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DAY:12/5 恋愛は自由記述式


 一日目のテストの終わり、ホームルームまでのガヤガヤとした時間。

 それぞれが違った表情を浮かべつつも、どことなく息のつまりそうな緊張感が和らいでいるように感じる。

 

(まぁ、あんま関係ねぇんだけどさ)


 正直なところ、テストに集中できていたとは言いづらい。

 というよりも、どちらかといえば一点集中しかできない俺の頭の容量は既にいっぱいいっぱいで、他の事を考えている余裕は最早無さそうだった。



「……最悪、来年がんばりゃあいいか」


「ふふっ。もう諦めたの?」



 そして、思わずごちてしまった独り言に反応を返してくる凛。

 その顔には明らかに余裕が見てとれて、羨ましい限りだと首を竦めて返す。



「まぁな」


「……勉強、教えてあげようか?」 


「また今度頼むよ。今は正直、目の前のことで手一杯だ」


「…………これこそ、目の前のことじゃないの?」


「確かにそうなんだろうが……もっと大事なことがあるから仕方ねぇよ」



 凛と柚葉。二人のことと比べたら、テストなんてどうでもいいと思える。

 社会人になってみて、勉強するということの意味を理解できた今でも。


(……見失うわけにはいかないよな)


 いつだって、俺は俺の価値観の中で生きてきた。

 誰も人生の責任なんて取ってくれない。

 だからこそ、自分が後悔しないために、自分のことは自分で決めていかなければいけないのだ。

 


「…………………………不器用だよね、ほんと」


「凛も同じだろ?」


「……そうかもね」


「絶対そうだって」


「……違うかもよ?」


「いや。俺を信じろ」


「ふふっ。なにそれ」

 


 今までと違う、影のない笑顔。

 それを見て、余計に自分の中で大事なことが重みを増していく。

 同時に、血反吐を吐くくらいの覚悟で、決断しなければいけないのだと思いも。



「……どうしたの?」


「あー……なんでもない」

 


 今はまだ。答えは出せない。

 あのラーメン屋で『大好きだ』と、そう伝えてきた凛に対して、相応しい答えを。

 だから、俺はどっちつかずの自分に腹を立てながらも、笑顔を返すのだ。

 心配するなと、俺は大丈夫だと伝えるように。


(……それが、俺の意地。きっと、二人には伝わってしまうんだろうけど)


 守りたい相手より、強く。

 たとえどれだけ内心悩んでいても。それこそ、泣きそうなほどに苦しくても、虚勢を張る。

 そういう生き方しか、俺にはできないから。

 


「……………………そっか」


「ああ」


「…………もしも、さ…………抱えられなくなったら、置いてってもいいからね」


「抱え続けるさ、何があっても。それが、凛の望む形にはならないかもしれないけど」

 

「…………………………」



 そもそも、ほとんど関係のなかった頃でも捨てることなんてできなかったのに、今の俺にそれができるわけなんてない。

 むしろ、何と言われても最後まで連れていく。

 手を引いても、尻を引っ叩いても、必ず。



「それに、凛はもっとわがままを言えばいいんだよ。置いてくなって怒っていいんだ」


「…………嫌にならない?面倒だって、思わない?」


「俺がそう思っててもいい。ぶつかってこいよ、ちゃんと」


「………………………………ありがとう」


「おう。ほら」


「……うん」



 そして、俺達はそっと拳を突き合せた。

 ぶつかり方を知らない凛が、怖がりながらも、初めの一歩を踏み出せるように。

 









◆◆◆◆◆








 朝の巻き戻しのように、並んで歩く帰り道。

 少しだけ拗ねたような顔をしている柚葉に苦笑しつつ、話しかける。



「……帰り、なんか食ってくか?」


「ふーんだ。ご機嫌取りは、いいですよーだ」



 柚葉の想いを俺が理解し、考えることをしっかりと伝えたからだろう。

 いつもならそんなことをしない幼馴染が、まるで子どもの頃のような反応をしてきて思わず吹き出してしまう。



「あ、おいっ!悪かったって、ほんとに」


「…………それは、須藤さんと仲よさそうにしてたこと?それとも、今笑ったこと?」


「後者だな。凛のことは……柚葉には悪いけど、謝れない」


「……正直すぎると、女の子にモテないよ?」


「それでいいさ。俺には、これ以上抱えられない」


「………………今は、どっちが……ううん。やっぱいいや」



 そう言って、どこか窺う様な視線を送ってきた柚葉は、何でもないというように首を振って口を閉ざす。

 そして、目を閉じて息を深く吐き出すと、今度は楽しそうな笑顔をこちらに向けてきた。



「駅前のパスタ屋さんのカップル割。それで手を打ってあげようかな」


「あー、わかった」


「ふふっ。今日は、断らないんだね」

 

「…………今までとは、違うしな」



 正直、以前に言われた時は、冗談だと思っていただけだ。

 それに、柚葉も笑ったまま、『だよね』と言うだけでそれきりその会話も終わったような気がする。

 しかし、今思えばあれも柚葉の分かりづらい本音だったのだろう。

 今の嬉しそうな笑みにそう理解させられる。



「……うん。今度は、正解かな?」


「それなら、よかったよ。テストとは違って、こっちは落とすわけにはいかないしな」


「もう、ちゃんとテストも頑張らなきゃダメだよ?」


「はいはい。わかったって」


「あー、それ。絶対わかってない時の返事だ」 

 

「チッ……バレたか」



 面倒見のいい幼馴染との、気兼ねない掛け合い。

 それに、今までと変わらない居心地の良さを感じる。


(……それでも、関係の呼び名が変わるだけで意味は大きく違ってくるんだよな)


 本当に、世の中ってのは難しいもんだと。

 俺がそう深いため息を吐くと、今のは不正解と、柚葉はそう笑いだすのだった。


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