一角狼の角
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楽しんでいただければ幸いです。
「酒ないんか、酒」
「ありません」
村の付近で動物を狩って売りに来ることを生業としている、狩人のハラーナさんが僕の家に突然やって来た。
この人は近辺の山を渡り歩くように狩りをして、獲物が獲れた地点から一番近い村にそれを売りに来る。
そして獲物が獲れず収入がない時は、こうやって知り合いの家を渡り歩いて食事やお酒をせびっているのだ。
「なんやねん冷たいなあ。酒くらいすんなり出してくれてもええやろ」
ごつい体でなれなれしく肩を組んでくる。
「うちは誰も飲まないんで。まあお茶くらいなら」
ハラーナさんは周辺の村でも厄介者として有名だ。
仕掛け罠にしても弓矢にしても、狩りの腕は確かだ。珍しい動物を狩ってくることもあり、それは高価で取引される。
しかし気分にムラがあるのか、はたまた流儀なのかは知らないけど、他人が依頼した狩りはしない。鹿やイノシシが畑を荒らすから狩ってくれと頼んでもやってくれない。そして、いつ狩りを成功させていつ売りに来るのか全く分からない。
他の狩人さんはそのあたり、村のみんなと協調して色々都合を聞いてくれるんだけどハラーナさんにそういう協調性は全くないのだ。
そして他人に平気でたかる。
学舎を出たのに仕事をしないで部屋に引きこもってアレコレいじっている僕とは違う意味で、村の秩序の外側にいる人だった。
僕はハラーナさんの声が少し枯れているのが気になって、裏山に自生していた咳き止め草の汁をお茶に少し入れて出した。喉に優しい、ねっとりとした甘い汁を出す草だ。
いくら僕の作る薬がおかしくなると言っても、これくらいのことでなにか失敗するということはないだろう。多分。
「おう、いただきます。そういや坊、前に俺があげたツノ、あれ大事にしとるか?」
「ああ、一角狼の……」
昔のことを思い出す。
小さい頃、暴れキノコを一人で採集してみようと僕が山に入った時のことだ。
僕はキノコが暴れ出したことに驚いて、転んで気を失ってしまった。
その時に近くを通りがかって僕を介抱してくれたのがハラーナさんだ。
たかがキノコ一つ満足に採って来れないのかと半べそをかいている僕に、ハラーナさんは角と革ひもで作られた首飾りをくれた。
「坊、この一角狼はなあ、ここらの森で一番雄々しく気高い獣なんや。繁殖期以外はいつも一匹で行動する珍しい狼でな、まあ、なんや、上手く言われへんけど、そんな強い男になるよう頑張れや」
僕は強くはならなかったけど孤高、いや孤独にはなった。なんだろう。あのときは感動し、感謝した記憶があるんだけど。
今となってはこの角の首飾りを受け継いだことで、僕も村の中でぼっちになることを運命づけられたように思えて、別の意味で涙が出る。
「まあ一応、大事にとってありますよ」
僕は机の上の物入れの中から角の首飾りを取り出してハラーナさんに見せた。
「ちょっとの間それ、返してくれや」
「えー……まあ、いいですけど」
特に使い道があるわけでもないし。
「この角は微妙に魔力を帯びとってな。一角狼は繁殖期に、角から出るお互いの魔力を感じ取ってつがいになる相手を探しとるんやないか、と俺は考えたんや」
黒い角がオスで、赤い角がメスらしい。この首飾りにつけられている角は黒だ。ということは、これを持って狩りに出れば赤い角のメスと行き会う可能性があるということかな。
「次の獲物は一角狼なんですか?」
「せや。この角の持ち主は殺してしもたんやけどな。今度は生け捕りにして、飼って手なずけたいねん。狩りの相棒にしたいんや」
森の孤高な王者である一角狼を飼育して使役したいなんて、罰当たりというかなんというか。
「子供のうちに捕まえて仕込まないと、難しいんじゃないですかね」
発情して子作りしようとする個体を捕まえても、人間になついたりはしないんじゃないだろうか。
「んなこたわかっとるわい。せやからまずメスを捕まえるやろ? で、メスに寄って来たオスを捕まえて、そいつらに子供を作らせるんや。交尾が終わったメスだけ手元で飼っておいてな、そいつに子供を産ませんねん。で、生まれた子を貰うっちゅう段取りや」
ずいぶんまわりくどく、そして勝手な話だ。
でも面白い試みだ。
ハラーナさんも気まぐれで変な人だから、思いついたことは何でもやってみたいのだろう。
そもそも僕が文句を言ったり口を挟むような話でもない。
成功するにしても失敗するにしても、好きなようにやってくれればいいと思う。
「で、坊もヒマなんやろ? 支度は俺がしといたるから、一緒に山に入ろうや」
なんでそう言う話になるのだ。
僕とハラーナさんは山に入った。食料や毛布等を持参して、もう三日目だ。ホント、どうしてこうなった。こんなむさ苦しい中年のオッサンと三日三晩を共にしてしまったぞ。
「よくよく考えたら、発情期が終わって子供を産んだ一角狼の巣穴を探して子供を貰ってくる方が手っ取り早いんじゃないですか?」
「この辺の村の取り決めでな、一角狼の巣穴から子供を獲ったらあかんことになってんねや。掟を破ったら他の狩人連中から吊るし上げを喰らうわ」
「いいじゃないですか別に、もともと鼻つまみ者なんだし」
「うっさいわ」
しかし、角には魔力があってそれでオスとメスが惹かれあうというのは興味深い説だ。
それなら広い森、少ない個体数でもオスとメスが出会って子供を作る可能性が高くなるかもしれない。
変なことに巻き込まれはしたものの、せっかくここまで来たんだから生きている一角狼を僕も見たい。首飾りを握りながらそう願った。
果たして僕の願いが通じたのか、木々の間から赤い角を持った狼が顔を出した。
僕たちは枝や葉っぱを自分の体に重ねて身を隠している。
あたりをきょろきょろと伺いながら、バウバウ、アオーンと狼が吠えた。
『あれ? おかしいわね? 私の旦那様候補はどこ?』
なんか頭の中に別の言葉が響いてきたぞ。
驚いた顔でハラーナさんが僕を見る。
「坊、なにか言ったか?」
と口の動きだけで僕に問うてきた。もちろん言ってない。
ハラーナさんにもおかしな声が聞こえたようだな。
『どうして!? イイ男の気を感じたのに! 出て来てよ! 意地悪しないで! 私もう体が火照って我慢できないの!!』
どうやら、理由はわからないが僕たちは一角狼の「声」を理解してしまっているらしい。
クォーン、クォーンと切なそうに哭いているメス狼の哀れな心情がつぶさにわかるのだ。
どうやら欲求不満らしい。
望んでいた相手が見つからずに周囲をうろうろしているメス狼が、ハラーナさんの仕掛けた罠にはまった。
落とし穴に網状の縄を構えている形式の罠で、ここに獣がハマった時に縄の端を引っ張れば網が獣を捕えるというものだ。
一瞬の機会で縄を操らなければいけないから、逃げられないようにするのは難しいと思う。しかしハラーナさんはこともなげにやってのけた。やっぱりすごい人なのかもしれない。
『な、なによあんたたち! って、その手に持ってる角! 私をだましたのね! 罠にはめたのね! 恋する乙女の純情を弄んだのね!!』
虜囚の身となってギャンギャンと吠えてわめいている一角狼メスの意志が、頭に直接響く。ずいぶんうるさい乙女だった。
「なんでこんなもんが聞こえるんや……」
僕のせいじゃないと思うので知らんぷりをしておいた。
暴れる一角狼にあらかじめ用意していた首輪をなんとか取り付けて、首輪から伸びる縄の先端を手ごろな木に結び付ける。これでメス狼は逃げることができなくなった。
「ほかっとけばどっからかオスが寄ってきて勝手に交尾するやろ」
「そんなにうまく行きますかね」
メス狼と少し離れたところで様子をうかがいながら、僕とハラーナさんはさらに2日を山で過ごした。
さかりのついたオスの一角狼が無事にやって来て、メス狼に求愛した。
『ぐへ、ぐへへへ、なんや姉ちゃん、縄がついて逃げられんようなっとるやないか、こりゃ楽ちんで助かるわあ』
『い、いやッ! あんたなんか全然好みじゃないのよ! 私はもっと紳士然としたシブい殿方がイイの! どっか行って!!』
『ええやないかええやないか、抵抗する姿も興奮するなあ、ぐへ、ぐへへへ』
聞こえない方がいいようなやり取りがしばらく続き、激しい前後運動があったりして二頭の交尾が終わった。
『私……汚されちゃった……』
哀れなメス狼が地面で丸くなり、一仕事終えたオス狼は気持ちよさそうに伸びをしている。
「ハラーナさん、連れて帰るのはメス狼だけですか?」
「せやな。オスの方は死んでもらうとしよか。いい稼ぎになるやろ」
そう言って短弓を構えて短く魔法を詠唱し、ハラーナさんは矢を放った。
風を切り裂いて飛んで行ったその矢は見事にオス狼の首を刎ねた。叫び声すらあげる暇もなく、オス狼は死んだ。ハラーナさんが使った魔法は矢の殺傷力を上げるものだったようだ。
「坊、オスの体をその辺の木に逆さに吊るしといてくれや。血を抜いとかな、臭くなってまうからな」
「人使いが荒いなあ……僕はなんとなく見物がてらついてきただけなのに」
狼の後ろ足を縛り、縄を木の枝に引っ掛けて逆さ吊りにする。
うつろな目で地面に転がっているオス狼の生首がこっちを見ていた。恨むならハラーナさんを恨んでくれ。
『うっ、うっ、私をこんな目に遭わせて、どうするつもりなの……』
キューンキューンと鳴き声を発しながら上目づかいでメス狼が訊いてくる。
僕らが説明しても、彼女は僕らの言語を理解していないようだった。
そりゃ当然だよね。
メス狼を得て村に戻るとシエラがいた。
村での休暇を終えて勇者仕事に再び出発するところのようだ。腰に宝剣を佩いている。
「え? 一角狼に子供を産ませて育てるの? すごいすごい! 沢山生まれたらアタシにも一匹ちょうだい!!」
すごい勢いでハラーナさんに詰め寄って交渉していた。狼が好きなのかな。
「まあ、たくさん生まれたら一匹くらいはええけどや。交尾は一回しかさせてへんから、無事に生まれるとまだわかったわけやないで」
「やったー。ねえところでハラーナさん、あなた仕事したりしなかったりで相変わらずフラフラしてるんでしょ? 勇者の相棒として仕事しない? 索敵とか警戒とか罠とか、狩人が一人いるとなにかと便利だと思うのよね」
「やめとくわ。集団行動苦手やし」
考えるまでもなく即答したハラーナさんであった。
おそらくシエラと一緒に行動するのは疲れると踏んだのだろう。その見立ては正しい。
「代わりと言っちゃあなんやけど、これやるわ。きっと何かの役に立つやろ」
そう言ってハラーナさんは一角狼の角で作った首飾りをシエラに渡した。
うん、僕が貰ったもののはずなんだけどね。いいけどさ。
「ありがとー。じゃあアタシもう行くわね。狼の件よろしく」
角の首飾りは僕たちの手を離れた。
それと同時に連れてきたメス狼の言ってることもわからなくなった。
やっぱりあれが原因なのか。
「なんであげちゃったんですか」
「あんなもん持って狩りなんかようせんわ。獲物の命乞いが聞こえたらかなわん」
一角狼以外の野良の動物の声がわかるような力はあの角飾りにはなかった。
しかし魔力の高い動物、魔獣と呼ばれる個体等がこの近辺には一角狼しかいないので、それ以外の魔獣の声が聴けるのかどうか、それはわからない。
シエラに持たせればそれがわかるかもしれない。そういう意味ではシエラに持たせる意味はある。
「じゃ、とりあえず坊の家の裏庭かどっかでこの狼、飼っといてくれや」
「なんでですか。僕関係ないじゃないですか。ハラーナさんの狼でしょ」
「大丈夫やって。ちゃんとエサ代は俺が出すし。どうせヒマなんやろ」
なし崩しに身重の狼を一頭、預かることになってしまった。
散歩とかしたほうがいいんだろうか。噛まれたりしないかな。不安だ。
メス狼のお腹が少しばかり膨らんできたころ、シエラが村に戻ってきた。
なにやらデカい亀の上に乗って。人が余裕で3人は上に乗れそうな巨大な亀だ。
甲羅は黒くごつごつしていて、尻尾が長い。尻尾の先端が刺のついたコブになっていて、あれで殴られると軽く死ねそうだ。
なんか涎を垂らすたびに地面がジュワワって言ってるんだけど……。
「シ、シエラや……それは、ま、魔獣ではないのかえ?」
「あれ、北の山にいるという人食いの大亀じゃ……」
村のみんなはシエラを遠巻きに囲むように輪になって、恐る恐る尋ねた。
「大丈夫、悪いやつじゃないから! 人間の肉も食べるってだけで、他の餌でも生きていけるみたいだし!」
シエラの話では山の中でこの亀と三日三晩戦ったが、シエラを捕食できないと悟った大亀は諦めて手足と首を甲羅に引っ込めて岩に擬態し、通りがかった熊を尻尾の一撃で仕留めて食べたという。
肉だけでなく、地面の草や木の葉を食べることもあったそうだ。
「よくよく考えると先に手を出したのはアタシなのよ。こいつは自衛のためにアタシに反撃してきただけで、積極的に人間を襲うことはないんじゃないかと思うの」
思うの、って言われてもなあ。怖いだろ。近付いたら尻尾で殴られて食われるんじゃないか。
ともあれ、勇者さまであるシエラに逆らえる人間はこの村にはいない。
亀の脚では昇って来られないような高さの窪地を作り、その中でこの大亀は飼育されることになった。
後日、シエラが留守の間に村に魔王の使いと名乗る羽を持った人型の悪魔が訪れた。
魔王の生贄にするので村の子供たちの中から選んで差し出せとその悪魔は言った。
村長が「考えて返事をするから大岩のある窪地で待っていてほしい」と悪魔に言った。
悪魔は岩だと思って腰をかけた大亀の尻尾の一撃で死んで、食われた。
村の子供は救われた。一角狼の角がそのことにどれだけ貢献したのか、僕にはわからない。
ちなみにメス狼は無事に4匹の赤ん坊を生んだ。
ハラーナさんの話では、次の発情期でまた山にメス狼を連れて行って、他のオスと交尾させるらしい。