プロローグ 行き止まりのその先へ
遠回りの人生だった―――
幼いころから漠然と感じていた行き止まりのようなもの。
経験してきた、あるいはするはずだった人としての幸福、挫折、感動、生離死別。
大好きだったゲームをやりつくしてこっから先はただの自己満足の作業になってしまうと悟ってしまった
ときのような虚しさ。
行き止まりを知っているのに知らないふりをしてする遠回り
それが野上秋が思うこの先の人生だった。
「なんかもう....飽きたな。」
心からに言葉だった。
秋は子供のころからどうしようもない孤独を感じていた。
決して家庭環境が悪かったわけではない、父こそいなかったが、母、祖母祖父、姉がいてにぎやかな家庭だったと思う。十分に愛されていた。
問題があったのは秋自身だろう。
幼い時分に秋はわけもわからず泣き出したことがあった。大人になった今でもなぜなのか言語化できないのは幼いゆえの感情の発露だったのだろう。
秋は普通の子供よりかなり感受性が豊かだったのだと思う。
泣き出した秋に気づいて姉がやってきて抱きしめて慰めた。姉だって幼かったはずなのにいいお姉ちゃんだったのだろう。
「お母さんがいなくて寂しいんだね、大丈夫。」
姉のやさしい言葉を聞いたとき秋は自分の中に生まれた感情に気づいた
――こんなもんか、、、
ひどく冷めた感情だった
わけもわからず泣いているような子供とは思えない感情。はっきりとした軽蔑。
幼い秋はそのひどく冷たい感情の主から知ってしまった『他人』という存在を。
抱きしめられる無条件の愛情よりも早く『他人』がどういう生き物なのかを自分の中の冷めた自分から
理解してしまった
そんなひどく冷たい感情の正体をいろんな経験を飛ばして知ってしまった秋は愛情を受け取る器が
その時に壊れてしまったのかもしれない。
二重人格というものでなく、一種の脅迫観念のようなソイツは秋を生きてくうえでずっと責め続けた
目の前にごみが落ちていれば
――お前は見て見ぬふりをする側の人間か―― と言われ通り過ぎることはできなかった。
クラスでひとりぼっちの子がいればまた心の中で例の声が響き、仲良くなった。
だから秋はどれだけ正しくあろうとしても自分への評価は『偽善者』に他ならなかった
そうして秋は自分自身に苦しめられ続けた。
クラスのひとりぼっちだった子が自殺未遂をしたときも
飼っていた子猫が死んだときも
大好きだった祖母が死んだときも
――おまえのせいだ
――お前なら助けられたはずだ
――お前ならオマエナラおまえなら
――俺なら.......
振り返れば秋は誰も救えずただ自分を軽蔑しもがくような人生だった
そうして秋は行き止まりにぶつかり、22歳で仕事もやめて実家に帰り、2~3年ただぼんやり生きていた。
そうして暗くなった部屋で過去を振り返っている秋が横たわっているベッドは
まるで小舟のようだった。
その下は海になっていて降りることもできず、ただただ漂っているような――そんな錯覚
そんな夜の海のカーテンの隙間から月がのぞいていた。
こっそりと会いに来てくれたような愛嬌のある光に心が救われた。
どれだけ生きる気力を失っても月がきれいだと思えるこころに驚かされる。
月の光に照らされ、小舟がベッドに戻り、見慣れた部屋に足を降ろし立ち上がってカーテンを開く。
息をのむほどきれいな満月だった――
部屋着に適当にデニムジャケットを羽織り、外に出ると
窓から見たそのままの月が迎えてくれた。
夜風が心地よく吹いている
庭の石畳にそのまま胡坐をかくと飼ってる猫寄ってきて足の間に落ち着いた。
足から伝わる我が物の顔の毛玉がじんわり温かい。
ただあるがまま屈託なく寄り添ってくれる猫に人間にはない愛を感じた
愛とはただ寄り添うことではないか?
とらしくないことを考えるくらいに感傷にふけっていた
人生の最期はきっとこんな夜がいい。
身勝手に今この時間を止めてしまいたい
山のほうから鹿の鳴き声がしてふと目を向けると山の向こうがうっすら明るい。
スマホの時刻に目をやると4:44と表示されていた。
どうやら山の向こうは夜明けの光らしい。
そのとき
胸がどっと痛んだ。
胡坐の上の猫が飛び跳ねて唸り逃げていく。
風が吹き荒れて、木々が大きくしなる
身の危険をこれでもかと心臓が告げている
――ォオーーン――
どこからか狼の遠吠えが聞こえた気がして総身が粟立つ
すぐさま玄関にはいる。
――このまま逃げていいのか
傘立てに立ててあったバッドを握りしめて再び外に出た
穏やかな日常が非日常に切り替わるのを感じる。
「はじめっ!」
猫の名前を呼ぶ。
「え.....」
突然足場がなくなったかのような感覚に声が漏れる
体が一瞬の浮遊感に硬直する。
月が視界に入る
月の周りの星がタイムラプスのように月を囲んで円を作っていた
世界から野上秋が消失した




