫌悪しかけたが、すぐに他の疑問で上書きされてしまった。名前を呼ばれたリリィが何故か焦ったかのように首を横に振ったのだ。
「ああ、いや違うんだ。悪かったよ、別にあんたの提案は問題ないんだ。完璧だと言いたいくらいだ。ただ……」
と、その先は声を小さく、濁すような響きで彼女は続けた。
「あの短い思考時間で、そこまでの結論を出せるものなのかねって。いや、今回に限った話じゃないのか……ロウとの戦闘、大図書館蔵書の暗記、戦況を読む力ってのはまさか――――」
ぶつぶつと何かを呟いては、リリィは考え込むように顔を伏せてしまった。
「あの、リリィ? 大丈夫ですの?」
心配したモネに覗きこまれ、ようやく平静を取り戻す。リリィは頬を叩くと、いつもの飄々とした笑顔を浮かべた。
「いやぁ、悪い悪い。変に考えるのは性に逢わない。慣れないことはするもんじゃないね」
とにかくモネの攻撃位置はクロードの案を採用するようだった。リリィがモネとクロードに、そして通信術符の向こうの部下たちに告げる。
「さぁて、じゃあおさらいだ。二番艦以下、十番艦までは広域に展開しながらひたすら砲撃。反応型障壁の無効化に努める。その間に旗艦はモネとクロードを攻撃位置まで送り届ける。反応型障壁が限界まで発動したら、モネが展開型を破壊。そして浮遊城に侵入だ。ま、流れとしてはこんなもんだ」
そこまで語るとリリィはパチン、パチン、パチンと指を三回鳴らした。するとその手に両脇と後ろを折り返した三角帽子が出現する。それを被り、角度や髪を気にしながら懐から煙管を取りだし口にくわえた。その姿はまさに美麗の女海賊と言ったところだ。画になりすぎてて、クロードは思わず感動してしまう。
「やっぱり、航海といえばこれだろう?」
「あなた意外と、形から入るタイプですものね……」
モネの苦笑に満面の笑みを返して、リリィは甲板の奥の操舵輪を握る。
「準備はいいかい? 野郎どもぉ!」
通信術符が震え、男たちの雄たけびを届ける。
「我ら海を征く者! 誇りを胸に大海へ挑む者!」
『我ら海を征く者! 大海へ挑む者!』
リリィの言葉に船員たちが一団となって答える。自らを鼓舞するため、仲間の背中を叩くため、語られる言葉は叫びとなって大気を震わす。
「人のため、誰かのため、女のため! 敗者の誇りを胸に届かぬ高みへ手を伸ばした阿呆がいる! 一国の王を前に、一歩も引かなかった馬鹿がいる! そいつは夢を征く者だ。理想へと挑む者だ!」
『ならば我らは道を作ろう!』
『阿呆のために届かせよう!』
『馬鹿のために至らせよう!』
『何故なら我ら海を征く者! 大海へ挑み、道を切り開く者!』
「然ぁり! お前らは海を征く阿呆だ! 大海へ挑む大馬鹿者だ! だからあたしが保障する、お前らの手に掴めないものはない! 大海を征き、空さえも海とする我らに至れぬ位置などありはしない!」
『うおおおおおおおおお!』
雄たけび。男たちの気迫が最高潮へと達する。そのことに満足したのか、リリィはにんまりと笑うと浮遊城を指差して告げた。
「さあ、行くぞお前たち! 立ち止まるな、振り返るな! 帆を張れぇ! 出航だぁああああ!」




