第六章 賢王を騙せ! 決戦のオークション - 4
暴れ象に攫われたエルフを取り戻せ!
帝都一のエルフ狂い、賢王フラムドパシオンは大号令!
手駒の精鋭警護部隊全員に、象の追跡、捕縛を命じた。
あまりにも性癖に正直な帝王の捕物、
果たして、その顛末や如何に?
夜の帝都を疾駆する象、それを追う王と北面の騎士、都合数十名。
王直属の手駒を全員投入しての追跡劇。
圧倒的な象の突進に、帝都屈指の精兵も苦心惨憺の捕物となったが……
「さぁ、もう逃げられん象……」
料亭街の路地から、迷路のような下町の裏通りまで――
散々逃げ回った象も、遂に袋小路へ追い込まれた。
ぱぉぉ~ん……
右も左も奥も集合住宅の壁に囲まれ、その頑丈な漆喰は、象の巨体でも打ち抜けそうにない。
もはや籠の鳥となった象を、北面の騎士が追い詰める。
槍と弓を構えた兵士が、唯一の出入り口を完全に封鎖した。
「観念せい!」
鬼気迫る賢王の最後通告。
その迫力に象は…………ポイ! と鼻で抱えていた女を投げ捨てた。
「やめろ! 朕のエルフは丁重に扱……あぁあ?」
「あれれれれ?」
「……これって……」
その象の行為に――王も宰相も包囲した兵たちも、全員が違和感を感じた。
なぜならばソレに、人間の質量感を感じられなかったからだ。
ぱふす。
軽い。あまりにも軽い音で【ソレ】は路面に着地した。
「なんだこのゴム人形は!!!!」
人の等身大を模した大人向けの性的玩具ではないか! ご丁寧に、娼婦の衣装まで着せた!
「こんなものを我々は追っていたのか!」
帝王にあるまじき地団駄で醜態を晒す賢王。
必死に象を追った全員が、溜息で天を仰いだ。
「だが確かに! 朕は見たのだぞ! 象がエルフを抱えて逃げたのを!」
☆ ☆
「サンキュー、壱号」
【暴れ象のオークションハウス突進事件】直後、
王と北面の騎士が弐号を追った隙を見計らって、
路地裏で身を潜めていた僕と壱号は、彼らとは反対方向へ逃げた。
壱号と弐号のすり替わり作戦、大成功だ!
その足で娼館『石神井』へ戻ると……屋上のペントハウスから王都の南側と東側、二箇所で燃え盛る火の手が見えた。
南方は象が暴れたオークションハウス。
東は龍と征竜鎮撫将軍とのプロレスショーが行われている新後宮跡だろう。
ぴるるるるるるるる……
VIPハウス備え付けの魔法黒電話を取れば、
『無事、逃げ果せたようじゃなぁ、男爵殿?』
「大賢者様のお陰で、ね」
実際のところ、暴れ象がオークションハウスへ突っ込んできたりしたら、それだけで大混乱だ。
前近代の夜は本当に暗い。
何も状況を掴めないままで、闇を右往左往するのがオチだ。
賢い宰相に「まずは監獄まで退きましょう」と戦略的撤退を進言される可能性も有った。
そんな状況で大賢者様の『状況説明』は最高のタイミングだった。
月明かりだけが頼りの暗闇で「事の真偽」は確かめようがない。
まさに、言ったもの勝ちのシチュエーションなのだ。
結果、【親切な通行人(=キコンデネル)】の恣意的情報を鵜呑みにした王は、血眼で象に攫われたエルフを追っていったワケだ。
現場から逃げた象が、僕を攫った象ではないとも気づかずに。
「ほんと、助かったよ、キコンデネル……」
さすが大賢者を自称するだけある。
現代の街灯に慣れきった僕には出てこない発想だった。
『なに、この程度のこと、大賢者にはお手の物じゃ』
魔法フォン越しの大賢者、鼻がピノキオというより、ジャックと豆の木並みに伸びている。
『それより……感謝すべき者は他に居るわ』
「他に?」
大賢者は誰のことを言っているんだ?
『シールじゃよ』
「【エルエルフのリマンシール】を探し当ててくれたキィロに感謝しろってこと?」
あの超レアシールの到着が、あと少し遅かったら……僕は窮地に陥っていた。
激怒した賢王に、その場で手討ちにされてたかもしれない。
富豪の愛妾候補で華やぐはずのステージが、凄惨な血で染められていたかもしれない。
僕の血で。
『それが違うんじゃよ、男爵殿』
「えっ?」
『男爵殿の手元へ届いたシールは、キィロが探し当てたモノではない』
「どういうこと????」
このキラキラ金枠仕様のリマンシール――間違いなく本物だ。
王国一のエルフマニア・フラムドパシオン帝の目すら欺くほどの、精巧な変身擬態を可能にする超レアシールだよ!
『もはやジャンクショップでの発掘は望めない。キィロほどの目利きでも無理だった……ならば、発想の転換じゃ、男爵殿』
「……発想の転換?」
『市中に現物が出回らないのなら、持っている人から譲ってもらえばええじゃろ?』
「譲ってもらう????」
もしシールが市場に出れば、貴族や富豪が言い値で買い取っていく最高級のシールだよ?
譲ってもらえるにしても、とても僕らに対価を支払えるとは思えない……
「まさかとは思うけど……先方の承諾も得ずに、黙って拝借してきたのか?」
ルパンルパァ~ン的な。街は煌めくパッションフルーツ的な。鼠小僧次郎吉的な。
『いや、なんと無償で譲ってくれる方が居ったのじゃ!』
「む、無償!? そんな奇特な人が?」
コレクター垂涎のレアカードをタダで譲ってくれる人など……
『レイヴファクトリー伯爵じゃ』
「えっ? レイヴファクトリー伯爵って……トゥルデルニークさんのお父さん?」
世間の目を憚ってトゥルデルニークを牢に軟禁していた父親じゃないのか?
『レイヴファクトリー伯も感謝しとるんじゃよ、同類誌の公認で娘が救われたことを。男爵殿』
あ、そうか……トゥルデルニークのお父さんも、好きで娘を軟禁してたワケじゃないんだ……
貴族の当主として、家族親類縁者、果ては雇っている使用人のことまで慮ってこその『御家大事』。そのための苦肉の措置だったんだな。
前近代の「家」は運命共同体の側面もある。現代的な「家族」の概念では測れないよ。
その当主の判断には、親子の情を越えたものが求められる場合だってある。
それは愛する娘ですら例外ではない。
(でも……)
出来ることなら、娘の名誉を回復してあげたい、と願ってたんだ……
貴族だって人の親なんだ……
『リューエを通じて伯爵へ譲渡を打診したところな……快諾を頂いた!』
「そうだったのか……」
土壇場での大逆転には、そんな裏事情があったのか……
『何はともあれ、これで男爵殿の役目は済んだ。偽エルフの御役目ご苦労!』
「ありがとう大賢者様」
『あとはワシとリューエとキィロに任せんしゃい!』




