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神様の思召すまま  作者: 輝血鬼灯
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8.神様の思召すまま

 ようやくイシャルーの神殿についた。

 いくつかの荷は奪われ、盗賊に掴まれたあの女性のように軽い怪我を負った者もいたが全体的に今回の隊商の被害は奇跡のように少なかったと、シェイとラウズフィールの二人はいたく感謝されて、たっぷり礼金ももらった。

 そしてシェイの、村を出て初めての旅は終わろうとしている。

「なぁ、ここにいろよ。ちゃんと待っててくれよ」

 神殿には月の民として荷物を奉納しに行くので、シェイしか入れない。ラウズフィールはその間外で待っているよう、何度も何度もシェイに誓わせられた。

 シェイの姿が神殿に消える。それを見送り、ラウズフィールは立ち上がった。

「行くのですか? あの少年と何か約束をしていたのではないですか?」

 ここまで一緒だった隊商の一人が声をかけてくるが、ラウズフィールは笑顔で誤魔化して別れを言った。 

 前世の恋人を探すラウズフィールの旅はようやく終わり、そしてここから始まる。今度は本当に終わりもあてもない旅が。

 本当は前世で姫君だったシェルシィラの生まれ変わりが男であったことに対し、ラウズフィールとて何も感じていないわけではなかった。

 神様、これなんか間違ってない?

 魔王が神に問うのも願うのもどうかと思うが、今は人間なのだからそれも別にいいだろう。しかしその思いは、共に旅をするうちに消えた。

 シェイ。彼は確かにシェルシィラの生まれ変わりで、彼女の魂を受け継ぐ者だった。姿形が違っても、性別や名前が違っても、内面は変わらない。かつて魔王ラウズフィールが愛したシェルシィラ姫だ。

 けれど同時にラウズフィールは気づいてしまったのだ。

 これまでネリアや両親、周囲の人々を傷つけないために魔王の魂の暴走を封じられるシェルシィラの魂を持つ者を探していた自分は、相手の都合など何も考えていなかった。

 運命など信じてはいない。都合のよい偶然や奇跡などあるわけはない。

 シェイが男で、最初にラウズフィールを拒絶してはっきりとシェルシィラと彼が違う人間であるということを示したことで、ようやくラウズフィールはそれがわかった。前世がどうであろうと、今の自分は自分。それに振りまわされるなど滑稽なことだ。

 だからシェイとは離れるべきだろう。お姫様と魔王ではなく男同士として生まれた時点で、もう前世の関係や縁など意味がないのだ。ラウズフィールが魔王の魂を鎮めたいだけにシェイを利用するのは、シェイにとって不幸だ。

 今はシェルシィラの生まれ変わりとしてではない、彼女の魂を持ちながらもシェイとして生きる彼自身を知ってしまったからこそ、幸せになってほしいと思う。

「ありがとう、シェイ」

 そしてさよなら。

 ラウズフィールは砂漠の神殿に背を向けて、その場を後にした。


 ◆◆◆◆◆


「あ、あ、あ、あの馬鹿――!!」

 休憩をとっていた隊商の人々が見たのは、神殿を出た途端そんな風に一人叫ぶ少年の姿だった。

「待ってろって言ったのに! 僕に黙って姿を消すなんて!」

 内心こんなことになるだろうとは思っていたが、予想が当たってもまったく嬉しくはなく、腹が立つ。シェイは隊商の男の一人に声をかけた。

「おじさん! 僕と一緒にいたあの黒髪どこに行った?!」

「あ、あっちの方だったよ」

「ありがとう!」

 荷車を神殿に引き渡し、身軽になったシェイはすぐさま男の告げた方角へ走り出した。

「あの馬鹿、あの馬鹿、あの馬鹿!」

 口の中では黙って姿を消したラウズフィールに対する悪態が後をつきない。

 彼の事だからどうせ、魔王の生まれ変わりである自分が傍にいればシェイを傷つけるとでも思ったのだろう。彼の婚約者であるネリアを自ら遠ざけたように。

 異端者が人の間で忌避されるということは想像に難くない。シェイにはラウズフィールのような特別な力も体質もないが、族長の息子でありながら異母弟の方が優れているとして、ずっと遠巻きにされてきたからそのくらいわかる。

 ラウズフィールは普段お茶らけているように見えて、本当は臆病な奴なのだ。まだ出会って間もないシェイを、そんなくだらない理由で遠ざけるくらいには。

 最初はシェイが姫君の生まれ変わりなどと言って、鬱陶しいくらいにひっついていたくせに。ディナのことだってある。彼は恩を売るだけ売って姿を消してしまった。

 シェイにとっては、まだこれからだと言うのに。

 大体の事情を聞いたくらいで、ラウズフィール自身が何を考えているのかを彼の口から聞いていない。もっともっと彼と、彼に、二人で話したいことがたくさんある。

「運命の相手だって、自分で言ったくせに」

 シェイには前世のことなどわからない。ラウズフィールが魔王でシェルシィラがただの人間だったからか、シェイにはやはりラウズフィールが魔王だと聞いても、何の感慨もわかない。運命だなんてわけのわからないものは感じられない。

 ただ、一緒にいたいと、そう思うから彼を追いかける。これが神の意図だと言うのならば、それはおそらく間違ってはいなかったのだろう。

 魔王ラウズフィールとシェルシィラ姫の物語は悲劇として幕を閉じた。だがシェイは、自分たちまでもそれをなぞる気はない。自分はシェルシィラ姫ではなく、ラウズフィールもまた、魔王ではないのだから。

 神殿への「おつかい」は終わった。その後は好きにしろと族長である父にも言われている。ありがたく言葉に甘えよう。あの青年を追うために。何をとってもぱっとしない自分の、唯一の取り柄は諦めの悪さくらいだ。

 シェイの旅はここで終わり、ここから始まるのだ。

 シェルシィラの生まれ変わりではない、ただのシェイという一人の人間の旅が始まる。


 ◆◆◆◆◆


 月の民の集落へ、いつもの鳥を使って手紙が届けられた。

「どなたからです?」

 絨毯作りをやめて集落へと戻ってきたディナが、族長の嬉しいような悲しいような、何とも言えない顔を見て思わず声をかけた。

「ディナ。シェイからの手紙だ」

「まぁ、シェイからの? 何て書いてあったのですか?」

 二人が話しているところに、ちょうど村の占い婆がやってきた。婆はちょうど手紙を読み上げるところだった族長と、声を合わせて告げた。


「“運命に出会ってしまった”と」


 だからシェイは村には戻らない。それを聞いて、ディナはくすくすと楽しそうに笑った。

「二人とも、いつまでも幸せにね」


 それもきっと、神様の思召しなのだろうから。



 了.


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