008 鉱都ブレイザム
筋トレの如き地道な活動が功を奏して、〈筋肉応援団〉はすっかり有名になった。
おかげさまで依頼は殺到し、ギルドメンバーも増加の一途を辿っている。
受付嬢のリリナは忙殺されているが、近頃は筋肉がついてきたのか余裕がありそうだ。
だが、人が増えたことによる問題もあった。
些事はリリナに丸投げすればいいが、彼女では解決できないこともある。
とりわけ多いのが、『ミレイユ団長はカイを贔屓している』という苦情だ。
将来有望なカイを一人前にすべく、私は頻繁に彼に大事な依頼を任せている。
そして、問題があっても対処できるように同行していた。
その点が、多くのギルドメンバーから反感を買っているのだ。
ということで、今回は老練な元Aランク冒険者のガストンを連れて現地入りしていた。
場所は――山麓の鉱都ブレイザム。
グレンデルから西へ二日の距離にあり、鉄と粉塵の匂いに包まれた街だ。
坑道の排気塔からは灰色の煙が立ち上り、街並みは薄く煤けて見える。
酸素濃度が気になって筋トレ向きとは言いがたい環境だが、高地トレーニングと思えば悪くない。
私たちが到着したその朝、主要坑道の入口は騒然としていた。
「おい! 誰か中に入れる奴はいねえか! 崩落で鉱山内に仲間が閉じ込められたんだぞ!」
煤で顔を真っ黒にした大男が、血走った目で叫んでいる。
坑夫頭領のゲルト・ブロンだ。
周りには屈強な坑夫たちが集まっているが、誰もが絶望して立ち尽くしている。
そしてその前には、制服姿の官吏たちが壁のように立ちはだかっていた。
「落ち着いてください、頭領。現在、坑内の岩盤は極めて不安定です」
冷静というより冷徹な声で告げたのは、迷宮調査院から派遣された男だ。
ユーリス・バルゼンという名で、ここにいる官吏集団の責任者を務めている。
「調査院としては二次被害の拡大が最も懸念されます。救助隊の安全が確保されるまで、立ち入り許可は出せません」
「ふざけんな! 待ってたら中の空気が尽きる! 俺たちだけで行く!」
「なりません。あなた方が巻き込まれれば、この鉱山の操業自体が止まります。感情で動かないでください」
正論ではある。
だが、現場の熱とは噛み合わない。
ユーリスの言葉では、ゲルトを止めきれないだろう。
「てめぇ……!」
ゲルトがユーリスの胸倉に手を伸ばす。
だが、横から割って入り、その手を止める女がいた。
「許可より命が先です。私たちが道を開けます」
そう、私だ。
「あ? なんだ? 女だからって容赦しねぇぞ?」
「酷い言い草ですね。私はあなたの依頼を受けてやってきたのですよ?」
「俺の依頼って……もしかして、あんたが〈筋肉応援団〉のミレイユか!」
「そうです」
「来てもらって悪いけど、女の助けなんざ受けねぇ。それにあんたの部下は爺さんじゃねぇか!」
これまた酷い言い草だが、ゲルトがそう言うのも無理はなかった。
私は正式な依頼でここにいるが、そもそも彼が依頼したのは別のギルドだったのだ。
そこのギルドマスターが投げ出したことで、ガルン――ギルド協会のグレンデル支部長――から私に声がかかった。
「ご安心ください。あなたが最初に依頼した魔法頼みの三流ギルドとは違い、我が〈筋肉応援団〉の筋肉は期待を裏切りません」
「ふん! 知ってるぞ。あんた、回復魔法が使えないんだろ? 怪我人を治せない聖女と老いぼれに何ができるんだよ!」
「やれやれ、弱い犬ほどよく吠えるとはこのことじゃな」
ガストンがため息をつく。
「なんだとぉ? ジジイ! てめぇ!」
「若造、ワシをただのジジイだと見くびるなよ?」
ガストンが拳を構える。
背筋がピンと伸びて、百戦錬磨の威圧感が漂っていた。
「ぐっ……」
これにはゲルトもビビって手が出せない。
「あなたが噂のミレイユ団長ですか。依頼で来られたということは、冒険者ギルドの人間として彼らと中に入るわけですね?」
「そうです。冒険者ギルドの人間……すなわち正式に認可された冒険者であれば、中に入ることが認められるはずです。そして、私たちの仕事ぶりを評価してもらうため、ゲルトさんにも同行していただきます」
ゲルトが「ふん」と鼻を鳴らす。
「そういうことであれば止めません。ですが、彼らの安全を保証できますか? もし二次災害が起きれば、あなたの責任問題になりますよ」
ユーリスが中指で眼鏡をくいっと上げる。
「保証します。筋肉は、無謀と勇気を区別できますから」
「……いいでしょう。では、私も同行し、記録を取らせてもらいます。よろしいですね?」
「もちろん。行きますよ、ガストンさん」
「おう!」
私、ガストン、ゲルト、ユーリスの四人で鉱山に入った。
◇
坑道の中は暗く、澱んだ空気が溜まっていた。
数十メートル進んだところで――。
「これですね」
――巨大な岩塊が現れた。
行く手を阻むそれこそが崩落現場だ。
「団長、聞こえるか? 岩の隙間から微かな風が漏れている」
ガストンが耳を澄ませる。
「聞こえます。完全には密閉されていない証拠です。速やかに作業を始めれば、生存の望みが高いです」
「そんなことはわかってんだよ!」
怒鳴ったのはゲルトだ。
冷静に話す私とガストンの姿に苛立ったのだろう。
「ゲルトさん、頭の筋肉が不足していますよ。もっと冷静になりましょう」
「頭の筋肉だぁ? 馬鹿じゃねぇのか? 頭に筋肉なんて――」
「ガストンさん、作業を開始しますよ。さっさと終わらせましょう」
私はゲルトの言葉を無視して、ガストンの背中に手を当てた。
「筋肉魔法〈マッスル・ワーク〉! さらに持久力を上げる〈マッスル・スタミナ〉!」
ガストンの体が魔力の光に覆われる。
「四つも魔法をかけてもらえるとは、今日はめでたいのう」
ガストンが嬉しそうに笑う。
四つというのは、〈マッスル・リコール〉と〈マッスル・セーフティ〉も含んだ数字だ。
リコールとセーフティは、グレンデルを発つときからかけていた。
「さあ、ガストンさん、いきますよ」
「了解じゃ!」
私とガストンは手分けして岩塊の撤去を開始した。
軽々と掴んで道を開いていく。
「おいおい、あの二人、マジで岩をどかしていってるぞ」
「信じられませんね……。これが〈筋肉応援団〉の団長、聖女ミレイユの力……!」
ゲルトとユーリスは愕然としていた。
「そ、そういえば、爺さんには魔法をかけていたが、あんた自身も魔法で強化しているのか? 使っているところは確認できなかったが……」
ゲルトがハッとした様子で尋ねてきた。
「いえ、私自身には魔法をかけていませんよ」
「じゃあ、どうやって巨大な岩を動かしているんだ?」
「決まっているじゃありませんか。筋肉ですよ」
「純粋な筋肉だけで、大男が束になっても持てない岩を持ち上げているっていうのかよ……!」
ゲルトは腰を抜かし、その場にへたりこんだ。
「ところでゲルトさん、撤去した岩は粉砕してもよろしいですか? 壁際に置いておくのも邪魔になると思うのですが」
「え? あ、ああ、かまわないが、どうやるんだ?」
「それはもちろん――」
私は撤去した岩に掌を当てて力を込めた。
ドカァンッ!
すると、岩が粉々に砕け散った。
「――筋肉を使います」
「ありえねぇ……!」
ゲルトが愕然とする。
「ワシも腕には自信があるほうじゃが、やっぱり団長にはかなわんな」
ガストンは「ふぉっふぉっふぉ」と笑っていた。
「助けてくれー! おーい!」
奥から声が聞こえる。
目の前の岩を撤去してもまだ自力で来ないところを見ると、奥でも崩落が起きているようだ。
「さあ、残りの作業も終わらせますよ」
「うむ!」
私とガストンが坑道の奥に向かう。
「どうして〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉が凋落しているのか、これではっきりしましたね」
ユーリスが納得したように呟いた。
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