暴れキノコ乾燥粉末・抗魔の呪言
アクセスありがとうございます。
短編連作という感じのシリーズにしていきたいです。
隣の家に住んでいる幼馴染のシエラが、勇者に選ばれた。
「15年ぶりの女勇者で、もちろんうちの村からは初の勇者さまだよ。すごいもんだよねえ」
僕にとっては朝ごはん、母親にとっては昼ご飯を食べながらそんな話を聞く。
先日、誕生日を迎えて16歳になったシエラのもとに天帝からのご使者が来て、勇者の宝剣をお渡しになったらしい。
「こ、光栄です! アタシこれからじゃんじゃん魔物どもを倒しまくって、人間族の版図を広げて、そのうち魔王だってぶっ殺しちゃいます!」
そんな叫び声が確かに隣の家から聞こえた気がするなあ。
ま、僕には関係のない話だ。
同い年のシエラとは昔こそよく遊んだけれど、少年学舎を12歳で卒業して以来、ここ数年はほとんど遊ばなくなった。
理由は、とにかくシエラは「なんでも、人並外れてできる」からだ。
魔法も、武術も、帝王学も、医術や薬学も、家の仕事も、村のお手伝いも、シエラは何でもできる。
そして僕は「不器用で無気力でこれと言って取り柄がない」からだ。
家事を手伝ったら皿を割るし、洗濯をしても汚れを見落とすし、魔法の詠唱は噛み噛みで上手くできないし、ちょっと冒険者の真似事をして森に入って暴れキノコを採取しようと思ったら返り討ちに遭うありさまだ。
そう、学舎を卒業する直前の12歳の頃だった。
「暴れキノコなんてその場でじたばた動いてるだけなのに、どうしてそんなのにやられるのよ」
「……あいつら、喋るじゃん。びっくりして転んだんだよ。その時に樹の根っこに顔から突っ込んだんだ」
気絶した僕を、向かいに住む狩人のハラーナさんが家まで運んでくれたのだ。
「あれはキノコの繊維が収縮して中の空気が振動して、人の声に聞こえるだけよ。学舎で習ったじゃない」
「でも、その空気の振動とやらが、たまに魔力を帯びた呪文になってしまってそれを聞いた者が混乱するって言うじゃないか」
「まあそうだけど、そのために『森に入るときは抗魔の呪言をたまに口ずさみましょう』って帰りの会で先生たちが言ってるんじゃないの」
抗魔の呪言は「心臓が3度鳴るうちに九つの神聖単語を唱えて天帝を讃える」というもので、焦らなければ小さい子供でもできる。
僕も森に入るときはちゃんと唱えているつもりだけれど、どうやら言い間違ったか、噛んだか、心臓の動きに対して詠唱が遅かったか……。
とにかく、小さい頃から色々うまく行かないことが多いのだ。僕は。
そんな調子で、一緒に話していても、遊んでいても、黙って隣を歩いているだけでも、自分が小さくてバカで情けないことを自覚させられてしまう。
その頃から僕はシエラを避けるようになったんだった。思い出したらなんだか涙が出てきた。
「あらあら、アンタもやっぱり幼馴染のシエラちゃんが勇者になって嬉しいかい」
母親がなにか言っているけれど僕は答えない。
でもそうか。シエラは勇者になったんだ。
この村から出て行き、冒険して魔物を倒して人間族の繁栄に貢献し、死んだら天帝の住まう楽園に英霊として召されるのだろう。
数年に一度、人間族の国のどこかで勇者の素質を持った子供が生まれる。
どこの誰がそういう素質を持っているのかははっきりわからないらしいけど、勇者に選ばれる子供はたいていが幼いころから神童ぶりを発揮しているらしい。
シエラなら立派に使命を果たすはずだ。せいぜい頑張ってもらいたい。
シエラが旅立つその日。
僕は特に見送るつもりもなかったけれど、学舎の同期生たちが「全員で見送るぞ!」と盛り上がってしまい、家から引きずり出された。
「がんばってねー」
「私のこと、忘れないで」
「行く先々でうちの店の宣伝して回ってくれよ」
「シ、シエラ、今まで言えなかったんだけど俺、シエラのことが……!」
学友のみんなは様々な思いを旅立つシエラに伝えていた。
ちなみに告白したやつは振られた。
「みんなありがとう! 何か珍しい魔物を倒したら骨とか角とか村に送るね!」
村中の声援を一身に浴びて、シエラは人間族と魔族の境界線に向けて出発した。
シエラはこれからの人生すべてを魔族との戦いに捧げるのだ。
勇者に選ばれ、宝剣を手にした瞬間からその人は「天帝の声」を体の中に直接聞くという。
自分が天に選ばれたものであるという喜びから、勇者は進んで命がけの戦場に向かう。
魔族との境界線から遠いこの村に、シエラはもう一生帰って来ないかもしれない。
隣の家から、シエラの両親が泣いている声がかすかに漏れ聞こえた。
僕は自分の部屋に戻り、ここ毎日のようにやっている作業に没頭する。
魔法も武術も医療や薬学も、ろくに習ったようにこなせない僕だからこそできる、最近夢中になっている遊びだ。
作るのに失敗した薬に、僕の下手くそな魔法を付与すると、飲んでみるまで効果がわからない新しい薬ができることに気付いたのだ。
これを僕は「摩訶薬」と名付けて少しずつ作り溜めていた。
昔のことを思い出したついでに、今日は乾燥させた暴れキノコを粉にしながら、抗魔の呪言を唱えてみよう。
ブツブツと神聖単語を唱えながら、鉢に入れた乾燥キノコを棒で撞いて行く。
あらかた粉末になったそれを、とりあえず舐めてみた。
甘くて苦い……不愉快な味だ。
飲むのは勇気がいるな。
とりあえずできた分のうち少量だけを加熱してみよう。
小型ランプを改造して作った加熱台の上に、甘くて苦い乾燥キノコ粉末を乗せる。
いぶされたことでかすかに煙を立てている。爆発したりはしないようで安心した。
飲むまで効果がわからないなら、いつか野犬にでも飲ませてみよう。
そんなことを考えていると、急に目の前に裸のシエラが現れた。
「え? なんで裸? って言うか旅に出たはずだよね!?」
「ふっふっふー、いやあ村を出る前にやり残したことがあるなあって思ってさー」
なにも着ていないのに恥ずかしくもないのか、前も後ろも上も下も隠さずに堂々としている。
「アンタまだ童貞でしょ? シエラさま旅立ちの餞別にそれ、よこしなさい!」
そう言ってシエラは僕を床に押し倒した。馬乗りの体勢で両手を抑えつけられている。
それほど大きくないシエラの胸、キレイな色の先端が僕の目の前に迫った。
「や、やめろ痴女! 誰か助けて! 犯される!」
「いーじゃないの減るもんじゃなし!」
「減るよ!」
体液とかが放出されるからな。
なんにしても、この状態で僕がシエラから逃れられるとは思えない。
シエラは細身なのに人間離れした腕力や体力を持っている。
下手に抵抗すれば骨の一本二本は軽く折られるのではないかと僕は恐怖した。
「せ、せめて優しくしてくれ……」
とうとう僕は泣きながらそんなことを懇願する始末だった。
「うふふー、そうよ、素直になれば気持ちいいんだから……良いではないか良いではないか」
嗜虐的な笑みで舌なめずりをするシエラ。
……ああ、確か子供の頃、似たようなことがあった。
どこから吹き込まれた知識か知らないけれど、性行為に興味を持ったシエラが僕を林の中に連れ込んで、裸にしようとしたんだった。
僕が恥ずかしがって大泣きしたのでその時は未遂に終わったけど、それ以来僕はシエラに対して羞恥や恐怖の混じった複雑な感情を抱いてしまったのだ。
だからシエラにあまり関わらないようにしようと思ったのだ。
でも僕は心の奥底で、なんでもできる、生命力と才能にあふれるシエラに憧れていた。幼馴染として誇らしいと思っていた。だからシエラを嫌いにはならなかった。
シエラの側にいたくないと思ったのは、あくまで僕が僕自身を情けないと思っているからだ。シエラが悪いわけじゃない。
その証拠に、シエラは僕が本気で嫌がったら服を脱がすのをやめて、ちゃんと謝ってくれた。
泣きやまない僕のために樹に登ってリスを捕まえて来てくれた。
可愛いリスだったけれど、捕まえたら可哀想だと僕が言ったらちゃんと解放した。
これは、そんなシエラが旅立つというのに、ちゃんと気持ちよく見送ることができなかった僕自身のうしろめたさが見せている歪んだ幻覚だろう。
裸で僕を嘗め回すシエラの幻覚に向かって僕は言う。
「ごめんなシエラ。勇者になるなんてすごいことなのに、ちゃんと笑って応援できなくて」
「いいのよ、別におめでたいばっかりでもないしね」
笑いながらシエラの幻覚は消えて行った。
正気を取り戻した僕は、今回作った「暴れキノコ乾燥粉末・幻覚作用付」を旅に出たシエラに送った。
「寝る前に少量を火であぶって煙を立てると、いい夢が見れる」
という用法を書きしたためて。送り主が僕であるということは書かない。
後日、シエラは村に戻ってきた。
村のみんなは唖然とした。
「大物を一匹倒すたびに、村に帰って来ることにしたの! これ、この前倒した三頭龍の逆鱗!」
鉄よりも固そうな、鋭角を描いた大きな鱗だった。
聞くところによると、いっぺんに三つの首を切り落とさないと首が再生してくる強敵だったらしい。
苦戦の末に、全く同時に3つの斬撃を叩き込む奥義をひらめいて倒したそうだ。
要するにシエラは分身して、3人のシエラが3つの首を同時に刎ねたのだ。
「3枚あるから一つはアタシがもらって、ふたつは村に寄付するわ! これを売るなり村で展示するなり、なにか使い道をこれからみんなで考えましょう!」
どうやらシエラは数か月周期で魔物を倒しに行ったり、村に帰って来たりを繰り返すつもりのようだ。
「そ、それは天帝さまのお声に反することではないのか……?」
恐る恐る村長がシエラに尋ねる。
「うーん、よくわかんないけど……やっぱりたまには帰って来てお父さんやお母さんには会いたいし、きっと天帝さまもわかってくれるわ!」
村人みんなが不安がる中、シエラの両親だけが涙を流して笑っていた。
一体なにがシエラの心に押し込められていた後ろめたさや心のしこりを掘り起こしたのだろうか。
なんにしてもシエラは中途半端な勇者になってしまった。
一年のうち約半分しか勇者の務めをしない計算になるのだから。
僕が適当に作った幻覚薬モドキでこんなことになったわけじゃない。
いくら抗魔の呪言を付加した薬だからって、天帝さまの声を聴いた勇者の意志を変節させる効果なんてあるわけがない。
そう思いたかった。そうでなければ困ると思った。
うん、僕には関係ない。今日も村は平和だった。




