第2話 初イベント前
翌日、俺は小鳥達の囀りで起床するという心地よい目覚め方をした。
早朝とも呼べる時間帯ではあるが、依頼を素早くこなして帰寮し就寝したのもあって眠気も殆ど無い。何と素晴らしいことか。
依頼が無くともいつも何だかんだで夜遅くまで起きているのは悪いんだけどな、少し反省しよう。
顔を洗い制服に着替え、時間に余裕もあるので朝食を作る。トーストにベーコンエッグ、コンソメスープでいいかと手を動かしていく。出来上がった料理を皿に置いてテーブルへと運び、席に着いた。
「いただきます」
毎朝転移の応用で全生徒に配布される新聞を開きつつ食事を進める。
視界に飛び込んだ一面には大きな文字でこう書かれてあった。″【創造の救世主】、ゴルチェ山にて見事Xランクの依頼を達成!!″と。
……【創造の救世主】、ねぇ。
この世界で″最強″と謳われる、現時点で唯一のXランクを保持する人間。
ランクは下からE→D→C→B→A→S→Xと上がっていき、ランクの差は結構大きい。殆どの人間はD、Cで留まり、B以上は世間から一目置かれる。
長年Xランクを与えられた者はおらずこのまま現れないのでは、と思われた所で頭角を現したのが【創造の救世主】であるらしい。
ふと、ある男の言葉が頭を過る。
「実力も本物だし、頭もキレる。正義感も強いし人望も厚い。……けどなぁ、イマイチ甘いところもあるんだわこれが。能力的にも精神的にもな。実質″最強″が誰かと問われればオレはお前だと断言するね」
けどお前はXランクの素質は無いなとケラケラ笑われた所まで思い出して、直ぐ様奴の顔を頭の中から消した。
トーストを咀嚼しながら一度だけ興味本位でコソコソと見学した【創造の救世主】の依頼遂行中の現場を思い返す。まぁ確かに、己の膨大な力を活かしきれてないというか、力任せというか。確かに甘かったかもしれない。
なぁ……ルヴィ?
【創造の救世主】の正体は国家機密を知っているのはほんの一握り。人々の依頼を受け取り纏め、他人へ紹介し解消させる役割を持つ王立ギルドの最高責任者と陛下であるガンラ、俺だけだ。
尤も、他にも情報を得ている奴がいないとも限らないけど。
だからこそ学園に入学するという話をガンラから聞き、色々諸事情があった結果彼に便乗したのはまだ記憶に新しい。
……予想外の展開になったのは置いておこう。
「ごちそうさまでした」
さて、食べ終えたことだし準備して出るか。新聞の裏面には覚えのある記事があったようにも思えるが、あえて無視しよう。
適当に身支度を済ませながら時計を見やる。普通であれば出発するには少し早い時間帯ではあるが、構わず俺は部屋の明かりを消して玄関へと向かう。
俺以外のいつものメンツは仲良く学園へと現れる訳だが、ルヴィ以外は全員女子で、更に全員ルヴィに惚れてる中で混じるのはキツイ。空気を読んで1人早めに出る俺、本当偉い。
「今日もまた頑張るか」
誰もいないこの場所で小さく呟いて、玄関から出た。
「おはよーう!」
己が所属する教室の扉を開けると同時に、努めて明るい声と笑顔で朝の挨拶をする。
既に来ている何人かのクラスメイトが苦笑気味に挨拶を返してくれる。最早日常となっている光景といっても過言ではない、が。
……なんか、いつもより人数が多くね?
大体3、4人程度の所が今日は既に10人以上の姿が見受けられた。しかも共通してどこか浮かれた様子で。軽く首を傾げる。
「なぁ」
「ん?どうしたハル?」
席に向かう途中で近くの男子に声を掛けた。浅く広く関係を築いている俺には造作も無いことだ。
「今日何でこんなに皆早いんだ?お前も。妙に落ち着いてないしさー」
「は?お前何言って……あー、そういえば気絶してたなあの時」
勝手に驚いて思案され納得されても困る。無言で続きを待つ。晴れやかな笑みを見せた彼は人差し指を立て、元気に告げる。
「今日は魔武器製作と使い魔召喚があるんだよ。楽しみすぎて早く来ちまってるんだろ、皆。俺もそうだしな!」
……魔武器?使い魔?
マジか、今日なのかそれ……。
「昨日もあんまり眠れなくてさー、ってハル、どうかしたか?」
顔を強張らせた俺に気付き、怪訝な表情を浮かべる彼に慌てて笑顔を取り繕った。
「いや、急なことに驚いただけ!うわーヤバイ、楽しみだな!?」
「だよな!一生のモンだし、お互い頑張ろうぜ!」
「あぁ!」
上手く誤魔化し、SHRが始まるまで俺はこの男子生徒──《キラ・ルンゲスト》と他愛もない会話を楽しむ。頭の隅では魔武器と使い魔のことで悩んでいたが。
「……あ、そうだ。ちょっと話題変えて訊きたいことがあるんだけど」
何故カレーはあんなにも美味いのか談義から外れ、不意にキラは俺を見つめて口を開いた。続いた言葉に思わず軽く眼を瞠る。
「ハルって何でいつもハクヤと一緒にいるんだ?」
いいことなんてそんなに無いだろ、と。
何となくふにゃりと曖昧に笑う。疑問に思われても仕方は無かった。初めて尋ねたのがキラだっただけだ。
「キラはどう思ってるんだ?」
まさか逆に質問されるとは考えなかったのか呆けた表情を浮かべたが、直ぐに答えてくれた。
「ハクヤ達に殴ってもらいたいから?」
「いやさすがにそんな訳ないだろ!?マゾかよ!違うわ!」
え、そんな印象持たれてんのか俺は。反射的に動揺しながら否定したものの、割と酷い扱い受けても平然と笑って側にいるということを考えたら……まぁ。
とはいえ、本当のことは言う訳にもいかない。俺は俺らしくある為に高らかに告げた。
「決まってんだろ、ルヴィの周りには可愛い女子が集まるから俺に向かないかなーって思ってるからだよ!」
ビシィ!と、効果音が聞こえそうな勢いでキラを指差す。急激に冷めていく瞳を見て満面の笑みをした頬が引き攣った。
「バカだな、ハクヤは超が何個か付くハイスペック顔面凶器少年だぞ。お前に靡くかっつーの。絶対」
すげぇ、絶対とまで言い切ったぞコイツ。
「そんなこと言うなって、泣いちゃうぞ」
わざとらしく泣く演技をする俺にキラは何故かニヤリと口角を上げ両頬を挟まれ、強制的に顔の向きを変えられた。
「だってほら、あれ見ても可能性あるって思えんのか?」
あれとは?と口から疑問が放たれる前に、視界の先に映る教室の扉からいつものメンバー、即ちルヴィとそのハーレムが現れる。
全員がルヴィとの距離が近く、女子達の何とも幸せそうな様子が一目で分かった。
うんそうだなあれは無理だろなんだあれ朝から桃色すぎだろ甘い。
…………そうだ。
「ルヴィのタラシがぁぁぁぁ!」
教室内に響き渡る大声で嘆きながら、俺は彼らが入った別の扉から勢いよく廊下に飛び出した。爆走して去っていく俺を見たルヴィが、静かになった教室で一言呟く。
「頭が本格的におかしくなったのか?あの馬鹿」
とんでもなく失礼な発言をされているとは露知らず、俺は立ち入り禁止となっている屋上へと辿り着いた。鍵は勿論掛かっていたが、そこはまぁ、こうちょちょいと卑劣な手を使って侵入した。バレなければ良し。
街を背景にした塀に背中を預け、徐に空を見上げる。雲1つ無く澄み切った青が視界全体に広がり、綺麗だなと淡々と思う。
……さーて、と。魔武器と使い魔、どうしたもんかなー。
思考を切り替える。俺が流れに便乗してあの場を抜け出したのは、今日行われる授業の対策を冷静に考える為だった。ふざけてカレーの話してる内は良かったんだけど。
朝から甘々な現場を強制的に見せられたが、タイミングを作ってくれたキラには一応感謝しておこう、心の中で。
溜息をつきたい気持ちを押し殺して、対策を考える。
魔武器も持ってるし使い魔も既にいる俺は、今更増やそうとは思っていない。増やすにしても大勢の目がある中では御免被りたい。俺ちょっと特殊だから目立つんだよな……。
「体調崩しました」はダメだな、バリバリ元気な姿を色んな人に見られてる。というか休めたとしても後日先生方に囲まれながら実施されるだろう。最悪だ。
「もう魔武器もあるし使い魔もいるんですけど」……もダメだ、どこで得たんだって質問攻めにされるのが目に見えてる。普通は学園の授業でしか得られないからな。
「怠いんで見学していいですか?いらないんで本当」……本心だけど却下。殺される。主に担任に。
あれか、俺の頭は馬鹿なのか?陽気に照らされてボケたか?
とまぁ、冗談は置いといて。結局このイベントに関しては逃れられる訳もないだろうと判断し、潔く受けることにする。
″今の俺″だと所持している魔武器や使い魔程の強さは無理だろうが、仕方ない。
1番の問題である特殊エフェクト問題は最早開き直るしかない。使い魔は兎も角魔武器は目を盗んで素早く製作する、これに尽きる。そもそもルヴィが近くにいるのであれば小細工できねぇし。
よし、問題解決!
視線の向きを変え、学園に聳える巨大な時計台を見やる。朝礼まで時間はまだ幾分か余裕があった。
「ルヴィはどうすんのかな」
頭に浮かんだのは、1人の少年の姿。
学園内でも将来有望の秀才だの数百年に一度の才能だのと様々な表現で謳われるルヴィだが、【創造の救世主】としての魔武器と使い魔を見せることは無いだろう。何故ならば超が付く程有名だから。
わざわざ騒ぎを起こすとも思えないし、魔武器を増やすことにデメリットは特に生じないので魔武器は製作するとして。どちらかというと予想が難しいのは使い魔だ。
高位の種族は全く別の姿に変えることができる変化の力を持っている。変化できる姿は1つと決まっているが、【創造の救世主】の変化時の姿は公表されていない。
新しく召喚をする気が無いなら、変化時の姿で喚び出して使い魔契約のフリとかする可能性があるんだよなぁ。″裏技″使うとそれ出来ちゃうし。
……つーかルヴィ、もとい【創造の救世主】にはあの魔法があるし、魔武器も使い魔もやろうと思えば全力で気ままに製作と召喚できるから何でもアリだわ。ズルい。
考えても仕方無い、軽く肩を竦めてだれともなく呟いた。
「面白い展開でも期待するかなー。学園に来て初の大イベントだもんな。楽しみにしとこ」
誰かに理不尽な扱い受けて気絶しない限り。
──あ、今の駄目だ。考えちゃいけないヤツだった。
するりと過った言葉が鮮明に映像として浮かび上がり、頬が引き攣る。何やってんだ俺は。忘れろー忘れろー脳よー。
頭を乱暴に掻き、微妙に悲しくなりそろそろ教室に戻ろうと再び時計台に視線を移す。瞬間、硬直した。
「……いや、ヤバッ!?」
割と時間迫ってた。危険信号が走る。考えるよりも先に身体が動いた。屋上から飛び出し、階段を駆け下りて廊下を突き進む。
目的地に辿り着いて勢いよく扉を開けた、が。見覚えのありすぎる顔が正面に佇んでいた為、思わずげ、と漏らしそうになって無理矢理堪えた。
「遅刻だそ?」
あぁ、その満面の笑みがとても恐ろしいです先生。存じてます、走ってる途中に鐘鳴りましたもんね、聴こえました。
出席簿で肩を叩きながら俺を見つめる瞳は冷たい。姿勢を正し、最敬礼をもって謝罪した。
「申し訳ありませんでした!」
すると異常に騒めき出す教室内。おいお前ら。
「珍しいな、丁寧な言葉つがいで堂々と謝るなんて。まぁ今日は特別に許してやるよ」
いや先生もか、と思う前に許しを得られたことに驚いて頭を上げる。彼が浮かべていた笑みは緩くなり、出席簿で俺の席へ行くよう無言で促していた。
「……ありがとうございます」
「お前本当にガルナー本人か?」
一瞬で怪訝そうに目を細めた先生の問い。視界の端でユウナがこくこくと頷く様子がチラつく。
「俺だって礼儀正しくしますよ。いつもはあまりに理不尽すぎてうるさくなるんですってば。なんなら今素で喜びましょう、ヒャッホーウ!」
「うるせぇ黙れ!早く座れ!」
「はい」
結局怒鳴られはしたが、今まで受けた制裁に比べたらカウントにも入れなくてもいい程の軽いものだ。これ以上言われる前にそそくさと席に着く。
「ったく、話を進めるぞ。今日は昨日伝えた通り、1時限目に魔武器の製作、2時限目に使い魔の召喚を行う。終われば帰ってよしだ。1時限目までに第1魔法室に集合すること、分かったな?」
はーい!と良い子の返事をするクラスメイト達。元気そうで何よりだ。
「よし。俺は準備があるから朝礼は終わりだが、鐘が鳴るまでは教室から出ないように。だが授業には遅れるなよ!」
言い切るなり先生は教室を出て行く。途端に浮ついた空気が全体に満ち、話し声が聞こえ始める。どこもかしこも魔武器、使い魔の単語が飛び交っている。
「……そんなに楽しみなのか」
騒がしくなったこの空間で、背後から小さな零れ声が微かに届いた。
「お前は楽しみじゃねぇの?ルヴィ」
振り向かずに問い掛けると、聞かれているとは思わなかったのか動揺している雰囲気が伝わった。残念、聞こえちゃったんだよなー。
とはいえ、複雑そうだったルヴィの声に心当たりはある。俺と同じく気ままに授業に参加できないってのもあるだろうけど、何よりも。
学生全員が戦闘力を持たなければならない程の危険な世界に、憂いを感じているんだろ。
疑問を持たず、ただ強くなれることに対して喜んでいる彼等が不思議なんだろ。
【創造の救世主】。
……あ゛ー、素が出る。抑えろ俺。
一度己の中で感情を飲み込んで沈ませる。意識していかにも不思議です、みたいな表情を浮かべてくるりと身体を後ろへ向けた。
「魔武器も使い魔も一生モノじゃん。特別じゃん。そりゃ皆楽しみだって。ルヴィはそうじゃねぇの?」
ぐいぐいと机越しに身体を寄せ、追い詰めていく。ルヴィは眉間に皺を作り距離を離したが、ぶっきらぼうであれど質問に答えた。
「楽しみじゃないというより、皆にそれ程の緊張が見えないのに驚いただけだ。明らかに期待とか興奮の方が上回ってるよな」
うわ、嘘で固めてないのが上手い。……けど、そう視線逸らされたら勘繰られてもおかしくないぞ、ルヴィ。単純バカが相手で難を逃れてるから。
「ふぅん。ルヴィでも緊張すんのか?」
「当たり前だろ」
「エルだって完璧な訳じゃないんだから」
「!?」
突如割って入った声にビクリと肩を震わせ、反射的に顔を向ける。
表情を曇らせたユウナが、慣れた手つきで背中に流れる綺麗な長い髪を結い上げながら佇んでいた。
「ユ、ユウナ!脅かすなって!割とびっくりしたっつーの!」
「脅かしてないわよ」
しれっと言い放った彼女の後ろでは男子達が頬を赤くして惚けていた。座学ではない時ユウナは髪を束ねるのだが、その度に晒される頸に男どもはうっとりしている。残念ながらルヴィに効果は今のところ無い。
「……皆と違ってユウナは割と浮かれてないな?」
今日も今日とて特に反応を示さず、ルヴィは平然とした表情だった。むしろ訝しげに視線を投げ深紅の瞳を細める。
整えられた眉をキュッと顰め、間髪入れず深い溜め息をついた彼女に察しがついた俺は釣られて同情的な心情が沸き上がった。
「浮かれる前に緊張の方が圧倒的に強いのよ。お父様から貴族として誇りあるセオッティ家の一員として恥ずかしくないように、ですって」
全くもって面倒よね、と本音を漏らし肩を小さく竦めた。乗り気で無いのが如実に表れていて軽く苦笑する。そのまま横を見やるとルヴィは無表情に近かったが、発していた雰囲気がどこか薄っすらと恐ろしさを感じさせた。
本当、傲慢貴族嫌いだよなコイツ。内心で抱えているであろう感情は何だろうなと思ったが、ユウナが空気を変えるように一度手を叩き、明るい声色で笑顔を浮かべた。
「ま、やるからには頑張るけどね。楽しみなのは変わりないもの」
瞠目したのはルヴィ。纏っていた雰囲気を消し去り、一言口にする。
「ユウナなら大丈夫。俺も応援してる」
瞬間、ぶわりと色とりどりの花が満ち溢れた美しい光景が広がった──ように錯覚する。
柔らかく微笑んだルヴィの所為である。
「あ、あぁ、あ、あ、ありがとう……!」
直視したユウナはおかげさまで真っ赤に染まった頬を隠すように両手で顔を覆い、挙動不審に体を揺らしながら礼を述べていた。あれはずるいよな、よく気絶しなかったって褒めたいぞ俺は。
むしろユウナの背後にいた男子の方が昇天してないか?おーいリヒト。生きろー戻って来いー。あ、隣の女子に頭引っ叩かれて戻った。
……最早軽い現実逃避である。ユウナの挙動不審な動きを見て怪訝そうにしてるルヴィに鈍感がすぎるとか思ってない思ってない。
ぎゃーぎゃー騒ぎ出した彼らの向こう側から、2人の女子がこちらに近づいているのが視界に映る。特に1人は軽く興奮気味だ。怖。
「ちょっとユウナ!ユウナだけずるいですよ!エル、わたしも応援してくれますよね!?わたしも貴族として両親からの圧力があってですね……!」
「ライラ、少し落ち着こう?」
「だってサラン!」
「……?ライラも応援してるに決まってるだろ?勿論サランも」
「「っ!?」」
あぁ、一気にハーレム甘々状態に……。ルヴィが甘い蜜を無意識で吐いた……。
両の頬を膨らませ、唇を不満げに尖らせていたが蜜を浴びて途端にユウナと同じ状態へと化した美少女──《ライラ・フィースター》。
栗色の髪を肩の上で切り揃えており、顔立ちは可愛らしく、特に垂れ目がちな大きい翡翠の瞳は特徴的である。小柄な体型なのも相まって小動物のようだと皆には思われている。
ライラの勢いを止めようと健気に頑張っていたが同じく蜜を浴びてしまった美少女──《サラニチア・グライファン》。
淡黄色の長い髪を左耳の下で緩く三つ編みをし、同じく長い前髪も左側に流している為、どこか大人っぽい雰囲気を漂わせている。爛々と輝く蒼の瞳は宝石のように美しいと話題沸騰らしい。
因みに彼女はサランと愛称で呼ばれている。小さい頃からそう呼ばれてるんだとかで、自己紹介を受けた時に聞かされた。
……さぁてこれで、いつものメンバーが全員揃った。ルヴィ、ユウナ、ライラ、サラン、俺。計5人。男2人に女3人。
ふわわーと朝見たような桃色空気が漂っているが、あえてここで一言許されるだろうか。
「いや、俺は!?俺に応援は!?」
「いるのか?」
「流れでくるものだろ今のは!」
「ハルには必要ないです」
「辛辣!」
ルヴィとライラに冷めた目で睨みつけられ、敢えなく撃沈する。いいじゃん、少しは夢見たって!椅子に顎を乗せて不貞腐れる俺にサランが苦笑を浮かべていた。
丁度、鐘が鳴り響く。瞬間、待ちわびたかのように教室から出て行くクラスメイト達。
迅速すぎる行動に唖然としている間、あっという間に俺達だけとなった。嘘だろと疑問に思うのは仕方ないよなコレ。そして誰も廊下を走らず早歩きで留めている真面目さに意味もなく賞賛が出そうだ。
「……凄いわね。でも、普通はあの反応が正しいのかもね」
「ここまで緊張している私達の方がおかしいのでしょうか……」
貴族組2人が呟く声には驚愕の中にもどこか困惑が込められていたが、無言である残り2人を見てみるとサランは硬直し、ルヴィは完全に引いていた。
「と、とりあえず俺達も行こうぜ!」
何とも微妙な空気が漂ってしまったが、俺は彼らを現実へ引き戻す為に気持ち大きめの声を上げて立ち上がる。
ルヴィがそうだなと続けたことで残り3人も復活し、漸く俺達は廊下に出る。最後尾だった為に俺が教室の扉を鍵で閉めていると、ルヴィ達は足を止めることなく煌びやかな廊下を突き進んでいた。
「えぇ!?置いてくなよ!」
「そう思うなら早くしなさい」
ユウナが顔だけを振り向かせて返事をするが、内容は割と無慈悲だった。思わず渋面になった俺に構わず進んでいく4人の後ろ姿。
慌ててもう1つの扉を施錠する。魔法を使えば一瞬であることを手作業で行うのは中々億劫だが仕方ない。規則によると学園内では授業や行事以外での魔法の使用は禁じられているのだから。
ガチャガチャと荒々しく扉に手をかけ開かないことを確認する。
いざ、追いつかん!と一歩足を踏み出した所で、見慣れた顔が視界の端に映り込んで思わず動きを止める。
セオッティ家よりも、フィースター家よりも大きい貴族であるクラスメイトの男子が、1人トイレから険しい顔を浮かべて現れた。
声を掛けるにしても遠い距離だったので一瞥するのみに留めたが、俺は思わず口角を上げる。
あぁ、何だ。他に楽しみあるじゃんか。