48.契約通りに
大狼歴二万五千三百二十六年 魚座二十三日目
呪術師は王様の周りを歩きながら呪文を唱え、神官は私の体の前で祈っている。
霊媒士は方陣の周囲を囲んだまま、手を組み合わせてその二つが現れるのを待っていた。
王様の霊体と、私の霊体だ。
球状の結界の張られた方陣の中で、私とリメリアーナ王は睨み合った。
王は、王冠を頭にのせ、ケープで身を包んだ老人の姿で現れた。
私は、魔女らしく三角帽子を被って黒衣を着た女の子の姿で現れた。
私達は、近づく事は無かった。
「魔女よ。王の御前である。平伏すが良い」と、家臣らしき奴が言う。
その時、私は非常に怒っていた。だから、家臣の言葉は無視して、敢えて言ったの。
「王様? どうしても、『老いない体』がほしいの?」
すると、霊体として声を出す方法を知らない王様は、頷きで答えた。
私は続ける。
「それを実行したら、彼等との『契約』を破る事に成るんだとしても?」
その時、王様の霊体の肩はピクリと跳ねた。
私はだめ押しをする。
「その命尽きる時、王成る者の肉体を我に与えよ……上級精霊との契約ね。貴方はこれを反故にしようとしてるわけでしょう?」
王様の霊体は、助けを求めるようにこちらに泳いでくる。
相手が近づいてくる気配を感じて、私は反対方向に霊体を滑らせた。王の霊体は、僅かに怒りの表情を浮かべている。同時に、恐れの表情も。
霊媒士達の囲んでいる方陣の中で、王の霊体と私の霊体の追いかけっこが始まった。
最初は平面的にグルグル回っていたけど、その回転は縦回りになり、斜め周りになり、ランダムな方向に飛び回ったりする。
私は、徹底的に相手に自分の霊体を触らせなかった。癒着が起こらないように。
やがて、王の霊体は疲弊して飛翔を止めた。
私は上下で構えた両手の間に光を走らせ、紋章を浮かび上がらせた。その入り口から、待たせていた「地元の精霊の皆さん」を呼び出した。
次々に現れた、怒れる精霊達は、王の体を取り囲む。
それに気づいた霊媒士達が、祭壇の上の私の体を指さした。
私は「急激な突風」でも受けたような感触がした。だけど、方陣の中からは出なかった。
王様の霊体は、突風にあおられるように、私の体に吸いこまれて行った。
白い衣を着せられていた私の体が、一瞬発光してから、ゆっくりと瞼を開ける。
「王よ」と、霊媒士が呼び掛けた。
「体が軽い」と、王の霊体が宿った私の体は言う。「頭痛も無い。呼吸も楽だ」
「王よ」と、もう一度霊媒士が呼び掛けた。
どうやら王は、術式を完成させるための「言葉」を唱える事を忘れてしまって居るらしい。
王様は、私の体に憑依したまま笑い出した。
「ポワヴレ・キルトン! お前には、私の代わりに『契約』の代償を払ってもらおう!」
私は霊体のまま首を傾げて、「そう上手く行くかしらねぇ?」と疑問を呈した。
方陣の中に、黒い水が溢れた。黒く煙を上げるように気化しながら。
そして方陣の中から、黒羊の頭部を持った精霊が現れる。
「約束のものを取りに来た」と、精霊は言う。
「何者だ?!」と、家臣が怒鳴る。
地元の精霊しか知らない彼等には、黒羊頭は初お目見えだろう。
「お前が知らなくとも、私が知っている」と、精霊は言う。「『ポワヴレ・キルトンの体に、最初に憑依した者の魂をもらう』そう言う契約だ。さぁ、私の持ち物を寄こせ」
術場に私の体の悲鳴が響いた。
私の体から王の魂を抜き出そうとした精霊にめがけて、呪術者達が攻撃を仕掛ける。
主に、赤い光線に見える弾丸を放っていたけど、黒羊頭はそんなに痛そうでもなかった。
彼がうるさそうに片手を薙ぐと、赤い弾丸は術者達の方に跳ね返る。
自分の放った弾丸で撃たれた者達は、息を詰まらせて卒倒した。
黒羊頭が、爪の尖った手で「魂」を取り出すと、私の体は力を失って、その場にうずくまった。
地元の精霊達は、「器は置いて行ってくれ」と、黒羊頭に頼んだ。
黒羊頭も、「入れ物に興味はない」と言う。
皆の意識が精霊達に向いている間に、霊媒士の中に紛れていたクミンが、私の体を背負った。
仲間だと思って居る物が何かしている事から、まさか「術場」から私の体を持ち出そうとしているとは、思って居なかったようだ。
クミンが数体の精霊と一緒に、そっと外に出ると、「あ! 待て!」と、ようやく声がかかった。
クミンは視界を妨げるフードを脱ぎ、ローブの中から一本の剣を手に取ると、ぶつぶつと口の中で古代語を唱えた。
「時は来た。罪事を抱く小さき者に。数々の刃を与えよ」と言う意味の言葉ね。
クミンが握っていた剣から、無数の光の刃が後方に飛んで行く。
それは追手の体や頭や腕脚に当たり、その場に拘束する。
クミンと並走していた霊体の一つが、私の霊体の手の甲に触れる。
火傷が消えた。
「これはお礼」と言って笑み、女性型の精霊は背後を振り返った。
彼女が両手を広げると、クミンの背後に巨大なシールドが展開された。
私は、今が好機と自分の体に潜り込む。
でも、術から逃れたばかりの体は動かない。
しかも、向かう先からも敵は現れる。
クミンは片手使いの剣で、敵からの攻撃をいなしながら、私を背負ったまま宮殿を駆け抜けた。
宮殿の外に出るか否かの場所で、クミンの足元に陣が光った。
瞬く間に、別位置に「転送」される。
クミンがようやく膝を折った場所は、彼とルクサが泊まっていたホテルの一室だった。
ルクサの操り人形に成っていたクミンと、疲労で体が動かない私をベッドに運んでくれてから、彼女はホテルの近くのレストランで、テイクアウトのピッツァとリゾットを買って来てくれた。
背に枕を噛ませ、私の体をベッドの上に起こして、口にリゾットを運んでくれる。
私は、「食欲は無いが、食わなかったら死ぬ」と思いながら、どうにかこうにか、お粥をもにゃもにゃと噛んだのだった。
クミンの方は、正気に戻ってから、ピッツァ丸ごと一個を綺麗に完食していた。
子供向けの甘い葡萄種も一瓶分飲み干していた。あの子、将来は酒飲みに成りそうね。
私達の体が多少回復してから、我々はどうにかしてレヴァンタスに帰る方法を考えることに成った。
主に、「私の移動」に関して、どうにかしないと成らない。
来る時は、王室御用達の飛空艇に乗せられて来たんだけど、忍んで帰るわけだから、堂々と飛空艇発着場にも行けないなぁ。
「まともな方法で考えていたらダメよ」と、ルクサが言い出す。「ちょっと裏をかいてあげないとね」
そうしてあげないと可哀想だからとでも言うように、ルクサはニヤリと笑んだ。
私は肉体事、セピア色のポラロイドの中に封印されて、母国へ帰国する事に成った。
人が見ている時は、強制的に同じ表情とポーズを取らされるので、ちょっと大変な旅路だったわ。
あの後のリメリアーナ王の話を聞いた。
何でも、王室を守るために、代々王族の中から生贄を決めて精霊に捧げていたようなのだけど、今回の騒動のおかげで、リメリアーナ王室は精霊の加護から見放されることに成ったらしい。
だけどもちろん、最後の「贄」である王様の体は精霊達に持って行かれて、「永遠に続く若いままの生命」を求めた彼は、髪の毛一本遺さずに消え去った。
死んでから体が奪われるのを恐れるのは、たぶん某宗教の教えが原因だろう。
最後の日に蘇ると言う伝説のために、遺体を残して置く習慣があるんだって。
その影響で、それまで取り決められていた契約をないがしろにするようであっては、一国の王は務まらんだろうねぇ。




