第5話・呼ばれたドアマン~絶望の先の戸惑い~
第3章 要衝都市に隠された
第5話・呼ばれたドアマン~絶望の先の戸惑い~
出勤した途端に呼び出されたセージは、絶望的な気持ちで昨日と同じ、レストランの個室に赴く。
レイモン・カーレット・セージ=サルビス。
ブルン領主であった、サンシス・クリプト・シーダ=サルビス元子爵の孫で年齢は二十三歳。
薄黄色の髪と、サルビス家の特徴である緋色の瞳を持つ青年で、家族から教養を授けて貰えこそしたものの、物心つく前から平民だったため公職に就くことは避けた。
代わりに、貴族向けの宿としてブルンではそれなりの老舗であるこの宿で、客を最初に向かえるドアマンとして勤めている。
どういう訳か、昨日から宿泊されている、どう見てもこの宿を利用する爵位にはない……もっとずっと高位であろう貴族のご令嬢と、その婚約者と思われる騎士のご令息に職務中に呼び出された。
しかも、名指しである。
いや、正確に言うのなら、あのドアマンに話がある、と言って宿の従業員に声をかけたそうだが、明確に自分を指名してきたことだけは確かだ。
一体、どんな粗相があったのかと、自分も、呼び出しを命じられた従業員も真っ青になったのは言うまでもない。
かと思えば、呼び出された理由が、自分の幼馴染で、平民向けの宿屋で看板娘として働いている女性が通りかかった際に目が合ったことを見とがめたから、という意味の分からないもの。
ご令嬢の方は恋人同士だろうと言い出して、根掘り葉掘り個人的な事情を聞いて来るし、騎士であるご令息は良からぬ企みでもしているのでは? と疑って呼び出したという。
そんなわけがない。
恐れ多くも、爵位を返上してからも祖父はブルンの代官を任せて頂いているし、父も役人として公職についている。
そんな祖父や父の足を引っ張るような真似ができるはずもない。
いくら自分は幼いころから平民として育ったとは言っても、家族から貴族の心得はしっかり教育されている。
更に、問われるままに答えざるを得なくて話をした幼馴染の家に、ご自身の同行者である医療の心得がある方を遣わす、と言われた時には本当に困った。
一体、その相手がどのような方かは分からないが、皇都の主神殿にある医薬学校で学んだ正規の医師・薬師というのはとても凄い方々だ。
しかも、言い出したご令嬢と、否定的な様子のご令息、という正反対の反応にも困った。
内心で溜め息を吐きつつ、入室した先には、青みのかかった銀の髪と赤みを帯びた紫色の瞳をした優美な人物が、黒にも見える深くて濃い紫色の髪と瞳の幼い子供と共に待っていた。
「お忙しい中、お呼び立てして、申し訳ありません」
「い、いえ……」
挨拶を交わし、最初に申し訳なさそうな微笑を浮かべる未亡人に謝罪を告げられて戸惑う。
宿の主人からは、昨日のお貴族様のお連れだと聞いているが、印象が全く異なる。
テーブルを挟んで向かい合わせに座って、いよいよ話が始まった。
「私どもの同行者が、随分と失礼な真似を致しまして……ご無理を申し上げたようで……ただ、何を申し上げてもご理解をいただけず……」
困ったように告げるインスと名乗った未亡人の言葉に、そうだろうな……と若干遠い目をする。
「ご迷惑であることは重々承知していますが、一度、訪問させて頂ければと……もちろん、こちらが押し掛けることになりますので、何らご負担いただく必要はありません……いえ、既に、精神的なご負担をかけてしまっていますからね……それ以上など……」
丁寧な口調で、こちらを慮る言葉が出てきて少し驚いた。
(お貴族様の同行者ということは、この方もお貴族様か、それに近い方だろう……平民……とは物腰が違うし……ああ、昨日、あの銀髪の騎士様が私を見てすぐに貴族に所縁があると見抜いたのはそういう……)
インスの言動を見て漸く、昨日、自分を呼び出した騎士のご令息が、自分の生まれを特定した理由を悟る。
なるほど、確かにすぐにわかるものだ。
「いえ……確かに、驚きましたし、知り合い……相手のご家族にどう説明したものかとは思いましたが……カミル君……知り合いの、病気の弟の様子が心配なのは事実です……」
おかげで、今日は昨日と違って少し落ち着いて話すことができた。
「……その件で、少しお伺いしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか……?」
「はい……私でお答えできることでしたら……」
だからだろうか。
インスがそう問いかけて来た時にも素直に話そうと思えた。
「……まず、私どもが同行者から聞いていることをお伝えいたしますね。セージさんの幼馴染である、リリーさんには弟さんがいらして、その弟さん……カミルさんは五年前から病気で殆ど寝たきりである、と……五年前に一度、医者に診て頂いて以来、街の薬店からの投薬だけを受けておられる……」
「はい……最初に倒れた時は酷い熱を出していて……流石に、素人判断はやめた方がいい……と私の家族が提案いたしまして、神殿の医者の方に診て頂きました……」
その時点では、解熱の薬を飲み、休息と食事による栄養摂取で回復するだろう、と言われた。
けれど……
「……確かに一度、熱は下がったんです……でも、その後も咳が続いたり、倒れたり、少し動くとまた熱が出たりといったことが続いて、以来投薬と自宅療養を続けています……」
「……熱と……咳……。倒れたのは貧血ですかね……?」
セージの説明を聞きながら、インスは少し、眉を顰めた。
聞く限り、何らかの重篤な病気とは思えない。
(……なるほど、薬を飲んでいれば、症状はある程度緩和され、命にかかわるようなものではない……けれど、ちょっとした不調はずっと続いていて、薬をやめることもできない……医者にかかるよりも投薬だけで、と考えるのも不思議はありませんね……)
平民が、お布施をケチるわけではなく医者にかかることに消極的である理由を理解しているインスからすれば、カミルの家族が医者にかかるよりも薬で、と考えるのも分かる。
これで、最初にかかった時同様、酷い熱を出す、とか、あるいは咳と同時に血を吐く、などの重篤な症状があれば神殿を訪れた可能性は高い。
頷きながら、セージが更に言葉を重ねる。
「少し良くなってきて、薬をやめたこともあったんです……けど、途端に倒れて、熱を出すようなことが続いて……」
薬をやめられなくなってしまった。
五年。
十歳だった、遊び盛りの少年が、ベッドに縛られるように伏せって過ごし、成人の年齢を迎えてしまった。
(……薬を飲んでいる間は小康状態……やめた途端にはっきりとした症状が出る、ですか……)
聞きながら思考を巡らせるインスは、表面的には表情を変えないが、内心では引っかかりを覚える。
言っている内容はおかしくはない。
けれど、何となく、違和感を感じるのはなぜなのか……
「……お話を伺っている限り、現状維持でも問題はなさそうに聞こえます……けれど、だからと言って、ずっと薬を飲み続けるのも……」
「……そうなんです……」
ちょっと困ったように告げるインスに、セージも素直に頷いた。
表情を暗くして、少しだけ俯く。
鮮やかな緋色の瞳を伏せて、濃い影が目元に落ちた。
「……恥ずかしながら、私の家も決して裕福とは言えず……ナペル薬店から薬を融通してもらっている状態です……フィール家に代わって我が家が薬代を負担できるわけでもありません……」
「……? 幼馴染の方のご家族のために、それほどまでに心を砕かれていらっしゃるのですね……」
「……ぁっ!? その……っ!!」
思わずセージが呟くと、少しだけ首を傾げたインスはふわりと微笑んでそう告げる。
ハッとしたセージが顔を赤くし、慌てて口籠るが、インスはそれ以上何も突っ込んで聞こうとはしない。
(……できた方だな……)
昨日の、お貴族様然とした少女とはまるで違う……落ち着きと気品、とでもいうべきものをセージは感じた。
第5話をお読みいただきありがとうございます。
出勤早々、高位貴族から名指しで呼び出され、絶望的な気持ちで個室を訪れたセージ。
しかし、そこで彼を待っていたのは、理不尽な押し掛け診察を勝手に安請け合いしたジャンヌたちとは対照的に、深く謝罪し、こちらを慮るインスとアインでした。
インスの気品あふれる丁寧な対応に戸惑いつつも、5年前から寝たきりだというカミルの不可解な病状について語り始めるセージ。
「薬を飲んでいる間は小康状態、やめると途端に悪化する」
その不自然な治療の実態を聞くうちに、インスは言葉の裏に隠された「違和感」を鋭く察知します。
カミルの闘病に隠された、恐るべき真実とは一体……!?
次回もお楽しみに!
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過去の関連作品などはこちらからお読みいただけます!
▼ 本編【CCC】シリーズ 総合リンク
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▼ 番外編【STO】シリーズ 総合リンク
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
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ノリト&ミコト




