第四章 ここに賢者の知恵を授けよう - 2
僕を(王様と勘違いして)拉致したこともある、ストーカー軍服少女・ポラールシュテルン少尉。
そんな「危険人物」を城まで招いて、自称大賢者キコンデネルは何をさせようっての?
本当に、僕らの懸案を解いてくれる賢者様なのか、この子は?
「ならば教えてしんぜよう!」
謙虚に頭を下げた軍服ちゃんに向かって、
「まず、これじゃ!」
大賢者様、今朝の瓦版を掲げる。
ギヨーム公のプライベートパレードが大々的に報じられているニュースペーパーを。
「ヌシに問う――ポラールシュテルンの姫よ」
「…………」
「これほどまでに派手なイベント――通常ならば、許されるもんじゃろか?」
「許されるはずがないわ」
賢者の問いに即答する軍服彼女。
「へ?」
どういうこと?
あのパレードは違法行為なの?
大貴族が王国公認の下に催した行事じゃないのか?
「あのですねケンタロウ様、通常は、あのような山車を帝都へ持ち込むことは禁じられています」
首を傾げる僕へ、懇切丁寧にキィロが説明してくれる。異世界初心者には実にありがたい。
「そうなんだ?」
まぁ、大型バス並みの山車なら、トロイの木馬を仕込むことも可能か……
寡兵でも精鋭集団なら、稲葉山城の竹中半兵衛を再現できるかもしれない。
「じゃが! パレードは恙なく敢行された。当局からお咎めを受けることもなく」
瓦版をバシバシ叩いて熱弁を振るう大賢者様。
「それが許されるのは何故じゃ? ――ポラールシュテルンくん?」
「――次期征竜鎮撫将軍の選定会議が近いからです、賢者殿」
「正解!」
「そうなの?」
「ええケンタロウ様、これは毎度恒例のことなんですよ、選定会議を見据えた時期の」
「へぇ……」
「征竜鎮撫将軍の候補者は、様々な手段で実力を民衆にアピールするんです。瓦版各紙に広告を出したり、街頭で演説したり……」
現代の選挙活動みたいだ……
「ま、そういう堅苦しい挨拶より、演劇や剣闘試合やカラオケ大会などを主催する方が、帝都民には喜ばれますが……候補者のポケットマネーで」
昨晩のパレードでも、軍楽隊の演奏に合わせて沿道の老若男女、踊り狂ってたし……
お題目とか何だっていいや、の勢いで。
ほんとこの世界、娯楽が少ないせいか、民衆のお祭り好きは半端じゃないね。
何かにつけプチョヘンザ プチョヘンザ メイクサム マザファキンノーイズ! だよ。
オマツリパーリィピーポーだ、エスケンデレヤの民は。
「つまり、将軍選定会議前は【少々のオイタは、お目溢しされる時期】なのじゃ!」
選挙カーに箱乗りしても逮捕されたりしない、そういう時期ってことか?
僕らの世界で例えるならば?
「でも、聖ミラビリスは専制国家でしょ? 公職を選出する選挙とかないんでしょ?」
「征竜鎮撫将軍だけは特別なんです、ケンタロウ様」
「そうなの?」
「形式としては選帝侯会議で選出されますが、帝都民の『空気』も尊重されるんです」
「空気?」
「下手に不人気の候補を選出したりすると、王室の求心力がガクッと落ちます」
「うむむ……」
専制君主だって、サイレントマジョリティーは無視できないのね……
民のことなどお構いなしの暴君なら、ともかく、
現在の君主は【賢王】と讃えられる英明なフラムドパシオン王だもの。
だいたい『絶対王政』とか言ったところで、政体は絶対じゃないしな。
構成員(≒平民階級)の不満が積もりに積もれば、暴発しかねない。
それは歴史的事実として、幾つも先例がある。
だからこそ、デキる君主ほど「民のガス抜き」に腐心する。
折に触れて祭りを提供するのも、為政者の常套手段だよ。
もしかすると、選定会議前の【お目溢し期間】すら、王側の民衆懐柔策かもしれない。
……と、ミラビリス王国の慣習を興味深く聴いていた僕と違い、
「で? その【少々のオイタはお目溢しされる時期】に何をさせたいの? ――大賢者様?」
軍服ちゃんは単刀直入に本題へと切り込んだ。
受ける賢者も「待ってました!」とばかりに北叟笑み、
「昨晩の派手なパレードで、ギヨーム大公は抜きん出た存在と成った! このまま有力な対抗馬が現れなければ、まず確実にギヨーム公が次期征竜鎮撫将軍に指名されよう」
賢者キコンデネル、認めがたい現実を改めて突きつける。
「ギヨーム公に対する民の支持を覆すには、並大抵のアピールでは不可能……」
「…………」
「それでもヌシ、将軍に成りたいがか? ――グリューエン・フォン・ポラールシュテルン少尉?」
――訊くまでもない。
ポラールシュテルン少尉は、地下闘技場で僕を拉致した子だぞ?
(※第一章参照)
もし、仮に僕が本物の王様なら、即座に斬首されても仕方ないほどの実力行使を採った。
昨日だって……大成功の大公パレードに対し、地団駄踏んで悔しがっていた。
彼女の猟官に対する熱意は疑いようもない。
逆転が望めるなら、どんな大穴にでも掛け金をベットする、そんな覚悟の出来てる子だよ。
「勿論」
だから何の実績もない大賢者見習いの小娘にだって、縋る。
相手はタダの大法螺吹きのオオカミ少女かもしれないのに――
それでも縋る。
この子の覚悟だけは、疑いようもなく確固なもの。
「なら! ――――ワシがヌシを征龍鎮撫将軍にしちゃる!」
「えええ……そりゃ無理でしょ、賢者様。いくらなんでも安請け合いが過ぎる……」
現実が見えていないのは賢者様の方じゃない?
『次期征龍鎮撫将軍はギヨーム大公で決定的!』
世論は完全にギヨーム公・大本命に傾いてる。各紙グリグリの二重丸だ。
他の候補なんて霞んで見えない。
「霞んどらん者も居るじゃろ?」
「どこに?」
「ほれ、瓦版の挿絵。マンモスに乗ってる御仁よ」
「僕じゃん!」
大公に請われてパレードに飛び入り参加した「バロン・ユングフラウ」こと僕じゃん!
まぁ、知名度だけで言ったら、無駄に僕も名が知れ渡っちゃったけど……
「男爵をギヨーム大公の対抗馬に仕立てようっての?」
自分を将軍にするという話ではなかったのか? と食ってかかってくるポラールシュテルン嬢に、
「利用するんじゃ、爵の知名度をな!」
賢者は大胆不敵な策を教示した。
「『バロン・ユングフラフの次なる大冒険!』として大々的に宣伝するのじゃ!」
「「「「新しい冒険????」」」
「大公が龍狩りを模したデモンストレーションパレードなら――こちらは【本物の龍狩り】よ!」
「「「「えええええええええ!!!!!」」」
い……いくらなんでもそれは!
「賢者様、【龍の巣】への接近は固く禁じられています。私たち禁忌異本ツーリスト(王室御用達旅行会社)でも御案内しかねる御禁制地区ですよ!」
「そんなの軍人だって許されないわよ! 王の勅命でもなければ!」
キィロもポラールシュテルン嬢も異口同音に無茶と主張する。
「通常時なればな」
だがキコンデネルは耳を貸さず、
「じゃが今は征龍鎮撫将軍選定会議の前……【少々のオイタはお目溢しされる時期】ぞ?」
「ちょっと待ってよ、キコンデネル!」
『龍狩り』とか簡単に言ってくれるけどね…………これはゲームじゃないんだよ?
実際に、龍に襲われた帝都の有様を見たんだ! 僕は実際、この目で!
「あんな大災害をもたらす暴威の龍を――狩れるの?」
どう考えても無理だよね? 狩るより狩られる確率の方が百万倍高いでしょ!
てかそもそも話の前提として……
こんな無茶な話、論理的な賢王と宰相が許すはずが――




