50.此処に書く事じゃ無い
大狼歴二万五千三百九十一年 牡羊座二十日目
先日遊びに来た、ノックスとその友人達は、私の案内でこの村の中の色んな所を見学していた。
水魔女のゼルクと顔を合わせる事があって、彼女に青年三人を紹介したら、ゼルクはすれ違い際に、アルフォードの左耳にキスをした。
「あ」と、それを発見したノックスが、ニヤニヤする。「見ちゃったー」
「ん? 何を?」と、アルフォードは何にもないふりをする。
「耳の裏にちゅー。キャー! 大人ー!」と、ノックスははしゃぐ。
「お前は何処の女子高生だ?」と、アルフォードは言い返す。
「ポワヴレさんの解説だと、耳が良くなるはずだけど?」と、ガルムの方は実質的な所を尋ねる。「耳は良くなった?」
「んー?」と、アルフォードは左耳を手の平で、ポンポン押してみている。「よく分からん」と言いながら。
村の隅々まで歩き尽くし、最終的には若者達を、村の南側にある列車の駅まで送ってきた。
お土産には、クオーターズカフェの焼き菓子を持たせたわ。
果樹園の向こうにある小麦畑の間を、煉瓦色の列車が走って行く様は、いつ見ても美しいものね。
六十五年前の知り合い達が、次々に亡くなって行っている所だけど、村の果樹園もお店も、その後継者や孫の代の人達が、ちゃんと後を継いで行ってくれている。
シフォニィの染物屋も、プリムのカフェも、懐かしい店舗が今でも並んでいるのは、村に残ったり、戻って来てくれた子供達のおかげ。
だけど、彼等がもし、外の世界に希望を見出すようだったら、何時だって笑顔で送り出そうと、高齢者達は話し合っている。
子供達は、「親の未来のため」に生まれてくるわけじゃ無いもの。親がそう言う陰謀を持って作ったのだとしても、生まれてきて生き延びた後の人生は、その子のものだ。
高齢者達の中でも、子や孫が外の世界に興味を見出す事を、毛嫌いする人が居る。
そう言う人達は、「自分だけが残されて行く」事が、恐ろしいんでしょうね。
時代が変化して行く事を受け入れないで、子や孫を田舎に引き留めても、誰も幸せにはならないものよ。
再び、私の所にお客さんが来た。私の魔術の先生の、ヒート・ナバス氏と、龍族のヘンルーダだ。
なんでも、クミンが息を引き取ったらしく、その事を伝えるついでに、ヘンルーダを私の所で預かってくれないかと言う、お願いに来たらしい。
「預かるのは別に構わないけど」と前置きをしてから、「それで、魔力の方は回復したんですか?」と聞いてみると、ナバス氏はフードと前髪で誤魔化していた顔の半分を、見せてくれた。
額から頬にかけて、ケロイドの痕が残っている……ように見えた。
「こいつが、どうにも言う事を聞かなくてね」と、ナバス氏は、ちょいちょいと自分の頬に触れてみせる。
「ヘンルーダにも協力してもらって、部分変化の術も構築してみたけど、効果が無かったんだよ」
「じゃぁ、魔力は火傷の治療のために使っていると?」と聞くと、「外面的にはそう言う事になっている」と返ってくる。
と言う事は、魔力は回復しているけど、大舞台からは身を引いたって事なのね。
先生がその日のうちに帰ってから、ヘンルーダは六十年前みたいに私の家に居就く事になった。
クミンの家での「人間的な生活」のおかげで、ヘンルーダは出会った当時のような、人間的には奇妙な行動はとらなくなっていた。勿論、チョークを齧ったりはしない。
フォークとナイフも器用に使えるように成っていて、夕飯の時も普通のお嬢さんみたいに食事を摂っていた。
夕食の食器の片づけをしながら、私は彼女に声をかけた。
「やっぱり、貴方とは長い付き合いに成りそうね」
すると、ヘンルーダはテーブルを拭きながら、「だろうと思う」と答えた。
私は拭いた皿を棚に片づけつつ、言葉を続けた。
「リシャはあの後、一切病気にかからなくなったの。風邪一つ引かない健康体になった。それまで諦めてた夢だって叶ったって言ってたわ」
「そうか」と、ヘンルーダは、あんまり興味なさそうに言う。
まぁ、人間の女の子の古典的な夢の話なんて、龍族にしてみたら面白くはないか。
ヘンルーダが来た当日。眠って居た私の所に、クミンが訪れた。所謂、夢枕に立つって言うものね。
二十五歳の青年の姿になったクミンは、魔術着姿で姿勢を正し、一礼した。
「今までお世話に成りました。これからも、お世話をおかけします」
私は眠ったまま、心の中で答えた。
「ヘンルーダの事でしょ? 任せておきなさいって」
すると、夢の中のクミンは、苦笑いを浮かべた。
「それだけじゃないんですけど、今は言わないでおきます。あ。そうそう。先生の所に、『エリス』って名乗る青年が訪れる事があったら、彼にお礼を言っておいて下さい。
彼のおかげで、暴れ川の分流を作る計画が、成功したんです。特徴は、白い髪と、雪影色の瞳と、紺色のスーツですかね」
その特徴を聞いて、私は先日、ノックスと一緒に来た青年の事を思い出した。
白い髪と雪影色の瞳。あの「ガルム」と名乗っていた青年を。
世の中は、何時だってへんてこりんな事が起こるものである。
二百年を超す私の人生だって、へんてこりんの集まりで出来ている。
長い時間を生きると言うのは、不思議な事を不思議なままで、心に残せる余裕と言うものが必要だ。
全てを解明して、理屈をつけて、解決した気になっても、それが不幸を招かないとは限らない。
今日も私は、ヘンルーダと一緒に食事を摂りながら、世の古今ついてを「不思議なもんだねぇ」と言い合っていた。
長い人生の相棒としては、あの子はとても気の利く子かもしれない。
特に、見た目が七歳くらいのまんま変わらないと言うのが、十五歳のまんま変わらない私と、バランスが合ってると思うの。
その代わりに、私達は一ヶ所に留まる事が出来なくなった。
蒸気船の二等室で、私とヘンルーダは息を潜めている。
家財道具も、家も土地も売り払い、搔き集められるだけの資金を持って、私達は村を捨て、国を捨てた。
西の大陸に到着した後も、たぶん旅歩く事になると思う。
村と国を捨てた理由は、私が「年を取らない魔術を他人にかけることに成功した」と、言うデマが広がったからだ。
ずっと以前に「若返り現象」を起こすように調節した、鉱山の邪気が薄れた頃に、ヘンルーダの存在が伝聞紙記者の興味を引いたのだ。
そしてある記者が、先のような想像を巡らせた。
その予測を裏付けようと、彼等は私達のいない間に、家を荒らしてまで「若返り固定の術の秘密」を探ろうとした。
日記に鋼の鍵と、私しか持ち上げられない「加重」をかけておいて正解だった。
他の移民の人々と一緒に、新しい土地に降り立った後、私達はホロ付きの荷馬車を調達した。
私は手綱を引きながら考えていた。
どれだけの間、無事に旅が続けられるかは分からない。
だけど、何時かは、また安住できる場所を見つけられるだろう。
その時に、私が何歳になってるかは、しっかり記録をつけておかなくちゃ。
「ポワヴレ」と、ヘンルーダが荷台から声をかけてきた。
「私の名前を教えておく。長い付き合いになりそうだから」
「あら。それなら、私の名前も知りたい?」
そう尋ねると、ヘンルーダは見た事のある苦笑いを浮かべた。
「魔女の本名を聞きたがるほど、変態じゃない」と言って。
記憶の中で、クミンの苦笑いが思い出される。
私は答えた。
「じゃぁ、貴女の名前って言うのは?」
その時に聞いたヘンルーダの本名は、此処に書く事じゃ無い。




