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010 天敵たちの巣窟

 ヴァイスの部下たちは、ほとんど休むことなく患者を搬送していた。

 私は筋肉魔法を駆使し、衛兵を支援しつつ、応急処置として患者の身体を強化した。


「団長、水分と塩分を補給してください! こちらをどうぞ!」


 リリナも自分にできることをしようと駆け回っていた。

 一時は絶望に打ちひしがれていたエリクも――。


「大丈夫ですよ! ミレイユ団長のおかげで助かりますから!」


 患者に力強い言葉を投げかけていた。


 そんな状態に終止符が打たれたのは、東の空が白み始めた頃だ。

 すべての患者を搬送し終えたあと、しばらくの間、私たちは臨時診療所で待機していた。

 その場に残っているのは、私、リリナ、エリク、ヴァイスの四人だけだ。


「ヴァイス隊長!」


 一人の兵士が報告に戻ってきた。

 彼はヴァイスに耳打ちすると、踵を返して去っていった。


「今の報告は何だったのですか?」


 私が尋ねると、ヴァイスは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「我々が搬送した患者たちは、全員、適切な治療を受けて一命を取り留めたそうだ」


「「「おお!」」」


「それもひとえにミレイユ団長、あなたが筋肉魔法で搬送を可能にしてくれたおかげだ。やはり〈筋肉応援団〉は伊達じゃなかった」


 ヴァイスは「感謝する」と頭を下げた。


「私はギルド名のとおり、皆の筋肉を応援しただけにすぎません。すべては筋肉の万能性がもたらした結果ですよ」


「ふっ、相変わらずの筋肉聖女だな。では、以上をもって依頼完了とする。ミレイユ団長、リリナ、ご苦労だった」


 私は静かにうなずき、ヴァイスに背を向けた。


「あとで請求書をお送りしておきますねー!」


 そう言って、リリナが私に続いた。


「ミレイユ団長!」


 私たちが去ろうとしたとき、突然、エリクが大きな声を上げた。


「どうかしましたか? エリクさん」


 私が振り返ると、エリクは目に涙を浮かべていた。


「あなたは、回復魔法が使えなくても人を救いました。あなたは新しい形の聖女様です。祈りではなく、行動と汗で命をつなぐ……現場の聖女です! 感動しました!」


「ありがとうございます。筋肉があれば、どんな困難も乗り越えられる……私はそう信じています。ですから、エリクさんも筋トレに励んでくださいね」


「はい! これからは毎日筋トレします!」


「ちなみに〈筋肉応援団〉では、ミレイユ団長による筋肉相談も受け付けています! 有料ですが、受ける価値はありますよ! いつでも予約してくださいね!」


 ちゃっかりと宣伝するリリナ。

 実に立派な商魂だ。

 これも筋肉の成せる業だろう。


「それではお二方、おやすみなさい」


 ヴァイスとエリクに別れを告げて、私たちは診療所を後にした。


「今日はたくさん働きましたね、団長!」


「そうですね。これは久しぶりの筋肉痛に見舞われそうです」


「うげぇ、きついですね、それは……!」


「何を言っているのですか。筋肉痛は心地よくて素敵なものですよ」


「えー。だって、痛くて嫌じゃないですか!」


「まだまだ筋肉が足りていませんね。今度、あなたも筋肉相談を受けましょう」


「ひぃ!」


 こうして〈筋肉応援団〉は、また一つ実績を作るのだった。


 ◇


「リリナ、私が留守の間、よろしく頼みますよ」


「はい! 〈筋肉応援団〉の指揮はこのリリナにお任せください!」


 リリナとそんな会話を交わしてグレンデルを発ったのは、今から五日前のことだ。

 私は長旅の果てに、丘陵地帯に築かれた城塞都市に来ていた。


 光環正教(こうかんせいきょう)が誇る聖地の一つ――修道都市リゲル修院領。

 白亜の石壁に囲まれたこの街は、王国内でも屈指の「回復魔法」の拠点である。

 街を行き交うのは、修道服に身を包んだ聖職者か、救いを求めて巡礼に来た病人ばかり。


 光環正教は、王国でも屈指の宗教だ。

 教義の柱の一つは「癒やしは神意であり、回復こそ慈悲の最高形」というもの。

 私の建前上の登録先である聖務庁は、この宗教の権威を背景にしている。


 つまり、私にとっては最も近寄りたくない場所だ。

 そのせいか、空気そのものが香油の匂いと祈りの言葉で満ちていて、筋肉への冒涜すら感じる。


 だが、セルマからの依頼なので断れなかった。

 彼女の部下が運搬する寄進物資の護衛が、今回の任務だ。


 普段なら、依頼は現役の冒険者に丸投げしている。

 それがギルドマスターたる私の仕事だ。


 しかし、今回に限って対応できる冒険者がいなかった。

 他の依頼で手一杯だったため、やむなく私が直々に引き受けたわけだ。


「それにしても――」


 御者台の隣で、私は肩を回しながら呟いた。

 荷馬車には、小麦や毛布といった生活物資に加え、修道院へ奉納される巨大な青銅の鐘が積まれていた。


「――周囲の視線が痛いですね」


 未来の聖女候補たちが、すれ違いざまに私を睨んでくる。

 まるで汚物でも見るかのような目つきだ。


「このような神聖な場所に邪教徒が足を踏み入れるなんて……」


「おぞましいですわ……嗚呼、おぞましいですわ……」


 どうやら周囲の人間は、私が誰なのかを知っているようだ。

 筋肉を信奉しているだけで「邪教徒」認定とは酷い。

 心に余裕がないのは、筋肉が不足しているからだろう。

 たんぱく質の補給をおすすめしたい。


「あらあらあら? 何やら穢らわしい方がお見えですね」


 荷物の受け渡し場所である修道院の正門前――大階段の上に、一人の修道女が待ち受けていた。

 厳格そうな顔立ちで、修道服にも一切の乱れがない。

 他の修道女と違い、面と向かって私を口撃してくるこの女の名は――。


「シスター・マルガですか?」


 私が尋ねると、その修道女は「いかにも」とうなずいた。

 マルガは優雅な足取りで階段を下り、私の前までやってくると、こう言った。


「ミレイユ・アードラー。噂は聞いております。神から賜った聖女の位を剥奪され、王都を追放されてなお、辺境の都市で怪しげな筋肉崇拝を広めているそうですね」


「崇拝ではなく鍛錬です。筋肉の素晴らしさを説いています。あと、私は聖女の位を剥奪されてはいません。建前上は聖女のままです。そして、今回は商会の正式な依頼で来ました。荷受けのサインをお願いできますか?」


 私が伝票を差し出すと、マルガは「わかりました、ほな」とサインする――ことはなかった。

 なんと、伝票を無視して説教を始めたのだ。


「いいですか? 回復できぬ聖女は聖女にあらず。教義にもそう記されております。癒やしの手を持たぬ者が人を救うなどと……それは神への冒涜です」


 典型的な回復至上主義者だ。

 筋肉を軽視している光環正教の模範的な回答とも言える。

 彼女たちにとって、魔法は神の奇跡であり、汗水流して筋肉を動かすことは神罰に等しいのだ。


「よくありません。聖女を決めるのは聖務庁です。光環正教ではありません。また、光環正教の教義にあるのは、『回復は最高の慈悲』であり、『回復できぬ聖女は聖女にあらず』ではありません。それより、荷受けのサインをお願いできますか?」


 私は正論を返すと、伝票をさらに前へ押し出した。

 だが、マルガは納得せず、驚いたことに伝票を押し返してきた。


「そもそも、あなたがどうして聖女になれたのか不思議です。回復魔法を使えない者が聖女になるなど前代未聞であり、認められるはずがありません」


「シスター、あなたはどうやら頭の筋肉が不足しているようですね」


「なんですって!?」


 私はため息をついた。

 仕方ないので、聖女になるための方法を解説するとしよう。


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