表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/54

古代種「エンシェントドラゴン」

 耳をつんざくような、キリキリとした声が鼓膜を刺激する。強烈な不快感から思わず目をつむってしまいそうになるのを、クロードは必死に耐える。リリィから受け取った二つの術符の束。そのそれぞれを切り取って重ね合わせる。そうすることで術符は刻まれた魔法を発動させる。不快な鳴き声と共にクロードたちの周囲を飛び回る小竜に重ねた術符を向ける。すると術符からオレンジ色をした火球が飛び出す。それはまっすぐに飛んでいき、一匹の小竜にぶつかると共に炸裂。数匹を巻き込む炎を散らす。

 最初はリリィの操るグリフォン――〝ぐりぐり〟の竜にも引けを取らない飛翔速度と旋回性能に翻弄されて彼女の腰にしがみ付くのが精いっぱいだったが、慣れてくれば揺れる視界の中でも狙いを定められる程度にはなった。炸裂する炎の範囲も理解したので、今のように一度に数匹を仕留められることもできるようになった。

 だが、そうして苦戦するクロードを尻目に、リリィは手綱を口にくわえ、右手に剣を左手に銃を握って、クロードよりも多くの竜を一度に相手にして落としていく。

「追い風ぇ!」

 そう叫び、剣を振う。すると剣に刻まれた術式が光を帯びて発動。暴風のような風を巻き起こす。暴風の中はカマイタチがいくつも発生していて、巻き込まれた竜はあっという間に全身を切り刻まれる。その一撃は数え切れないほどの小竜をミンチ同然にし、中竜の首を落とす。

 銃の引き金を引けば、軽い発砲音と共に弾丸が発射される。そこまでは普通の銃だったが、着弾と同時に弾丸はいくつもの鎖となって竜の全身を締め付ける。それも拘束するだけではない。締め付けの力は骨を折り、肉をつぶし、そのまま竜を絞め殺してしまうのだ。

 二つの魔法武装に、時々呟かれる詠唱による簡単な魔法を織り交ぜながら、リリィは竜の軍勢を圧倒していた。さらに伝心の手綱はリリィの意思を正確に〝ぐりぐり〟に伝え、ひしめき合う竜の間を縫うように駆け巡る。

 正直な話をすれば、この場でクロードにできることなど何もなかった。リリィと〝ぐりぐり〟のコンビならば、クロードがわざわざ借り物の術符で手伝いなどせずとも、竜を相手に互角の戦いを見せるだろう。だが、リリィは前方の相手だけと戦い、背中を襲う竜には全く応戦しようとしない。『頼りにしてるよ』という言葉のままに、リリィは背中を完全にクロードに預けて決して後ろを向こうとしないのだ。気付いていないわけがないだろうに、頑なに背中の敵を相手にしようとしない。

 背中は任せたと、そう言っているのだ。

 こうなってしまってはクロードも必死にならざるを得ない。自分が負けて傷つくだけならば、仕方ないことだと割り切れる。だが、今自分がやられるということは、リリィまで傷つくことと同義だ。騎士団の隊長格であり、危険な外海への遠征を任される赤薔薇艦隊の船長が、自分のせいで傷ついたと、自分を信じたせいで傷ついたと、そんな不名誉なことは許されない。クロードの意地、何より彼女の誇りを守るためにも、この位置は死守しなくてはならない。

 幸いにも、モネの方を離れてこちらに群がってくるのは小竜や数匹の中竜だけだった。リリィから渡された大量の術符があれば相手にできないわけではない。殲滅はできないが、リリィの背中だけは守らなくては。

 強烈な重圧。感じたこともないプレッシャーに苛まれながら、しかしクロードは同時に高揚と喜びも感じていた。それはロウとの決闘の時に感じた思いに似ていた。こちらを対等に見てくれた。例え実力で劣っていても、同じ位置で戦ってくれた。そして今は騎士団の隊長格に背中を任されている。それに値するだけの人物だと認めてくれたのか。

 いや、違うか……。

 心に浮かんだ答えを否定する。リリィはきっと、そうは言わない。彼女ならきっと――

『守って見せろよ、クロ坊』

 そう言うはずだ。自分を認めさせてみろと、微笑と共に言っただろう。

 なら、僕はそれに応えるんだ。

 彼女の期待に応えよう。何度も己を裏切ったクロードだったが、その期待を裏切ってはいけないと、そう思ったのだ。

 視線を上げれば、中竜が巨大な口を広げてこちらへ飛び込んでくる。クロードは術符の束からそれぞれ二枚ずつ取り出すと、まず一組を重ね合わせる。今度は向きを逆方向にして風の魔術を発動させる。球体となったそれがまっすぐに中竜めがけて飛んでいくと炸裂し、その動きを一瞬止める。その瞬間、開いた口めがけてもう一組の術符から火球を発生さえて打ち出す。炸裂する火球を口の中へ放り込まれた中竜は喉を爆発させて絶命する。

 いかにリリィが作成した術符であっても、中竜の硬い鱗の前には無力だ。狙うなら、目玉か口の中。それか比較的やわらかな腹部の部分。それ以外に当てても意味はなかった。

「なあ、おいクロ坊!」

 次々と飛び込んでくる小竜に対処しながら、リリィがこちらを振り向くことなく叫ぶようにクロードを呼んだ。

「モネの奴、随分調子よさそうだね!」

 言われ、姉の方へと視線を向ける。そこには先程変わらず、竜の軍勢を相手に無双とも言える活躍を見せるモネの姿があった。竜たちもなんとかモネと対抗しようと様々な動きを見せるが、どれも彼女を傷つけるには至らない。むしろそうして想定外の動きを見せる度に、モネの動きは洗練されていくように思えた。

「あのまま、全部ぶっ殺しちまいそうな勢いじゃないかい?」

「そう、ですね」

 頷く。確かに、今のモネの調子を見れば竜種など彼女の前では相手にもならないのだとわかった。王国最強の騎士の名は伊達ではないのだ。

 そのことに安堵するクロード。だが、リリィは全く違う感想を漏らした。

「――おかしい」

 おかしい? 一体、何がおかしいというのだろう。

 全て上手く言っているはずだ。モネは竜の軍勢を相手に圧倒している。それは喜ぶべきことじゃないのかと、クロードは少しムキになって訴えるが、リリィは首を振ってそれを否定した。

「おかしいさ。上手くいきすぎている。こんなに上手くいくはずがないんだ」

「どうしてそう言えるんですか?」

「あたしじゃない。言ったのはモネだ。あんただって聞いていただろう?」

 二匹の中竜が口から火を噴き、こちらを燃やそうとしてきた。ぐりぐりを急上昇させてそれを避けると、さらに急降下。中竜の横を通り過ぎる際にリリィは剣を振い、首を見事に切断してみせた。

 鮮やかな動きを見せながらも、リリィは不審そうな口調で語る。

「竜の軍勢を相手に『勝てない』と、そう言ったのはモネだよ? そのモネが今、竜の軍勢を相手に圧倒している。無双と言っていいくらいだ」

 そいつはおかしい、とリリィはここで初めてクロードを振り返ってみた。彼女の表情は想像以上に深刻そうで、クロードはようやく不安を知覚する。

「モネはね、あの子はまあアホだけど……やっぱり天才なんだよ。理屈じゃなく、感性で理解する。そんな奴が迷いもなく勝てないって言ったんだ。このまま終わる、なんてことはあり得ない」

 きっとまだ何かあるよ、とリリィはクロードにその〝何か〟を警戒するよう告げた。なんだかわからないものを警戒しろと言われ、クロードは困惑しながらもとにかく今以上に周囲をよく見るようにした。

 それで、何ができるとも思わないけど……。

「八体目!」

 浮遊城を真横にした上空。自らを取り囲むように襲い来る竜たちを薙ぎ払いながら、王国最強の騎士モネは八体目の大型竜を討伐したことを叫んだ。

 剣を振るい、身を振るい、髪を振るう。

 その度に蒼の炎は吹き荒れ、いくつもの竜を飲み込み灰へと還す。

「九体!」

 竜の軍勢の攻撃は段々とパターンを変え、様々な方法を持ってモネに襲い来る。だが、その全てを彼女は圧倒的な力を持って叩き伏せた。相変わらず小竜たちは壁となりモネの攻撃から大型竜を守っていたが、何度も彼らに攻撃を防がれる内にモネは炎の操作のコツや首を切り落とすための最適な角度や力の方向を学習した。結果、八体を超える頃にはすでに小竜のその身を呈した肉壁すらも彼女の前では意味をなさなくなってしまっていた。

「十、十一!」

 本来なら、数で劣るモネの方が、竜の軍勢を前に消耗戦を強いられ疲弊していくはずだったが、彼女は疲弊するどころか竜たちとの戦闘から多くのことを学び、吸収していくことで、むしろその勢いをさらに強めていった。

 モネは戦闘の中で成長し、強くなっている。無限にも思える竜の軍勢は彼女にとって経験を積む格好の場となっていた。多くの竜が彼女に群がる。だが、それは青騎士レヴァンテインをより最強へと至らせる結果にしかならなかった。

 未だに、彼女はその体に傷を一つも負っていないのだ。

 竜の牙は、モネのもとまで届かない。

「十二、十三、十四! まだいますの!?」

 戦場を縦横無尽に舞い踊る姿こそ優美ではあったが、さすがに十体以上も大型竜と戦えば嫌にもなった。彼らを倒すたび、また回りの小竜や中竜を薙ぎ払う度に彼らが発する耳を貫くような断末魔の存在も、彼女のストレスに大きく関わっていた。

 あと何体倒せばいいのか。そろそろ諦めてくれないものかと、そう思っていた――その時だ。

 竜たちが今までのどの声とも違う、唸るような咆哮を発した。そして全ての竜が踵を返し、モネとは逆の方へ移動していく。

「……竜の巣に帰っていく?」

 今まさにモネへと牙を届かせようとしていた大型竜も同様に、全ての竜がもといた巣を目指して飛んでいく。その様子はまるで、必死にモネから逃げているようにも見えて滑稽でもあった。

 本当に諦めましたの……?

 そんなはずはない、とモネは一瞬だけ心に浮かんでしまった安堵を否定した。接近部隊救出のために、初めて竜の軍勢と戦った時のあの嫌な感覚は今もまだ消えていない。強いとか、弱いとか、それ以前の問題として、モネは殆ど直感的に彼らの異常さを見抜いている。それに生き残るための最適を選ばなければならない防衛機能によって彼らが動いているとしたら、勝てないからといって諦めるはずがない。

「そう、彼らが退いたのなら、その理由があるはずですわ」

 退かなければならない。それを最適とした理由が必ずある。

 まだ、終わっていないと自身の勘が告げる。

 そして存外に早くその〝理由〟は姿を見せた。

 最初にそいつを目にした時、モネが抱いた感情は得体のしれないものに背筋を撫でられるような強烈な不快感だった。生理的な、いやもっと原始的な生命としての嫌悪がモネの内から湧いて出る。王国最強の青騎士レヴァンテインが一目見ただけで震えあがった。

 それは鱗のない竜だった。

 体の大きさは今までのどの竜よりも大きい。浮遊城の存在があるために、最初は錯覚しそうになるが、小さな山など一跨ぎで越えてしまいそうな大きさを持っている。体表はぶよぶよとした皮そのままで、鱗はおろか体毛の一本すら生えていない。でっぷりと膨らんだ腹が呼吸と共に波打って、モネの嫌悪を加速させた。

 ガラス球を無理やり嵌めこんだかのような瞳が〝ぎょろり〟と回ってモネを見た。

「ひっ……!」

 詰まりそうになる喉から反射的に声を漏らしてしまう。悲鳴にすらならない、あまりに情けないその声はモネの内の嫌悪と不快と――そしてなにより恐怖の表れだった。

 わたくしが、敵を前にして怯えていますの……?

 あれは敵だ。例えどんな理由があっても味方にはなれないだろうし、それがどれだけ罪深いことだったとしても、あれは〝殺さなくちゃいけない〟気がした。

 途端に、体温が下がったように感じた。

「気持ち、悪い」

 ようやく絞り出たのは不快をあらわにした震え声だった。

「なんだい、ありゃあ……」

 リリィの呟きは耳まで届いていた。だが、その言葉に反応を返すことがクロードにはできなかった。

 竜たちが突然撤退を始めたかと思うと、次に出てきたのは今まで見たどの竜種とも違う巨大な竜だった。不快や嫌悪といった感情をそのまま形にしたかのような姿をしたその竜は、のそのそと竜の巣から顔を出して、体と同じように一切の鱗も体毛も存在しない惨めな翼を動かし空へと躍り出た。

 竜たちが消え去り、風の音だけしかしなくなった空の上。その竜に睨まれ、小さく悲鳴のような声をモネがあげたのをクロードは聞き逃さなかった。それをかっこ悪いなどとは思わない。王国最強の癖に情けないなど、そんなことは思うはずがなかった。むしろクロードは自分の姉の気丈さを誇りに思ったくらいだ。自分ならきっと、取り乱している。泣いて喚いて叫んで、そして逃げ出している。あの竜がモネだけを標的にしているようだから、今の自分は耐えられているようなものだ。もし、あの視線が自分を射ぬくと思うと、それだけで震えが止まらない。

 強烈な不快感。圧倒的な恐怖。どうにもならない、嫌悪。

 そんなものの体現があの竜なのだと、クロードはそう思った。

 だけど……。

「どこかで、見たことがある……?」

 何故だか、あの竜にクロードは見覚えがあった。いや、実際に見たことはないだろう。あんな〝気持ちの悪い〟竜に出会って、それを忘れられるはずがない。そもそも竜種を見たのが、今日が初めてだった。

 だからきっと、間接的な接触だ。そこで一番に思いつくのはアルケミアの大図書館の文献だ。集中し、己の中の記憶をあらためていく。その時感じた温度、紙の匂い、表紙の質感。あらゆるものを連鎖的に挙げて、竜種の記述を思い出していく。

 そして思い至る。ある一つの可能性に。

「まさか! あれが、そんな……そんなことって……」

 漏らした声が聞こえていたのか、リリィが切羽詰まった様子でこちらを振り返る。

「どうした!? 何がまさかなんだ!?」

 それは知っているのか? という意味を含んだ言葉だった。

 確かに可能性は見つけた。だが、それはあってはならない可能性だった。

「あれは古代種――――エンシェントドラゴンです」

「……どういうことさ。あたしも聞いたことないよ、エンシェントドラゴンなんて」

 それも当然だった。古代種は今はもう存在しない、絶滅してしまった種の総称であり、現時点ではこの世に存在するはずがない生き物だからだ。そんなものの名前をいくつも覚えている人物など、専門家を除けばそうはいない。大図書館の蔵書を全て読破したクロードでさえ、数匹しか覚えていない。その特徴や生態を覚えているものなどたった一匹だけだ。

 そのたった一つがまさに、今クロードの視界の中で生きているエンシェントドラゴンだったのだ。

「でも、あれが存在するはずがない……していいはずがない!」

 クロードは声を荒げる。あり得ないとする現実を前に感情が昂ってしまっている。

「落ちつきな、クロ坊。まだ竜種たちがどんな魔法で生成されているのかはわからないけど、古代種は結局、今はいないってだけの生物だ。絶対に存在しないってことはないだろうよ」

「……違うんです」

 首を横に振る。

 そうではない。そうではないのだ。

「絶対に、存在しないんです。だって、エンシェントドラゴンは――その存在は嘘だったんですから」

 とある文献に記載された空想上の怪物。それがエンシェントドラゴンの正体だった。どれだけ歴史を遡ろうと、実在なんてしていない。どこかの誰かがもっともらしく書いたその怪物を後の学者が実在した竜種なのだと勘違いした。その結果、長い間本当に実在していたかのように語られていたのだ。

 机上の怪物。

 そんな仇名とエピソードに興味をひかれたから、クロードは古代種の中でもエンシェントドラゴンの存在だけは強く印象に残っていたのだ。

「厳密には古代種ではないんですけど……。だけど、存在するはずない。一度だって実在しなかった伝説の竜が、どうして……」

「とにかくだ!」

 困惑するクロードの頬を掴んで、リリィは怒鳴るように叫んだ。

「あり得ないことかもしれないけど、今実際にその伝説の竜はあたしたちの前に姿を現した。机上の怪物だかなんだか知らないけどね、この現実だけは本物さ。違うかい?」

 だから教えろ、とリリィは言った。

「あんたが調べて、知ったこと全部。あいつに対抗するために、あたしと、それとモネに教えな。あんたが必死で身に付けた知識を使うチャンスは今なんだよ。だからシャキッとするんだよ!」

 いつの間にか、自分は彼女に励まされていたのだと知り、クロードは慌てて頷いた。そして昂る感情を無理やり抑えつけながら「はい」と、応える。

 リリィは笑った。いつもの飄々とした笑みを浮かべて、再び前を向く。

 ……そうだ。馬鹿みたいに混乱している場合じゃない。今は、この現実に立ち向かわないと。

 そうしないと、オルタナのところへは辿りつけないと、クロードは己を鼓舞する。

「…………エンシェントドラゴンはその架空の歴史上、唯一神へ反逆した生物です」

 神への反逆。万物のその全てであり、世界そのものである神への反逆。それは世界の否定を意味する。

「神へ反逆し、その体から鱗を奪われた堕ちた竜種。それがエンシェントドラゴン。奴の特性は〝否定〟。神の御身であるルーンによって創造された全てのものを否定します。人間の体もルーンでできているから、僕らも否定されてしまう。気を付けてください! 奴の放つ瘴気に触れれば存在そのものを壊されてしまいます!」

「……なんだい。大層なナリをしているかと思えば、それにふさわしいだけの化け物じゃないかい。――――おい、モネ! 聞こえてたかい!?」

 リリィが声を上げる先。少し離れた空にモネは立っている。

「あんたの弟が貴重な情報持ってきたんだ! いっちょやっちまいな!」

 モネが振りかえる。その顔を見て、クロードはエンシェントドラゴンを目にした時以上の驚きを覚えた。それは心臓を殴りつけられるかのような衝撃だった。

 顔面蒼白。今のモネを現すにはその一言が正しいだろう。真っ青になってしまった顔は恐怖に震え、体は委縮して縮こまってしまっている。誰よりも強いのだと、そう信じて疑わなかった自分の姉。彼女のあまりに弱く情けないその姿を、クロードは初めて見たような気がした。

「――――姉さん!」

 気がつくと、先程までモネからは遠く離れていたはずのエンシェントドラゴンが彼女の真後ろに迫っていた。モネがこちらを振り返った。自分から視線を外した瞬間を奴は逃さなかったのだ。瞬間移動とも思えるような速度でモネの後ろを取ると、その口を大きく開く。にちゃあ、と白濁した涎が流れ落ちると共に、牙どころか歯の一本もない不気味な口内があらわになる。

 気味の悪い大顎がモネを噛みつぶさんと狙う。

 見たこともない姉の姿に気を取られてエンシェントドラゴンへの反応が遅れてしまったクロードのように。モネもまた、怯えるがあまり回避が遅れてしまう。殆ど本能的な動きでモネは奴の噛みつきから逃れようとするが、ほんの少しだけ間に合わなかった。

「姉さぁああああああああん!」

 クロードの目の前で、モネの片腕が机上の怪物の口に飲み込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ