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002 素手でワイバーン

 一口にギルドと言っても、やることは千差万別だ。

 討伐の斡旋に特化したところもあれば、商取引の仲介だけで食っているところもある。

 そして私の〈筋肉応援団〉は、そのどれとも少し違う。


 冒険者に仕事を回すだけでは足りない。

 仕事に同行して支援し、筋肉の素晴らしさを理解してもらう。

 また、有料での筋肉相談も受け付けている。


 こうした地道な営業努力で、着実に結果を示していく。

 そうすれば、いずれ口コミ等で評判が広まり、筋肉理論の正しさが証明される。

 さながら筋トレのようなものだ。


 そう思っていたのだが……。


 開店二日目。

 昨日に続いて今日も、元倉庫の〈筋肉応援団〉本部は閑散としていた。

 客が来る気配はなく、時間だけが無情にも過ぎていく。


 改装した簡素な受付で、リリナが退屈そうに頬杖をついている。

 彼女の視線は、虚空を彷徨う埃の粒子を追っていた。


「団長……本当に来るんでしょうか、お客さん」


 リリナが大きな瞳をさらに丸くし、不安げに私を見る。

 私は腕組みをしたまま、即席のカウンセリング用木箱に腰を下ろし、深く頷いた。


「来ます。筋肉を求める者は、本能でここに吸い寄せられるのです」


「それはどういう原理ですか……。あの〈ブラッディ・ナイトメアーズ〉に所属していた聖女様と聞いて『もしかしたら』と期待していたのに……」


 リリナが深いため息をついた、その時だ。

 入り口の扉が、遠慮がちにきしんだ音を立てた。


「あ、あの……すみません」


 隙間から顔を覗かせたのは、あどけなさの残る黒髪の少年だった。

 年齢は十八前後か。

 着古した革鎧に、手入れの行き届いていない安物の鉄剣。

 田舎から出てきたばかりの、典型的な新人冒険者だ。


 だが、私の目は誤魔化されない。

 彼の身のこなし、そして服の上からでも分かる体幹の軸。

 今は細身だが、鍛えれば良質な筋肉が育つ『原石』だ。


 リリナがバネ仕掛けのように飛び起きた。


「い、いらっしゃいませ! 初のお客様ですね! どうぞ、どうぞ中へ!」


 あまりの勢いに少年が引いている。

 私は努めて冷静を装い、彼に向き直った。


「ようこそ、〈筋肉応援団〉へ。強くなりたいのですね?」


「は、はい! 僕、カイ・アルベルトといいます! 聖女様のことは新聞で何度も見ていて、論文も読んだことがあります!」


「論文まで……素晴らしいですね」


「僕、筋肉魔法に興味があるんです! もっと強くなって、田舎の家族を楽にさせたいんです!」


 素直で真っ直ぐな動機だ。

 筋肉を鍛える理由として、これほど純粋なものはない。


「良いでしょう。あなたの筋肉には見込みがあります。筋肉で未来は変わりますよ」


「「本当ですか!?」」


 なぜかリリナまで驚いている。


「ええ。まずは実践です。ちょうどギルドから回ってきた街道整備の依頼があります。私の魔法の効果を、現場で体験してもらいましょう」


 ◇


 グレンデル郊外、西へ延びる街道。

 私とカイは、都市衛兵隊による街道パトロールに同行していた。


 依頼内容は、街道沿いに出没する小型害獣の駆除……の補助。

 新人研修のような地味な仕事だ。


「……で、なんで俺の隊に民間人がくっついてるんだ?」


 露骨に嫌そうな顔をしているのは、グレンデル衛兵隊長のヴァイス・ローデンだ。

 整えられた短髪に、隙のない鎧姿。

 いかにも堅物といった風貌で、その歩き方には無駄がない。

 現場で治安を守り続けてきた男の足だ。

 悪くない筋肉をしている。


「協力要請があったからです、隊長殿。新設ギルドとして、都市の治安には貢献したいと考えておりますので」


「口だけなら何とでも言える。足手まといになったら即刻置いていくからな」


 ヴァイスは冷たく言い放つと、前方を油断なく見据えた。

 カイが私の後ろで縮こまっている。


「だ、団長……衛兵さん、怖いです」


「安心してください、ただの筋肉差にすぎません。あなたが怖く感じるのは、筋肉不足だからです」


 私がカイを励ましていると、不意に風向きが変わった。

 生暖かい突風と共に、巨大な影が街道を覆う。

 上空から響く、鼓膜を裂くような金切り声。


 ヴァイスが血相を変えて叫んだ。


「総員散開ッ! 上だ!」


 雲間から急降下してきたのは、翼長五メートルはあろうかという飛竜だった。

 緑色の鱗に、凶悪な鉤爪。

 辺境における空の災厄――グレンデル・ワイバーンだ。


「チッ、なんでこんな街の近くに……! ワイバーンはBランクだぞ!」


 ヴァイスが焦った様子で言った。


「Bランク……大したことありませんね」


「強がりはよせ。下がっていろ!」


 ヴァイスが剣を抜くが、ワイバーンの速度は彼の予測を上回っていた。


 敵の標的は、逃げ遅れたカイだ。


「う、嘘だろ……あんなの勝てるわけない……!」


 カイが腰を抜かしたように動けなくなる。

 その瞳に、迫りくる死の爪が映っていた。


「いいえ、勝てます。問題ありません」


 私はカイの背後に滑り込み、その背中へ掌を叩きつけた。

 迷っている暇はない。

 言葉よりも先に、筋肉に理解させる。


「筋肉があれば、理不尽など捻じ伏せられます!」


 私の体内から練り上げられた魔力が、カイの体へ奔流となって流れ込む。

 筋肉魔法によって、出力の限界突破と神経伝達速度の超加速を可能にする。


「まずは〈マッスル・ブースト〉、そして〈マッスル・リフレックス〉!」


 ドクン。

 カイの鼓動が掌を通して伝わってくる。


 次の瞬間、カイの細身の体に異変が起きた。

 内側から膨れ上がる。

 普段使われていない筋繊維が強制的に覚醒し、眠っていた野生を呼び覚ます。


「う、おお……!? なんだこれ、体が熱い……力が、溢れてくるッ!」


 カイの目から恐怖が消え、代わりに強烈な全能感が宿る。

 ワイバーンが凄まじい速度で迫ってきているが、もはや関係ない。

 今の彼には、それが止まって見えているはずだ。


「行けますね?」


「は、はいッ!」


 カイが地面を蹴った。


 バヂィンッ!


 踏み込みの衝撃でカイのブーツの底が悲鳴を上げ、革鎧の袖が弾け飛ぶ。

 筋肉の急激な膨張に装備が追いついていない。


「うおおおおッ!」


 カイは武器を抜くことさえしなかった。

 いや、抜く必要がなかった。

 彼は本能のままに、極限まで強化された右の拳を、飛竜の鼻先へと叩き込んだのだ。


 ズドォォォォン!!


 まるで攻城槌が城門を破ったかのような轟音が響き渡った。

 数トンはあるワイバーンの巨体が中空で「く」の字に折れ、木の葉のように真横へ吹き飛ぶ。

 そのまま街道脇の岩場へ激突し、土煙を上げて沈黙する。

 一撃だった。


「……は?」


 ヴァイスが剣を構えたまま凍りついている。

 部下の衛兵たちも、口をぽかんと開けていた。

 土煙が晴れると、そこには半袖が破れて右腕を露出させたカイが、自分の拳を呆然と見つめて立っていた。

 ワイバーンの頭蓋は粉砕され、ピクリとも動かない。


「あの少年、素手でBランクのワイバーンを……?」


 ヴァイスの乾いた呟きが漏れる。

 カイ自身も、震える手を開いたり閉じたりしていた。


「す、すげえ……僕、やったのか……? 剣も使わずに、あんな化け物を……」


「当然です。筋肉は裏切りませんから」


 私はパンプアップして一回り大きくなったカイの三角筋をポンと叩いた。


「これが〈筋肉応援団〉の支援です。納得いただけましたか?」


 私が問いかけると、カイは涙目になりながら何度も頷いた。


「はい! 一生ついていきます、団長!」


「あ、あの、俺たちは何を報告すれば……」


 ヴァイスは困惑して立ち尽くしていた。

 彼や彼の部下たちを尻目に、私は街道の木陰に気配を感じて視線を向ける。


 そこには、新聞記者の女性がいた。

 ペンネ・クラウスという名で、過去にも何度か取材を受けたことがある。

 彼女は目を爛々と輝かせ、倒れたワイバーンと筋肉隆々になった新人冒険者を交互に見比べていた。


「……これ、とんでもないネタだわ! 『素手で飛竜殺し』? いや、『筋肉聖女の奇跡』? どっちにしても売れる!」


 ペンネのペンが紙の上を走っている。

 その姿を見て、私は口元を緩めた。


(今回の件は、明日の朝には広まっていそうね)


 そうなれば、ギルドの前には行列ができるはずだ。

 私のインナーマッスルは、ピクピク震えて喜んでいた。


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